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 茅葺き屋根の世帯では、毎年この作業を行っており、労力がなく刈れない家は人に頼んで刈ってもらっている。この作業は期間が限定されるので集中的に労力が必要になるため、茅葺き屋根を継続できるかどうかは、各家の労力や手伝い人の有無によるところが大きい。よって、トタン屋根にした理由で最も多いのは、高齢化のため作業の労力が足りないことである(表−1)。この作業ができなくなると茅葺き屋根の継続は無理であると考えた人が多い。茅葺き屋根の家も同様の意見は持っている(表−2)。また当地区には昔から若狭、滋賀県方面から職人が来ていたが、職人が高齢化して力が弱い、その人数も減少して困っているという意見がある。こうした意見は、昔から同じ職人に頼んできたことによる。実際は、他の地域や建設業者には若い茅葺き職人もいる。しかし、住民がトタン屋根にした直接のきっかけには、トタン屋根業者の営業がある。茅葺き職人らは営業に回ってくることもあるが、その営業力はトタン屋根業者よりもずいぶん弱いのである。トタン覆いを決めた住民には、今でも残念がる人があり、トタンに変えても茅葺き屋根への愛着はなくならないことがわかる。
 トタン覆いにした住民から共通して聞かれる、「やむを得ず」だったという状況は、住民の意思に反して、高齢化のために続けたい生活様式が続けられない、茅葺き屋根に愛着や価値を感じているが継承は困難になっているということである。したがって、これは当地区の人口の自然減少と同様に、茅葺き屋根は自然減少の過程をたどっているといえる。社会減少期での建て替えは生活上の必然ではなかったが、自然減少期においてはそうするより仕方がないのである。日本の山村の現状を考慮すると、茅葺き屋根の残る希少な地区は、今では大きな社会変化がなく、こうした自然減少の段階にあると考えられる。
 
表−1 茅葺き屋根の減少要因
茅葺き屋根をやめた理由(現在、トタン覆いの家)
世帯1 「高齢化に伴い茅刈りが困難。傷んで葺き替え時期にトタン業者が来た」
世帯2 「茅葺きは費用がかかる。老齢になり茅の刈り取り、運搬保存ができない」
世帯3 「茅刈りと人夫さんに来てもらうのが大変」
世帯4 「年老いて茅を刈れなくなったから」
世帯5 「茅刈りの体力がない。今は木を植えたから茅場はもうない。」
世帯6 「茅を取り入れるのができなくなった」
世帯7 「職人の不足。職人の高齢化で締める力が弱い。茅刈りの手間」
世帯8 「茅刈りが大変。両親が年をとったので」
世帯9 「茅葺き屋根の職人が少なく年寄りになれば茅刈りが大変だから」
世帯10 「茅葺き屋根は経費がかかり、息子が維持できないというので」
世帯11 「茅集めが老化にてできないため」
世帯12 「茅が少なく茅葺きが遅れ、しかたなくトタンをかぶせた」
世帯13 「何度も葺き替えが必要、茅刈り地も少ない、当時は手間賃も高くついた」
世帯14 「いろりをたかなくなり長持ちしなくなったので」
世帯15 「いろりで薪を使用しなくなり、長持ちしない。トタンの方が金銭的に得策」
世帯16 「刈入れや取り入れが大変である。葺きかえるのが時期的に大変だった」
 
表−2 茅葺き屋根維持の問題点
茅葺き屋根で困ること(現在、茅葺きの家)
世帯(1) 「春に運んでくるのがしんどい」
世帯(3) 「職人がいつまでおるか心配。子供の代になれば茅刈りがしんどい」
世帯(7) 「茅葺き職人が老いてできない」
世帯(8) 「茅は集めていても、竹、縄などが必要で高くつく」
世帯(9) 「自分はできるが子供の代には無理」
世帯(10) 「子供は近くに住んでいるが仕事が忙しく手伝い(茅刈り)に来られない」
 
 
3. 茅葺き屋根の自然的維持 −久多地区を事例に−
 久多地区で維持されている茅葺き屋根は、都会へ出た後継ぎが帰ってこないから、建て替えないでトタンで覆っておくだけにする、茅葺き屋根のままでいるといった、一般的な過疎山村でいわれる理由だけで残っているのではない。茅葺き屋根に愛着を持ち、意欲的に残している住民もいる(表−3)。
 ここで、トタン屋根と茅葺き屋根にかかる維持費用への認識が、各家で違っていることにふれておく。茅葺き屋根は、かつて30〜40年は保つことができ、一代に一回葺き替えればよかった。しかし、いろりを炊かなくなって傷みが早くなり、当地区では南側は25年、傷みやすい北側15年しかもたないといわれる。職人の人件費も上がり、今では葺き替えに膨大な費用がかかる。その点、トタン屋根は、一度覆えばよいので茅葺き屋根より安上がりという見方が多い。しかし、茅葺き屋根の住民はトタン覆いの方がお金がかかると言う。茅葺き屋根は、全面葺き替えはめったに行わず、一面ずつ葺き替えればよく、その時の人件費だけを出せば材料費もいらないためである。これについてトタン屋根の人は、茅葺き屋根は約5年ごとにどこかの面を葺き替えなくてはならないのが大変と言う。といっても、トタン屋根にしても定期的な塗り替え費用が必要である。近年ではトタン屋根の改良によって耐久年数の長い製品が使われているが、当地区で初期にトタン屋根にした軒では、トタン屋根の全面葺き替えをすでに行っており、茅葺き屋根の方が費用がかかるとは一概にいえないのである。次に、機能についてみると、トタン屋根は夏に暑いというのは聞きとりで多く聞かれた意見である。雪については、表−4に示したように、トタン屋根は積もった雪が一気に落ちて危険だが、茅葺き屋根は徐々に解けていくので安全という人が多い。しかし反対に、トタン屋根は雪が降るたびごとに落ちていくが、茅葺き屋根は積もってから落ちるという人もいる。以上のように、経済性や機能性の理解は矛盾しており、費用が安く、維持の楽な方へ流れるというだけではなく、維持するかどうかは、茅葺き屋根の長所短所の事実よりも、何に精神的な負担感をいだいて、維持できるか維持できないかを見通し、判断しているのかに左右されることがよみとれる。
 
表−3 茅葺き屋根の維持要因
茅葺き屋根を続ける理由(現在、茅葺きの家)
世帯(1) 「トタンはお金がかかる。暑い。息子はトタンにするなら建てかえるという」
世帯(2) 「冬暖かく夏は涼しい」
世帯(3) 「夏は涼しいし冬ぬくい。息子が茅刈りに来る。トタンでも雪かきが大変」
世帯(4) 「自然のぬくもりを感じられつづける屋根である」
世帯(5) 「茅葺き屋根を続けたくないがトタンはお金がかかる」
世帯(6) 「田舎らしい気持ちがして落ち着く」
 
表−4 トタン屋根の問題点
トタン屋根で困ること(現在、トタン覆いの家)
世帯1 「トタン業者が来てもずっと断ってきた。私も茅葺きを残したかった。」
世帯3 「くずやの葺きたては気持ちがいい。美しい。」
世帯17 「トタンの方がいいと思っていたわけではない」
世帯18 「冬は雪が落ちて大変。茅集めがなくなったが冬につらくなった」
 
 
 アンケートによると、茅葺き屋根の家屋に住む人は、家の住み心地について、回答者の60%が「満足」、10%が「やや満足」と答え、満足している割合はトタン屋根の家屋(「満足」が22%、「やや満足」35%)より高い。そして雪かきの手間の少なさという機能面や、古さがよい、自然のぬくもり、田舎らしいという雰囲気の良さがあげられ、彼らはトタン屋根より維持しやすいと言う。
 茅場の個人所有面積は、茅葺き屋根の世帯で平均1.9反、トタン屋根の世帯で平均1.1反である(アンケート回答世帯の平均値)。近年では、減反と高齢化で耕作放棄された水田が茅場になってきており4、屋根材料としての茅は十分にある。さらに「茅場は荒れてきた。茅が茂るとフジが巻き付いて刈れなくなる。6月に刈って秋にも刈る」、「年3回くらい刈る」というように、むしろ茅刈りや手入れの必要性が高まってきたという意見もある。2001年の秋に茅刈りをした世帯は16軒、茅刈りをしなかったのは16軒である。頻度は、毎年刈っているのは16軒、一年おきに刈っているのは1軒、数年に一度刈っているのは1軒、刈るのをやめたのが12軒、その他が1軒である(アンケート回答者による)。茅葺きの世帯はすべて茅刈りをしている。トタン屋根にしても茅場のある人は刈って、茅葺き屋根の人に提供したり、茅をあずきの雑草除けなどのために畝に敷いて利用している世帯も数軒ある。
 居住している茅葺き屋根の世帯(11軒)の今後の維持予定は、ずっと茅葺き屋根を続けたい家が5軒、3年後にトタンにする予定の家が1軒、トタンにしたいが時期は未定の家が1軒、決めていない家は3軒、無回答1軒である。せめて自分の代は続けたいというのが多数の意見である。
 久多地区で維持されている茅葺き屋根は自然的な維持の営みである。それは、維持している住民が生活のしやすさを存続させているものだからである。
 
4 注)当地区ではススキを使用しているが、茅と呼んでいる
 
4. 茅葺き屋根の社会増加 −北地区を中心に−
 文化庁の伝建地区は、「周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物で価値の高いもの」(文化財保護法第2条)を基準に選定しており、伝統的建造物が茅葺き屋根の家屋の場合、その周辺地域を含めた「茅葺きの里」を保存地区の区域としている。それ以外には、市町村条例によって保存する福島県館岩村風致地区前沢・水引集落のような保存地区もある。いずれも、茅葺き屋根の葺き替えや伝統的建造物に認められた家屋の修理や復元に補助金が交付される。
 
表−5 保存地区となっている主要な「茅葺きの里」
年次 保存地区
1970 「相倉・菅沼周辺地区」文化財指定(史跡)
1976 「白川村荻町」重伝建地区選定(山村集落)
1981 「下郷町大内宿」重伝建地区選定(宿場町)
1993 「美山町北」重伝建地区選定(山村集落)
1994 「平村相倉」重伝建地区選定(山村集落)
1994 「上平村菅沼」重伝建地区選角(山村集落)
1995 「白川郷・五箇山合掌造り集落」世界遺産登録(文化遺産)
2001 「白馬村青鬼」重伝建地区選定(山村集落)
 
 
 白川村や大内宿は、「世界遺産白川郷」、「宿場町大内」のイメージが強く表現されているが、北地区はとくに「茅葺きの里」としてイメージづけられていることに特徴がある(写真−2)。北地区の景観は、山を背後にした斜面にひな壇状に民家が密集しており、離れると集落全域を一度に視界に入れることができる。人口は約123人、世帯数は45で久多地区と集落の規模は同程度であり、同じように後継者不足であるため、とくに住民から強調されてきたのは仕事不足への嘆きである。
 
写真−2 集落中心部(北地区、2002年筆者撮影)
  





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