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4)保護観察処遇開発研究「生活技能訓練の更生保護領域への導入・定着」
 1992年(平成4年)になって、東京保護観察所は「保護観察処遇開発研究:生活技能訓練の更生保護への導入・定着」をテーマに処遇マニュアルの作成と指導教材用ビデオの作成に取り組み、観察第一課の染田恵観察官を中心に実務が進められた。私は助言者として招かれた。
 マニュアルとビデオは「地区担当保護観察官が、日常業務のなかで、処遇のオプションの幅を広げようと考える際に、手軽にSSTを活用する事」、しかも、個別面接で応用することをも意図して作成された。6)個別面接でも使うというのは、非常に重要な概念である。少年院では「ひとりSST」と名付けて教官が少年と面接するさいにSSTを活用しているところもある。7)
 このマニュアルでは「話しをする」というスキルを細分化し、モジュールとして作成し、また、就職に関連するスキルを多く提示して、観察官が対象者のニーズに応じて、使い易いように工夫している。最も、本当に使いやすいか、どうかは、使ってみなくてはわからない。リバーマンらもさまざまなテーマでSSTのモジュールを作っているが、その作成過程では、多くの利用者と指導者に原案の教材を実際に使ってもらうことを繰り返し、一つのモジュールを完成させるまでに3年はかけていると聞く。東京保護観察所の教材は関係者の関心を広く呼び起こすことはできなかった。後述するように、今、更生保護の領域で、新しくSSTに関心が持たれているので、この教材の改訂を考えてみたいものである。
 
5)更生保護施設「更新会」におけるSST
 1994年(平成6年)、高橋和雄氏は地方更生保護委員会委員を定年退職され、東京都内の更新会という更生保護施設に主幹として勤務されることになった。同氏は更生保護施設における処遇の改善にかねてから意欲を持たれており、就職にあたって、いろいろな人の意見を聞かれたところ、前述の生島浩氏や小長井賀與氏等からSSTの活用が薦められ、関心を持たれたとのことである。この年、高橋氏はルーテル学院大学の「SST研修会」を受講され、翌年の1995年(平成7年)7月に更新会でのSSTを立ち上げられた。それ以後、今日までたゆまぬ実践を続けてこられ、その実績は更生保護施設におけるSST展開の大きな推進力となっている。8)初めは日曜日の朝、9時から10時までSSTを実施されたが、利用者の要望により朝8時から始めることになった。神奈川県に居住する高橋氏はSSTのある日はいつも5時前に起床して出勤するとのこと。現場のこのような地道な努力があってこそ、処遇の向上があると頭が下がるのである。
 更新会ではメンバーの希望に従って練習課題をきめている。寮内の洗濯機の使い方を人に教えてもらう、当番を代わってもらう、人と話しをする、求職の電話をかける、就職面接をする、ストレスのかかる「断る」「あやまる」行動など、いろいろな練習が行われている。高橋氏によれば、SSTによって、在会者同士、職員と在会者との関係で積極的な効果が見られるという。9)その後、この更新会での実践を見、聞きしてSSTを処遇プログラムに取り入れる更生保護会、たとえば、清心寮(浦和)、梅香寮(福岡)、10)和衷会(大阪)などが続いた。
 
6)矯正局でのSST導入
 1993年(平成5年)6月、処遇の個別化、円滑な社会復帰を目的として、矯正局長依命通達「少年院の運営について」の一部改正が行われた。それに伴い、同年9月より長期処遇の改善施策が実施されることになった。教育課長は通知の中で円滑な社会復帰を図るための処遇の充実について特に留意すべき4項目をあげている。第一に述べられたのが「社会適応訓練」である。具体的な方針として「職場、学校、家庭等での生活において当面する問題解決場面や危機対処場面を想定しその対応の仕方を学ばせるための、ロールプレイング、集団討議等の方法を用いた社会適応訓練の実施」が強調された。
 私はその頃出席した心理劇関係者の会合で「法務省もロールプレイングの重要性を認めてくれて・・・」と喜んで発言する人がいたことを覚えている。その人は、この通知によって、今後、ますます、少年院で心理劇やロールプレイングが盛んになると喜ばれていた。この「通知」が後に自分のSSTに関係してくるとは夢にも思わなかった。
 1994年(平成6年)に矯正研修所は上記の方針を受けた矯正局指定課題研究としてのロールプレイングの手引き書作成の取り組みを行い、当時北海少年院桜井英雄統括専門官と甲府少年鑑別所吉村雅世統括専門官がその研究と実務にあたった。その結果、作られたのがSSTを紹介した「ロールプレイングの指導手引」11)である。桜井氏や吉村氏は大学に私を訪問され、SSTについて質問されたので、いろいろ情報を提供したことを思い出す。
 同年の11月下旬に東京矯正管区では管区内の少年院の教官に1週間にわたるSSTの研修を企画し、私が講師であった。そこで自分が直面したのは用語を巡る混乱であり、これまで心理劇やロールプレイングを実施してこられた現場の反発や戸惑いであった。この混乱は今日まで完全には整理されていない。上記の「ロールプレイングの指導手引」の理論的根拠として、それまで、矯正心理劇やロールプレイングの根拠となっていた理論とは全く異なる認知行動療法としてのSSTを選択したことが、現場において混乱や反発、そして、SSTにたいする誤解を招いていた。私自身は海外でもサイコドラマの勉強を重ね、日本でもサイコドラマを教えたり、実践したりしていたので、サイコドラマの治療的・教育的効用を深く信じているので、矯正教育にとっては、サイコドラマもロールプレイングもSSTもそれぞれが連動して用いられるべき重要な処遇方法や技法であると考えている。この研修では、SSTとサイコドラマの目的の違い、SSTで使えるサイコドラマ技法について時間をとって説明した。
 この研修では、もう一つの問題点が明らかになった。教育課長通知は「危機場面を想定し」とあるので、「悪友の誘いを断る」という非常にストレスの高い練習課題をロールプレイで行って、即効的な効果を期待する教官が少なくなかった。それはSSTにはそぐわない期待である。そもそもSSTは今、できることから出発して、その行動を強化し、さらにもう一つ小さな段階をあげて、行動の改善をし、次第次第に本人の対人スキルを形成していく指導法であるので、「危機場面に対処する」ことをいきなり、演じてみて効果を期待できるような方法ではない。もちろん、誘われる相手に「二度とおふくろを泣かせたくないんだよ」と強く伝える事によって、相手が引っ込むというのであれば、そのような行動練習には効果がある。しかし、多くの少年にとって、悪友と決別するのは容易ではない。しかし、少年達は日常的な対人行動や地道な就労活動などに伴う行動練習を必要としており、自分で満足できる仕事を続け、まわりに対人関係を構築できれば、危機にさいしても、関係者に相談したり、援助を求めて解決できる可能性が大きい。SSTは危機場面に対処するための練習というよりは、危機場面に発揮できる対人能力の基礎的な実力を蓄えるために役立つ方法である。このようなSSTの理論と技法を理解してもらうことに苦心したが、受講生はみな熱心で、1週間という例外的に長い研修期間は受講生の学習を進めるために非常に有り難かった。この研修計画を担当された東京管区の林和治氏のご努力に感謝した次第である。
 
7)少年院でのSST研究授業と継続的なSST研修
 1995年(平成7年)には前述の東京管区での研修参加者の一人、品田秀樹教官による新潟少年学院でのSST研究授業があった。私も参加させて頂いたが、当日はとても活気のある良い指導を少年達に行っておられた。品田氏によると、私が「特色ある教育研究」として私学振興財団からSST研究への補助金を受け、ルーテル学院大学の学生達と作ったビデオ「SSTの実際−基本訓練モデル−初級編」を10回以上も見て勉強したとのこと。また、ご自分のお子さんが文房具を買いに行く時、SSTで指導し、家族全員で正のフィードバックをしたので、お子さんは無事、買い物ができたとのことで、SSTをまず、家族に実行してみる熱心さには感心させられた。
 同年8月には東京学芸大学の相川充氏が「矯正施設での社会的スキル訓練について」の論文のなかで、イギリスの矯正施設における「社会的スキル訓練」について紹介され、専門ソーシャルワーカーが対象少年達にスキル訓練を行っていく体系的な実践について述べておられる。12)相川氏は目下、小学校教育における「社会的スキル学習」の促進に活躍されておられる。
 1996年(平成8年)から法務省は全国の少年院の教官のためにSSTの研修会を開催することとなり、東日本は私が、西日本は福岡大学の皿田洋子先生が担当なさった。同年、多摩少年院でSSTの研究授業が行われ、さらにいろいろな少年院でSSTの研究授業が続いた。
 1997年(平成9)に、矯正局は先の「ロールプレイングの指導手引」を改訂し、名称も「SSTの指導手引」と改めて発行し、関係先に配布した。13)同年、行刑には、実務講座として、SST指導の手引きが連載されたが、第4回目には藤岡淳子氏が「行刑施設における実施方法」を担当され、アメリカやカナダにおける再犯防止プログラムなどにおけるスキル訓練を紹介し、さらに川越少年刑務所での試みについて述べている。14)
 少年院では、最初の頃、SSTをもっぱら「社会適応講座」のカリキュラム実施時に活用する施設が多かったが、次第にこの方法に馴染んでくるにつれ、他の指導プログラムのなかでも活用するところもでてきた。たとえば課題別の訓練にSSTを取り入れたり、社会奉仕活動の準備に際して、SSTで奉仕先での対人行動を練習しておくとか、前述したように教官の個別面接にSSTを活用するなどである。
 1996年(平成8年)から始められた全国の少年院教官のためのSST研修は一応2000年(平成12年)で終了した。
 このような連続的な研修の成果もあって、いまや、かなりの少年院がSSTを取り入れているようである。第37回日本矯正教育学会に新潟少年学院の池田修教官と品田秀樹教官が発表したものを一つの例として、実際にどのような行動練習をしているかを見よう。15)ここでは、対象は平均3ヶ月の出院準備寮に生活する少年全員で、毎週90分の指導時間を取って、2名の教官が指導にあたっている。カリキュラムを家族について2単元、職業関係4単元、交友関係3単元、その他の社会生活上の対人関係や各場面についての対応2単元、生命尊重、自らの喜びを見いだす生き方について1単元、計12単元にしている。少年達の参加の様子、事後の感想文、出院感想文、出院後に送られて来る手紙などから、おおむね、少年達にSSTの意義は肯定的に受け止められているとのことである。処遇の個別化が重要視されている現在、SSTが真に有効な少年達を選んで、個々人のスキルを上げる方法でSSTを実施し、その指導を他の処遇プログラムと連動して実施すると、かなり効果をあげるものと思われる。
 矯正研修所では、ここ数年、全国からの参加者による高等科研修(少年院教官と鑑別所技官対象)と専攻科研修(少年院教官対象)中級管理科(少年院専門官と鑑別所専門官対象)などにSSTの科目を取り入れており、私が毎年、講師を務めているが、今年度もすでに高等科研修が行われた。年々、参加者のなかに、SSTを指導したことのある者、あるいは自分の勤務先の施設で実際の様子を見学したことのある者が確実に増えている。このような研修の折りに、参加者がSSTに対する自分の疑問に対し、講師や他の参加者から答えをもらい、SSTの実際の指導の様子をシミュレーションで体験できる意義は大きいと考えている。また、管理職にある者、あるいは将来、中核的な職員になる者がSSTを正しく理解する機会になるので重要な研修と思われる。







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