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人口問題を考える―人類生存の条件と人類社会の未来―

 事業名 基盤整備
 団体名 アジア人口・開発協会 注目度注目度5


 そういう存在と今、生物圏から飛び出して人間圏をつくって生きる存在とは、決定的に違います。私のような視点を持つとこのような認識が出てくるわけです。
 
 では、人間圏がいつ誕生したのかというと、実はもう答えを言ってしまったのですが、1万年ぐらい前に、我々が農耕、牧畜という生き方、こういう生き方を始めたときです。宇宙から見ると地球という星はシステムとして認識できますが、その中で人間圏という別の箱をつくって生きる生き方を始めたと定義できるのです。
 
 これは別の言い方をすれば、地球という星全体の物とかエネルギーの流れを利用して生きる、そういう存在になったという言い方もできます。農耕牧畜という生き方は、地球という星の全体の物とかエネルギーの流れを利用する生き方なのです。それに対して、狩猟採集は、生物圏という、地球を構成する1つの要素の中の物とかエネルギーの流れを利用する生き方であると、こういうふうに定義できるわけです。
 
 よく最近、“地球にやさしい”という言い方が用いられますが、まさに、生物圏の中の種の1つとして、狩猟採集をして生きるのが、ほんとうの意味で“地球にやさしい”という生き方です。地球という星の構成要素を変えるということは、新しい構成要素が出現するわけですから、当然のことながら、地球という星全体の物とかエネルギーの流れが乱れます。これは、いわゆる地球にやさしいという発想からいくと、やさしくないわけです。
 
 しかし、“地球にやさしい生き方”を我々ができるのかというと、できません。農耕牧畜を始めたとき、すなわち人間圏をつくって生きるという生き方を始めたときから、我々は地球にとってはそれ以前の状態を変える存在なのです。今我々はどんなことがあろうとも農耕牧畜以外の生き方はできないわけです。世界の上で、60億を超える人々が生きるためには、狩猟採集という生き方では生きることができない。これは生物圏の中の物の流れ、エネルギーの流れを定量的に分析してみればわかることです。その中の物、エネルギーの流れに関わって養い得る人類は、たかだか、最大限見積っても、500万人から1000万人ぐらいです。それが、今現在は60億を超える人が生きているということは、もうそのキャパシティを超えてこの地球の上に存在しているのですから、農耕牧畜という生き方をする以外に、これを養うことはできません。そういう意味では、地球という星の上で、人間圏をつくって生きるという生き方を今さら捨てるわけにはいかないのです。そうすると、これはどのように考えても、地球にやさしい生き方にはならないのです。
 
 このように私達の世界を「人間圏」と認識することで、普通言われているような議論とは全く違う議論の立て方ができるわけです。私自身は、そういう視点から、人口問題、人類社会の未来を考えていかないと、従来のような発想、その内部にいて、内部から物事を見て分析していくというような発想では、現在起こっている物事の本質がとらえられないのではないかと思っています。
 
 そういう認識から出発して、現在人類の直面する問題はどうなのか、あるいは、これから人間圏がどうなっていくのか、その際どういう問題があり得るのかということを次にお話しします。
 
 話は前後しますが、我々がどうして、1万年ぐらい前に、農耕牧畜を始め、あるいは、人間圏をつくって生きはじめたのかという問題があります。これには、実は、はっきりしない問題がいくつかあります。環境という意味で考えると、実はその頃、地球環境は大きく変わっています。これは人間が変えたのではなくて、地球という星のシステムが少し変わったのです。これは気候が変化したと言った方がわかりやすいかもしれません。
 
 いわゆる氷期と呼ばれる時代が終わって、間氷期と呼ばれる時代が始まったのが、1万年ぐらい前です。これは、例えば、グリーンランドや南極の氷床に厚く堆積している氷をボーリングして、地下深くの氷のサンプルを取り出して、その氷を分析するとわかります。今では過去何十万年の気候がどうであったか分析ができます。そういう分析結果に基づくと、1万年前ぐらいを境にして気候が非常に安定化したということがわかっています。それ以前は、年平均気温の温度変化が非常に激しかったのです。年平均気温が10年くらいで6度近く変化するような気候だったものが、今から1万年ぐらい前に、1度以内に納まるというぐらいに安定したわけです。
 
 気候が安定化すると狩猟採集、狩猟はともかくとして、採集をしてきた人達にとっては、毎年ある時期にくると、同じものがとれるというような規則性が出るわけですから、採集していたものを栽培するという方向にいっても不思議はないわけです。なぜ1万年前かに関してこういう理由が1つ考えられると思います。
 もう1つは、我々自身の問題があると思うのです。化石からみると人類は500万年前には存在しているわけですが、その後さまざまな人類がこの地球の上に登場しました。我々を現生人類と呼ぶと、現在生きている人類というのは、約15万年から20万年前にアフリカで誕生したということがわかっています。
 
 では、この現生人類とそれ以前の人類がどういうふうにつながっているかについては、実はこれはまだよくわかっていません。同じ人類という分類ですが、例えば、3万年ぐらい前までは、ヨーロッパにはネアンデルタール人という我々とは違う人類が生きていました。その頃、ヨーロッパには現生人類の直接の祖先もいました。現生人類の祖先も、ネアンデルタール人もユーラシア大陸にいたわけですが、ネアンデルタール人は絶滅し、我々は今このような繁栄を築いています。
 
 同じような状況にいて、一方が繁栄し、一方が絶滅したのは何か、我々自身に関わる生物学的問題があるわけで、この辺りになると実は科学的に明らかになっていることもあれば非常に不明確な点もあります。
 
 1つはっきりしているのは、我々現生人類には、「おばあさん」が存在するということです。これは化石を調べるとわかります。「おばあさん」という意味は、単にお孫さんがいるとかではなくて、女性というかメスが生殖年齢を過ぎたあとも十数年、あるいはもっと何十年も生き続けることを意味します。こういう存在は、例えば哺乳類でも、あるいは類人猿でも存在しないのです。自然界では生殖年齢が過ぎれば数年で死んでしまいます。
 
 猿でも、チンパンジーでも最後に産んだ子供というのは、育てられない。自分が死んでしまいますから、育てられないのです。ところが、現生人類の女性はどういうわけか、生き延びるわけです。普通なら死んでしまう年齢を過ぎても生き延びる。これを「おばあさん」と呼ぶことにします。おばあさんが存在すると、自分が経験したことですから当然、お産の知識が次世代に伝わります。それから、おばあさんが娘の子供の面倒をみるなどのことをするわけです。
 
 仮に、生殖期間が15年であり、おばあさんが存在しなければ子育てに5年かかっていたとすると、5年ごとに1回子供を産むことができ、15年を5で割れば3人しか子供を産めません。ところが、もしおばあさんが子供の世話をすることで、例えば、3年で子育てから解放されるということになれば、これが5人産めるわけです。
 
 したがっておばあさんが存在するようになると、実は人口増加が起こるのではないかと考えられるのです。現生人類は今から5万年以上昔に、アフリカから急速に世界中に広がっていったらしいのです。これを聖書の「出エジプト記」をもじって、「出アフリカ」というような言い方をしますが、もともとアフリカにいた人類が、非常に短期間に世界中に散っていったわけです。それが今、我々が世界中にいるという理由なのですが、その理由の1つに人口増加があったというのが1つの考え方です。
 
 それからもう1つの理由は、これは科学としてはまだ、どこまでほんとうかということが、確かめられていない問題ですが、我々は言語をどうも明瞭にしゃべれるらしい、ということが挙げられます。喉とか、舌の構造から考えて、我々は、ア・イ・ウ・エ・オと、こう明瞭に発音できるわけです。ネアンデルタール人がどこまで明瞭に発音できたかについては、非常に疑問であるといわれます。言語を明瞭にしゃべることができるということは、目の前に起こっていることだけじゃなくて、自分がそれ以前に経験したこと、例えば、“私が今日来る途中でこういうことがありました”とか、“狩りの途中でこういうことがありました”ということを、周囲の相手に伝えることができるわけです。明瞭にしゃべれることでコミュニケーションの能力が非常に高まるわけです。これは、脳のレベルでいきますと、脳の容量が大きいとか小さいという問題じゃなくて、その脳の中の回路の接続の仕方の問題です。この回路の接続の仕方が、どうも現生人類は、それ以前の人類と比べて違っているのではないかといわれています。
 
 したがって、気候の変化の問題と我々自身の生物学的な問題の2つがからみあって、1万年ぐらい前に、我々の祖先は、人間圏をつくって生き始めたというのが私の考え方です。
 
 大脳皮質の回路の接続の仕方が変わると、頭の中で抽象的な思考ができるようになります。これを、私自身は、共同幻想と呼んでいます。皆さんが、それこそがまさに人間であると思っているようないろいろな概念があると思います。例えば、20世紀的な概念で言えば、「民主主義」であるとか、「市場主義経済」であるとか、あるいは「人権」であるとか、「愛」であるとか、「神」であるとか全部ひっくるめて、我々の脳の中で考えていることです。
 
 そういう概念が生まれてきて、そういうものを求心力にして、人間圏の中にいろいろな共同体が生まれてきます。その内部にさまざまな共同体が生まれてくることによって、人間圏という1つのシステムが非常に多様になってきます。それが、いわゆる文明の歴史だろうと思うのです。
 
 ちなみに私は、文明とは、我々が地球システムの中で、人間圏をつくって生きる生き方と定義しています。その文明がさまざまな共同体が生まれることでシステムとしては非常に多様になっていきます。その人間圏の発展段階を非常に大きく分ければ、実は2段階あると考えられます。
 
 具体的にどういうことかと言いますと、システムは構成要素からなるという言い方をしましたが、もう1つ重要なことには構成要素間の関係性とか、駆動力という問題があります。システムを構成する要素の間で物の移動みたいなものが起こるわけですが、これが関係性です。この物の移動を引き起こすためには、何かの駆動力が必要です。
 
 地球システムという場合、太陽の放射エネルギーとか地球の内部にあるエネルギーがその駆動力です。普段意識されていませんが地球の中にあるエネルギーが地球の内部を動かし、例えば、マントル対流というような対流運動を起こしています。その結果として地表付近の物質が水平に動いて、これをプレートテクトニクスと言いますが、地球の中にもぐり込んでいき、一方で中央海嶺などから内部のものが出てきます。要するに、地表部分と内部をつなぐ物質循環を引き起こしているのです。
 
 こういう駆動力という問題に着目すると人間圏というシステムの発展段階を大きく2つに分けることができます。人間圏も地球システムの構成要素の1つですから、地球全体の物とかエネルギーの流れに関わっています。その流れを単に人間圏にバイパスさせて人間圏を維持させるという段階が考えらます。我々自身が地球という星の物の流れを動かすのではなくて、地球という星が物を動かしている。その物の動きを我々が単にバイパスさせて、人間圏を維持するという段階が1つ考えられるわけです。もう1つの段階は我々自身が、人間圏の中に駆動力を持って、地球という星全体のものの動きを引き起こす段階です。人間圏というシステムの発展段階には、この2つの段階があることがわかると思います。
 
 これをわかりやすく言えば、例えば、第1の段階が農業文明みたいなものです。地球という星の物とかあるいはエネルギーの流れを単に人間圏にバイパスさせて、人間圏を維持するという生き方です。それに対して、人間圏の内部に駆動力を持って、全体の流れを新たにつくりだして、人間圏そのものを維持していく。これは、工業文明という言い方をするといいかもしれません。化石燃料みたいなものを他の構成要素から掘り出して、それを駆動力にして地球という星全体の物とか流れを自らつくりだす生き方です。
 
 この2つの段階を比べると、当然、人間圏の大きさみたいなものにかかる制約条件が変わってくるわけです。単位時間当たりの流れのことを流量(フラックス)という言い方をしますが、その流量が地球という星の物の流れで制約されていれば、それが維持できる人間圏の大きさは一定の規模に制限されます。
 
 これをイメージするためには、例えば、江戸時代の日本みたいなものを考えればよいと思います。江戸時代の日本は、太陽光で1年間に育つ植物を基本にして、生活を立てていました。つまり物質循環もエネルギー循環も太陽のエネルギーにそのほとんどを依存して人間圏をつくっていました。そうすると、当然、1年間に降る雨の量も、降り注ぐ太陽光量も決まっていますから、利用できる物質循環もエネルギー循環もその大きさは変わらないわけです。その結果、江戸時代、数百年にわたって人口はあまり変化しませんでした。耕地面積が増加したりしますから500万人ぐらい増えたりしますけれども。これは、数百年で増えるという意味ではたいしたことないわけです。







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