一席
カルチュラル・ツーリズムによる「住民参加型開発」の有効性
−タンザニア・アルーシャ市での事例研究から−
中嶋 真美
はじめに
アフリカヘの国際支援において、近年、「住民参加型」の重要性が強調されるようになった1。参加型開発論は、経済成長という原則を踏まえながら、住民に直接稗益するコミュニティ・ベースのアプローチであり、住民が主体性を持って開発プロジェクトに参画する開発手法である。そのような参加型開発のモデルケースとして注目されているのがエコツーリズムで、国連は2002年を「国際エコツーリズム年(IYE)」に指定し、持続可能な開発の一つの手法としてエコツーリズムに着目している2。しかし現実には、住民参加型開発が実際にどのように機能しているかという実相は、十分に明らかにされているわけではない。果たして、エコツーリズムはどのような効果を地域住民にもたらし、持続可能な開発に資するといえるのであろうか。こうした問題意識から、本稿では、豊富な観光資源を有し、エコツーリズムの振興も盛んなタンザニア連合共和国における観光産業と開発の現状を分析し、エコツーリズムの類型のひとつであるカルチュラル・ツーリズムに焦点を当てて、住民参加型開発について考察する。そして、生活者としての住民がどのように観光資源とかかわりを持ち、あるいは利益を得ているのかを現地調査に基づいて分析する。さらに、エコツーリズムの持続可能性と有効性に言及し、今後の開発の方向性への提言を示し、結論とする。
1 "Can Africa Claim 21th Century." World Bank, 2000, p.235.
1. タンザニアの経済状況
アフリカにおける開発の主たる目的は貧困克服、生活水準の向上で、その手段として経済成長や人間の基本的なニーズ(BHN:Basic Human Needs)やシビルミニマムの達成が目指されてきた。後発開発途上国(LLDC)であるタンザニアの貧困の原因としては、主要産業である農業の生産基盤が脆弱である点が挙げられる。農業従事者は比較的自給的農業を営むものが多く、とりわけ貧困層の居住地域では、自然災害の影響が甚大である。農業従事者自身は気候変動などの外的要因に影響を受けにくい農業や牧畜パターンの変更、血族や友人との相互援助、都市部への出稼ぎ、茶やコーヒーといった高付加価値作物の採用など様々な対応を行ってきた3。
しかしながら、対外債務や国際通貨基金(IMF)・世界銀行による構造調整などの影響もあり、経済状況は全体として厳しい。相対的な所得配分をみると、上位25%の人口が45.4%の所得を占め、低位の25%の人口は6.9%の所得しか得られず、その所得格差は広がる一方となっている。そうした現実から、今後は、貧困層に直接利益を生む形での貧困対策の実施を優先すべきだとの認識が強まった。その結果、(1)零細企業の支援や農業に匹敵する新たな基幹産業の創出、(2)外的要因に左右されない、住民に直接稗益する産業形態の形成、といった施策が求められるようになった。なかんずく、タンザニアには世界屈指の豊かな観光資源があることから、さらなる観光産業分野の振興が望まれている。
2. タンザニアにおける観光開発
タンザニアの観光資源は、主に国立公園や自然保護区、保全地区に生息する野生動物や鳥類である。その面積は日本の国土の約2.5倍に相当し、いわゆる「サファリ」ツアーが盛んに行われている。800kmに渡る海岸やインド洋に浮かぶ島嶼部にはビーチリゾートに適した土地が多く、島嶼部および内陸部には歴史遺産や文化遺産もあって、観光資源としての潜在力は高い。外国人訪問者総数は表2−1のように、1991年の18万6800人から、99年には62万7300人へと伸びている。99年の外国人訪問者数の前年比増加率は30%で、World Tourism Organization(WTO:世界観光機関)の速報べースでは4、全世界の伸び率の7.4%を大きく上回っている。また、表2−2が示すとおり、91年以降の観光客数の増加に加えて収益も増えつつある。実際、91年の外貨収入は9473万ドルだったのだが、99年の収益は7億3328万ドルと大幅な伸びを見せており、これはGDPの約8.4%に相当する5。この数値はこれまで外貨獲得源として大きかったコーヒーや綿花、カシューナッツなどを超えるものである。観光産業従事者数も増加し、観光産業が新たな基幹産業に発展しつつあることを示していると考えられる6。
3 『〈南〉から見た世界03 アフリカ』大月書店、1999年, p.33.
4 "Tourism Highlights 2001." WTO, 2000, P.1.
6 "Tourism Earnings for 1998," Ministry of Natural Resources and Tourism in Tanzania-Tourism Department
表2−1 外国人観光客動向(数値)
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1991 |
1992 |
1993 |
1994 |
1995 |
1996 |
1997 |
1998 |
1999 |
観光客数/万人 |
18.68 |
20.17 |
23.02 |
26.16 |
29.53 |
32.61 |
36 |
48.23 |
62.73 |
増加人数(前年比) |
- |
1.494 |
2.842 |
3.143 |
3.372 |
3.081 |
3.388 |
12.23 |
14.5 |
前年比 |
- |
108% |
114% |
114% |
113% |
110% |
110% |
134% |
130% |
(出典:Ministry of Tourism and Natural Resources,
National Bureau of Statistics) |
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表2−2 観光産業従事者数および収益
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1991 |
1992 |
1993 |
1994 |
1995 |
1996 |
1997 |
1998 |
1999 |
従事者数/万人 |
4.5 |
5 |
6.6 |
8.6 |
9.6 |
10 |
11 |
13.2 |
14.8 |
増加人数(前年比) |
|
0.5 |
1.6 |
2 |
1 |
0.4 |
1 |
2.2 |
1.6 |
前年比増加率(%) |
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11% |
32% |
30% |
12% |
4% |
10% |
20% |
12% |
収益/百万US$ |
94.73 |
120.04 |
146.84 |
192.1 |
259.44 |
322.37 |
392.41 |
570 |
733.28 |
前年比増加率(%) |
|
27% |
22% |
31% |
35% |
24% |
22% |
45% |
29% |
(出典:Ministry of Tourism and Natural Resources,
National Bureau of Statistics) |
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3. タンザニアの観光行政とエコツーリズム
アメリカ人ツアー・オペレーターによるエコツーリズムの目的地ランキングでは7、世界の270地域のうち、タンザニアを含む途上国が上位を占めている。その中でも、サファリ・ツアーでは中央アフリカ、ケニア、タンザニアといった国が挙げられ、自然資源を活用した観光が盛んに行われていることが伺える。現在、タンザニアでは、量は追わず一人当たりの単価の高い「高品質観光(Quality Tourism)」の達成を基本理念にした、1991年の公布の観光政策が推進されており、環境保全と住民参加をベースに適宜見直しも行われている。具体的には、世銀提案のTourism Infrastructure Project(T.I.P)19958、およびこの世銀提案を取り入れつつEUにより作成されたIntegrated Tourism Master Plan 19969に基づいて開発が進められつつある。このマスタープランは、タンザニアの持つ観光資源の優秀性を考えると、施索改善さえ行えば今後年率8%の伸びが想定出来るとし、2005年には57万5千人の外国人誘致、5億7千万ドル(95年べース)の外貨収入を目指している10。
観光基本政策の目標としては、タンザニア国民の現在と将来世代が最大限の福祉を享受出来るように持続性のある開発が目指されており、(1)土壌劣化、(2)上水システムの低普及度および供給水の品質問題、(3)環境汚染、(4)水生システムの破壊:海洋、淡水、(5)野生生物生息地と生物多様性の消失、(6)森林消失、といった項目への対処が進んでいる。また、環境配慮の見地から、(1)現行の観光政策を環境に一層配慮したものへ改訂し、(2)観光資源への配慮からエコツーリズム、高品質観光を推進し、(3)地域住民の観光サービスヘの参加を一層促進し、(4)観光部門への民間投資家が厳しい環境基準を遵守するシステムを構築する、といった方針が示されている。中でも、(2)エコツーリズム、高品質観光の推進と(3)地域住民の観光サービスヘの参加促進は重要視され、観光産業関連の専門学校を政府が国の機関として運営するなど、積極的な政府の関与が行われている。
7 Weaver, David B., Ecotourism in the less Developed World, New York: CAB International, 1998., p.70.
8 Tanzania Mainland: Tourism Infrastructure Project Feasibility Study, vol.1-2, World Bank, 1995.
9 CHL, United Republic of Tanzania-Integrated Tourism Master Plan, vol.1-3, Dublin, 1996.
10 観光局の統計によれば98年時点で既にこの数値は達成されているが、WTOの独自調査では98年時点で4億3100万USドルとの報告がなされている。
では、タンザニアにおけるエコツーリズムとは、一体どのようなものなのであろうか。タンザニア政府は、(1)自然地域を目的地とする旅行を含んでいること、(2)影響力を最小化すること、(3)環境的配慮を養うこと、(4)環境保護のための直接的な経済的な利益を提供すること、(5)地域住民に対し経済的な利益とエンパワーメントを提供すること、(6)地域の文化を尊重すること、(7)人権と民主的活動を支援すること、との定義を示している11。観光は今やタンザニアの開発を進める上で不可欠な要素となっており、実際、90年代に入り、外貨獲得の手段としては最も重要な産業と化している12。その反面、多くの観光客の来訪により、自然資源にダメージが与えられることも少なくはない。そのような問題点を考慮し、一時的にではなく持続的に観光からの収益を上げるためには、その活用方法も考えていかねばならないのは当然であろう。
これまでエコツーリズムというと自然資源のみに重点が置かれたもののように取り上げられる傾向が強かったが、タンザニアにおいては環境の過剰利用を防ぎながらも活用を続けていく観光の形態として、豊富な自然資源だけではなく、その中で生きる人々の生活や文化などにも焦点を当てたカルチュラル・ツーリズムの推進が盛んである。カルチュラル・ツーリズムは持続可能な開発を行う上で不可欠な「住民参加型」の観光形態であり、地域の自然と文化を生かす新たなエコツーリズムの形として近年注目を集めている。では近年、開発の分野でよく耳にする、この「住民参加型」という用語が示すものは、どういったものであり、観光分野ではどのように生かされているのであろうか。
11 Honey, Martha, Ecotourism and Sustainable Development, Washington D.C.: Island Press, 1999, p.255-256.
12 Honey, op. cit., pp.254-255.
4. 住民参加型開発とエコツーリズム
途上国の抱える諸問題に対する援助計画でよく見られるようになった「住民参加型」という言葉は、参加型開発論の考えに由来している。参加型開発論は、経済成長という原則を備えつつも、住民に直接稗益するコミュニティ・ベースのアプローチである。単なる経済成長を目指すものではなく、住民そのものが主体性を持ち、開発のプロジェクトに参画していくという新たな開発手法でもある。特に地域社会の開発においては、最終受益者としての住民は主体者としても存在し、その参加は開発を行い、管理し、存続させていく上で重要なファクターとなり得ると考えられる。では、観光分野における「参加型開発」とは一体どのようなものなのであろうか。農業開発と同様に、観光開発においても「参加型開発」は持続可能な開発の一手法として取り組まれてきた。タンザニアだけではなく、世界における観光傾向としても、地元住民を巻き込んだ観光のあり方が模索され、発展段階にある国々において収入と雇用の機会をもたらすものとして、いっそう注目されてきている。
エコツーリズムにとって「住民参加」という要素は、環境保全のためのみならず、観光商品の価値としても必要不可欠なものである。エコツーリズムという持続可能な開発を行うにあたり、「ホスト環境」(観光資源である自然や文化)と「ホスト社会」(地元住民)は無くてはならない要素なのである。Drakeは、「住民参加」とは、地元住民に影響を与えるエコツーリズムのような開発プロジェクトの結果に住民自身が影響を及ぼすことが出来る能力である、と定義している13。企画立案・意志決定・運営・管理の段階を通じて政府やNGOだけではなく、住民自身が参画することによって、その利潤を住民に還元する構造を示している。ここでいう利潤とは経済的な利潤のみならず、社会的、政治的、文化的なものであり、ホスト社会にとっても構成要員としての個人にとっても役立つものをいう。
したがって、エコツーリズムという住民参加型の観光開発を通じて得られる収益は、これまでの観光産業とは異なり、比較的直接的に生活者の懐を潤す財源として、あるいは生活環境を改善していくものに還元されるという点で有効であり、自らの手で管理運営を行うことが可能であるという点からも持続性が高い。自然環境を保持し、文化的にもネガティブ・インパクトを受けにくい形態を導き、それを継続することにより、エコツーリズムを通じての参加型開発は少なくともホスト側生活者にとって貧困対策の一助となりうる可能性が高いと言えよう。
だが、エコツーリズムを通じての観光開発を行うにあたり、住民参加型の弊害はない、と本当に言いきれるのであろうか。いくつかの例を挙げてみよう。プロジェクトヘの参加および計画の実施において住民が十分な協議の機会をもつことはプロジェクトの成功性を高めるため不可欠だとされるが、果たしてそこで住民全体の共感を得ることは可能なのか。積極的に参加する者とそうでない者との所得格差が広がりはしないか。観光客の受け入れという受動的な参加であるとしても、それが地域住民の生活に影響を及ぼさないという保証はどこにもないのではないか。特定のグループもしくは個人がエコツーリズム・プロジェクトの一部分を担う場合、その利益の分配は公平に行うことが出来るのか。あるいは、それにより持続的な運営を目指すとなれば、一度きりの見世物芸的なアトラクションでは観光客の再度の訪問はありえない。持続性の観点からすれば、否応無しにも、さらなる魅力を探し続ける必要性に迫られるのではないか。
こうした懸念は当然のことではあるが、他方で、どのような計画にもその長所と短所は必ずあることも忘れてはならない。そこで次節では、どのようなプログラムがどのような組織によって運営され、その効果と影響を受けているのかについて、具体的に見ていくこととする。
13 Drake, P. Susan, "Local Participation in Ecotourism Projects, "Nature Tourism, Washington, D.C.: Whelan, Tensie, ed. Island Press, 1991. p.132.
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