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2003/03/21 産経新聞朝刊
【斎藤勉の眼】イラク戦争 独裁者と無残な“最期” 大統領は誰の二の舞い?
 
 イラクの「体制転覆」を至上命題とする米英軍の攻撃が始まった。目指す標的は無論、サダム・フセイン大統領(六五)。ソ連の暴君・スターリンを「独裁の師」とし、中東の石油大国で血の粛清と大量破壊兵器製造に狂奔し続けて二十四年。二十世紀以降の世界史だけ繰っても穏やかな最期を遂げた独裁者は数えるほどしかない。米特殊部隊はフセイン大統領の捕捉、あるいは殺害に躍起となっており、同大統領とその一族がどんな末期を迎えることになるのか、関心が集まっている。
 フセイン大統領には外科手術でそっくりさんに仕立て上げられた三人の替え玉がいる(米USA TODAY紙)という。日ごろからテロを恐れて二晩と同じ場所では眠らず、総勢三万人もの護衛部隊に守られているとされる。一九九一年の湾岸戦争時に米戦闘機は二百六十発もの爆弾を大統領専用の地下壕(ごう)やトンネル、軍司令部などに投下したが、狙った大統領殺害はついに果たせなかった。
 これを教訓に米軍は今回の攻撃開始の数日前、特殊部隊「デルタ・フォース」を夜陰に紛れてバグダッド郊外から中心部へと浸透させ、大統領と一族、側近らの居場所追跡に全力を挙げている。イラク上空では連日、六基の米スパイ衛星を周回させて大統領が潜伏する可能性が高い幾つかの場所を撮影する一方、大統領の衛星電話を盗聴している。衛星からの情報は逐一「デルタ」に伝えられる。
 攻撃開始とともに、バグダッド市内の通信や電気を切断し、大統領の逃走を助けたり、いざというときに備えて生物・化学兵器使用の指示を待っているイラク軍将校と大統領の連絡を断つのも「デルタ」の重要任務だ。
 米国では一九七六年に当時のフォード大統領が署名した命令に基づき今でも「外国指導者の暗殺は禁止」されている。しかし、ブッシュ政権は今回、「デルタ」に対し「必要とあれば、フセイン大統領とその息子のウダイ、クサイ兄弟、十数人の政府・軍高官の殺害」を命じている(同紙)とされる。フセイン大統領が護衛隊の車で逃走を図ったことが明確になった場合はレーザー爆弾で車を攻撃するという。
 フセイン大統領が捕らえられれば米国が開く軍事裁判にかけられる可能性が高いが、生きて「世界のさらしもの」になればアラブ諸国の反発が広がる事態も予想されるだけに厄介だ。
 独裁者の無残な最期としてはベルリンの壁崩壊直後の八九年十二月、ルーマニアのチャウシェスク大統領がエレーナ夫人ともども一時間だけの特別軍事裁判で銃殺刑に処せられ、その瞬間の生々しい映像が世界に流された記憶がなお鮮烈だ。ヒトラーは第二次大戦末期に愛人と一緒に自殺を遂げ、イタリアの独裁者ムソリーニも祖国解放後、パルチザン部隊に処刑された。コソボ紛争での「民族浄化」で悪名をはせたミロシェビッチ元ユーゴスラビア大統領は二年前にセルビア当局に逮捕されたあと国際戦犯法廷に移送され、今なお被告人席に座る身だ。
 「アフリカの暴君」と呼ばれたウガンダのアミン元大統領は反体制勢力に対する異常なまでの大量殺戮(さつりく)で知られたが、七九年の政権崩壊後、今は亡命先のサウジアラビアで奇跡的に平和な余生を送っている。ほかにスターリンに擁立されて北朝鮮を全体主義国家と化した金日成主席は「血の報復」にもあわず九四年に病死した。しかし、今月に没後五十周年を迎えたスターリンには今なお、随一の側近だった故ベリア(元ソ連秘密警察長官)による毒殺説がくすぶり続けている。
 フセイン大統領は果たしてどの独裁者の二の舞いになる運命なのか−。
(編集特別委員)
 
 
 
 
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