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5. モロッコ(カサブランカ)
モロッコ
Mr. Said Chakir
カサブランカ市における都市公共交通の問題点
はじめに
 都市公共交通セクターは、都市生活の基本的な要素の一つとされている。市民の日常活動を支援する上で基本的な役割を果たしているからである。したがって、カサブランカのように都市の人口が大きいほど、特に人口密度が高いほど、公共交通セクターが充実していなければならない。そのため、先進国並の近代的で利便性の高い都市公共交通が整備されている国ほど、経済や社会生活も充実しているといえる。都市公共交通セクターは、その国の地位をいや応なく反映しているからである。
 
 しかし、通勤通学、あるいは図書館、ショッピングなどに行くのに公共交通を利用しているカサブランカ市民は、確実に現状に満足していない。カサブランカ市を訪れる旅行者も、公共交通機関を利用しなくとも同様の印象を持っている。したがって、モロッコの生活や経済の一側面である公共交通セクターは、政策決定者による早急な対策が必要な危機的状況にあるといえる。
 
 公共交通セクターの問題点の分析、解釈、解決策の模索に進む前に、まずやらなければならないのは、この危機の原因を突き止めるために、都市公共交通の需要を把握することである。本報告書では、総合的な採用をしている。また、現場に関する情報に基づいて現状を報告する一方、その情報を解釈し、適切な解決法を提案している。
 
1. カサブランカにおける都市公共交通需要の把握
 カサブランカにおける都市公共交通需要を把握するためには、2つの関連する要因を明らかにしなければならない。ひとつは、カサブランカの特質に関するものであり、もう一つは、都市公共交通の増加に関するものである。
 
1.1. カサブランカ市の特質
 カサブランカ市はモロッコ王国最大の都市であり、全人口の12%(20世紀初頭は5%)が集中し、都市人口の25%を占めている。カサブランカ市の人口は1960年には96万5,000人であったが、1990年には291万6,000人、2000年には350万人となり、2010年には400万人に達すると予想されている。1960年から1994年までに3倍に拡大しており、この間の年増加率は3.1%であった。
 
 この人口増加により、カサブランカ市の面積も拡大し、1907年には50ヘクタールであったが、現在では1万5,000ヘクタールである。また、現在の人口密度は、ヘクタール当たり95人以上である。
 
 カサブランカ市の行政を見ると、1976年には県が1つ、コミューンが5つ、都市グループと呼ばれる調整行政機構が1つで構成されていたが、1997年には、地方制度が制定されて、9つの県をウィラヤが調整し、29の都市コミューンを都市グループと都市庁が調整するようになっている。以上の行政単位は、社会経済生活においてそれぞれ適切な責務・役割を果たしている。モロッコの方針は、地方分権と地方の独自採算性を指向しているので、これらの行政単位は、モロッコにおいて調整と競争の環境の中で、それぞれの行政事務を遂行することが奨励される。
 
 人口の増加と都市部の拡大は、カサブランカ市の経済発展により、投資家や労働者が市に集中した結果である。市内の企業数は6,200社以上(全国の企業の半数以上)であり、17万人を雇用している。1967年の数字は、企業数1,002社、雇用人数は5万人であった。商業サービス部門の雇用者数は、1982年の統計によれば353万9,000人(1950年は11万5,000人)である。また、全国の銀行・保険等の金融機関の55%がカサブランカに集中している。
 
 このように、以上の要因が相互に作用して、都市公共交通需要を増加させている。
 
1.2. 都市公共交通需要の増加
 市の公共交通を利用して移動する人が増加していることが注目される。カサブランカの一人一日当たりの平均移動回数は1975年の0.95回から2000年には1.93回以上に上昇した(下記参照。出所はAboulfath L, 1988:46)。
 
1960 1970 1980 1990 2000
平均移動回数 0.60 0.81 1.10 1.46 1.93
 
 この急増から、都市公共交通需要の増加が伺える。
 
2. 都市公共交通の役割
 途上国において、バスは基本的な交通手段(交通分担率は50%以上)であることは、多くの研究者が一致するところである。ただし、バス輸送は問題も多く、十分な役割を果たすことができなくなっている。バス輸送の問題に触れる前に、カサブランカ市の公共交通セクターの発展段階を押さえておくことが有益であろう。
 
2.1. 都市公共交通の発展段階
 モロッコの独立以降、都市公共交通は次のような3つの発展段階を経ている。
 
第一段階:外国企業による独占
 
 1964年以前は、AUTONAT HASSANIA DUBAR (STUR) BONOCIと呼ばれる外国企業が都市公共交通を独占していた。
 
第二段階:公営の都市公共交通
 
 1964年から1985年までの間に、経営の主体は外国企業からRegie Autonome de Transport Communal (RATC)というモロッコの企業に移った。この企業に設立により、外国企業による経営に終止符が打たれた。
 
第三段階:公的部門と民間部門の共存
 
 1984年8月7日、ハッサン2世国王のイニシアティブにより、カサブランカでは公的部門に加えて民間部門も都市公共交通セクターに参入できるようになった。公的部門が抱えていた問題の解決を図ることがその目的であった。その問題とは次の通りである。
 
RATC社の都市公共交通経営に深刻な影響を与えた1973年の石油危機による、石油や鋼管部品の価格の上昇
人口の増加と公共交通需要の増大
バス料金と学校送迎費の上昇
政府補助金がなかったこと
RATCの従業員の待遇および車両の状態の悪化
RATCの継続な赤字
 
 こうして都市公共交通セクターに民間部門が参入することになり、1985年には4社が設立され、64路線の運行を始めた。その後の1987年には8社が参入して合計12社となり、民間部門によるバス路線の数も合計で126路線に増加した。その結果、市内のバス台数は1984年の450台から1988年には873台に増加し、1994年には1,200台を突破した。現在運行されているバスは、合計1708台で、その内訳は、RATCが290台、民間部門が1418台である。路線数はRATCが59路線、民間部門が153路線である。以上のことからわかるのは、民間部門が公的部門を凌駕している(民間部門が2/3、公的部門が1/3)が、その背景には政府の民営化政策があったのである。
 
 いずれにせよ、民間の参入により都市公共交通需要の逼迫状況が多少緩和されたものの、都市公共交通セクターは他にも多くの問題を抱えていた。第一に、カサブランカでは人口2,500人当たりバス1台の割合であるが、先進国が推奨する国際平均は人口1,000人につきバス1台の割合である。これによれば、バスの台数は需要と比較して遙かに少ないといえる。そのため、バスが混雑するとともに、バス停での待ち時間も長くなってしまう。
 
 第二に、カサブランカ市のバスの配置に、地域的な偏りがある。Anfa、Maarifなど、所得水準が平均以上の地域に市内の全車両の36%が配置されており、人口1,600人に対しバス1台の割合になっている。その一方で、バス1台に対する人口が2,500人を超える一般地域もある。さらに、前者の地域の住民は車を使うので、比較的バスを利用する機会が少ない一方、後者の地域では、主要な公共交通手段として、バスの需要が増加している。このことから、後者の地域のバスの方が、使用頻度が高いので、車体が劣化するのが早いことが伺える。
 
 第三に、市の人口が増加していることから、市街地が農村地帯に拡大している。近年モロッコを襲った干ばつの影響や、カサブランカには雇用機会があることから、市周辺の農村地域と市内の間の交通も増加している。この状況を踏まえ、市と周辺地域を結ぶ路線もいくつか開通している。ただし、これらの路線で運行されているバスの数は29台未満とわずかであり、市内の全車両の4%にすぎず、バス1台あたりの人口は9,000人にも達している。
 
 第四に、人口増により、市の中心部のバスステーションを維持する計画は破綻しており、市の中心部には大きな負荷がかかっている。そのため、大渋滞、騒音、大気汚染、時間がかかる、などの問題が発生している。必要なのは、市の中心部以外の場所にバスステーションを設け、そこと市の中心部を結んで、市の中心部にかかる負荷を分散させることである。ただし、これも一時的な対策にすぎない。その理由は、市の中心部は多くの人にとって職場があるところなので、通過する場所ではないからである。さらに問題なのは、勤務時間は丸一日ではなく、午前と午後の半日にする制度を取っているために、通勤のピークが一日に4回あることである。したがって、抜本的な解決には、バス以外の都市公共交通機関として地下鉄や高架鉄道が必要である。この問題を議論する前に、都市公共交通セクターに関連する別のセクター、すなわちタクシーについて触れてみたい。
 
3. 都市公共交通を補完するタクシーの役割
 1994年におけるタクシーの総台数は5,728台である。このうち、小型タクシーは3,488台、大型タクシーは2,240台である。
 
 大型タクシーには規定の路線のみしか走れないという制約があるが、小型タクシーは市内を自由に走ることができる。大型、小型を問わず、タクシーはバスにかかる負荷を軽減してはいるものの、小型よりも大型タクシーの需要が大きい。大型タクシーは正規の交通機関とされているのでバスと同じ役割を果たす一方、小型タクシーは、緊急、変則的な交通手段の域を出ていない。注意してほしいのは、大型タクシーはピーク時を中心に需要が伸び、競争力もあるが、交通渋滞や大気汚染の要因にもなるので、基本的には都市公共交通の問題を軽減するだけである。なぜなら、あらゆる階層にとって手の届く料金ではないからである。したがって必要なのは、同等の条件で離れた場所を結ぶ公共交通手段であり、その料金はあらゆる階層とはいわないまでも、様々な階層にとって手が届く範囲でなければならない。その条件を満たすのは、地下鉄や高架鉄道である。地下鉄や高架鉄道であれば、都市公共交通や公害、交通事故などの問題は確実に解決されるであろう。
 
4. 地下鉄・高架鉄道:都市公共交通需要の問題の抜本的な解決
 都市公共交通の問題を解決するには、もはや地下鉄・高架鉄道しかない。このことは、政府、議会、地方、ウィラヤ、都市グループ、地方コミューンの様々なレベルにおける様々な会合で議論されてきたことである。ハッサン2世国王のイニシアティブにより、国際協力事業団(JICA)も1986年7月に、カサブランカに高架鉄道型の都市交通システム整備事業のフィージビリティ・スタディを実施している。このフィージビリティ・スタディでは、カサブランカ市の計画や地理上の区域をはじめ、セキュリティなどの関連分野も考慮した、いくつかの選択肢が提示され、徹底的な検討が加えられている。この事業は、Mohamed VI通り(ex route de Mediouna)を経由して市の中心部とsidi Moumenを結ぶものである。
 
 地下鉄・高架鉄道の導入は、政府にとっては費用の負担が大きいが、人口増加の規模を問わず、住民全体の利益にとなるだけでなく、環境汚染問題の解消にも貢献する。バスの需要も軽減される。さらに、市の中心部(職場)と人口密度の高い住宅地域をつなぐことにもなる。そしてなにより、時間が短縮され、交通事故が減少し、環境保全にも貢献する。ただし、一般大衆の手の届くような料金設定にしなければならない。そうでないと、問題は解決されず、努力は徒労に終わってしまう。
 
まとめ
 要約すると、都市公共交通セクターは、人口増加による交通需要の増大と不十分なインフラという、長年にわたって蓄積されてきた深刻な問題を抱えていることを本報告書は明らかにした。事態は深刻であり、政策決定者は早急に対応して、地下鉄・高架鉄道を導入する必要がある。また、市中心部のバスステーションを市内の他の地域に分散することも提案した。そのためには、市中心部から離れた場所にオフィスを整備する計画を立て、渋滞、交通事故、大気汚染の防止を図る必要がある。







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