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2003/04/10 産経新聞朝刊
【主張】バグダッド陥落 12年戦争の終結に価値
■復興は国際協調体制に期待
 イラク戦争は米英軍の迅速な首都攻略によってバグダッドが陥落し、フセイン政権は事実上、崩壊した。米英は全土で速やかに武装解除を進め、国際テロリストの拠点を破壊し、新しい政権づくりを支援しなければならない。すでにイラク国民のフセイン政権に対する支持は失われており、国家再建に取り組む環境が整いつつあることを歓迎する。
<<戦争を変えた精密兵器>>
 米軍によるフセイン大統領を狙った民家への空爆で、大統領と二人の息子が排除されたとの情報がバグダッド市内に流れた。市内各所では政府関連の建物で略奪が行われ、市民がフセイン政権の崩壊を喜ぶ姿が伝えられた。米中央軍は「フセイン政権はもはや支配を失った。人々は政権が再び戻らないことを喜んでいる」と表明した。
 ブッシュ米大統領は戦後のイラク暫定政権の早期樹立に向け、英国のブレア首相と「イラク国民による暫定政権を可能な限り早期に樹立する」ことで合意している。
 米国主導の「イラクの自由作戦」は、同盟軍として英国、オーストラリアが合流して兵力二十八万人が参戦し、市民の犠牲を少なくするために大量の精密誘導兵器を駆使した稀有(けう)な戦争だった。これに対しイラク軍は、民間人を盾に戦闘を長引かせ、国際社会の対米非難をあおり、米軍の戦死者を増やして厭戦(えんせん)ムードを引き出す戦術だった。しかし、米英軍の兵力、士気ともイラク軍を圧倒し、戦力の格差は歴然としていた。
 米国は武力容認の新たな決議案を国連から獲得できなかったために、戦闘中も「占領軍」ではなく、イラク国民のための「解放軍」として人的被害を最小限にするという困難な戦闘行動を展開してきた。しかも、迅速にフセイン政権を打倒しなければ、移り気な国際世論の非難のうねりが大きくなりかねなかった。
 イラク戦争の終結は、フセイン政権が一九九〇年八月のクウェート侵略から始まった湾岸戦争と、この政権がその後の計十七にものぼる国連安保理決議を無視してきた長い「十二年戦争」を終わらせる意味がある。
 しかし、フセイン体制崩壊後の戦後処理はさらに難しく、ここでも迅速性と確実性が必要条件となる。アラブ社会から「残忍な独裁体制が倒れたあとに、別の独裁者がやってきた」との批判は絶対に避けなければならない。異民族による占領の長期化は、新たな反米テロの連鎖を生むことになり、流血の軍事行動が無駄になりかねない。従って、フセイン政権後の戦後経営は、「短期的な武装解除」と「長期的な自立政権樹立」に分けて、介入の度合いを徐々に薄めてゆくことが肝要だ。
 「戦後イラク」を支えるのは、米国、日本などの経済支援のほかに、イラク国民の資産である世界第二の埋蔵量を誇るイラク原油の活用が有力視される。フセイン政権は湾岸戦争と同じように自軍に油田の破壊命令を出していたが、米英軍が緒戦で油田を確保したことにより、比較的少ない火災で食い止められたことは幸いだった。
<<戦後処理に手間取るな>>
 米英両国はフセイン政権の崩壊を受けて、米英軍の行政機構をただちに発足させ、数カ月以内に暫定統治機構を創設する。さらに一年後をメドに憲法制定議会を創設して徐々にイラクの本格政権に権限を委譲する見込みだ。
 この間に、石油開発をめぐる既存の国際合意の有効性を確認する必要がある。すでにフランスは「国連主導の戦後復興」を主張して米英主導の戦後処理を揺さぶり、ロシアは過去のイラク石油権益を「合法的なものだ」として新政権が引き継ぐべきであると権益を主張している。
 今後、主要国は、能力の限界を露呈した国連機能の改革を視野に、再び協調体制の再建が迫られることになる。イラクの戦後処理は、米英主導であったとしても国連と役割を分担した方が、予想されるアラブ各国からの反発を緩和できる。
 日本は北朝鮮の核兵器など死活的な課題があるだけに、米国が背を向けたままの国連にすべてを委ねることはできなくなる。
 米英主導のイラク戦後処理を支援しつつ、新たな国際協調体制の道を探らねばならない。
 
 
 
 
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