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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年1月号 中央公論
イラク人が納得できる復興のあり方を
大野元裕(おおの もとひろ)(中東調査会客員研究員)
 
 二〇〇三年五月一日、ブッシュ米大統領は、イラク解放戦争の大規模な戦闘が終結したと宣言した。その中でブッシュ大統領は、対テロ戦争に対する勝利を強調し、イラクに「解放」と「自由」がもたらされ、中東における民主化の手本となることを宣言した。しかしながら、現在のイラクはブッシュ大統領が宣言したような状況にはない。イラク人は確かに、独裁者サッダームから解放された。戦争と制裁に苦しんできたイラク人こそが、安定と復興を最も望んでいることに疑いはない。それにもかかわらず、イラクの状態は、少なくとも特定の地域においては悪化している。
治安は悪化を続ける
 五月一日以降の米軍の週別死者数とテロ事件の状況を見ると、治安は段階的に悪化している。
 戦争の末期および終戦直後には、北部クルド地域を除くほとんどの地域で散発的にテロ事件が発生したが、被害者は比較的少なかった。この時期における治安の悪化は、職を失い将来に不安を抱く者によるデモ、戦争直後の略奪、旧政権が行った恩赦による組織的窃盗団の復活、省庁への放火等に代表された。これはある意味で、戦後の混乱期における典型的な治安の悪化であり、混乱期を経過した後には、デモを除けば治安の悪化はいったんは収束の傾向を見せた。しかし五月末以降、より深刻な治安の悪化の兆候が見られ始めた。
 バグダード、モースルおよびラマーディを結ぶ「スンニー派三角地帯」には、旧政権と利害関係で結ばれ特権的な立場を享受してきたスンニー派アラブ系部族が多く居住しているが、彼らは米軍の標的になり、指導的な立場から追われ、排除されたことによって不満を抱いた。この内、バグダード西方のファッルージャでは早い時期から米軍に対し不満を表明するデモが発生したが、四月末に米軍はこのデモに発砲し、デモ参加者が殺害された。その結果、住民はデモを継続させたが、基本的に米軍はこの状態の改善に効果的な手段を講じることができず、いたずらに力によって制圧を試みるのみであった。
 結果、五月二十八日には、同地で最初の米兵の犠牲が出た。これ以降、この地域におけるテロは継続した。不満の多い人々が居住する他の「スンニー派三角地帯」でも同様の状況が見られるようになり、この結果、特定の地域にテロが集中し、米英兵が犠牲になっていった。筆者は本誌二〇〇三年四月号において、イラクの特殊な部族構造を議論したうえで政権中枢に近い部族以外は直ちにイラクを安定させる勢力にはならないかもしれないと指摘したが、米軍は、これらの部族を不満が高じる状態に追い込み、不安定をもたらす勢力に変化させてしまった。
 六月末以降は、テロの対象が米英兵からパイプライン、国連、NGO、米軍に協力するイラク人等に拡大した。つまり、不満を直接米英軍にぶつけるのではなく、相対的に脆弱な標的を対象とし、襲撃によって米英軍の占領行政が打撃を受けることを理解した計画性が出現したのであった。さらに、八月上旬のヨルダン大使館爆破事件以降は、国際的テロリストの典型的手口である多量の火薬を積載した自動車による自爆テロが見られるようになった。さらに十月二十七日からの断食月に照準を合わせるようにして、計画的な連続テロが発生した。十月中旬、米軍司令官は、イラクにおけるテロの実施部隊は数名と少数であると述べたが、最近のテロには多数の関与の兆候が見られ、組織化が進んでいる様子が窺える。さらには、組織化の進展と国際テロ組織の関与は、「三角地帯」以外の地域や国外へのテロの飛び火をもたらしている。
不満の背景
 治安悪化の背景としては、戦後に力を付けた国内の諸勢力が米軍により抑え付けられ、元来力と統治の経験を有してきた層が国づくりから排除され、復興が進まずにいることが指摘できる。つまり、テロの背景には米国が少なからず関与した構造的な問題が存在する。この状況は、イラク人を国づくりの主体にすることによって改善できたかもしれなかった。七月には、占領当局が任命した統治評議会が発足したが、評議会の二五名のメンバーの内、一三名はきわめて限定的な影響力しかもたない旧在外反体制派の人々であった。またこの評議会には、問題となっている「スンニー派三角地帯」を抑えられる部族出身者は含まれていなかった。イラク人は単に「解放」されるだけではなく、「自由」な環境の下で、イラク人たちが望む安定した社会を形成することを望んでいたはずなのに、それは許されず、親米色が強いし、国民の支持を集めることが直ちには困難な人々による統治を押し付けられた。これらの結果、占領軍への不満は、テロリストの主張する「米軍の悪事」を人々に受け入れさせ、テロを仕かけやすい環境を醸成してしまったのであった。
 イラクは現在、岐路に立たされている。テロリストの主張する正義は徐々に説得力をもち始め、テロリストの組織化が進み、旧政権勢力と国際テロリストの協調が噂されている。このような構図と組織が確固たるものとして定着してしまえば、状況の改善には相当の時間と労力が必要とされよう。他方で米国は、現地のイラク人を排除し、力で押さえ込む政策を見直し始めているようにも見える。米軍は旧政権の治安要員を条件付きで採用し始め、またイラク人への早期権限委譲へと政策を転換させた。このいずれの流れが優勢になるかによって、イラクの進む道は相当変わってくるであろう。
 しかし、後者が円滑に進められたとしても問題は残っている。現在では、各地方の代表者が集まって暫定議会を構成し、暫定憲法の制定を経て、二〇〇四年六月までに政府が発足する方針になっている。暫定議会にはすべての政治勢力、部族、宗教を代表する指導者、すべての地域から人口比に応じて選出された代表が参加するとされているが、選出方法は直接選挙ではない。このためシーア派の宗教指導層は、国のあり方を規定する憲法を決定する主体は国民の選挙により選出すべきと主張している。皮肉なことに、ブッシュ大統領が提唱した「民主主義」の欠如とサッダーム政権を想起させる米軍による力の政策が批判を受けている。重要なのは、しっかりした状況判断を行い、イラク人が納得できる政策に基づく復興のあり方を示すことであろう。
◇大野元裕(おおの もとひろ)
1963年生まれ。
慶応義塾大学法学部卒業。
在ヨルダン日本大使館一等書記官、在シリア一等書記官、中東調査会客員研究員を経て現在、中東調査会上席研究員。
 
 
 
 
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