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 それに対して、それも現在の日本を考えてみればいいのですが、世界からいろいろな物やエネルギーが入っています。かつて3000万から3000万人強ぐらいだった日本人口が今は、1億2000万ぐらいになっています。日本の人口は明治以降の100年で4倍ぐらい増えました。これは、工業化の中で、我々自身が駆動力を持ったが故に、地球という星の上での物の流れを大きくすることができ、その大きくした流れが、人間圏に入ってきた結果、人間圏が大きくなれたということです。
 
 これが人口増加であるとか、人間圏の拡大というものにつながるわけです。この2つの段階があります。現在はもはや、地球という星の物とかエネルギーの流れに依存して人間圏がつくられているのではなくて、我々自身が駆動力を持ち、その欲望のままに、地球という星の「物」とか「エネルギー」の流れをつくりだし人間圏をつくっていると言えます。
 
 その結果、例えば20世紀という時代に、人間圏がどのくらい大きくなったか?これは人口を目安にすれば約4倍になったという言い方ができるわけです。4倍になったということは、地球システムの中で人間圏の大きさが4倍になったという言い方をしてもよいわけですから、当然、全体の中でその物質の分布みたいなものをとったとすると地球の上で再配置が起こっているわけです。それが今、我々が汚染と呼んでいる問題です。地球という星の物質とかエネルギーの流れの乱れが起こる、あるいは、それぞれの構成要素への物質のたまり方が変化するという形で問題が顕在化しているのです。
 
 この問題を解決するためには、この問題を単に倫理的な問題として、善悪の問題として議論しても意味がありません。地球システムの中で調和的な人間圏とはどういうものなのか、という発想をしない限り、問題の解決にはつながらないと思います。「地球にやさしい」とか情緒的な表現をしても仕方がありません。地球システムの中で人間圏はどのくらいの大きさが適正なのかとか、どういうように物あるいはエネルギーの流れを利用したらよいのかという形で問題を整理していかないといけません。そういう段階にもはやきていると思います。
 
 20世紀という時代は100年でその人口が4倍になりました。これがいかに異常であるということを示すために、次のような思考実験をしてみたいと思います。1世紀に人口が4倍に増えるという増え方で、人口が増えていった場合、地球の重さと同じになるのに何年かかるかを考えてみます。100年で4倍に増えるといってもたいしたことないように思われるかもしれませんが、100年で4倍に増えると、人間の重さが地球の重さになるのに、実は、二千数百年しかかかりません。だから、我々が人間圏をつくって生きてきたという歴史よりずっと短い時間に、我々の重さが地球の重さになってしまうということです。しかし、そんなことは起こり得ないのです。我々は地球という星の物質の一部を借りて、今生きているのですから、そんなことはあり得ないのですが、前世紀の増加率で単純に計算するとそうなってしまいます。もっと言えば、我々の体の60%から70%は水です。だから、地球という星の全体と比較しても仕方がありません。ほんとうは海の重さみたいなものと比較しなければならないのです。地球の表面で一番水が多いのは海ですから。100年で4倍に増えるという増え方でいけば、地球人口の重量が海の重さになるまでには1500年とか1600年ぐらいしかかかりません。
 
 この人間の質量増加率を今から46億年前に、太陽系の周りで地球ができたときの、そのでき方のスピードと比べると、1万倍以上のスピードです。ということは、地球という星の物とかエネルギーの流れみたいな意味で比較しますと、我々は今、地球という星の物・エネルギーのフラックスの1〜10万倍のスピードで物を動かしてこの地球の上で生きているという言い方ができるのです。
 
 我々の時間スケールでは1年とか100年とかですが、その間に本来の地球という星の上の物の流れを10万倍に加速して、今我々が、この地球の上で、人間圏をつくって生きているのだということになります。
 
 そう思うと、我々が1年とか2年といった意味のことが、実は、地球というスケールでみると、とんでもない意味を持っていることがわかると思うのです。1万年に及ぶ文明、人間圏をつくった歴史というのは、実は地球の上の物の移動という時間スケールで考えれば、10億年に相当するということになります。ということは、地球の歴史の上でいろいろな物質圏が分かれた結果、今、地球システムの構成要素がたくさんあるのですが、海が生まれてくるとか、大陸地殻が生まれてくるのと同じような意味で、今、地球の上に人間圏が出現しているのだということになるわけです。
 
 そういう認識を持つと、我々がこれからどうしたいかということが、それがまさに地球という星を含めて、実は我々の未来を決めている、ということの意味がよくわかると思うのです。
 
 したがって、我々がどうしたいのか、その考え方が、実は、これから100年の我々の未来を決めると言えます。今、我々が「どうしたいのか」という意思を持たない限り、これはもうどうしようもありません。どうしようもないというのは、例えば、20世紀に我々がそういう人間圏の境界条件のもとで得た、いろいろな概念とか制度をもとに21世紀を考えたら破綻してしまうということなのです。全く違う考え方のもとに、21世紀の人間圏を、設計するというか、デザインしないと、とんでもないことになってしまうわけです。まさにそういうことを考えるのが、人類社会の未来を考えるとか、人口問題を考えるということの、実はほんとうの意味ではないかというふうに私は思っています。
 
 最後に、そういう我々の未来をどういうふうに考えたらいいのかということをちょっと述べておきたいと思います。我々が、未来を考えるというときには、どういうことをするのか?歴史という、過去に起こったことをいろいろ分析して、それを時間的に延長させて未来を考えます。ですから、過去がどうであったかということがわからないと、未来が考えられません。人間圏という発想の視点から言いますと、文明という程度の短い歴史を考えていたのでは、その未来が考えられないということになります。既に述べたように、文明は人間圏をつくって生きる生き方です。その未来を考えるためには人間圏という構成要素が出現するというようなレベルの歴史でないと意味がないわけです。
 
 今、地球システムの中で、人間圏が安定な存在かどうかという種類の議論をするためには、この構成要素がどのように生まれてきて、どのようになっていくかという時間スケールでの議論をしなくてはならないということです。そのためには、人間圏以外の他の構成要素がどうだったのかという、タイムスケール(時間尺度)での議論もしなければなりません。これはまさに、地球の歴史というスケール、あるいは宇宙の歴史というスケールで、歴史がどういうものなのかという認識を持たないと、人間圏の未来というのを議論することができないということを意味します。
 
 だから、単に文明の歴史、これが普通の意味での歴史なのですが、こういう歴史学からは、人間圏の次の100年の未来を議論することはできないと思います。150億年に及ぶ字宙、あるいは46億年に及ぶ地球、あるいは38億年に及ぶ生命の歴史に基づいて、その歴史からみたときに、これから我々はどういうふうに生きるべきかという種類の議論をしないといけないのではないでしょうか。
 
 150億年とか、46億年という時間スケールで歴史を考えたときに、歴史とは何なのか?一言で言いますと、実は、「分化」するということです。分化っていうのは、分けて化ける。英語で言いますとディフェレンシエイト(differentiate)です。物質が分化してくる。生物学でも同じです。種の分化とか使います。分化という言葉は、自然科学では非常によく使われる言葉です。実は、歴史も「分化」という概念に基づいてその方向性を判断するのが基本となります。
 
 宇宙の最初、ビッグ・バンは、全く均質な状態です。区別がない。物質とエネルギーの区別もないような状態です。物質の種類も非常に単純です。究極の構成要素という種類の粒子があります。それが、さまざまに分化し、今の宇宙のようなさまざまな物質が生まれてきたわけです。これが分化です。このことは地球も同様です。生まれたときには、火の玉状態で、ドロドロに溶けたマグマの海とその周りを取り巻く、揮発性成分、原始大気からできていました。それが、今の地球のように、大気があって海があって地殻が大陸地殻と海洋底地殻に分かれていて、その下にマントルがあり、マントルも上部マントルと下部マントルに分かれている。中心にあるコアという鉄ニッケル合金の塊も、外核と呼ばれる外側と内核と呼ばれる内側に分かれるというふうに、さまざまな物質圏に分かれています。その中に生物が生まれ、生物圏をつくり、我々が生まれて、人間圏をつくり、というふうに分化しているわけです。
 
 生物でも、最初に生まれた生命は1種類。1種類の細胞であると考えられています。この1つの生命から、現在何千万種あるかもわからないといわれるさまざまな種の生命がこの地球の上に生まれてきたのです。これも分化です。
 ですから、歴史とは分化する過程であるというのが基本的な認識です。では、なぜ自然は分化したのかという疑問が出てきます。これも非常に単純なことです。実は、宇宙が分化し、地球が分化し、生命が分化したのは、冷却したからです。宇宙が冷却し、地球が冷却し、地球環境が冷却したために、実は分化という歴史が起こったと言えるのです。
 
 だから人間圏が地球システムの中で安定になっていくとして、そのための内部システムがどのようなものなのかという発想をするときに、人間圏における分化とは何か、人間圏が冷却するとはどういうことなのかについて考なくてはいけません。これはまさに、人間圏の内部構造がどうなっていくのか、具体的には、どのようなユニットから構成されるのかという議論に対応するわけです。
 
 これから必要なのは、まさに、文明という単一の生き方ではありません。これまで我々が文化と呼んできたような、いろいろな地域・風土のもとで育くまれてきた生き方、こういうものをもとにして、新たな人間圏の内部システムをどうつくっていったらいいのかという種類の議論をするのが、まさに宇宙、地球生命の歴史に基づいた、その人間圏が分化するということの、ほんとうの意味だろうと思います。
 
 人間圏の内部構造、あるいは内部システムとして我々が、これからどういうユニットをつくって生きていくのかということが、この人間圏の未来を考えるときに非常に重要な問題です。ここで述べた発想と同じというわけではないのですが、そのような議論は、今、いたる所で起こっているのではないかと思います。
 
 21世紀の初めに我々が人類社会とか、僕の言葉で言えば、人間圏の、未来を考えるときには、このように少し俯瞰して、宇宙から地球や人類を見るという視点で問題をとらえるとらえ方、あるいは考え方を持たないと、よい方向性はなかなか出てこないのではないかと思っています。
 
 ご静聴ありがとうございました。







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