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第6章
SSTを説明し、寮生と練習課題を考える
1. 寮生にSSTの説明をする
 医療の分野ではいま、患者さんに治療内容と予後の見通しなどについて説明し、ご本人の了解を得てから治療に入ることが次第に普通になってきました。インフォームド・コンセント(説明と同意)です。時代が大きく変わりつつあることを感じますね。私たちの仕事も同じように、SSTを始める前に寮生とSSTとはどんな方法で、なぜ、寮生にSSTが役に立つかをSSTについての説明書をみてもらいながら、話し合い、わかってもらうのが一番いいと思います。
 
説明のポイント
 
一人ひとりの寮生の理解度、更生の意欲などが違うので、本人にわかりやすいように、ゆっくり、具体的に説明しましょう。
 
1. 入寮の時に、寮では支援プログラムの一つとしてSSTを実施していることを伝えます。SSTという言葉を使わずに「生活教室」「コミュニケーション教室」「就労クラブ」という名称でもよいので、工夫しましょう。
 
2. すでに更生保護分野では10年近くの実績があること、参加は寮生の自信につながっていることを伝えます。寮生自身の生活する力をつけるために実施されているのだと目的を強調します。
 
3. 指導は職員がしますが、参加する寮生が互いに助け合うので、学習が進むことを伝えます。
 
4. 参加のルール(原則として全員か、任意かなど)、日時、場所等について伝えます。
 
5. 練習課題は寮生本人の希望に基づいてきめることを伝えます。説明資料やアンケート用紙を渡して、具体的な練習課題の例を伝えます。
 
6. 質問をしてもらい、また、こちらから質問して寮生の理解度を把握します。
 
7. これまでにこの寮や他の寮で、どのような成功例があったかを伝えます
 
 次の「自信をつけてチャンスを生かすために学ぶ」が寮生のためのSSTの説明書の例です。これを参考に、各施設で工夫を加えて作ってくださると幸いです。
 SSTの説明をする時に、本人の希望する練習課題を一緒に考えておくと計画的に仕事をすすめることができます。
 
social(ソーシャル) skills(スキルズ) training(トレーニング)/SST
 
 あなたの新しい(あたらしい)生活(せいかつ)の歩み(あゆみ)を支援(しえん)する方法(ほうほう)の一つ(ひとつ)として、この寮(りょう)ではSST(エス・エス・テイー)という時間(じかん)を作っています。
 SSTとは社会生活(しゃかいせいかつ)で必要(ひつよう)になる「対人(たいじん)行動(こうどう)トレーニング」という意味(いみ)で、この時間(じかん)には人(ひと)との関わり(かかわり)で大事(だいじ)なポイントや具体的(ぐたいてき)な対人行動(たいじんこうどう)の取り方(とりかた)を学び(まなび)ます。
 
 これから就職(しゅうしょく)をし、仕事(しごと)を続け(つづけ)、新しい(あたらしい)生活(せいかつ)をしていくために、あなたは、いろいろなことにチャレンジしていくでしょう。SSTはあなたのチャレンジが成功(せいこう)するように応援(おうえん)する時間(じかん)です。
 
 新しい(あたらしい)生活(せいかつ)のなかで必要(ひつよう)となるコミュニケーションをあらかじめ練習(れんしゅう)しておくと、自信(じしん)がつきます
 
 これまでに多く(おおく)の先輩(せんぱい)たちがSSTに参加(さんか)して喜んで(よろこんで)くれました。
 役(やく)にたった練習課題(れんしゅうかだい)のいくつかをあげてみましょう。
 
☆求職先(きゅうしょくさき)に電話(でんわ)をして、面接(めんせつ)の約束(やくそく)をとりつける
☆就職面接(しゅうしょくめんせつ)を受ける
☆新しい(あたらしい)職場(しょくば)で他(ほか)の人(ひと)の話(はなし)の輪(わ)に入る
☆おおぜいの人(ひと)の前(まえ)で話(はなし)をする
☆自分(じぶん)の仕事(しごと)のミスをあやまる
☆先輩(せんぱい)からの仕事(しごと)の注意(ちゅうい)を腹(はら)をたてずに聞く(きく)
☆借金(しゃっきん)の依頼(いらい)を断る(ことわる)
☆酒(さけ)を飲もう(のもう)という誘い(さそい)を断る(ことわる)
☆計画的(けいかくてき)にお金(かね)を使う(つかう)
☆家族(かぞく)と関係(かんけい)を作り直す(つくりなおす)
☆被害者(ひがいしゃ)やその家族(かぞく)にあやまる
 
 あなたが希望(きぼう)する課題(かだい)を一緒(いっしょ)に相談(そうだん)してますので、遠慮(えんりょ)なくあなたの考え(かんがえ)を聞かせて下さい(きかせてください)
 
SSTの時間(じかん)
1. 曜日(ようび)と時間(じかん):毎週(まいしゅう)、1回(かい)、○曜日(ようび)の○時(じ)から○時(じ)まで
2. ○○室(しつ)(部屋(へや)の準備(じゅんび)をしますので、5分前(ふんまえ)に集まって(あつまって)一緒(いっしょ)に練習(れんしゅう)の場所(ばしょ)を作る(つくる)ために協力(きょうりょく)してください。)
 
SSTのやり方(かた)
1. 参加(さんか)するメンバーの簡単(かんたん)な自己紹介(じこしょうかい)
 自分(じぶん)の趣味(しゅみ)について話(はなし)をしたり、好き(すき)な食物(たべもの)について話(はなし)をしたりします。
 これから必要(ひつよう)になる「人(ひと)の前(まえ)で話(はなし)をする」いい練習(れんしゅう)になります。
 
2. 希望者(きぼうしゃ)の練習課題(れんしゅうかだい)をとりあげて、実際(じっさい)に練習(れんしゅう)をしてみます。たとえば、就職(しゅうしょく)のために電話(でんわ)をかけるという希望(きぼう)であれば、相手役(あいてやく)を選んで(えらんで)電話(でんわ)をかけるロールプレイをします。ロールプレイとは実際(じっさい)にかけるようにその場(そのば)で行動(こうどう)してみることです。
 
3. みんなに見て(みて)いてもらって、練習(れんしゅう)した人(ひと)のいいところをたくさんほめてもらいます。自分(じぶん)ができているところがわかり、自信(じしん)がつきます。見て(みて)いる人(ひと)にも、他(ほか)の人(ひと)のいいところを見付け(みつけ)、それを伝える(つたえる)いい練習(れんしゅう)になります。
 
4. さらによくする点(てん)について、気(き)がついた人(ひと)から助言(じょげん)してもらいます。
 
5. 参考意見(さんこういけん)を取り入れ(とりいれ)て、もう1度(1ど)、練習(れんしゅう)し、大事(だいじ)なポイントを身(み)につけます。
 
指導(しどう)する人
 指導(しどう)は原則(げんそく)として寮(りょう)の職員(しょくいん)が行い(おこない)ます。職員(しょくいん)はSSTについて研修(けんしゅう)を受けて(うけて)います実際(じっさい)に学ぶ(まなぶ)力(ちから)は、参加者(さんかしゃ)が互い(たがい)に助け合い(たすけあい)協力(きょうりょく)しあうところから生まれ(うまれ)ます。
あなたにも必ず(かならず)役(やく)に立ちます!
 
 よい練習課題をきめる、これはSSTの指導過程の中で、一番、むずかしい仕事です。寮生は必ずしもSSTを理解して参加していませんから、SSTの時間に自分の心配事を述べさえすれば、みんながそれについて話し合ってくれるのだと思い込んでいる人もいるでしょうし、とにかく悩みを訴えて、職員に何とかしてほしいと、依存的な態度でいるかもしれません。そのような漠然とした訴えや悩みの話から、適切な練習課題を引き出すという手腕が職員には必要になります。前にも述べましたが、一人ひとりの寮生本人にとって、よい練習課題がぴったり見つかれば、もう8割は成功したも同然だと思います。
 いったい、どんな課題が寮生に役に立つのでしょうか?練習課題を一緒に決めていくさいのポイントを以下にあげてみました。
 
よい練習課題
1)本人にとって成功する見込みがある練習課題
 その寮生が、少し努力すれば確実にできそうな課題を選びます。現実に達成できない高い目標は、車椅子に乗っている人に階段を登ることを期待するようなものです。達成感は自己効力感を高めますが、あまり高すぎる目標は意欲をそぎます。
 
2)本人の希望を尊重した課題
 寮生の主体性を尊重し、提案には必ず同意をもらいます。一方的に決められたという感じを持つと効果が小さいです。
 
3)寮生と一緒に検討した練習課題
 SSTは寮生と職員の共同作業です。寮生の希望を尊重するのは本人のいいなりとは違います。次の例は実際にあった話です。
 
 ある寮生が「無断欠勤した次の日、勤め先でどうあやまったらいいのか、練習したい」と言いました。前にあったことを思い出したのです。職員はその練習課題をすぐに取り上げずに、そのとき、なぜ無断欠勤をしたのか尋ねました。前の日に酒を飲んで寝てしまい、目がさめたら昼近くだったので、そのまま休んでしまったとのこと。しかも、電話をして怒られるのがいやで、結局は、その仕事先をそのまま辞めてしまったことがわかりました。今では、電話で怒られても仕事を辞めないほうがよかったと思っていることもわかりました。
 職員は、無断欠勤が重なると正当な解雇の理由になることを本人と確認し、たとえ昼近くなっても、会社に電話で連絡し、怒鳴られても耐えて心から遅刻を謝る練習をすることを提案しました。
 本人もその意義を了解し、最終的には勤務先に遅刻の連絡をする練習をしました。
 
4)練習のポイントが明確になっている課題
例:「しっかり相手の顔を見て、それから頭を下げる」など、その練習のポイントを確認し、他の人にも伝えて練習に入ります。
 
5)近く実行するチャンスがある課題
 施設の日常生活のなかで、その練習した行動を実際に使う機会をつくること。
例:電話の練習をしたら、買物先から寮に電話をしてもらうようにします。
(練習用のテレフォンカードを渡してもいいでしょう。)
 
6)つみ重ねができること
 少しずつ、練習を積み重ねて、望ましい行動形成をはかります。
 
 さて、具体的な寮生の練習課題を決める際に鍵になる二つの大事な概念があります。
 一つは寮生の「対人状況」でもう一つは寮生の「対人行動能力」です。
 
1)対人状況
 対人状況とは、その寮生がいまどのような人びととどのような状況で関わって生活しているのかという現状についての情報です。また、近い将来、どのような人びととどのような状況で関わらなくてはならないかという情報が含まれます。
 寮生は、まず、入寮してくると職員に関わりますし、同室の寮生とも関わります。同時に生活用品を買い求めたりする近くのお店の人とも関わるでしょう。早く仕事を探さなくてはということで、保護観察官と相談したり、交通機関を使ってハローワークに相談に行ったりします。従って、この人の最小限の対人状況は(1)日常生活を送る状況下での寮内の人々との関わり、(2)援助を求めるという状況下での専門職の人びととの関わり(3)日常生活を送る状況下での地域の人びととの関わりをあげることができます。
 なかには、昔の友人に依頼して、復職の道を考える人もいるでしょう。家族関係を修復したいという願いを持っている人もいるでしょう。そのような一人ひとりの希望を聞くことによって、誰と円滑な人間関係を作ったり、作りなおしたりする必要があるのかが見えてきます。これを本人のおかれた対人状況ととらえます。
 
2)対人行動能力
 対人行動能力とは、そのような状況下で本人がとっている行動の能力、すなわち、ソーシャルスキルの程度をいいます。ある特定の対人状況下で、「自分の目的を果たし、相手から期待した反応を得られる能力」こそ、ソーシャルスキルなのです。SSTは寮生のいま持っているスキルを土台にして、そこから一歩でも高いスキルを練習によって獲得し、生活の質をあげていくために行なわれます。
 いま、寮生はどんなレベルのソーシャルスキルを持っているだろうか?その判断は多くの職員(調理の職員も含めて)が生活の場で寮生を観察し、合わせてこれまで寮生が関わってきた人、たとえば担当の保護観察官の話などを判断の材料にします。そのほか寮生自身が自分のソーシャルスキルを自己評価するという方法でも参考になる情報が得られます。
 ある対人状況を述べた「場面カード」を作り、その場面を実際に寮生にロールプレイで演じてもらい、対人行動能力を判断するロールプレイテストという方法もあります。
(場面カードはこちらに紹介しました。)
 
 このような諸方法を使い、本人と職員がともにその寮生のソーシャルスキルの程度を考える過程がソーシャルスキルの「アセスメント」(事前評価)です。SSTを行なう前にするので、事前評価といいます。SSTのために絶えず、寮生の寮内での対人行動を観察している目、何気ない一言からもSSTの練習課題を見つけだす耳を持ちましょう。しかし、何といっても、自分を一番知っている寮生自身の意見が大事ですので、自己評価(自己アセスメント)をしてもらういくつかの自己評価表の見本のようなものを以下にあげました。参考にしてください。自己アセスメントが必ずしも客観的にみて正当でない場合もありますので、職員の観察は大事です。SSTの結果、より偏りの少ない自己評価をし、行動の学習に強く動機付けられる人も少なくありません。
 このような自己アセスメントを一緒に読みながら、練習課題をきめていくのはとてもいい方法です。以下に続くいろいろなアンケートについて説明しておきます。
 
(1)「練習課題を考えよう」は練習課題を自分で選んでもらうためのアンケートです
 
(2)「自分の対人行動能力を考える」は文字通り、いろいろな人に対する自分の行動能力を自分で評価してもらうためのアンケートです。その記入結果を見ながら、一緒にSSTで練習したい課題を引き出します。
 ちなみに更新会でこれを使ったところ、「大勢の人の前で話をする」という項目に低い点数をつける人が多く、練習の課題としては人気がありました。
 
(3)「職場で人間関係を作るためのステップです」は人間関係を作るスキルを細分化しやさしいレベルからストレスが多いレベルまで階層化したものです。
 だんだん練習を重ねていくと先に進んでいけるという感じをアンケートでは矢印の数で表しましたがこれは実際は下の、階段のようにイメージしていただけばもっとわかりやすいでしょう。
 
 
(4)「職業人能力の自己チェックアンケート」は就職のために必要な能力を分類したアンケートです。
 
(5)「自分の消費習慣を点検する」は金銭管理のスキルトレーニングに活用して下さい。現在の行動習慣を変える必要があることに気づくとSSTに動機づけられます。







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