日本財団 図書館


中国高齢化事情視察報告
経済社会発展の光と影
参議院議員 若林正俊
 
●若林 正俊〈わかばやし・まさとし〉
1934年長野県生まれ
〈現職〉参議院議員、参議院憲法調査会運営検討委員長、自民党総務、政調林政調査会会長代理、国際人口問題議員懇談会メンバー
〈学歴〉東京大学法学部卒業
〈職歴〉農林水産省農政課長、国土庁官房総務課長、衆議院議員、総務政務次官、大蔵総括政務次官、財務副大臣、衆議院科学技術委員会理事、衆議院予算委員会理事、参議院農林水産委員長
〈主な著書〉「農地法の解説」、「誇りあるふる里づくり、国づくり」「日本の進路―科学技術立国への道―」
 
 平成十四年十二月十五日から二十日まで、APDAが主催する中国高齢化事情の視察団(団長=清水嘉与子参議院議員)の一員として、北京、西安、上海を訪問しました。
 
人民大会堂に日本国議員団を出迎えた陶西平・全人代教育・科学・文化・衛生委員会委員(右から四人目)
 
〔その一 視察のあらまし〕
 初日(十五日)に中国全人代教育科学文化衛生委員の陶西平氏を表敬し、夕食を共にしながら高齢化の進行、一人っ子政策、教育制度の現状など忌憚のない話し合いをしました。
 翌日(十六日)は民生部で、人口増大と高齢化の進行の現状と対策について説明を受け、そのあと中国老年委員会で李宝庫副部長と会見し、意見交換をしました。
 中国は、世界の四分の一を占める巨大な人口を抱え、「晩婚・晩育(遅い結婚・遅い出産)」の提唱やいわゆる「一人っ子政策」の実施により、人口の増加率を抑制してきたものの今なお人口の絶対的増加が続き、今世紀半ばには十六億人に達すると予想されています。このことは、高齢化が一層進むことを意味するのですが、医療、介護、年金等日本が直面している問題に中国も悩んでいることがよくわかりました。
 その後西安に移動し、陜西省人民代表大会常務委員会副主任、馬大謀氏から西部大開発の計画概要や人口政策、老齢化対策など現地事情の説明を受け、意見交換をしましたが、北京、上海のような大都市部と異なり、農村部は、低所得、失業、若年・中堅層の出稼ぎなどで老人介護をはじめ高齢化問題は大都市部とは比較にならないほど深刻であることが窺えました。
 翌日(十七日)は世界遺産の史跡兵馬俑を見学し、歴史の重み、中国人のスケールの大きいことに圧倒されながら、夕方には上海に移動しました。
 上海では、上海市民生局を訪問(十八日)し、謝黎明副局長から飛躍的に開発、発展を続けている上海市の都市計画と急速に進行する高齢化への対応、特に老人対策について説明を受け、意見交換をしました。社区(地区)単位で老人施設の運営等の活動をすること、二十四時間緊急呼出しのサービスネットワークをつくること、家族による在宅養護を中心にし、社区単位でデイサービスセンターを活用し、ボランティア活動を推進することなどの実状を伺いながら、老人医療、介護などの面では財政負担など困難な問題に悩んでいることが感じられました。特に、農村部から流入してくる貧困層の扱いに苦慮している様子でした。
 その翌日(十九日)、嘉定区南翔鎮の衆仁花苑老人施設(老人ホーム)を見学し、嘉定第二中学校を訪問しました。この老人ホームは、上海市慈善基金会が経営している施設で、二百人を収容し、職員は九十六人(うち医者四人)の日本では見たことのないような豪華なもので、麻雀室、ダンスホール、教養学習室、音楽室、映画鑑賞室等々いたれりつくせりでしたし、夫婦で入居している方の部屋を見せていただきましたが、百四十平方メートル、四DKの余裕ある素晴らしい居室でした。相当高額な家賃、生活雑費は個人負担のようですから、かなりの年金を受給する富裕層の人を対象としているように見受けられました。
 そして翌日(二十日)帰国しました。
 
陜西省人代、馬大謀常務委員会副主任から同省の高齢化問題はじめ行政全般の説明をうける清水団長(左)
 
本場、中国ではマージャンの牌が日本より大きかった・・・朝から興ずる老人たち(衆仁花苑娯楽ルームで)
 
上海嘉定第2中学校の参観で・・・男子生徒は“I like JAPAN very much!”
 
〔その二 視察後に感じたこと〕
 視察団は、文字通り「熱烈歓迎」を受けました。
 視察を受け入れてくださった中国全人代の担当者の方々、北京、西安、上海の民生局、老年委員会など行政の責任者の方々は、人口政策、老人対策の仕組み、現状、課題などを真剣に、率直に説明してくれましたし、意見交換もできました。快く対応していただいたことに、心から感謝しております。
 しかし、「群盲象を撫でる」の諺どおり、視察によって中国の高齢化問題の全体像は全くといっていいほど把握できませんでした。
 日本の書店には、現代中国に関する本が山のように積まれています。特に改革・開放政策以来、社会主義国家論の観念的・閉鎖的な見方ではなく、政治・経済・社会の諸現象を捉えて中国の実態を紹介、分析、解説をする論文、著作が巷に氾濫していますが、それでもなかなか中国社会の実像を知ることは難しいのではないでしょうか。
 
北京では中華人民共和国民政部の李宝庫副部長(中国老齢協会会長)が中国の高齢化について説明
 
 しかし、考えてみればこれは当然のことでもあります。現代社会というのは、古代からの長い歴史の過程で、思想や哲学、ものの考え方や人の生き方などが形成され、その延長線上にあるものですから、中国のように人類が始まって以来の長い歴史があり、広大な地域とさまざまな民族を結合した国家について、その生きている社会の実像を知ることは絶望的でもあります。とりわけ高齢化問題は、社会の基底にある人間の生きざまに深くかかわるだけに、外部からこれを知ることは至難と言わざるを得ません。
 その難しい問題に取り組み、実態調査をし、取りまとめた労作として、平成十二年三月、APDAが出した「アジア諸国の高齢化と保健の実態調査報告書―中華人民共和国―」があります。
 この調査報告書を参考にしながら「百聞は一見にしかず」と出かけたのが今回の視察でした。
 ITバブルがはじけて景気低迷と株安にあえぐ米国や地価暴落などバブル経済の破綻から十年たっても不良債権・産業空洞化・デフレ不況から脱出できない日本を尻目に、中国は、WTOへの加盟を果たし、国内総生産の伸び率、工業生産高、貿易収支などマクロの統計上は、「順風満帆」。今や中国は、世界の経済大国に追いつけ、追い越せの勢いです。
 ?小平氏が「二〇〇〇年までにGDPを八〇年水準の四倍にする」といった目標は、五年繰上げて達成し、さらに急成長を続けている中国経済は、世界が注目し、近年、先進諸国の企業が中国に投資を拡大し、中国は「世界の工場」とさえいわれています。
 たしかに、今回の視察で北京・上海に行ってみるとホテル、商店街、高層住宅など、かつてとあまりに違う繁栄ぶりに目を見張るようですし、デパートやスーパーマーケットの商品も豊富で、老若男女の買い物客の服装や表情も明るく生き生きとしています。中国の経済発展はすごいなあと実感しました。
 しかし、昨年ぐらいから「やがて中国の崩壊が始まる」「中国農民の反乱」「中国、現代化の落とし穴」など中国経済の成長・発展に警鐘を鳴らし、疑問を指摘する本が出始めています。中国社会の光と影とでもいえるのでしょうか。
 今回の視察の中で感じたことを率直に言えば、東部沿岸地域の大都市と西部内陸地域の農村との所得格差、生活格差が極端に拡大しているのではないか。農業の低生産性と郷鎮企業の行きづまり、国有企業のリストラなどにより余剰労働力、失業が急速に増大しているのではないか。にも拘わらず、農村戸籍・都市戸籍といわれる戸籍制度により農村から都市への移住に制約があり、都市が発行する就業許可証のないヤミの出稼ぎ労働者などの都市への流入が着実に増えていて都市内部で貧富の格差が大きくなっており、伝統的な家族内扶助、地域内共助の社会システムが揺らいできているように感じました。
 市場経済の導入により競争社会になってきた中国の高齢化社会での老人問題にどう取り組むかは、これからの中国にとって日本以上に悩ましい深刻な課題になるように感じています。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION