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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2003年4月号 諸君
反戦反米の旗を掲げる論者たちよ、棍棒と警棒を取り違える勿れ(なかれ)!
岡崎久彦(おかざき ひさひこ)(岡崎研究所所長・博報堂特別顧問)
田久保忠衞(たくぼ ただえ)(杏林大学教授)
「査察ごっこ」が終わる時
 田久保: イラクは相変わらず国連相手にのらりくらりと「査察ごっこ」をやって、何とか米英の攻撃を逃れようとしていますが、それを支援するかのように、二月十五日に、世界各地で「反戦・反米デモ」が行なわれた。まあ、テレビで見る限りでは、凄い人波でしたね。翌日の各紙が、「反戦の波 地球を回る」「60力国1000万人」(朝日)、「ベトナム戦争時に匹敵」(毎日)と浮かれてしまったものだから、自民党の有力政治家までヘンに浮足立って、アメリカ支持を言いにくい「空気」が生まれてきている。
 岡崎: もう一と月も経てばこんな騒ぎは全く無意味になっているでしょう。ほうって置けば良いとも思うが、敢えて改めて議論に参加すれば、十一月の安保理決議はすでにイラクの違反を決定しているのだから大量破壊兵器を本当に全面撤去したかどうかの挙証責任はイラク側にある。
 かつて、南アフリカが核武装をしたことがある。周辺の黒人国家から攻撃を受けるかもしれないという恐怖感からです。その後、アパルトヘイトも廃止し、核武装の必要がなくなった。そこで、IAEA(国際原子力機関)の査察を正式に受け入れて、包み隠さず核施設を案内し、開発に携わった科学者の全リストや文書を提出した。それが「武装解除」です。安保理決議はそれを求めている。査察で証拠が見つかる見つからないの話ではありません。
 田久保: 昨年十一月に採択した国連決議一四四一は、虚偽の報告や申告漏れがあれば「重大な違反」に当たると規定し、その場合は「深刻な事態に直面する」と警告していたんですから、パウエル国務長官の報告からも明らかなように決議違反は明白です。
 岡崎: その違反を突かずに、単純な反戦運動をあんなにやってみせたら、サダム・フセインが選択を間違えますよ。この前の湾岸戦争の時も、開戦直前まで反戦・反米デモが盛んだったでしょう。
 田久保: 日本国内でも、イラク大使館に「クウェート侵攻反対」を叫びに行くんじゃなくて、アメリカ大使館に抗議しに行くんだから迷走もいいところだった。
 岡崎: そのために、フセインは、国際世論の「支持」が自分にあると勘違いし、撤退の最終期限を迎えてもクウェートにとどまったために湾岸戦争が始まった。あの時も、直前まで戦争は回避できるという外交・軍事専門家がいっぱいいましたが、今回も同じ道を辿っています。反戦デモは逆効果ですよ。
 田久保: ワシントンは「微動だにせず」といったところでしょう。朝日は、国連安保理事国は「戦争回避が多数派だ」(2・16社説)と指摘しているが、ラムズフェルド国防長官が言明したように、世界の九十カ国の政府が、アメリカの反テロ・反イラクの戦いへの支援を表明しているのも忘れてもらっては困る。NATOにしても、十九カ国の加盟国中、フランス、ドイツ、ベルギーはともかく他はほとんどがアメリカ支持でしょう。
 かつてのベトナム反戦運動にしても、二十年前の欧州での反核デモにしても、国際共産主義勢力であったソ連東欧が操っていたことはもう歴史的に証明されている。当時の反核運動などは、先に配備されたソ連のSS20には沈黙し、それへの対抗のために欧州に配備しようとしたアメリカのパーシングIIや巡航ミサイルに反対していたのだから、その偏向ぶりは明白だった。いま、日本で、アメリカのイラク叩きを批判はしても、日本にとって最大の脅威である北朝鮮の核開発に沈黙している勢力がある。同じ穴のムジナですよ。
 さきの反戦デモにしても、産経の野口記者(ロンドン特派員)は、「イラクに扇動されたアラブ人が大量に参加、欧州の極左過激派や無政府主義者らが呼応したとして(英国情報機関などは)警戒に当たった」(2・16)と伝えています。そんな人々が千万人集まったところで、ブッシュ以下、アメリカ政府関係者たちは、文字通り「自ら省みて直くんば千万人といえども吾往かん」(孟子)の心境でしょう(笑)。
 岡崎: 知人からの年賀状に「反米は人畜無害、春の雪」とありましたが、まさにその通り(笑)。この前、「朝まで生テレビ!」(1・31)に出たら、回りはほとんどイラク攻撃反対派ばかりだったけど、彼らが幾ら反米を言っても、それに替わる議論の組み立てが何もないんですよ。昔の社会党みたいに、日米安保を破棄して非武装中立で行くのか―でも、その路線を推進していた社会党(左派)の村山富市さんが首相になって日米安保堅持を主張したんだから、もはやこんなことを言う人もいない。
 ならば、ロシアや中国と新たに軍事同盟を結ぶのか? そんなことも実際は無理でしょう。ですから、日本国内の反米論は根無し草です。それと、反米論は言う人にとっても人畜無害なんです。アメリカを幾ら批判しても別に何もされないけど、悪口を言う相手が北朝鮮や中国だと、いろいろと有形無形の圧力や干渉を受けることが今まであった。だから相手が独裁型国家だと、日本のマスコミや知識人は沈黙しがちになる。
 従って、反戦論もあっという間に消えていくシャボン玉みたいなものでしかないでしょう。アメリカ議会の公聴会は、すでに、戦争の是非でなく戦争が終わった後の「戦後処理」ばかりをテーマに論じ合っているんですから。
フセインが打倒されれば「歓喜の渦」が
 田久保: ところが、日本では未だにアメリカのイラク攻撃を支援すべきか否かで、政府も与野党の政治家も分裂状態だ。
 例えば、岡崎さんの後輩にあたる外務省出身の岡本行夫さんが「米国はイラクを武力攻撃すべきでない」(産経・1・24)という論文を発表した。肩書は「外交評論家」となっていたけど、彼は「内閣参与」でもある。外交問題では首相のアドバイザー役とも見られている。そういう要職にある人が、「イラクへの攻撃は多くの市民を巻き込む」と心配し、イラクは「形の上では国連の査察団も受け入れた。北朝鮮のほうは核兵器を開発していると開き直ったうえで、IAEAの査察団を追放してしまった」にもかかわらず、「アメリカはイラクを攻撃し北朝鮮には対話で応じようとする。理屈の上では、均衡を欠いている」とアンパイヤーのような批判をし、「イラクを攻撃すれば、アラブ民衆のアメリカへの憎悪は募る。中東は却って不安定化するかもしれない」。だから、「アメリカはイラクを武力攻撃すべきではない」と主張しています。
 しかし、この「市民巻き込まれ論」や「アラブ民衆の反米感情に火をつける」といった理屈は、まるで朝日の論説や社民党の土井たか子氏の感情的な反米論、反戦論と瓜二つです。
 九・一一テロの後のアメリカのアフガン攻撃の際にも、そうした「市民巻き込まれ論」から反対した「平和主義者」がいました。しかし、アルカイダらによる世界貿易センタービルへのテロこそが、一般市民を直接狙った文字通りの無差別テロでしょう。その再発を防ぐために行なわれるテロリストへの攻撃によって、やむをえず生じるかもしれない一般市民の犠牲を絶対許容しないという理届は、再発防止のための有効な手段を縛る効果しかない。
 また、イラクのフセイン政権が、アラブ民衆を代表するものと誤解しているのも解せない。アフガン攻撃の後、市民には、アメリカへの不満もあるだろうに、凶悪なタリバンから解放されてよかった、多少の被害は仕方ないといった声があったことは、朝日新聞も伝えていた。「ずっと戦争で苦しんできた。日本のように平和になるなら何人死んでも構わない。家族が死んでも平和になる方がいい」とか、親が空襲の巻き添えで死んだグルカリという子供に対して、「グルカリは可哀想だが、空襲でタリバーンが壊滅した。だから我々は平穏に暮らせる」(昨年八月十四日付け)と。フセイン政権が打倒されれば、同じ状況が生まれるのではないか。
 岡崎: その通りです。日本にやってきたイラクの反体制派指導者とこの前会いましたが、「フセインが打倒されたら、バグダッドの町は歓喜の渦となるだろう」というアメリカの新聞記事を見せて、「本当にこうなるだろうか?」と訊いたら「たしかにそうなる」と言っていました。
 また、アメリカのリベラル派の国際問題専門雑誌である『フォーリン・アフェアーズ』最新号に、ジョンズ・ホプキンス大学教授のフォアド・アジャミ博士の巻頭論文が掲載されています。
 彼は、「アメリカはアラブの心を掴めるとか、戦争の正当性を納得させられるとか、甘い期待を持つべきではない」と指摘しつつ「アラブ世界のひがみ、甘え、後進性を脱却しようとしている心あるアラブ人は、米国の介入に期待している」と述べています。そして「確かに戦争は惨苦を伴うが、ここで攻撃を中止し、フセイン独裁の継続を許すことのもたらす恐るべき結果と比べれば、それさえも卑小なものであり、力の行使そのものに対する非難を甘受しつつ、世界の秩序を力で守るのが大国の宿命だ」と言い切っている。
 巻頭に続く第二論文も、同じ趣旨のアメリカ介入賛成論でしたから、アメリカ国内で、知識層の主流は介入支持で固まっていると見ていいでしょう。
 田久保: ブッシュにイラクへの武力行使の権限を認める決議案にしても、上院は三分の二以上の七十七人が賛成している。だから、そんなアメリカが、岡本論文を読んだら、何をトンチンカンなことを言っているんだと呆れるでしょう。
 岡崎: 彼は後輩なので言いにくいのですが、実は、いやーな事を聞きました。あの論文を、ある英字紙が翻訳したいと打診をしたら、本人が「嫌だ」と断ったという。でも、「米国はイラクを武力攻撃すべきでない」と主張するならば、英語で書かなくては本来意味がないはずです。
 田久保: 仰るとおりです。でも、本人が翻訳を断っても、アメリカ大使館が翻訳して本国に伝えていますよ。
 岡崎: 私が読売新聞に書く論文(「地球を読む」)も、「デイリーヨミウリ」に即日英訳されるし、産経新聞の論文も英訳されることになっています。言論人ならば、世界に向けて発信するぐらいの気概を持って欲しい。翻訳を断ったということは、彼自身、この意見は国内では通用する議論だけど、アメリカで通用しないと知っているのではないでしょうか。
 同じような例が過去にもあったんです。冷戦時代の七〇、八〇年代、ソ連の脅威をめぐって安保論争が盛んな頃に、日本では「非武装中立論」が根強い影響力を持っていた。でも、これがどういう思想的根源を持つ理論かを外国に紹介するにあたっては適当な文献がなかった。すると、当時最も有名な東京大学の国際政治学の教授がある時、それなりに論旨が通った論文を某雑誌に書いたので、ジャパン・エコーが翻訳したいと打診したら、これまた本人が拒絶したんです。つまり、自分の空想的な議論がアメリカというか国際社会の冷厳な現実の前に全く通用しないことを知っていたからでしょう(笑)。こんな事では、日本の学術的水準はいつまでたっても世界の水準に追いつきません。
 岡本君の意見に私は不賛成ですが、それが彼の信念ならばそれはそれで良い。彼の精神的インテグリティのために今からでも、英文にして欧米の知識人に彼の見識を問うて欲しいですね。
 田久保: 岡本さんは、アメリカに「イラクを武力攻撃すべきではない」と主張しつつ、これをモノ申すには、「日本自身が毅然とテロと対決し圧制国家に対峙する国にならなければならない」として、インド洋でアルカイダ掃討を続ける多国籍艦隊に協力せよなどと述べているから、その東大教授や社民党よりはマシかもしれないが、どうも首尾一貫したオピニオンとは思えない。
 岡本発言に慌てたわけではないでしょうが、外務省は、二月になって「イラクの大量破壊兵器――疑惑は解明されたのか?」というパンフレットを急遽作って、イラクが今までいかに酷いことをしてきたか、科学者への個別インタビューも実現していない・・・といった宣伝活動を展開し、川口外相も、「イラクが国連査察に積極的に協力しなければ、米国などの武力行使もやむをえない」と発言するようになってきた。しかし、それまでは、外相も、「米国を支持するかもしれないし、しないかもしれない」「状況を見ながら主体的に判断する」「いまは何もいわないことが国益のため」なんて言って、質問者をケムにまいていた。
 外務省関係の多くの人々と議論をしていて気付いたのですけれど、「憲法改正が必要だ」と私が言うと、「田久保さん、まあまあ、それまでに日本はまだやるべきことがたくさんある・・・」と反論してくる。「イラク攻撃が必要だ」と主張しても、「いやいや、そこまでやるには国連決議もまだ二つぐらい必要になるし・・・」とかすぐ反問する。論理的というより、状況論に徹している感じで、外務省出身者にありがちな「足して二で割る」といった発想ですよ。勿論岡崎さんはそうじゃないけど(笑)。
 岡崎: なるほどね。
 田久保: この論法は、空手の「寸止め」と同じ。つまり、相手の生命に危険を与えないように、急所を打撃する手前でストップするという手法です。要するに手を汚す戦争に加担したくないから、時間稼ぎのために「話し合いの余地がこれだけある」「まだ手続きが必要だ・・・」といった、屁理屈をこねているだけなんです。進歩的文化人や単純な平和主義者たちなら、戦術としてそういう論法をよく使うけど、岡本さんのような、筋の通った論客まで、この調子では困ったものです。
ダブルスタンダードに非ず
 岡崎: 西部邁さんの議論は難解で私如き者にはよくわからないのですが、『論座』(二月号)で、岡本論文と同じ論点もありました。
 「アメリカニズムへの批判や拒絶を欠かすことができない。その一例を示せば、『独裁制と核武装』において北朝鮮への容疑がイラクへのそれよりもはるかに濃厚なのに、なぜイラクには『経済封鎖と武力侵略』であり、北朝鮮には『経済協力と政治交渉』であるのか、その現実的な意味合いを誰も説明できない。いや、『アメリカの都合』を絶対としそれに服従すると構えてはじめて、日本はアメリカの軍事や外交に追随できるのである」
 西部さんとは政治的立場は大きく違うでしょうが、西尾幹二さんも、『Voice』(三月号)で、「なぜイラクより危険な国(北朝鮮)と『及び腰』で話し合うのか」とアメリカ政府に問い質したいと書いています。
 要するに、アメリカはダブルスタンダードではないかと言っているわけです。
 しかしライス大統領特別補佐官がいみじくも指摘していましたが、朝鮮半島は、過去半世紀にわたって抑止力が働き、平和が維持されて来た地域であるのに対して、イラクは抑止力が働かないことが、既に十年前に実証された地域だということです。休戦ラインの北側には、八千から一万門の北朝鮮の大砲とロケットが並び、その多くがソウルを射程内に捉えている。戦争が始まるとソウルは火の海になり、半世紀営々として築いた繁栄が灰燼となる。それでも良いと言える韓国の政治家はただの一人も居ないし、アメリカや日本の政治家だってそうでしょう。一九九四年と九九年の米朝交渉が妥結した背景にははっきりとこの間の事情があります。いずれの場合も、戦争という選択は数十万から百万人の犠牲者を出すから、ここは忍耐しようと、公聴会の記録や文書にはっきり書いてあります。
 他方、北朝鮮側も戦争を始めれば徹底的に破壊されます。この相互抑止が働いている地域ですから、まず平和的話し合いによる米朝合意の可能性が模索されているわけです。
 米国が本当に武力行使すべきかどうかの決断を迫られるのは、北朝鮮が本当に大量破壊兵器とその運搬手段を完成しつつあると判断された時、あるいは、核兵器を量産して、輸出拡散するおそれがある時でしょうが、それはまだ先でしょう。
 イラクと北朝鮮とでは、これだけ事情がちがうのに、それを同じ平面で議論されても、私のように国際政治の現実をフォローしている者としては、とうてい、ついて行けませんね。
 田久保: 外交を考える場合、「How to survive」という国益が第一になるから、思想一点張りでやっていると齟齬が出てくる。あくまでも政策選択の問題なんですよ。西部さんに言われなくとも、アメリカの対日占領政策――東京裁判史観に基づいて日本を骨抜きにするために押しつけられた憲法や教育基本法――はケシカランと思っているし、その是正を求めることに関して、私は「日本の歴史を第一に重んじる保守派」を自任しています。この前、国際交流基金がアメリカで主催した、日本は戦時補償も戦争謝罪も不十分だと決めつけるような「反日自虐・対日糾弾セミナー」なんて全く酷い話だと思っている。
 でも、国際社会で日本が如何に生き延びていくかということを考える場合、アメリカと協力していくこと以外、日本にどういう選択肢があるのかを冷静に考えてみるべきでしょう。
 憲法を改正し徴兵制を敷いて核武装も行ないGDPの数パーセントを軍事費に注いで、アメリカなどの同盟国がなくてもやっていけるだけの自己完結型の国家を作るのは理想といえば理想だけど、そんな風に自国だけで自国を守れる国は世界広しといえども存在しない。辛うじてアメリカがその水準に達しているかどうかという状況でしょう。
 現実的な話として、日本がアメリカ並みの超軍事大国になる可能性は少ない。だとしたら、次善の策として、その世界最強国家と同盟関係を結ぶことは日本の国益に叶ったことじゃないですか。政治的にも同じ民主主義国家で、経済も農政問題などいろいろと難問があるにせよ、お互いに原則として自由な市場経済を是としている。
 外交は冷徹なリアリズムが要求される。反共のチャーチルでも、ドイツと戦う時にはスターリンと手を結んだし、ニクソンも毛沢東と握手してソ連を締め上げていった。ケ小平時代の中国とて、反ソのためならば、日米安保も自衛隊増強も支持した時代もあった。アメリカも、ある時はイランを牽制するためにイラクを支援し、今はイラクを目の敵にしているけど、いずれの場合も、これらは政策選択の次元の問題であって、無思想、精神病理故の変更というわけでは必ずしもない。硬直した思考、思想に陥り、「東京裁判史観=GHQ占領史観」といった風に、反米で首尾一貫していないからと親米派をポチ・ホシュだのと貶めて(おとし)批判するのは天に唾するものです。
厚顔無恥なアメリカ批判論
 岡崎: そうそう。国際政治というのは、国際情勢の現実の流れの中で、双方の国益にとって一番正しいと考えることを選択し実行するしかない。中東と朝鮮半島で、アメリカの対応が異なるのは、それぞれの状況でそれが一番国益に相応しいことと判断しているから、そう行動するのであって、ダブルスタンダードだという話ではないんですよ。
 それにしても、外交は誰でも論じようと思えば論じられるからでしょうが、まだまだ驚くべき意見をよく耳にします。「アメリカの核武装は許されているのに、イラクや北朝鮮の核武装が認められないのは不公平ではないか」とか。
 田久保: 同じ包丁であっても、主婦が台所で使用するのと、不良がコンビニ強盗をするために手にするのとでは意味合いが全く異なる。同様に、隠し持った棍棒を突然振り回す危険のあるイラクと、警棒を振るおうとしているアメリカとを見比べて、どっちも凶器を持つ暴力主義者と判定するのは馬鹿げた発想というしかない。最初から貿易センタービル内の市民を皆殺しにしようとしてテロを起こしたテロリストと、可能な限り限定的に軍事施設を狙って攻撃し、不幸にして誤爆で市民を殺傷することもありうるアメリカとを同列視するのもおかしい。棍棒を警棒と取り違えてもらっては困ります。
 岡崎: 明治以降の外交評論でいちばん秀逸なのが、大正デモクラシーを代表する原敬の現実主義的外交論です。彼はこう主張していた。
 「外交思想が必要というが、シナ保全論とか分割論とか観念的なことをいってもしかたがない。外交思想とは常識のことである。例えば、条約は相手があり、目本の意思だけでは決められないとか、独立国は平等といっても実際上は強弱の違いはどうしようもないとか、戦争は相手が一国でもみだりにすべきものではないが、二国、三国を相手にするなど、いかなる国もできないとか、そういう単純なことがわかる国民こそ外交思想のわかる国民である」と。
 田久保: 炯眼ですね。そういえば、右翼の論客・大川周明が、昭和十六年十二月八日の真珠湾奇襲直後に、一連の時事講演をしていますが、その中で、「外国船が近海に来ると血眼になって騒ぐくせに、いったんその船が去ると、まるで忘れ果てて、外国船などは来ないもののように思う。その日暮しは今も昔も変わらぬ日本の性分だ」と言っています。この時期にこの人が日本人の現実的防衛論の欠如を歎いているのです。昔から日本人は常識的計算が不得意で素頓狂なのですね。
 岡崎: ですから、国は平等といっても、大きな国と小さな国があるのはどうしようもないわけで、この冷厳な事実を認識した上で国益を追求するのが本当の外交なんですね。だから、北朝鮮とアメリカを同列に置いて、どちらも核兵器を持つのが平等なんていっても誰も常識が受けつけませんよ。もしそんな事本気で考えていたら、本当に国の運命を誤るおそれがあります。
 田久保: 同様に、日本がアメリカに対して「ブッシュの政策は間違っている。イラクより北朝鮮が問題じゃないか、先に北を叩いてくれ」と幾ら言っても、そういうことを要求する資格が日本にあるのかという事も考えなくてはいけない。
 岡崎: 日本は集団的自衛権が行使できないんでしょう。今でも後方支援はしていない。やっでいるのは、「後方地域支援」であって、しかも、そこが危険になったら撤退するという条件付きでしょう。アメリカが正しくても正しくなくても、どうせまともな国らしい支援はできない。そこがいざとなったら武器を持って共に戦うフランスとちがう所です。アメリカの友人として言うべきことは言うべきだという人もいますが、借金を返す気もない奴が、金を貸してくれた男に、「お前、最近金遣いが荒いぞ」と説教するようなもの。普通の常識があったら、そんな厚顔無恥にはなれない(笑)。集団的自衛権の行使が出来るまでは口が裂けても、反米的言動はしない、それ位の意地というか矜恃(きょうじ)が欲しいですね。
日本が核武装する日は来るのか?
 田久保: その意味で、日本が「普通の国」として対等な同盟国となる機会がやってきたと思う。その具体例としては、先ず、アメリカの代表的な外交評論家であるチャールズ・クラウトハマーが、「ジャパン・カード」と題して、「米国は中国に対し、『北朝鮮を締めつけて核開発を阻止することにくみしないなら、米国は日本独自の核武装を支持する』と率直に言うべきだ」「もし、我々の悪夢が北朝鮮の核武装なら、中国にとっての悪夢は日本の核武装だ。悪夢を分かち合う時が来たのだ」と、日本の核武装を容認する時期だと指摘した(『ワシントン・ポスト』1・3)。引き続き、有力なシンクタンクであるケイトー研究所のテッド・カーペンターが、「北朝鮮に対処する選択肢」という論文を発表し、北東アジア地域の「核の均衡」を作るために日本や韓国が自衛のための核保有を目指すならアメリカはそれを奨励すべきだと指摘しています。
 こういう見解を唐突とみるか、真っ当な議論の始まりとみるか。私は勿論後者だと思う。というのも、現時点で、北朝鮮は通常兵力のノドンだけでも、日本全体を射程に入れている。これに核弾頭が搭載されれば、日本はアメリカの「核の傘」で抑止してもらうしかない。ところが、カーペンターは率直に「日韓が非核国にとどまるなら、核武装した北朝鮮から両国を守るために、アメリカが自らの安全を危険にさらすことを当てにするわけにはいかなくなると伝えるべきだ」という。事実上、「核の傘」はもう提供しかねるというのが現状なんですね。カーペンターの意見は多数意見ではないが、アメリカとの同盟関係がこれ以上危うくなったら、日本は核を持たざるを得ないことになる。
 仮に、韓国が北朝鮮を吸収合併して統一したら、アジアに大きな地政学的変化が起こる。その統一した朝鮮半島が北の遺産を引き継ぎ核武装を維持すれば、すでに中国、ロシア、インド、パキスタンも保有しているから、核保有国と核保有国との谷間にあって、日本はいたずらに軍事的な無力感に陥りかねない。韓国が核武装国家となれば、今でも過剰気味な反日侮日の度合いはエスカレートしていく可能性もある。従って、日米同盟が万一機能しなくなれば理論上日本の核武装も選択肢の一つとして残しておく必要があり、これを完全に排除するのはとんでもない話です。
 一九六三年に、ド・ゴールの知恵袋だった戦略家ピエール・ガロアが、「フランスはソ連の軍事的脅威に対抗するという理由で核を持った。その瞬間、アメリカとの鎖から解放された。日本も、中国が将来核武装をすれば、核武装を余儀なくされ、その瞬間、アメリカとの従属関係を脱することになるだろう」と語ったことがある。中国は一九六四年に原爆実験に成功するのですが、当時の日本にとってはソ連の核の方が切実な問題だったから、ガロアの予言もちょっと的外れかなと感じたものですが、今となっては、北朝鮮の核の脅威をゆるがせにできない状況で、このガロア理論は、軍事的には中級国家が「How to survive」を考える上で、実に貴重な提言だと再評価すべきではないか。
 岡崎: 私は、日本の核武装論に関しては、今まで一度も論じてこなかった。どうしてかというと、日本の世論が受諾する可能性がほとんどゼロだからです。受諾する可能性がゼロの戦略論を議論しても時間の無駄ですからね(笑)。ただ、今は北朝鮮のせいで、数パーセント程度の核武装支持論はあるでしょうが、それでもまだ現実政策として議論する価値があるかどうかは疑問です。ただ、クラウトハマーの論説は、要するに、中国に対して日本の核武装をカードにしろという話ですよね。たしかに、中国に対しては説得力があるかもしれませんね。中国と北朝鮮は最近仲が悪い。というのも、北朝鮮がテポドンを発射したりして対日威嚇をするたびに、日本の防衛体制が強化されつつあるのに困惑しているからです。
 例えば、日米ガイドライン法も成立したし、TMD(戦域ミサイル防衛)も日本は推進するという。いずれも北朝鮮だけではなく中国も対象になりかねない措置で、「北朝鮮よ、余計なことをするな」と感じているらしい。
 田久保: そのせいでしょうか、五年前に江沢民が来日した時に典型的に表れた対日恫喝外交が最近修正されつつある。
 例えば、一月の小泉首相の靖国神社参拝への批判にしても、過去二回の時よりかなりトーンダウンしている。そして人民日報論説部の評論員である馬立誠氏が、「対日関係の新思考―中日両国民の憂い」と題した論文を『戦略と管理』という雑誌に最近掲載している。感情的な日本叩きはもう止めよう、戦争謝罪ももう解決済みである・・・といった、従来の中国側の立場からは考えられないソフトな内容なんですね。他にも台湾に対する居丈高な姿勢も弱まっている。いままでは「北風政策」でやってきたけど、それが日本のナショナリズムを刺激し、かえって軍事力強化になりかねないから、これからは「太陽政策」でやっていこうということで、観測気球として、こういうことをやりだしたんでしょう(笑)。
 岡崎: とりわけ台湾は来年が総統選挙ですから、徹底した平和攻勢をかけてくるつもりでしょう。以前のようなミサイル威嚇は逆効果だと学習した(笑)。だから、中国は北朝鮮の核問題でも、日本側に協力するケースも今後考えられます。北の核問題をIAEAが安保理に付託した際も、ロシアは棄権だったのに中国は賛成している。
国連の限界を知れ
 田久保: 国連安保理で北の核問題が協議されるのは結構なことですが、国際政治の力学を冷静に分析もせずに、「国連決議」を水戸黄門の印籠と信じ込むのはいかがなものか。江戸時代でも、ならず者に三葉葵の印籠を誇示しても、平伏するとは限らない。その時は助さん、格さんといった「武士」が暴力装置を発動して初めて正義が守られたんです。完全な国連軍が未だ存在せず、その役割を事実上肩代わりしているのがアメリカである以上、我々日本がアメリカをサポートするのは同盟国として当然の義務だといえます。
 岡崎: 国連(安保理)が権威をもって、平和の安定のために貢献したのは、一九五〇年の朝鮮戦争と九一年の湾岸戦争の時だけです。朝鮮戦争の時は、ソ連が、中共を常任理事国に入れないのはケシカランと安保理をボイコットしていた最中だったから国連軍が組織された。湾岸戦争の時も、ソ連が崩壊寸前でガタガタになっていて、アメリカが冷戦の勝利者として君臨していたし、明らかな侵略を征伐するわけでやりやすかった。
 ところが、国連はそれ以外の紛争や戦争に何の貢献もしていない。ここ三十年ぐらいを見ても、七九年の中国のベトナム懲罰戦争やソ連のアフガン侵攻などは、国連の決議など全くありません。それ以前のベトナム戦争や英仏のスエズ侵攻、ソ連のハンガリー、チェコ侵攻も同様でしょう。
 それに、国連決議が、仮に常任理事国であるフランスや中国の拒否権で潰れたとする。そうすると日本は国連決議さえあれば、いろいろと協力するといっていたけど、日本は自分の国策の決定をフランスや中国に委ねるのかという話にもなる。結局、国連というものの限界をよく認識した上で、国連をある程度活用するのは意味があるけど、それに国策を委ねてはいけない。
 田久保: そうですね。ところが、国連に頼れないから、ソ連率いる国際共産主義勢力に対抗するために作られた集団的安全保障体制のためのNATOも、ある意味でもう歴史的使命を終えたという議論がアメリカで真剣に論議されるようになってきた。『ウォール・ストリート・ジャーナル』は「NATOの終焉か?」と疑問符が辛うじて付いているものの、トルコ支援のための協力を拒む独仏ベルギーを批判し、「メンバーの自衛行動を助けない同盟は無益だ」と論じています。今後米国との同盟関係はテロに対して戦う意思の強弱が重要な要素になるのではないか。この新聞は「そもそも、ドイツに米軍が九万も駐留している理由があるのか。これは今は主として中近東、中央アジア、アフリカの角の兵站作戦とオペレーションのために必要になっているけど、今後はポーランドやブルガリアに移動しても支障はない」と主張しています。
 岡崎: NATOそのものは、東欧にまで領域を拡大したことで、冷戦勝利の果実を具体的なものとしたという意味で大成功です。
 ベルリンの壁とソ連が崩壊してから、ソ連の脅威がなくなってもう安心という事で欧州には、中道左派政権が多く出現した。それらの政権は社会主義は放棄した。そうでなければ政権が取れないからですが、それでも、冷戦時代の野党の尻尾は残っている。それがミサイル防衛反対、原発反対、反米姿勢などです。とりわけドイツのシュレーダー中道左派政権は、二十年前、反核運動と対峙したシュミットと同じ社民党でも色彩が違う。あの時は連立相手は自民党で外相もそこから出ていた。ところが、今は左翼崩れの緑の党との連立政権で、外相は元ベトナム反戦運動の闘士。ドイツ外務省もほとほと困っているらしい。
 田久保: 日本で言えば、小田実氏が外相になったようなものだ(笑)。
 岡崎: その点、フランスは、ド・ゴール以来の自主独立路線を貫いているだけで、あくまでも法的手続き論を問題にしており、安保理決議があれば、湾岸戦争の時同様に参戦する余地はあります。
 田久保: フランスの自主性に学べという声が日本の進歩派内にあるけど、そうなったらどうするんでしょうかね(笑)。
 もっとも、ドイツにしても、九・一一テロの直後の十月の連邦議会で、シュレーダー首相は「ドイツ人は米国や欧州の支援があったからこそ、戦後、自由と主権を取り戻すことができた。だからこそ、いま、幅広い責任を負わなければならない。一点の曇りもないように申し上げるが、この責任の中には自由や人権の擁護、地域の安定や安保を実現するための軍事行動に参加することも含まれる」「ブッシュ大統領にドイツはすべての領域で責任を果たす覚悟であると明確に申し上げた。その中には軍事的な協力、参戦も含まれることは自明である」と格調高く演説をして、惚れ惚れしたんだけど、最近はダメですね(笑)。
 それでも、日本の社民党よりは立派ですが、実際、今の日本の進歩的なマスコミや一部の保守派の言論を見ていると、あたかも一九二〇年〜三〇年代の英国を想起させられます。第一次大戦以降、イギリスでは厭戦気運が高まり、ヒトラーの脅威が欧州で台頭してきても「見ざる聞かざる言わざる」と無視しようとしていた。「平和契約連盟」とか、各種平和団体が雨後の筍のように出現し、国際連盟に頼れば大丈夫だといわんばかりに軍縮の掛け声が鳴り響いていた。その影響によりチェンバレン首相の対独宥和政策として結実したのが、一九三八年九月のミュンヘン協定だった。
 しかし、独裁者と何の見返りもなく握手したらどうなるか。その一年後には独ソ不可侵協定が結ばれ、ドイツがポーランドに侵攻し第二次大戦が勃発する。韓国の金大中前大統領といい、盧武鉉大統領といい、彼らがアジアのチェンバレンのように見えて仕方ないけど、日本の首相までそうなったら、アジアの平和は終わりですよ。
 その朝鮮半島の情勢悪化にしても、盧武鉉の「太陽路線」にブッシュ政権が引きずられたためという感が否めませんが、ラムズフェルド国防長官は在韓米軍の再編と一部削減を漏らしはじめた。『ニューヨーク・タイムズ』のタカ派コラムニストであるウィリアム・サファイアも「三万七千の米軍は韓国を守るためにいたが、韓国人が南北統一の支障になるというなら一斉に引き揚げるのもやぶさかではない」と指摘している。
 これでは過去の歴史の再来になりかねない。というのも、一九四九年に在韓米軍は全部引き揚げ、一九五〇年一月にアチソン国務長官が「アメリカの太平洋における防衛線はアリューシャンから日本、琉球、フィリピンを結ぶ線である」と演説し、韓国は防衛圏外と表明したために、北朝鮮に間違ったシグナルを与え、それが朝鮮戦争に繋がったというのが定説ですからね。日本は戦後、海洋国家として生きていくことにしたけど、韓国はこのままだと大陸に呑み込まれかねない。大陸に関与していった戦前の日本と同じ愚挙を犯しかねませんね。
 岡崎: 日本は朝鮮半島でどんな危機が起ころうとも、周辺でどんな紛争があろうとも、先ずは日米同盟を強化することがすべての決め手です。それさえ磐石ならば、韓国がドイツ式に北朝鮮を吸収合併しようが、朝鮮半島が赤化統一されようが、日本は案ずることはない。
 田久保: だからこそ、「日米安保堅持。対イラク攻撃支持」をもっとはっきり言う必要がある。
◇岡崎久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。
◇田久保忠衛(たくぼ ただえ)
1933年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
時事通信社・那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長を経て、現在、杏林大学教授。
 
 
 
 
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