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8)保護局の新しい取り組み:21世紀のためのトータルプランとSST
 法務省保護局では近年、更生保護施設の整備を積極的に進めてきた。具体的には1994年(平成6年)には更生緊急保護法の一部改正に伴って更生保護施設整備費補助金を創設したことや1996年(平成8年)に上記の法律を廃止して、新しく更生保護事業法を制定したことなどがある。ハード面の整備に続いて、ますます被保護者に高齢者、薬物依存者、累犯者などの処遇困難者が増加する実情に伴い、ソフト面の処遇改善策も検討されてきた。その取り組みの一つに、1999年(平成11年)2月から策定に入った「更生保護施設の処遇機能充実化のための基本計画−21世紀の新しい更生保護施設を目指すトータルプラン」がある。16)
 この計画は(1)処遇の内容に関する事項と(2)運営体制に関する事項、(3)地域社会に関する事項、(4)施設整備に関する事項、(5)その他の事項に大別されるが、注目したいのは(1)の処遇の内容に関する事項のなかで、新しく開発すべき処遇方法の一つとしてSSTをあげ、「これまで行ってきた処遇方法の長所を生かしつつ、新たな処遇技法と総合的に組み合わせることで、より高度な専門性を有する処遇施設としての飛躍を目指す」と述べている点である。
 この計画にそって保護局では2000年(平成12年)には、更生保護施設でのSST実践をすすめるビデオ「SSTのすすめ:更生保護施設で始めませんか」17)の作成に着手し、更新会の実際の様子を紹介しながら、同会主幹の高橋和雄氏がわかりやすい解説を行っている。私もビデオに登場し、「ひとりSST」の紹介を行った。
 1991年、2000年、2001年と引き続いて、いろいろな規模の保護観察官と更生保護施設職員に対するSSTの研修が各地で開催されるようになったが、講師としては私のほかに皿田洋子氏(福岡:心理)、角谷慶子氏(京都:医師)、吉田みゆき氏(名古屋:ソーシャルワーカー)、工藤一恵氏(岩手:保健婦)などのSST普及協会認定講師の協力があった。さらに青木米子氏(長野:保健婦)山内学氏(高知:作業療法士)や北海道SSTネットワークの会の奥村宣久氏(作業療法士)、伊藤恵里子氏(ソーシャルワーカー)、その他の方がたの協力もあった。SST普及協会の活動でいろいろな専門職が協力、切磋琢磨して実力をつけてきた結果の現れである。
 特筆したいのは保護局更生保護振興課が計画して行った2000年度の中央研修である。これはSSTの導入を希望する各地の保護観察官、更生保護施設職員を中央に集め、3日間の予定でおこなわれた研修だが、私の講義に続いて10名くらいの小グループで実技練習を行った。小グループの指導には、私の他に高橋和雄氏(更新会)、三好新一氏(横浜力行舎)、正田久子氏(ルーテル学院大学)、福島喜代子(ルーテル学院大学)があたった。参加者はみな新しい方法の学習に熱心に取り組まれ、先導的な拠点施設としてSSTを実践していこうという意欲に充ち満ちていた。このような研修の意義については田中大輔氏の論文を参照されたい。18)
 トータルプランを受けて全国約100の施設の内、ほぼ3分の1の施設がSSTを導入したいという希望を保護局に報告しているそうである。中辻繁次主幹を中心にSSTを実施している大阪の和衷会ではすでに60回を超えるSSTのセッションが行われているが、参加者の感想を読むと「すべてごく当たり前の簡単な事ですが、社会で生きていく上ではすごく大事な事だと思った」、「就職の面接の折り、今までの自分のやり方と大分違うので、勉強になった」「挨拶、言葉使いの大切なことがよくわかった」などの肯定的なコメントが少なくない。同時に「自分たちのような状態から立ち直った人の話しを聞きたい」「高齢者ばかりの集まりがあってもいいと思う」「履歴書の書き方(刑期中の空白のうめ方)も詳しく知りたい」「パソコンの勉強もしたい」など意欲的で参考になる意見も多く述べられている。「先生方が力を入れているのが良かった」という意見にあるように、真摯な職員の指導に触発され、自由に自分たちの希望を述べている利用者の様子がみられる。19)
 更生保護施設でのSSTによる処遇は個別差が大きいこと、利用者の滞在期間が短いことなど、いろいろな課題はあるが、問題解決法などによる認知的指導、1回でも役に立ち、しかも一般化できる行動スキルの選択など、工夫によって利用者にはかなり有効であると思われる。
 
9)更新会でのSSTスーパービジョン
 2001年6月より更新会で私は職員のSSTのスーパービジョンを始めている。職員の一人が代わられたこともあって、3人の職員が気持ちを揃えて良い指導をしていくために、助言をして欲しいという依頼であった。方法としては実践のビデオを自宅に送っていただき、それをあらかじめ視聴したうえで、良くできているところ、改善すべきところを自分なりに整理して、スーパービジョンのための会合にのぞみ、職員と私が話し合うというやり方をとっている。月1回、1時間30分ほどの時間である。
 これによって、実践の現状が非常によくわかり、細かいところまで気を配る必要が自分にも具体的に見えてくるばかりでなく、施設内での他の処遇との関連も考慮し、将来改善が必要かも知れない課題についても話し合うことができる。講師も絶えず成長しなくてはならないので、私自身にとって貴重な勉強の機会になっている。
 藤本信次主幹の依頼により近く浦和の清心寮においても明治学院大学の八木原律子氏と私が組んで交替で、月に1回のスーパービジョンを始める予定である。
 
II. 今後の発展のための提言
 今後、司法の分野でSSTが有効な処遇方法として効果を発揮していくために、刑務所から認知と行動のスキル訓練を始めること、簡便に使える教材やリソースブックを公費で用意すること、スーパーバイザーを確保することの三つを提案したい。
 
1. 刑務所の中から受刑者のための認知と行動のスキル訓練をはじめること
1)なぜ、早くからスキル学習が必要か
 矯正教育と更生保護が連携していくために、刑務所のなかでの教育プログラムを充実させ、受刑者の釈放前に生きる力をつけるための支援を始めてほしい。更生保護施設でのSSTに関係して、このような援助が刑務所を出所する以前から実行されていれば、社会復帰にどんなに効果的かを痛感するからである。その例をあげたい。
 今年の7月に私が訪れたある女性のための更生保護施設でのことである。利用者Wさんには養護施設に別れて住む子供がおり、その子とはいま、電話で話しているだけという。SSTの時間に、Wさんのいつもの会話の様子をロールプレイで再現してもらった。「もし、もしB子ちゃん?学校行ってる?勉強してる?」という質問の連続で、子供の返事は「うん」「うん」だけ。子供と気持ちを通わしたい、もっと、いろいろ話したいと気はあせりながらも、母親としては、次の話しが続かないので、いつも、「ここで終わりになってしまう」とのこと。自分の優しい思いを子供に伝えるには、何と言ったいいのか?恐らくWさん自身、やさしい言葉かけをしてくれる大人を身近に持たなかったのかも知れない。「B子ちゃん、学校行ってるの、えらいねえ。お母さん、嬉しいなあ。」「雨の日も学校いってるんだね。どんな傘さして行ってるのかなあ?」「誰と一緒に行ってるの。」「ふーん、今度、お母さんもB子ちゃんの学校に行ってみたいなあ」このような、自分の気持ちを具体的に言葉にする練習をしてみるとWさんはとても参考になると喜んでくれた。
 なぜ、自分が優しい行動をとれないかを洞察できただけでは、即、優しい行動がとれることにはならない。ロールプレイで子供になってみて、その気持ちが理解できたとしても、すぐ、適切な親行動がとれることにはならない。たとえ、1回練習して、言い方がわかったとしても、それが身に付くには反復練習が必要である。モデルを見て、実際にやってみて、身体で覚えていくこと、小さな段階をきざみ、少しずつ行動を形成していくには時間が必要である。特に親としての「子育て行動スキルparenting skills」には感情、認知、行動にわたる総合的な学習が必要である。親を適切に支援できなければ、世代間にわたる反社会的、非社会的行動の悪循環を断ち切ることはできない。
 私が横浜保護観察所に関係している頃、2人目の子供を殺した母親が保護観察に付されていた。他にももう一人の子供がいるし、母親は反省しているので、刑期を短縮して、残った子を育てるようにと、保護観察に付されていた。しかし、具体的な子育て支援がなければ、今度はいい子育てができるという保障はない。このような親には更生保護施設に住むようになって、始めて行動スキルを教えるのではなく、刑務所にいる間に行動スキルを教え始めるべきである。行動形成には時間が必要であるが、このような援助こそ再犯防止に不可欠である。







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