日本財団 図書館


5. 波及分野
 
5.1 船型開発
 船型開発の流れを図5.1に示す。
 
図5.1 船型開発の流れ
 
 図の流れで、CADによる形状定義はシステムに大きな影響を与える。ここでは、CFDを含まないループについてその影響を検討する。
 
(1)母船型と主要目
 船型開発は、一般に、設計目標及び方針に合致した、あるいは、これを満たすように修正可能な母船型を選定することから始まる。全く新しい概念の船舶を設計する場合、この母船型の開発には多大の時間がかかるため、他社から図面を購入する場合が多い。
 母船型の開発には一般にラインズが用いられており、開発段階での形状変更、フェアリング及び測度計算のループを幾度も回すことが工数の増加の主要な部分を占めている。また、カタマラン、2軸などの船型ではラインズの2次元性が作業性を低下させる。
 ラインズを捨てて、3D−CADで母船型を開発するなら、この工数を減らすことが可能である。母船型の開発が容易なCADの要件は、
・形状変更の容易さ ・測度等の保存
である。
 これらの要件は、既存の船型を母船型とし、この主要目を目的船型の主要目に変更する場合にも有効である。
 
(2)設計変数
 従来の船型開発における設計変数は、ラインズ、特に正面線図の各セクションラインの形状であり、具体的には、これを級数展開したときの係数列である。形状表現として正面線図の点列とスプラインを選択した場合には、設計変数は点列の座標値である。
 ラインズを用いない場合でも、曲面表現をNURBSとした場合には、設計変数は正面線図の点列とスプラインを選択した場合と変わらない。
 設計変数の数(自由度)は、後の感度解析、最適化の計算量に大きな影響を与える。そこで新たに開発されるべきノンラインズ造船システムのCADに要求される機能は、少ない設計変数で船型を表現する機能である。そのためには、
・小自由度で矛盾のない形状を表現できる船型及び部分図形モデル
が必要である。
 
(3)付加物
 一般的には、スケグ、整流板等の付加物は船型開発段階では考慮されない。しかし、近年の高速化、浅喫水化、肥大化の傾向は、これらの付加物の重要さを増加させている。
 これら付加物を含めた船型開発を容易にするためには、
・裸船形状との相対定義を保持して、裸船表面を自由に動かせる付加物の部分図形モデル
が必要である。
 
(4)ノンラインズ造船システムによる船型開発のためのCADの要件
 以上から、以下の機能があれば、船型開発は非常に簡単になる。
・船体表面を、全体を表現する図形モデルと、周辺境界で全体図形に完全に接続して動かせる部分図形モデルとの集合体とする
・全体を表現する図形モデルで、形状係数、排水量等の測度の基本を押さえる
・部分図形モデル同士の制約条件を付け、形状変更による排水量、トリム等の整合性を保証する
 そして、この機能は、自動フェアリング機能の一部である。また、
・船型模型製作用NCデータ作成機能
も付加して、船型開発の効率化を図るべきである。
 
5.2 CFD等のプリ/ポストプロセッサ
(1)船型開発とCFD
 図5.1のCFDを含むループでは、主に2種類の計算が行われる。1つは造波計算であり、もう1つは粘性計算である。
 高Fn数の高速船では、造波抵抗の影響が大きく、造波計算にはランキンソース法等の特異点分布法が用いられている。
 低速の肥大船では、乱流粘性抵抗の影響が大きい。乱流による運動量損失を付加する方法としては、レイノルズ平均法(RANS法)と大規模渦シミュレーション(LES)がある。
 船型の最適化の流れは、図5.1.1に示されているように、設計変数を摂動させ、設計変数の抵抗に及ぼす影響(感度)を解析し、非線形計画法で最適化する。この過程でCFDのメッシュ作成が必要であるが、メッシュの作成には多大の時間がかかり、メッシュの傾向が計算結果に影響を与える。
 
(2)プリプロセッサ
 FEM、CFD等のメッシュ生成機能を持つシステムはすでに存在する。しかし、外板展開にも応用できる曲率線(曲面上で直交する)、法線ベクトル等の生成機能等を利用して、最適メッシュを自動生成する機能を開発すべきである。
 ラインズ及び点列で船型を表現するなら、曲面の平準化はNURBS等によるが、生成された曲面と設計変数である点列の座標値には直接の関係がなく、NURBSを適用する領域の大小で曲面は異なるものとなる。
 このことは、メッシュの傾向が計算結果に影響を与えることとも相まって、船型の最適化の障害となっている。
 ラインズによらない厳密な船型の表現によれば、最大曲率、最少曲率等を利用して最適なメッシュを生成するメッシュジェネレーターの開発は容易である。この機能は、特に、造波計算の特異点分布法で最大の威力を発揮するものと考えられる。
 
(3)ポストプロセッサ
 FEMについてはプリプロセッサを開発すれば、ポストプロセッサは現存のもので充分である。しかし、CFDのポストプロセッサには強力なものがないため、ここで提案するCADの機能を最大限生かしたポストプロセッサを開発すれば、ディファクトスタンダードとなる可能性がある。
 
5.3 内業工程管理システム
 内業等の工程管理は、
・工数の数量化
・シミュレーション等による事前チェック
・オンタイムモニタリング
・事前、オンタイム及び不具合時の指示
を行うことが理想的である。これらの相当部分は、3Dの形状・寸法のモデリングに依存する。
 
(1)技能伝承問題
 技能伝承問題には、生産システムと労働資産との2つの側面がある。ここではまず生産システムの問題を取り上げる。
 現行システムは2Dであるため、シミュレーション及びモニタリングを行うための機能が貧弱であった。その結果、
・最終的な判断は現場、特に、職人個人に任せられていた
・現場に任せていれば(現場からの要求に対応していれば)うまく行くので、設計側の問題意識が消滅していった
・現場からの新たな要求が無くなり、現場に慣れが生じた
・設計と現場の乖離が生じた
ことが技能伝承問題の本質である。3Dシステムによればこれを根本的に解決できる。特に、3D工程管理システムで有効なのは、
・設計側がシミュレーション等による事前チェック
を行えることである。また、
・オンタイムモニタリングデータの保存
を行えば、さらに、管理システムを更新してゆける。
 
(2)これからの労働資産
 技能伝承問題の労働資産の側面からの問題は以下のように要約できる。
・熟練工が初心者に教えない。
・初心者には熟練工から技能を盗む気概がない。
 上記に加えて、少子高齢化により労働資産にしめる老人、女性、障害者等の割合が増加して行くものと考えられる。
 以上述べてきた労働資産の質の変化に対応するためには、補助機器の開発及び誰にでもわかる明確に指示が必要である。そのためにも(1)に述べたシミュレーション等による事前チェック、オンタイムモニタリングデータの保存等が必要になる。
 ラインズを捨てて、厳密な船体表現を行えば、上記のような労働資産の質の低下への対応が容易になる。また、厳密な作業指示書と作業のマニュアル化及び自動化が容易になる。
 
6. 結言
 ラインズを用いる現行システムの問題点、他分野、特に自動車業界の生産システムについて調査し、新しい造船システムの提案を行い、最後に、提案した造船システムの波及分野について述べてきた。
 現在、我が国造船界は歴史的な変曲点に位置しているように見受けられる。その要因の中には、確かに韓国、中国の追い上げもあるのだが、我が国産業界に共通の問題点も、造船界に内在する問題点もある。
 我が国産業界に共通の問題点としては、少子高齢化、行きすぎたゆとり教育による労働資産の劣化等があげられる。また、我が国造船界の問題点としては、造船システムの陳腐化があげられる。
 我が国造船界がこの変曲点で次の勾配を少しでも上に向かせようとするなら、我が国産業界に共通の問題点に対する解答を可能とする抜本的な造船システムの更新が必要である。
 本調査は、そのようなシステムが必要とする機能の1つとして船型/外板定義の方法に注目し、システムが採用すべきCADの要件について述べたものである。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION