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5. カルチュラル・ツーリズムと持続可能性
5−1 SNVカルチュラル・ツーリズム・プログラム
 カルチュラル・ツーリズムで際立った業績を残している団体に、SNVというNGOがある。発展途上国の地元住民とともに貧困に苦しむ人々の生活水準の向上と社会的、政治的、経済的状況の改善を目指した活動を続けている。アジア、ラテンアメリカ、アフリカの25カ国以上にスタッフがおり、95年6月に初めて観光開発支援に乗り出して、カルチュラル・ツーリズム・プログラム(以下、CTP)を進めている。Loermansは14、SNVは「当該地区の観光開発においてターゲットとする組織に影響を与え、損失を縮小する手法を調査し、潜在的な利点や長所によって利益を生み出すことが可能にしている」とその活動を説明している。タンザニアにおいては、政府天然資源・観光省の下部組織であるTanzania Tourist Board(以下、TTB)の協力により、96年5月にSNVとTTBによる共同プロジェクトが立案され、実施されるにいたった。現在は18カ村が参加している。
 このプログラムの目的は、地元住民が観光客の興味に合ったカルチュラル・ツーリズムの基準や枠組みを確立し、自らの手で発展させ、維持していくことが出来るように支援することにある。また、Leizerによれば15、SNVによるCTPの開発基準は、(1)コミュニティの参加(2)貧困緩和(3)文化的影響(4)ジェンダー(5)環境的影響(6)観光客満足(7)安全保障(8)市場性の8項目が挙げられている。とりわけ、貧困の緩和は大きな問題であり、CTPを通じて都市の周辺地域および農村部の抱える問題の解決にむけ、努力がなされている。表5−1からも分かるとおり、実際、CTPの料金の中には開発支援費(Development Fee)というものが含まれており16、一回につき一人あたりの参加費の中から、2ドル強の金額が充当される。この支援費をプールすることで当該地域(ホスト側)の環境整備や児童の教育設備の向上などに役立てられており、その用途は参加村により異なるが、いずれにせよ、貧困緩和のための具体的な対策に使われる仕組みとなっている。
 
14 Loermans, Hannie, Concept-Memorandum Tourism, Den Haag: SNV, 1995, pp.9-10.
15 Leizer, Marsel, Cultural Tourism Programme, Programme Proposal, Arusha: SNV, 1996, pp.6-7.
16 2000年のNg'iresi, Olgilai村の収益は、1387500Tsh.。
 
 以上のような基準を掲げ、SNVによるCTPは、2期に分けられる5年の実施期間が設けられた。まず最初の3年を第1期とし、主に制度や商品開発を中心に活動が進められ、つづく2年を第2期とし、プログラム終了後の制度の維持に向けて、持続可能な体制作りに力が注がれた。活動対象地区はLushoto, Same, Mwanga, Arumeru, Monduliの5地区あり、各地区の住民との協力体制のもとCTPの運営・管理が行われている。当初のCTPは3つの村からスタートした。各地域には地元住民によるコーディネーター1名、および複数名のガイドを置き、SNVとの連絡を緊密に行うことで制度の維持を図っている。現在、コーディネーターの総数は16名、ガイドは87名にものぼる。コーディネーターおよびガイドの条件には、まず(1)地元住民であること、(2)英語が話せること、そして(3)コミュニティに受け入れられている人材であることが要求される。とりわけ(3)は、参加型開発としてのプログラムである以上、非常に重要であり、またSNVのスタッフの話によれば、連帯感の強い農村部での協力を仰ぐためには不可欠な要件だという。
 
表5−1 CTP参加費(支出項目内訳)
CTP参加費(支出項目)
宿泊費 2000 ×日数
食費 7500
開発支援費 2000 参加1回につき
コーディネイト料金 3500
ガイド料金 5000
合計 20000
*通貨単位は全て、タンザニア・シリング(Tsh.)     (出典:インタビューに基づき、筆者作成。)
 
 
5−2 Ng'iresi村・Olgilai村での事例研究
 CTPに参加する上記の5地区の中で、アルメル地区はメルー山の斜面に位置する地域Wa-ArushaとWa-Meru地区からなり、Ng'iresi, Olgilai, Oldadai, Nambere, Bangataの5カ村が点在する。そのうちCTPに参加している村は現在、Ng'iresi村,Olgilai村の2つである。とくにNg'iresi村はCTP創設時の3つの村のうちのひとつで、最もCTPに関し歴史がある村である。Ng'iresi村はアルーシャ市中心部から約7キロのメルー山の中腹にあり、その途中にOlgilai村がある。まずはこの2か村から見ていくことにする。
 現在CTPを行っているNg'iresi村とOlgilai村において、その参加度の現状を確かめるために聞き取り調査を行い、あわせて108名から回答を得た。村民は全員Wa-Arusha族といわれるマサイ族の一派で、もとは遊牧民であったものが現在は定住化し、農耕生活を営んでいる(表5−2参照)。現在も家父長制がしっかりしており、女性は主として家事、農作業と家畜の世話に従事している。経済状況や時間によっては、子供達も学校へ行くことなく働いている場合もあるが、現在は定住化しているため、基本的には村の小学生以下の子供達は、全員が就学児童である。CTPにおける主な観光資源はメルー山の自然鑑賞で、トレッキングやキャンプサイトでの宿泊、場合によってはホームステイもすることが出来る。2000年のCTP参加観光客の総数は602名で、開発支援費の総額は1,387,500Tsh.(=1632ドル相当)にのぼった。この収益を用いて原料を揃え、教師用の住宅や校舎などが建設されている17
 
17 建設に際しては村民のボランティアにより行う場合が多く、原料も極力、村内の業者から賄うように心がけられている。
 
表5−2 生業(内訳)
生業(内訳) 世帯数 %
農業+牧畜 47 46.5
農業+その他 18 17.8
観光業 8 7.9
林業 3 3
その他 25 24.8
  101 100
(出典:調査票に基づき、筆者作成)
 
 では、実際にはどのような人たちがCTP参加村を訪れているのだろうか。この点について、観光客に対して聞き取り調査を行った。
 
カルチュラル・ツーリズムに関する観光客基礎調査1
調査対象:アルメル地区 Ng'iresi Village/Olgilai Villageを訪問および滞在した観光客105名
調査期間:2001年5月8日〜8月20日
調査方法:面接法および一部留置法
有効回収率:95.23%(100/105名)
 
 観光客を地域別で分けると、アメリカ合衆国からが一番多く、ついでオランダ、カナダと続く。そのうち61名は、個人旅行ではなく団体旅行で訪問している観光客である。個人旅行者は29名、回答無しが10名であった。参加者(回答者)100名のうち、19名がTTBからの紹介でCTPへ参加しており、46名がツアーガイドの勧誘により参加している18。この結果から、SNVおよびTTBのCTP広報活動は比較的成功していると言える。
 CTPでは、その豊富な自然資源を有効活用し、数時間から半日コースのトレッキングやハイキングなどがガイド19によって案内される。ガイドは全員が参加する村の出身で、Ng'iresi村やOlgilai村の場合は合わせて6名おり、2001年8月現在では、さらに3名がトレーニング中であった。文化的なプログラムの内容としては、マサイ族に古くから伝わる伝統的な祈祷師によるヒーリングの体験・鑑賞の他に、この地域の自然保護のために行われている土壌浸食防止のための畑作りや灌概設備などの見学も含まれている。食事は地域の女性グループ20によって用意され、なかにはマサイの伝統的な料理もある。場合によっては、民族衣装をまとったダンスグループによる伝統的なダンスなども披露され、地域住民の暮らしそのものが観光商品化しているとも言える。
 散策コースの途中には小学校があり、CTPからの収益を通じて建てられた校舎や教師用の家屋などの見学、生徒達の歌による歓迎などもプログラムには含まれている。先述のとおり、CTPではこの小学校の運営を支援するためにCTP参加費の一部を充当している。Ng'iresi村にある小学校では、665人の生徒が在籍するが教師は14名しかいない。タンザニアの場合、小学校や診療所などの公共施設のスタッフには給料以外に住宅も用意されるのが通例であり、その建設には多くの費用がかかるため、容易に教師やスタッフを増やすことが出来ない場合が多い。母子家庭や孤児などは、義務教育レベルでも、実際には学校に行くことすら出来ない場合もある。そこで、Ng'iresi村やOlgilai村のCTPでは教育設備の整備とともに、母子家庭および孤児に対する奨学金制度を設ける計画が進められている。
 
18 ここでいう「ガイド」とはSNVで研修を受けたCTP専門のガイドおよび研修生のことを指している。
19 基本的に、このガイドは一般のエコツーリズムやネイチャーツーリズムといわれるツアーの中でのナチュラリスト(専門家)の役割を務めており、と同時に集客のための営業活動や、円滑なプログラム運営のための報告活動なども行う。
20 CTP全体で6グループある。
 
 以上のように、CTPは地域に利益を還元出来るという点では有効に機能していると考えられ、確かに多くの住民が参加しているように見受けられる。しかしながら、先述のとおり、村民の多くは農業従事者であり、実際にどれほど観光業に従事しているかは不明であった。この点を明らかにしなければ、CTPが住民参加型開発であると言うことは出来ない。そのような疑問から、現在CTPを行っている2カ村において、その参加度の現状を確かめるために、聞き取り調査を行った。
 
カルチュラル・ツーリズムに関する住民意識調査1
調査対象:アルメル地区Ng'iresi Village / Olgilai Village世帯主(もしくは家の代表者)108名
調査期間:2001年8月3日〜8月20日
調査方法:無作為抽出による面接法
有効回収率:93.5%(101/108名)
 
 調査対象者は上述の通り、CTPに参加している2カ村の村民、あわせて108名である。総世帯数は2か村で880世帯あり、そのうち101世帯を調査対象世帯とした。無作為抽出を行うにあたっては乱数表を用い、村民台帳から抽出を行った。101世帯の構成人数はのべで564名おり、子供(0〜17歳)がいる世帯は89世帯、子供のいない世帯は12世帯ある。子供のいる世帯のうち、CTPの開発支援費から利益が還元される小学校に通う児童のいる世帯は42世帯あった。質問票の内容は、主に何によって生計を立てているか、家族内に就学児童はいるか、などの基本的な情報をふくめ、CTPに実質的に参加しているかどうか、そしてCTPが個人および村全体にとって有効だと考えられるか、といった質問をインタビュー形式で行った。
 まず、いずれの村も生業を農業とするものが60%以上を占め(表5−2参照)、農業のかたわらに林業や家畜の飼育などを行っているが、いずれも小規模な自営農家である。商品作物はコーヒーとバナナで、その他の作物は自己消費用である。全体のうち8%弱が観光業に従事しており、内容は主にガイドや販売用のお土産作りなどである。では、実際に村民がどのような影響および効果をCTPから受けていると感じているかについて見てみよう(表5−3参照)。まず効果的と感じている事柄に関しては、主に4項目が挙げられ、「教育充実」がおおよそ8割近くを占めている。全体の約40%を占める世帯が初等教育を受ける就学児童を持つ家庭であること、そしてCTPが開始された年から現在にいたるまでに初等教育を終了した子供のいる世帯であることなどを含めると、この78名の回答は妥当なものであると考えられる。
 「所得向上」「雇用機会の増加」に関しては、観光客が流入することによって、ガイドやお土産の販売などで収入を得る機会が増えたことを示している。「所得向上」の具体的な数値を見てみると、回答した9世帯の総利益は79万9千Tsh.(936ドル)であり、1世帯平均では8万8778Tsh.(104ドル)の所得の向上があったことになる。これは、タンザニアの一人当たりのGDPの39.3%にも相当し、村民の1割弱が利益の還元を受けていることになる。CTPでは、「教育充実」に並び、「ジェンダー・イシュー」も目的に掲げていることから、女性の所得機会、母子家庭対策にも力が注がれており、「所得向上」と回答した9世帯のうち3名が母子家庭であった。その仕事内容としては、伝統的なマサイの小屋(MaasaiBoma:以下、ボマ)で生活する母子家庭を訪問し、ボマの作り方や生活の方法などを説明したり、写真撮影に応じたりすることを通じて、観光客から直接的な寄付を募る形を取っている。これ以外にも、先述のとおり開発支援費による母子家庭支援プロジェクトが組まれており、直接的にも間接的にも村民の生活を支援する形が取られている。
 
表5−3 CTPの効果・影響
<効果>
所得向上 9
雇用機会増加 22
諸施設の改善および設備向上 21
教育充実 78
その他 5
なし 5
<影響>
観光客受け入れによる問題発生 14
伝統文化変容 1
なし86*回答者101名 (出典:調査結果より、筆者作成。)
 
 
 調査の結果、その影響についての意見もいくつかあったものの、表6−3からも分かるとおり、86名もの村民が「悪影響はない」と回答しており、全体的な意見としては「影響は努力により回避出来るものである」と考えられている。以上のような結果からも、村民にとってCTPは直接的、あるいは間接的に効果のあるものであり、その影響よりも効果を重視する傾向にあることが分かる。
 では次に、実質的な参加度はどのようになっているのだろうか。調査結果から見ると、村民がCTPを含め何らかの観光業に従事している割合は極めて低いことがわかる。「住民参加型」と言われているものの、実際にはどのような基準で「住民参加」が論じられているのか、いささか曖昧である。この点を明らかにするためにも、実質的な参加意識について、同じく101名を対象に調査を行った。結果は、88.1%もの人々が「実質的な参加意識は無い」と回答しており、生業として観光業に従事している人を除けば、おおよその村民が参加をしていないということになる。しかしながら、「CTPは住民参加型か」という問いかけに対しては、回答者のほぼ全員が「参加型」と答えており、その理由に「観光客を村に受け入れている」ということを挙げている。これは一体どういうことを意味するのであろうか。
 CTPにおいては、生業として観光業に従事するほどではないにせよ、来訪者を暖かく迎え入れ、笑顔で挨拶をし、時と場合によっては共に写真をとる、といった日常的な事柄がすでに「住民参加」であり、このような村民のホスピタリティなくしては、カルチュラル・ツーリズムのような観光形態は成立し得ず、持続することも不可能なのである。つまり、「受け入れ」そのものが、広義の意味での「住民参加」という考えのもと、プログラムは運営されている。豊富な自然資源は言うまでも無いが、それを切り口に村民の生活と村民自身を観光資源とすることで、カルチュラル・ツーリズムは続けられているのである。ここにカルチュラル・ツーリズムが住民参加型である、と言われる所以がある。
  





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