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矯正教育と更生保護事業におけるSST
―ふりかえりと今後への提言―
前田ケイ
 
はじめに
 この20年の間に、わが国にアメリカから認知行動療法が紹介され、その治療法の一つとして社会的スキル学習を援助するSST/social skills trainingが諸分野で実践されるようになった。法務省所管の矯正教育や更生保護事業もSSTの重要な実践分野である。矯正教育のSSTについては、すでに論じたこともあるが1)、その後、更生保護の分野でいろいろ新しい動きもあったので、すでに導入期より10年余を経ている司法分野でのSST実践を振り返り、今後の発展のためにいくつかの提案をしたい。
 
I. SSTの発展とふり返り
 法務省でSSTが取り入れられたのは、更生保護事業の分野が先行しているので、まず、保護観察官らの取り組みから述べる。
 
1)東京保護観察所における自主的な研究会
 1986年(昭和61年)に法務省は総務庁の委託をうけ、「非行少年の立ち直りに関する研究」を行ったが、東京保護観察所では、「保護観察少年に関するグループワーク処遇」のプロジェクトを計画、私は広川洋一保護観察官と共に、そのプロジェクトを実行した。2)その縁もあって、その後、東京保護観察所では杉山栄子観察官のお世話で私をかこんで観察官らの自発的な月例の研究会が持たれるようになった。その会合で、私は「朝寝坊して遅刻することがわかった少年が勤め先から叱責されるのがいやで、無断で仕事をやめてしまう。職を転々とする少年を見ていると、電話のかけ方一つ知らない」などスキル学習の必要な対象者の例を多く教えて頂いた。始めの頃はSSTを知らなかったので、ロールプレイの技法を使って、その場面を実際に演じながら、そのような少年に対する援助の仕方を一緒に模索していた。1983年(昭和58年)からサイコドラマを学んできた私にはロールプレイングは非常に馴染みのある技法であった。
 しかし、1988年(昭和63年)に新しくSSTの方法を学び、それを東大病院精神神経科で実行する機会を与えられ、かなりの手応えを感じたので、その経験を保護観察官の勉強会で報告した。それがきっかけで、東京保護観察所直接処遇班のSST研究が始まった。
 
2)直接処遇班の性非行対象者の研究:「楽しい生活教室」の実践
 1990年(平成2年)東京保護観察所直接処遇班では、その年の研究テーマとして性非行の対象者のうち、特に非社会的傾向の強い者の処遇をとりあげることにしていた。それまで主に対象者の情動や認知に働きかけるカウンセリングを行ってきた観察官らは、面接と並行して行動学習ができる指導を行えば、対象者は人間関係に自信が持てるようになり、最終的に彼らの対人関係障害は改善されていくのではないかと考えた。その結果、地区担当の観察官を含め、東京保護観察所に生活技能訓練実施委員会が組織され、SSTの導入が進められた。私も助言者として参加することになった。
 この委員会の責任で平成2年度中に対象者のグループを作り試行的に3度のSSTを実施した。それを踏まえて直接処遇班は引き続き主に性非行の対象者に対してSSTを実施した。その様子は小長井保護観察官が報告書にまとめている。3)
 その実践をふりかえってみよう。その頃のSSTは精神障害者に対する治療を参考にしていたので、ニーズや能力の異なる保護観察対象者とのSSTはまさに試行錯誤の連続であった。1年にもわたって継続的な努力を惜しまなかった当時の若い担当観察官らに敬意を表したい。また、対象者メンバーのなかにSSTによって顕著な進歩をみせた少年もいたことを率直に喜びたい。
 しかし、いま反省するのは、認知的スキルの改善についてはほとんど何も出来なかったことである。その頃、参考にしていたのは、リバーマンの「生活技能訓練基礎マニュアル対人的効果訓練:自己主張と生活技能改善の手引き」4)であった。この実際的でわかりやすい本は1970年代の実践を踏まえて書かれたもので、もっぱら、行動療法の理論に基づき、慢性分裂病の精神障害者の行動改善を目標にしたものであった。認知療法や認知行動療法についてはやっと書店に翻訳本が並ぶようになってきたばかりだった。
 観察官や私の考えは、本人の行動上の改善が他人のなかに望ましい反応を生み、その反応がさらに本人の認知変容を促進させるので、「態度変容→認知変容」という図式を強調していた。いまでは、もちろん「認知変容→態度変容」の指導順序が必要な人が少なくないことを理解している。ある問題に対して解決する方法は一つしかない、と思いこんでいる対象者に、まず、他にもいろいろな解決方法があるかもしれないとして「問題解決法」により、他の行動の選択肢を思いつけるように教えるのは認知的アプローチであり、それぞれの行動選択肢のメリット、デメリットを対象者とともに考えて、本人がどの選択肢に決定するかを待って、その選択肢の実行に必要な行動練習を指導するのは、「認知変容→態度変容」という指導順序である。「100%相手が悪い」という結論を単純に出してしまう当事者に役割交換の技法を使って、その場面を演じてもらい、自分の役になった人が自分とは違う言い方、態度の取り方をしたら、どう感じるかを経験してもらい、その理解の上で本人が必要と考える行動を練習することもできる。これは、獲得すべき効果的な行動について、本人の認知を促す指導が先立つものであり、やはり「認知変容→態度変容」の図式があてはまる。
 認知と行動のどちらに重点を置き、どちらの指導から入るかは個々の対象者によって異なる。私はSSTが単なる行動療法ではなく、認知行動療法であることの意義を近年、ますます感じている。特に司法分野の対象者には認知的スキルの改善が重要であり、わかりやすく指導するための技法上の工夫が必要であると痛感している。
 
3)横浜保護観察所における「家族教室」でのSST
 1989年(平成元年)に法務総合研究所主催の保護観察官研修で私のSST体験の話を聞いてくれた人のなかに西瀬戸伸子保護観察官がいた。彼女はこの方法に関心を持ち、横浜保護観察所の家族教室にSSTを導入することを考え、生島浩保護観察官と組んで、我が子のシンナー乱用に苦しんでいる親のグループを対象に「家族教室」を始めた。私もその立ち上げから3回目までの、第一期に参加させてもらった。
 処遇の構造は1人が月1回、2時間のセッションに3回参加するというものである。これを1期として、3期までの実践を報告書にまとめた西瀬戸保護観察官は、率直に「やればやるほど疑問や限界も見える」と述べ、「対象者の家族に対してSSTを用いるのが果たして効果的か」という疑問を述べている。5)当時の関係者の一人として私も反省するところが多い。
 一番の問題点は西瀬戸氏が書いているように、指導する者、つまり、私や観察官が親たちに何を教えたらいいのかという体系的な案がないまま、対応していたことであろう。参加している家族一人ひとりが具体的に、自分の子供に関してどのような対人状況のなかで、どのような対人行動をとっているか、その情報をほとんど持たない私にいいSSTができるはずがなかった。当時の私にはその事実の重要性がはっきり解っておらず、場面を作ってロールプレイをやってみる事に重きをおいていたと思う。SSTは対人行動の指導であるから、個別的な生活環境にあって、当事者がどのような具体的な行動をとり、それをどう改善したいと思っているかを聞き、「ちょっと努力すれば、成功する」ような適切な段階に行動を細分化して、本人が自分の生活のなかで、実行できるよう教えていかねばならない。もし、参加者の対人行動の実態をある程度把握していれば、適切と思える練習課題を、いろいろ提案できるだろう。当時の私は、自分で提案できずに参加者が自分で希望する練習課題を述べてくれるのを待つという姿勢だったので、指導者としては50点というところであったろう。
 自分から練習課題を出してくれた親には良い練習もできた。西瀬戸氏の報告には記述されていないが、その例を一つあげておきたい。
 
事例:
当事者の訴え:Aさんは娘の様子をあれこれ聞いてくる同じ団地の「奥さん」との対応に悩んでいた。先日も買い物帰りにつかまって、娘が今どうしているかを聞かれたので、つい、うっかり、娘は「いま勤め始めている」と言ってしまった。その後、その人は、娘と会った時に「いま、働いているんだってね」と声をかけたので、娘は帰宅して母親に「よけいなおしゃべりをするナ」とひどく怒ったという。この母親は、善意だが詮索好きの近所の人の質問に「失礼でない程度に短く答えて切り上げる」行動を目標として練習した。
練習:Aさんにロールプレイで場面を再現してもらうと、質問する相手の前から動かずに返事をしているので、相手が次々に質問を重ねてくる様子がわかった。そこで、相手に「いつも心配して頂いて有り難うございます。おかげで、元気にしていますので」と笑顔で返事を返しながら、軽く頭をさげ、その場から歩き出すモデリングを見せると、Aさんはそれに納得して、早速練習をし、役に立つと喜んでくれた。
 
 上の例でも明らかなように、非行少年を持つ家族は、その事実から生じる問題に対処するため、自分の子供以外にも、いろいろな人とコミュニケーションをとる必要に迫られる。上記のように本人が練習したい行動を申し出る時、または、本人に役立つ行動練習を適切な時に提示できるとSSTが有効となる。それには、先述したように指導する者が当事者の生活に精通し、提案できる適切な練習課題のストックを数多く持っていなくてはならない。横浜保護観察所での私のSST指導はまず、「対象者の生活実態を知っている」という指導者の基本的な条件を欠いていたと反省している。
 さらに、今思うと、家族教室でSSTという一つの援助方法だけを用いようとしていたところにも問題があったと思う。その後「家族支援」の経験を重ねるにつれ、家族支援にはさまざまな援助方法が必要で、集まってくる個々の家族のニーズに応じて、一つのセッションのなかでも多様な援助方法を使っていく必要があることがわかった。多くの場合、問題発生に間もない家族は自分のおかれた状況に混乱し、自罰的になり、同時に、当事者に対して怒りを持ち、まわりの人間にも恨みを持ちやすい。辛さや悩みを十分に聞いてもらい、共感してもらう経験が家族になくては、問題に立ち向かう準備が整わない。家族が集まれば、すぐ、SSTへの準備性が整うわけではないのである。もちろん、個々の家族が問題解決に向かって動き出すペースもそれぞれである。従って、家族集団の指導者は一つのセッション中、ある人には感情表出を促し、ある人には情報を提供し、ある人には行動学習を援助しなくてはならないだろう。グループメンバーのニーズに即応して介入しようとすれば、指導者はグループのなかで、多くの介入方法を即応的に使い分けていかなくてはならないのであって、SST一つだけときめれば、技法が人に優先する過ちを犯しかねない。
 この家族教室で、私が学んだのは、保護観察においても家族支援が非常に重要であること、そこでのSSTは他の方法と連動して行われるときに始めて有効になるということである。家族は話しを聞いてもらうことだけでなく、どうしたらいいのか、実際的な助言を求めていることは痛いほどわかったので、今後も工夫していきたい。







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