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2003年5月号 中央公論
脱米国依存のイラク復興協力は可能か
大野元裕(おおの もとひろ)(中東調査会客員研究員)
 
 戦後のイラクは経済制裁と戦争の影響でさまざまな面で国際的な支援を必要としている。容易に考えられるだけでも、それは数多くの分野にわたる。
 (1)イラクにおける戦闘は、多数の難民に対する支援を必要とすることになろう。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のラバーズ高等弁務官は六〇万人の難民の発生を予測している。これらの難民に対する人道支援と再定住への支援が必要となろう。
 (2)イラクにおいては、戦後の緊急支援が必要となる。それは、九一年のイラク北部のクルド人支援のような食糧や医薬品中心の支援となるであろう。
 (3)イラクの戦後復興を円滑にするための資金をもたらすことになる石油関連産業施設、産業インフラの復興が必要とされる。
 (4)復興資金の国際的な協力体制を確立し、二二六〇億ドルに上るとされるイラクの膨大な債務(湾岸戦争の際の被害に関する国連賠償基金に対する請求分を含む)をどうしていくかに関する国際的なドナー会合及び債権国会合の実施が望まれる。
 (5)二〇年以上にわたる戦争状態に置かれているイラクにおいては、産業復興のための技術や政府運営、国民の教育、文化等の分野で広範な支援が必要とされている。
 (6)イラク政権の打倒は大量破壊兵器の破棄を直ちに意味しない。すでに監視下に置かれている大量破壊兵器関連施設に対するものを含め、イラクの大量破壊兵器をいかに破棄・管理・監視していくかについて、国際的な体制整備と資金(現在、イラクの大量破壊兵器の破棄・監視に関する費用はイラクの石油輸出代金からまかなわれている)が必要となろう。
 さらに、戦争が拡大する以前にクーデター等で既存の国内組織が政権を担う場合には、国際的な支援・協調体制の整備が、また、イラク政権が完全に崩壊して国際的「占領体制」が布かれる場合には、多岐にわたる分野での国際的な役割分担が求められることになろう。それに加えて、制裁下のイラクとの貿易に大きく依存してきた国々、難民問題等で大きな影響を蒙った国々、対イラク武力行使で貢献があった国々、反米世論を抑えるために経済を安定させる必要が出てくる国々は、隣国支援の対象になるであろう。
復興支援はいかに行われるか
 ブッシュ米大統領は、戦時及び戦後のイラクの民政安定のために、緊急人道支援のための配給を実施するとしている。また匿名の米政府関係者によるプレス・ブリーフィングで明らかにされた米政府のイラク復興案においては、「占領文民行政府」が数ヵ月にわたり、非武装化されたイラクの通常軍、政府官僚及び在外に居住するイラク人に対し報酬を支払い、治安と民政を安定させると共に産業インフラ復興の役割を担わせ、その後、イラク人による政権樹立を待つとのことである。またラムズフェルド国防長官は、これらの報酬は、イラクの在外凍結資金及びイラク石油を原資とすると述べている。
 このような債権債務・復興・治安維持に関する費用について、米の諮問機関、外交関係評議会が取りまとめた「ザ・デイ・アフター」というタイトルの報告書は、七万五〇〇〇人規模の治安部隊駐留経費として年間一六八億ドル、再建費用として年間二五億ドル、さらに政権打倒後初年度の緊急人道支援として五億ドルが必要と試算している。またこの報告書は、国連の監視下で石油を輸出し人道物資を輸入する「石油と食糧の交換取引(Oil For Food)計画」の基本的枠組みを維持する必要を提唱している。
 この石油と食糧の交換取引において国連は、イラク北部においては実施者の役割を、イラク政府支配地域においては監視者の役割をそれぞれ担ってきた。つまり国連は、イラク全土における物資のニーズと流れ、そして配給の現状を七年間にわたり把握してきたのである。戦後のイラクにおいても国連が同様の役割を担うことができれば、国民の貧困は最低限救われることとなり、民生の安定に繋がる可能性がある。
 その中で日本の対イラク政策は、三つの柱で構成されると考えられる。それは、日米関係、国際的な役割分担、イラクと中東との不即不離の関係である。日本の貢献もこの三つの柱の中で検討されていくことになろう。
 報道によれば、日本は、自衛隊のC−130輸送機による人道物資供給および医療支援を柱とした難民支援、法的障害を克服できる場合のUNHCRからの要請に基づくPKO派遣、自衛隊による再建支援を検討しているとされる。また周辺国支援として、一三億ドルを検討しているとも伝えられている。このような貢献は、国連からの要請がない場合には、アメリカによる武力行使の影響を薄める支援、あるいは、アメリカに対する貢献度の高い隣国に大きく配慮する貢献と見られることになろう。そこからは、対イラク武力行使による実際の影響の度合いとは関係なしに、アメリカに対する隣国の協力への論功行賞が日本の手によって行われているとすら思われよう。
 他方、日本が自由に支援を行うことを妨げる要因も存在することは事実である。PKO五原則の存在はもとより、それが必要なものであっても、直接的軍事支援には法的制約が存在する。対イラク債権の長期返済停滞は、新たなODA供与を原則として不可能にしている。東アジア情勢の及ぼす影響が無条件の日本の対米支援を肯定するとは決して思われないが、日米同盟関係の尊重はまた、イラクのみならず、アメリカに対する支援を要請していることも事実であろう。
中東で日本はいかなる存在か
 日本政府は、安保理において対イラク武力行使決議が議論されている頃から、この決議の有無にかかわらずアメリカによる武力行使を支援すると表明してきた。他方で、アメリカの武力行使に至るプロセスには不明快さと根拠の希薄さが伴っており、多くのアラブ大衆の目には、アメリカが「不正義」を行っていると映っている。これらの大衆から見れば、日本はアメリカの「不正義」に加担している。この地域では、日本は「血で手を汚していない」友人であり、この見方が崩れることは、日本にとりプラスではあり得ない。この「不正義」は、パレスチナ占領地でパレスチナ人民を抑圧するイスラエル政府を放置するアメリカの「ダブル・スタンダード」に関連していると考えるアラブ人は多い。
 このため、日本としては、アメリカの武力行使への論功行賞的な基準ではなく、一二年間に及ぶイラク封じ込めの「秩序」が崩れる不安を抱いている中東地域において、武力行使が及ぼす経済的影響を最小限に食い止め、中東和平問題に関連する諸国に対するコミットメントを強化する施策と支援策を打ち出すべきではないだろうか。戦後に中東諸国が第一に求めるものは民主主義ではなく、安全と安定であるが、アメリカはポスト・サッダームの安全保証への視座もアメリカの「不正義」を覆う政策も示すことができていない。このような中で日本が地域大の視野に基づく貢献を行うことは、結果としてアメリカに対する支援にもつながるであろう。
 さらに、イラクに対する貢献も日本にとっての利益を視野に入れるべきではないだろうか。日本とイラクとの経済関係は過去において非常に密接であった。数多くの商社、ゼネコンがイラクに駐在し、イラクから見て日本は最大の貿易相手国であった。将来のイラクがどのような政権になろうとも、かつてのような日・イラク関係の復活はないと思われる。現在の政権の継続もしくは現政権の中枢にいる人物が新政権においても大きな影響力を保持する場合、彼らが日本を優遇する理由はもはやない。またイラクに親米政権が樹立される場合には、アメリカは少なくとも、日本よりも太い経済関係を樹立するであろう。かつての関係を復活させることは不可能かもしれないが、それでも大きな経済的可能性を有するイラクと復興を通じて関係を再構築する試みは必要ではないだろうか。
 過去の革命の際、イラクの官僚組織は一定の役割を継続して担ってきたが、ポスト・サッダームにおいても、一定の知識と技術を有する官僚は役割を担っていくこととなろう。このイラクの官僚組織は縦割りの特徴を有しており、たとえばある省庁に一つの分野で食い込んで信頼を得た商社は、同じ省庁内の他の分野における契約をも得る傾向が強かった。このような特徴を捉え、日本企業が利益を得ることができると考えられる省庁にかかわる復興支援を行うことも一つの案であろう。たとえば、日本政府は地雷除去に関する草の根支援の仕組みを有しているが、イラク南部の油田地帯の周囲には数多くの地雷があり、その除去作業の技術指導でイラク石油省の評価を受けられれば、それは石油省への窓口を再度開くことにつながらないだろうか。また、今後日本がイラクと中長期的に関係を築いていくことを想定するのであれば、二〇年以上にわたり戦争状態下に置かれたイラク国民に対し、国際社会に開かれた見方と二〇年以上の遅れを取り戻させる機会を与える必要があろう。そのためには、文化、教育、広報分野での協力を行う必要がある。
 イラクと日本の関係には、日米関係が大きな要素を有していることは否めない。しかしながら、日本の中東地域における利益及び役割は、日米関係の中でのみ語るべきものではない。今回の対イラク武力行使及びポスト・サッダームに政治的な色彩が強いことは事実である。しかし、イラクのニーズを正確に把握し、イラク政権の行方とその次に政権を担うべき主体を見極め、その上で、イラク国民と日本の利益双方に資する貢献を行う方法を検討すべきではないだろうか。(執筆は三月二十日時点)
◇大野元裕(おおの もとひろ)
1963年生まれ。
慶応義塾大学法学部卒業。
在ヨルダン日本大使館一等書記官、在シリア一等書記官、中東調査会客員研究員を経て現在、中東調査会上席研究員。
 
 
 
 
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