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第5章
SSTの構造:個人とグループ
1. 構造を考える
1)構造とは?
 SSTの学習の場を「構造」という名前で呼ぶことがあります。精神保健の領域ではどのような場を作ってSSTを進めていくかについて考えることを「治療構造を検討する」といいます。どのような人を選び、いつ、どこで、誰が指導するといいのかを考えるわけです。このような検討を経てSSTの構造を目的を意識しつつ作ることが大切です。
 
2)人数は?
 更生保護施設で行なわれるSSTの構造には個人SSTとグループSSTが考えられます。個人SSTは「ひとりSST」ともいわれ、職員が一人の寮生を対象にSSTをする構造です。グループSSTは複数の寮生を対象に行なう構造をいいます。
 グループSSTを考える時、いったい何人くらいがいいのか、という疑問がわくでしょう。筆者の考えでは、あまり人数が多いと練習しようとするグループの雰囲気を維持していくだけでも職員のエネルギーが消耗され、一人ひとりの練習を丁寧に指導できないおそれが生じるので、職員も成功感を味わい、参加者も「役に立った」という手応えを持つには、できれば5〜6名から始めることがいいのではないかと思います。
 たとえ2〜3名でも、職員でなく、同じ経験をした仲間がいることはサポートしあえるので、少人数の練習には、それなりのよさもあると信じ、人数が少なくとも安心して始めてください。
 「グループの大きさは職員が寮生の動きを一人ひとり把握でき、参加した寮生が緊張や不安なく発言したり、行動練習できる人数」が原則です。
 
3)誰が参加するのか?
 これは全く、各施設の方針だと思いますが、いま、行なわれているSSTの状況は各施設でさまざまのようです。原則として全員参加にしているところ、練習課題に該当する者を全員出席にしているところ(「就労教室:これから自分で仕事を探す者」とか「生活教室:もう退寮がきまった者」)、参加を自由にして希望者だけの練習にしているところなど、さまざまです。どのやり方をとるにせよ、寮生に一番役に立つ構造をきめて頂くといいでしょう。やってみて、方針を変える必要があれば、柔軟に対応してはどうでしょうか。
 
4)時間はいつ、どの位の長さ?
 時間は個人SSTならば、練習課題によっては5分ですむ場合もありますし、長くても10分ではないでしょうか。グループならば1時間から1時間半くらいがいいと思われます。ちなみに精神科の治療的グループSSTで健康保険の支払い対象にする時は、15名以内、1時間以上ということになっています。
 いつやるのか、ということも各施設の実情を無視できません。夜、夕食後にやっているところ、日曜日の朝やっているところなど、さまざまです。
 
5)場所と場面構成は?
 畳の部屋は「話し合い」にはいいのですが、SSTの練習には不向きです。SSTは対人行動の練習をする時間なので、シミュレーションで現実に近い場を実際に設定し、行動練習をロールプレイで行なうのが効果的なのです。従って畳の部屋は、立ったり、座ったりが面倒で、見ている人が、場合によっては立って練習している人を見上げることになるので、不向きだと思います。ほかの部屋がない場合はもちろん畳でも止むを得ないでしょう。
 参加者が椅子に座って円形または黒板(白板)を前にして馬蹄形になる位の大きさの部屋が理想的です。椅子と椅子の間に、必要に応じて職員が立てるスペースをあけて座ってもらうともっといいでしょう。傍に行って発言をうながしたり、発言を補ってあげるとグループ参加が容易になる人がいるからです。寮生の間に高齢者が増えてきて、聞こえが悪い人もいますので、あまり大きな輪に広がりすぎないように配慮します。
 
6)用意するものは?
 机やテーブルはいりません。椅子は軽くて移動しやすいものが望ましいです。白板があると助かります。コピーがとれる白板があるともっといいです。寮生にその場で参考にコピーをあげたり、あとで記録にするときの情報が手元に残るので便利です。
 SSTの時間にはSST用のポスター(23頁)を部屋に貼っておくといいでしょう。場面をつくるさいの小道具となるダンボール箱(面接場面のテーブルにするなど)なども便利です。机がないので、必要に応じて字を書いてもらうため、たとえば、感想を書いてもらうなどの作業に、文房具としてボールペンやクリップボードの用意があるといいでしょう(更新会では100円ショップで買ってきました。)。
 
 個人SSTとグループSSTはどちらかを選択するというよりは、相互補完的な関係にあるもので、ぜひ、この二つを組み合わせ活用して頂きたいのです。しかし、どう組み合わせるかは、もちろん、人と課題によりけり、といえます。以下に、参考のために、それぞれの構造に独自の効果と問題点をあげておきました。
 
個人SST(ひとりSST)の効果と問題点
 
1. 利用者にとっての効果
1)自分のプライバシーが守られる
 
2)スタッフの注意を自分だけに向けてもらうことができる
 
3)自分の学習課題をすぐ取り上げてもらうことができる
 
4)自分のペースで学習を展開してもらうことができる
 
2. 指導者にとっての効果
1)個々の寮生との援助関係を深める機会になる
 
2)関連する個人的な情報をたくさんもらい、じっくり考えることができる
 
3)融通がきく時問で行なうことができる
 
4)他の職員の都合を気にしないでできる
 
5)本人の生活している場所(居室等)でもできる
 
6)短時問で頻度を多くして行なうことができる
 
3. 個人SSTで工夫が必要な問題点
1)指導職員との信頼関係が強くないとあまり効果がない
 
2)練習課題の提案や正のフィードバック、改善点の提案などをすべて一人の職員で行なうのでアイデアに限りがある
 
3)職員は同じ経験を持たないので、仲間が提案するように実際面で力を発揮しないことがある
 
4)おなじ課題をもつ仲間の行動を観察学習する機会がない
 
5)楽しさや創造性に乏しくなる
 
1. 行動練習をする当事者にとってグループで練習する効果
1)ほかにも同じ悩みを持つ人がいることを知り、孤独感が減る
 
2)ほかの人達と楽しい時間を持つことができ、所属感情を強め、気持ちがなごむ
 
3)いろいろな人の考えを聞き、自分のものの見方が変わる(認知の再構成)
 
4)他の人のお手本を見るなどの協力により、自分にとって新しい行動の取り方をいろいろ学ぶ
 
5)多くの人から自分のよいところを褒めてもらい、自信がつき、行動学習が強化される
 
6)ほかの人に協力を求め、自分のために親身になって指導する職員に信頼感を深める
 
7)個人SSTより長時間なので、生活のなかでの対人行動をより強く意識して行なうようになる
 
8)自分で自分を教える(自己教示)力がついてくる
 
2. 他の寮生の練習に協力するグループメンバーにとっての効果
1)人のよいところを見る力がつき、それを人に伝える力がついてくる
 
2)他の人のために意見を言ったり、行動練習の相手として他の寮生に協力するので、自己有用感が増す
 
3)他の人の練習に関する、いろいろな意見を聞き、行動を観察して、自分自身の考えや行動の参考にすることができる
 
4)他の人の練習を見て、自分がまだ経験していない社会的状況について具体的なイメージが持てる
 
5)練習の相手として、いろいろな役割をとる機会が多いので自発性・創造性が増す
 
3. 指導者にとってグループSSTをしていく効果
1)寮生の過去・現在の物理的・心理的環境、生活時間の送り方、人間関係のあり方などについて具体的な情報を得ることができ、処遇全体の役に立つ
 
2)実際のグループ内での相互作用を見ることによって、寮生の認知的・行動的スキルの評価(アセスメント)や学習効果のモニタリングをすることができ、指導上の参考になる
 
3)寮生のグループ内での発言や行動から、個人面接では知り得ない処遇のニーズを知ることができ、職員全体の処遇に役に立つ
 
4)職員の指導に関し、寮生からいろいろなフィードバックをもらうことができる
 
5)一度に多くの人の処遇ができ、効率的である。
 
4. グループSSTで工夫が必要な問題点
1)リーダーがグループ運営に習熟していないとグループを一つのまとまりに保つのが難しい
 
2)練習者以外のグループメンバーの動きになかなか目が届かない
 
3)一人の指導に手がいっぱいで、きまったことしかできず、雰囲気が固くなりやすい
 
4)グループをまとめようとして、無意識のうちにリーダーが権威的になりやすい
 
5)グループの場をSST以外の目的に使おうとする寮生がでる時もあり、職員が対処に困難を感じる場合がある
 
6)職員がロールプレイに苦手意識を持つと寮生も受け身になり、話し合いだけで終わりやすい







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