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2003/04/12 産経新聞朝刊
【正論】イラク戦争 北朝鮮の脅威への対策が最優先課題だ
初代内閣安全保障室長・佐々淳行
 
<<どうするイラク復興>>
 開戦後二十一日間でイラクのサダム・フセイン政権は崩壊した。まだ戦いは続き、フセインら首脳の生死も不明なのに、早くも何もしなかった仏・露・中が国連中心の戦後復興を主張し、英は米欧の調整に苦慮している。日本は迷わず米英支持を貫くべし。欧州にとって大量破壊兵器とミサイルの脅威は終わっただろうが、日本にとって隣国金正日総書記のノドンの脅威はこれからで、国連は信を措き難いからだ。
 現に中国は安保理事会の対北朝鮮核開発非難声明に強く反対した。サダム・フセインから千八百億バレルといわれる未開発油田の発掘権を与えられ、多額の武器売掛代金を抱えるフランスなどの常任理事国は、動機が不純で、国連憲章第四十二条の制裁という安保理の最も重要な機能を麻痺させた責任国家なのに、戦いが終わりかけると、発言権を主張してくるのは納得できない。
 日本には、国連を崇高な国際社会理念のユートピアと崇める「国連信仰」が明らかに存在する。日本外交は国連中心主義。政・官・財・マスコミ各界でも「国連」といえばすべて正当化される知識人の護符であるかのような雰囲気が漂っている。
 だが、イラク制裁に至る過程における国連安全保障理事会の迷走ぶりをみているうちに、果たして世界の安全保障、とくに日本の安全保障を、このような優柔不断で当事者能力に欠ける非力な国際機関の手に委ねておいていいのだろうかという、重大な疑念がわいてきた。
 核保有常任理事国の国家エゴとミドル6とよばれた非常任理事国の無責任・無能力ぶりは、目にあまるものがあった。
<<「国連信仰」は幻想か>>
 国連の実情を知れば知るほど、「国連信仰」というものが幻想なのかという失望が深まる。いまの日本は、イラク復興もさることながら「いまそこにある危機=北朝鮮の脅威」への対策を最優先課題として取り組むべき秋(とき)である。日本の「国防の基本方針」の第四項には「外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調として、これに対処する」とある。このままでは国連が機能する見込みはない。
 ブッシュ大統領の「悪の枢軸」のNO・1イラクのサダム・フセインが倒れたとなれば、次は核開発施設を再稼働し、NPT(核拡散防止条約)を一方的に脱退し、IAEA(国際原子力機関)査察団を国外追放し、ノドン百基で日本を狙って実戦配備し、テポドンを開発し、対艦ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮の番となることは必定である。欧州はアジアの片隅の北朝鮮、石油資源も何もない北朝鮮に関心はない。国連安全保障理事会が、武力制裁まで視野に入れて北朝鮮のノドン攻撃から、日本を守ってくれるという保証はない。
<<本土自主防衛機能の強化を>>
 そうなると、日米安全保障条約の第五条と、そして二月二十六日のリチャード・アーミテージ国務副長官の「日本に対する攻撃は、アメリカに対する攻撃とみなす」という、力強いコミットメントのみが抑止力となることを改めて銘記すべきだ。ノドンの脅威を抑止してくれるのは日米同盟だけである。
 自衛能力の向上も必要だ。「七分で到達するノドンを防ぐ手段なし」と敗北主義に陥ることなかれ。空中給油機を導入し、F15百八十機がCAP(臨戦空中待機)態勢をとり、偵察衛星、イージス艦、AWACSで発射を早期に探知して、情報本部に速報し、有事法制を制定し、情報報告・指揮命令を迅速化し、防衛出動下令手続を簡素化し、国民に対する警報、避難誘導、緊急治療体制を確立し、現有のパトリオットII型迎撃ミサイルを「パックIII」型に換装導入するなど、本土自主防衛機能の強化を計るべきだ。
 パックIIIはイラクからクウェート市に飛来したミサイル十二発のうち八発を撃墜して、その有効性を示している。いま脅えている金正日総書記に対し、国連人権委員会に「拉致アムネスティ査察」を要請して、外交的揺さぶりをかけるのも手だ。
(さっさ あつゆき)
◇佐々淳行(さっさ あつゆき)
1930年生まれ。
東京大学法学部卒業。
警察庁調査・外事・警備各課長、三重県警察本部長、防衛施設庁長官、内閣安全保障室長を歴任。評論家。
 
 
 
 
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