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2)アメリカの実践
 アメリカでは、矯正施設における成人教育がこれまで読み書き中心であったことを反省して、1993年には、刑務所における教育に行動スキルの領域を加える方針を明確にした。1994年にはこの方針を積極的に取り入れてライフ・スキルを教えるデモンストレーション・プロジェクトを試行したいとたいと名乗りをあげた19の刑務所に助成金をつけた。2000年にライフスキルズ・プログラムで助成金を受けているのは10ヶ所、後述する就労と地域生活への移行プログラムで助成金を受けている刑務所は45ヶ所である。
 具体的な例として、受刑者に対してスキルズトレーニングを実践しているジョージア州アトランタにあるDeKalb County JailのThe Metro Atlanta Life Skills for Prisoners Projectと呼ばれる教育プログラムを紹介したい。20)
 このライフスキルズ・プログラムは家庭内暴力で事件を起こした受刑者を対象とするもので、(1)基礎教育クラス、(2)エンパワーメント・クラス、(3)家庭内暴力クラス、(4)コンピューター・クラス、(5)工作クラス、(6)就労スキル・クラス、(7)薬物乱用と再発予防クラス、(8)本から学ぶライフスキル・クラス、(9)子育てクラス、(10)地域サービス、(11)移行サービスの11クラスから成り立っている。それぞれが6週間の課程である。
(1)基礎教育クラス
 就職するためには高校程度の学力が必須なので、高卒の資格のない者、中学3年に相当する学力が無い者はすべてこのクラスに出席することが必要である。学習には16台のコンピューターを用い、生徒が個別のコンピューター学習プログラムに従って学習できるようになっている。
(2)エンパワーメント・クラス
 これは対象者が自分の生活状況を向上させるために必要な行動能力を習得させるクラスである。これまでの生活のなかでマイナスの結果を招いた自分の行動選択を検討し、自分の持ち得るパワーについて学ぶ必要がある。このクラスでは、受刑者に新しい行動の取り方を教え、自分のもつ積極的な力を引き出すために10のモジュール(指導パッケージ)を用いている。
 
モジュール1 エンパワーメントの概念を理解する、パワーとは何か、どこからパワーが湧いてくるかを考える
モジュール2 無力感について理解する、パワーを無くする考えや感情について学ぶ
モジュール3 無力感のサイクルを断ち切る、どこで無力感を身につけたのか、それによってどんな影響を受けてきたかを考える
モジュール4 これからの自分の行動選択の仕方を考え、エンパワーする態度を選ぶ
モジュール5 パワーに関するメッセージ、仲間から、地域の人から受けるいろいろなメッセージの意味を考える
モジュール6 自分のパワーを妨害するものについて検討する
モジュール7 自分のパワーを増すもの、役に立つものは何かを検討する
モジュール8 エンパワーメントの鍵となる考え、自分の生活目標、パワーをつけて実現させたい夢について考える
モジュール9 エンパワーメントをもたらす行動、健全なグループの選択、使える資源を増やす、パワーをつける行動を学ぶ
モジュール10 自分のパワー計画を作る
 
(3)家庭内暴力クラス
(1)男性だけのクラス
 このクラスでは暴力を制御することを教える。貧困、ストレス、暴力的な環境で生活することに焦点を合わせ、男性であるために与えられる力を検討する。女性蔑視の文化を検討し、性暴力について考え、自分の暴力行為を制御する必要性と男女平等の価値観を尊重する態度を学習する。カリキュラムは以下の3つのモジュールの中で12のテーマについて学ぶ。
モジュール1:暴力の問題について考える
モジュール2:暴力を防ぐ方法を学ぶ
モジュール3:暴力から自由になって生活することを学ぶ
(2)女性だけのクラス
 このプログラムでは、米国の女性受刑者の50%近くが身体的または性的暴力を受けていることが調査で判明しているので、女性達に暴力について教え、暴力をふるわれた時の行動のとり方、暴力なしで男性と親しい関係を結ぶ方法などを教える。
(4)コンピューター・クラス
 コンピューターの操作を学ぶのが目的で、受講者はすべてワード、エクセル、パワーポイントを使えるように教えられる。全員が就職の照会に必要な手紙と履歴書を書いて卒業する。就職のためにはコンピューターの能力が非常に有利であったという前歴者からの意見を採り入れてできたクラスである。
(5)工作クラス
 ライフスキルプログラムに参加している男性はすべて、このクラスに出席しなくてはならない。道具の安全な使い方と基礎的な工作の技術を学ぶ。遊び場の遊具を作ったり、ベンチを作ったり、物置を作ったりするが、それらは地域の薬物依存治療施設、公園、役所などに寄付されている。
(6)就労スキル・クラス
 求職のために必要なスキルを学ぶために履歴書を書くこと、求職の面接、その他を学ぶ。このコースはフロリダ州で開発されたカリキュラムによっており、参加者はワークブックを与えられて、指導者と一緒に学習する。ケースワーカー達は地域の雇用先と連絡をとり、個々のメンバーにさらに必要なスキルを教え、模擬面接の相手をする。
 学習内容は以下の通りである。
(1)仕事先を変える:今日の職場が要求する「仕事のスキル」について学ぶ
(2)仕事を探す:仕事をどう探すか、公的な職場と民間の事業所の違いなどを学ぶ
(3)仕事に応募する:応募に必要な書類の書き方、電話のかけ方、面接の受け方、結果の問い合わせ方等を学ぶ
(4)仕事を続ける:仕事を続けるために必要な生活習慣を学ぶ
(5)仕事を変える:どのようなときに仕事を変えるか、よい退職の方法を学ぶ
(6)金銭管理:生活の予算、税金、その他を学ぶ
(7)薬物乱用と再発予防クラス
 このプログラムは昨年からはじめられた。薬物依存には何がひきがねになるか、ストレッサーに気づくことなどを教える。受講者は自分の再発予防計画を立てる。自分がどのような状況でアルコールや薬物の使用に陥るかを考え、その代わりに、自分ができる活動や対処の行動を考える。スタッフは地域の人たちに協力を求め、エイズやHIVなど、薬物の使用に伴う疾病の恐れについて講義してもらっている。
(8)本から学ぶライフスキル・クラス
 1997年に教育省から発行された矯正教育で立ち直った人々の成功物語を記した本を一緒に読み、新しい考え方について自分で検討してみることを助けるクラスである。本を一緒に読む部分は地域の大学生が助けており、この活動は大学生のボランティア経験として大学の単位認定を受けている。刑務所の職員は定期的に大学生と面接し、学生の経験に関して必要な指導をしている。刑務所は大学と関係を深め、最近の調査研究の情報を得ることができるし、矯正分野に関心を持つ将来の人材確保の機会となっている。
(9)子育てクラス
 家族の刑務所訪問の機会に、親である受刑者が、子どもとよいコミュニケーションをとるスキルを学ぶ必要があることを認識し、1999年から始められたプログラムである。
 クラスは修士号を持つ経験豊富なソーシャルワーカーによって指導される。参加者は毎週2時間のクラスで、児童の発達とその年齢に見合う親の期待、良いしつけと良いコミュニケーションの実際について学習する。4週目と6週目に職員同席の下で家族の訪問を受けるが、その日のために特別に職員の食堂が開放されて、親子は一緒におやつを食べたり、コンピューターをいじったり、おもちゃやゲームで遊んだりできる。
(10)地域サービス
 ライフスキルズ・プログラムの受講生は全員が地域サービスに参加しなくてはならない。これから戻っていく地域社会に貢献する経験ができるように用意されたプログラムである。男性の工作の作品が地域に寄付されることはすでに述べたが、女性も花を活けたり、老人ホームのためにカードを作ったり、養護施設にクリスマスの贈り物を作ったりする。
(11)移行サービス
 ライフスキルズ・プログラムが成功する鍵は、この移行プログラムが握っている。一人ひとりに必要なスキルの学習がすべてこのプログラムで完了するわけではない。刑務所のケースマネジャーはこの移行サービスの時間には一人ひとりの受刑者と面接し、問題を話し合う。住宅、就職、精神保健の問題、家族関係など、いろいろな問題の解決のために、受刑者との話し合いに基づいて個別的なケア計画がたてられる。従って受刑者は釈放後、地域社会のどの機関、どの団体をたずねると援助が受けられるかを知って、刑務所をあとにすることができる。釈放時には個別計画と同時に、担当職員の手によって作られた250頁にもなる教育、保健医療、経済保障に関する社会資源情報の本が手渡される。
 
 日本では介護保険が導入され、そのサービスを受ける一人ひとりの生活を見守っていくために高齢者にはケアマネジャーがつく時代となった。精神障害者のための生活支援は来年度から市町村が行うこととなり、精神障害者のケアマネジャーのあり方も論議されている。そのような時代なのだから、受刑者の社会復帰を支援するケースマネジャーがいるアメリカの実践は当然と思えるが、しかし、羨ましいことである。わが国の刑務所の中で、ソーシャルワーカーが活躍することはすぐには望めないとしても、更生保護施設の利用者には累犯者が増えているので、刑務所のなかで、アトランタのようなスキル学習のプログラムを実践し、再犯を防ぎたいものである。
 
2. 簡便に使える教材やリソースブックを公費で用意する
 矯正施設の職員も更生保護施設の職員も激務のなかで、新しい方法について学ぶのは容易ではない。もっと、簡単に使える教材、リソースブックを早急に公費で用意し、職員の負担を軽くしなくてはならない。手引き書やマニュアルのように、こうすればいい、という提示の仕方ではなく、いろいろな指導ヒントが紹介されたもの、指導者がそれを見て、自分なりに工夫、応用できるような教材のキットや現場に必要な情報を集めたリソースブックのようなものが作られるとSSTの普及と指導法の向上が図れると思う。
 少年院の少年にとって、本当に役に立つ認知的・行動的スキルは何かを選択するのは容易ではない。更生保護施設の利用者にとっても、就職にあたって、自分が居住する更生保護会をどう説明するのか、経歴をどう説明するのか、住所を言っただけですぐ前科を持つ者の住む施設とわかってしまう小都市の場合にはどのような対処法があるのか、など、関係者の智恵をしぼらなければ、わからない課題が山積している。
 更生保護の関係者が作業委員会をつくり、真剣にこの種の作業に取り組み、いい教材を作りたい。欧米では対象者別、スキル分野別の教材や手引き書がどんどん作られている。それだけ、必要性と有効性が認められているからであろう。その中には日本に有効でないものもあるが、参考になるものもある。日本版を作る作業は一人の手にあまる仕事であり、対象者の生活の現実に通暁する人たちの共同作業に待ちたいし、国がその作業に手を貸すべきである。
 
3. スーパーバイザーを確保する
 医療分野におけるにSSTの実際を見て痛感するのは、スーパービジョンがないままに自分一人でやっていると自己流に陥り、それを修正するには困難が伴うということである。野球の選手のように、よいSST指導者になるにはコーチが必要である。SSTは奥が深いとよくいわれるが、認知行動療法としてのSSTを習得するには、実際の指導ぶりを現実にそって、その場で、または、セッションの後で、あるいは指導ビデオを見て、SST指導者を助言するスーパーバイザーがいると、指導者は成長することができる。SSTにおいても指導者自身が重要な援助の「道具」なので、自分が気づくことには限界がある。
 筆者の更新会でのスーパービジョンの感想はすでに述べたが、それぞれの現場で、SST普及協会などと連絡をとり、ぜひ、スーパーバイザーを見つけ、スーパービジョンの機会を持たれること、施設職員が自分のネットワークを広げ、他の対人的援助に携わっている専門職業人と連携して、自分の指導スキルを上げることを提案したい。
 
1)前田ケイ「矯正におけるSSTのありかた」、行政第108巻第7号、平成9年7月(1997)
2)このプロジェクトの詳細については前田ケイ「保護観察女子少年のグループワーク」、テオロギア・ディアコニア(日本ルーテル神学大学:現在のルーテル学院大学)紀要、1987に報告されている。
3)小長井賀與「保護観察対象者に対する生活技能訓練についての考察」更生保護と犯罪予防、No.102、1991
4)安西信雄監訳「生活技能訓練基礎マニュアル対人的効果訓練:自己主張と生活技能改善の手引き」、創造出版、1990
5)西瀬戸伸子「家族教室の実施について―Social Skills Trainingを用いて―」更生保護と犯罪予防、No102、1991.9
6)「SSTマニュアル―保護観察官のためのSST(生活技能訓練)実施の手引き」、法務省東京保護観察所
7)その例として、著者は帯広少年院の教官から、研修で学んだSSTを少年との個別面接で応用し、少年に面会にくる父親に少年が自分の非行をあやまり、父親との関係を改善するコミュニケーションの取り方の練習を助け、面会時に少年が実行できた例を教えてもらった。
8)高橋和雄「更生保護施設における被保護者の処遇−更新会における「社会生活技能訓練」の導入・実施をめぐって」更生保護と犯罪予防、No.122、1996.9
9)高橋和雄「社会人としての自立のため―更生保護施設での処遇から」更生保護、平成10年12月号
10)畑瀬寿「SST(生活技能訓練)を試行してみて」、更生保護、2001年1月
11)「ロールプレイングの指導手引き」法務省矯正局、平成6年
12)相川充「矯正施設での社会的スキル訓練について」刑政106巻、8号、平成7年
13)「SSTの指導手引」法務省矯正局、平成9年(1997年)
14)藤岡淳子「行刑施設における実施方法」、刑政109巻1号、平成10年1月
15)池田修および品田秀樹「新潟少年院におけるSST指導について」、第37回日本矯正教育学会での発表原稿(2001年10月5日)
16)「更生保護施設の処遇機能充実化のための基本計画―21世紀の新しい更生保護施設を目指すトータルプラン」更生保護法人全国更生保護法人連盟及び法務省保護局、平成12年1月
17)これは保護局の予算で作成されたビデオ「SSTのすすめ:更生保護施設で始めませんか」(毎日映画社)市販はされていない。
18)田中大輔「更生保護施設におけるSSTの普及について」、更生保護と犯罪予防、No.135、2001年1月
19)和衷会では、毎回、指導後に参加者が感想を書いている。9月に同会で行われた関西地方の関係者SST研修会に講師として参加させて頂いたが、研修終了後、読ませて頂いた資料による。引用はすべて原文のまま。
20)この情報はcorrectional educationのキーワードで検索したインターネットから得たものである。Office of Correctional Educationはhttp://www.ed.gov/offices/OVAE/OCE/index.html.アトランタの刑務所にメイルで関係者に照会するとすぐ、親切な返事がきた。現在、さらに詳細な資料の到着を待っているところである。
 
出典:テオロギア・デイアゴニア別冊
ルーテル学院大学社会福祉学科
25周年記念論文集







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