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複合民族国家マレーシアにおける都市化と高齢化問題
早稲田大学人間科学部教授 店田廣文
 
●店田 廣文〈たなだ・ひろふみ〉
〈現職〉早稲田大学人間科学部教授。
〈学歴〉東京外国語大学卒業。早稲田大学大学院文学研究科修了
〈主著〉『エジプトの都市社会』早稲田大学出版部、「イスラーム世界の将来人口」(『統計』)、「イスラーム社会の人口と都市化」(『世界と人口』)、『大衆長寿時代の生き方』ミネルヴァ書房(共著)、『大衆長寿時代の死に方』ミネルヴァ書房(共著)、『世界のエイジング文化』早稲田大学出版部(共著)、『中東・イスラム社会研究の理論と技法』文化書房博文社(共著)
 
はじめに
 二〇〇〇年現在のマレーシア全人口は、約二三〇〇万人(国土面積三十三万平方キロ)である。一九八一年に就任したマハティール首相は、一九九一年に公表した新開発政策(NDP)の中で「ワワサン(ビジョン)二〇二〇」という二〇二〇年までの先進国入りを目指す構想を掲げながら、一定の経済成長という成果をあげてきた。しかし一九九七年のアジア通貨危機の影響を受けて、経済成長は一時的に急激に減速したものの、一九九八―一九九九年の国民総生産の実質成長率は四・三%と持ち直したようである。1
 一方、最近の人口指標をみると、一九八〇〜九〇年と一九九〇〜九九年の年平均増加率はそれぞれ二・八%と二・五%である。一九八〇年から一九九八年の乳児死亡率は三〇から八に低下し、同期間の合計特殊出生率は四・二から三・一となり、一九九八現在の平均寿命は男七十歳、女七十五歳に達した。2これらの指標からは、マレーシアの人口が現在のところ増加を基調とする若い人口構造をもつものであり、人口高齢化の進行は緩慢であることが窺える。しかし、二〇五〇年には六十歳以上人口が二一%と推計されており、長期的には人口高齢化は避けられない。3このような人口動向は、いわゆる近代化にともなってもたらされると考えられ、本稿ではとりわけ高齢者の生活にとって大きな影響を及ぼすであろう、都市化に着目しつつ近年の高齢化の推移と高齢者の居住状況の特徴を捉え、今後の課題を論ずることにする。
 
1、 人口の推移と都市化
 マレーシアは一九六三年に、ほぼ現在の国土に相当する、マレー半島のマラヤ連邦、シンガポール(後の一九六五年に分離独立)、およびボルネオ島の一部(いわゆる東マレーシアのサバ、サラワク両州)からなるマレーシア連邦として成立した。ただし本稿では詳述しないが、マレー半島と東マレーシアの間には、マレーシア最大の地域問題と言われるような社会的・経済的側面における大きな格差がある。マレーシア連邦成立以降の人口センサスは、一九七〇年、一九八〇年、一九九一年、二〇〇〇年の各年に実施されてきた。それ以前については、イギリス植民地時代におけるマレー半島に関する人口データを参照することができる。一九五七年にマラヤ連邦として独立した当時の人口を、現在の国土に準じて捉えてみると、約七百四十万人となる。その十年前の一九四七年には約五百八十万人であり、年平均増加率はおよそ二・五%であった。4 一九七〇年から二〇〇〇年の人口増加率は、表1によれば二・三%から二・六%の間にあって、依然として高い増加率を示しているといってよい。
 
表1 マレーシアの人口 1970年〜2000年(単位:人)
  1970年 1980年 1991年 2000年
マレー半島 8,826,730 10,971,257 14,185,964 18,599,699
85% 84% 81% 80%
サバ州 636,431 929,299 1,734,685 2,603,485
6% 7% 10% 11%
サラワク州 976,269 1,235,553 1,642,771 2,071,506
9% 9% 9% 9%
マレーシア 10,439,430 13,136,109 17,563,420 23,274,690
100 100% 100% 100%
年増加率 2.30% 2.64% 2.60%
資料:
Department of Statistics Malaysia, Population and Housing Census of Malaysia 2000 Preliminary Count Report, October 2000
Department of Statistics Malaysia, Population and Housing Census of Malaysia 2000 Population Distribution and Basic Demographic Characteristics, July 2001
 
表2 マレーシアの都市化と都市人口 1950年〜2030年
  総人口(千人) 都市化率(%) 都市人口(千人) 農村人口(千人)
1950年 6,110 20.4 1,244 4,866
1960年 8,140 26.6 2,165 5,975
1970年 10,853 33.5 3,631 7,222
1980年 13,763 42.0 5,787 7,977
1990年 17,845 49.8 8,891 8,954
2000年 22,218 57.4 12,758 9,461
2010年 26,146 63.8 16,680 9,466
2020年 29,608 68.6 20,325 9,283
2030年 32,956 72.7 23,952 9,004
資料:
U.N. World Urbanization Prospects. The 2001 Revision, 2002 (web.version)
(注)2010年以降は、推計値。
 
 一方、マレーシアにおける都市化、いわゆる都市人口の増加は一九六〇年代以降に顕著である。二〇世紀はじめの一九一一年には都市人口率は一〇・七%であり、全人口の一割が都市居住であるに過ぎなかった。その後、一九二一年一四%、一九三一年一五%、一九四七年一九%と着実に増加し、一九五七年のマラヤ連邦成立時点には、全人口の約四分の一にあたる二七%が都市人口となった。その後の都市化の推移は表2に示したとおりであり、二〇〇〇年現在ではおよそ六割の人口が都市部に居住している。
 一九九一年までの人口センサスによって都市人口増加の要因を見ると、一九四七〜一九五七年の間には人口移動、自然増加、都市範域拡大の三要因がほぼ同じ比重であった。しかし、一九八○〜一九九一年の期間を見ると、自然増加が五二%、都市範域拡大が三七%であり、人口移動は約一〇%に過ぎない。このように近年では都市人口増加の要因は大きく変化したことが明らかである。しかし、表2に示したように今後も都市化が進行し二〇二〇年には約七割が都市人口になるものと推計されている。5
 
2、人口高齢化の動向
表3 マレーシアの人口動態指標(1963年〜1998年)
  1963年 1970年 1980年 1990年 1998年
粗出生率 38.1 32.4 30.6 27.9 24.4
粗死亡率 8.5 6.7 5.3 4.6 4.6
合計出生率 6.0 4.9 3.9 3.3 3.2
平均寿命(男) 63.1* 61.6 66.4 68.9 69.1
平均寿命(女) 66.0* 65.6 70.5 73.5 74.4
資料:
Department of Statistics Malaysia, Vital Statistics Time Series Malaysia 1963−1998, October 2001
(注)
平均寿命は、マレー半島のみのデータ。*は、1966年のデータ。
 
表4 マレーシアの人口高齢化
  1957年 1970年 1980年 1991年** 2000年***
全国 4.6* 5.2 5.7 5.9 6.4
マレー系 4.4* 4.8* 5.2* 5.4 5.8
華人系 5.6* 6.7* 7.1* 7.6 8.8
インド系 2.4* 4.2* 5.2* 5.4 5.9
都市部 na 6.1 5.5 5.3 na
農村部 na 5.2 5.8 6.5 na
資料:
U.N.ESCAP, The Aging of Population in Malaysia, 1989
マレー半島のデータ。これら以外は、マレーシア全体の数値。
**
Department of Statistics, Senior Citizens and Population Ageing in Malaysia, March 1998.
***
Department of Statistics, Population and Housing Census of Malaysia 2000, July 2001
 
 マレーシアの一九六三年〜一九九八年の人口動態指標の変化をみると、表3のように粗出生率は三八・一から二四・四へ、粗死亡率は八・五から四・六へと減少しており、傾向としては多産多死から少産少死への流れがあるが、自然増加自体は大きな減少とはなっていない。そのため、マレーシアは現在でも比較的高い人口増加率を維持しており、少産少死への転換すなわち人口転換はいまだ進行途中であり、6 その意味では高齢化問題は顕在化しているとはいえないのが現状である。しかし、一方で平均寿命の伸長は着実であり、一九九八年現在、男子は六十九・一歳、女子は七十四・四歳である。
 人口増加率二%台を維持するマレーシアにおける人口高齢化を同国の高齢者の年齢指標である六十歳以上に即して捉えてみよう。半島部マレーシアの高齢化率は、一九四七年では五・○%であった。その後、一九五七年には四・六%、一九七〇年には五・四%、一九八〇年には五・八%、一九八六年の推計値も五・八%と横這いである。7マレーシア全体の高齢化率を表4によってみると、一九七〇年には五・二%、一九八〇年には五・七%、一九九一年も五・九%とほぼ同じの水準である。8しかし、最新の二〇〇〇年人口センサスによると、高齢化率は六・四%と若干上昇したことが看て取れるのである。
 このようにゆっくりとした高齢化の進行であるが、地域や都市と農村による偏差を観察することが出来ることに加えて、複合民族国家としてのマレーシアではエスニシティ(民族)による差異を観察することができる。同表にみるように、一九八〇年の全国高齢化率は五・七%であるが、華人系では七・一%、都市部と農村部ではそれぞれ五・五%と五・八%という数値が報告されている。
 また表示はしていないが、東マレーシアのボルネオ島に位置するサバ州では六十歳以上人口比率は三・四%(一九八〇年)である。このような偏差は、二〇〇〇年人口センサスにおいても観察することができる。とりわけエスニシティによる高齢化率には大きな差が生じており、華人系の八・八%に対して、マレー系は五・八%、インド系は五・九%であることが示されている。
 
3、 都市化と高齢化
 前出の表4にあるように、一九九一年の農村部の高齢化は都市部を上回る水準にある。しかし、一九七〇年には農村部で低く、都市部で高いという状況であった。従来、全人口の過半数を占めるマレー系住民は農村部に、とりわけ華人系は都市部に居住する割合が高いといわれており、そのような状況が高齢化率に影響していたものと思われる。しかし、その後の都市化の進行は、多数のマレー系住民の都市流入をもたらし、都市部と農村部の高齢化率の逆転を結果したものと思われる。したがって、都市化にともなった若い世代の都市への人口流出による影響がうかがわれ、農村部の過疎化および高齢者層の残留にともなう農村部の高齢化率上昇が起こりつつあることが考えられる。
 全国的な都市化の進行は、都市部においても農村部においても、高齢者の生活に大きな影響を与えると思われる家族や世帯の構造の変化をもたらすものである。表5によると、マレーシアの平均世帯人数は、一九八〇年の五・二人から一九九四年の四・七人へと減少している。同期間について、都市部と農村部を比べてみると、ほぼ同じか若干農村部の世帯人数が多い程度であり、農村部には大家族が多いという予想は裏切られる。ここにも、農村部からの人口流出が窺えるのである。
 もう一つの指標である世帯類型の状況を検討してみよう。核家族の比率を全国レベルで見ると、一九八〇年の五五%から一九九一年の六〇%、一九九四年の約六七%へと上昇している。しかし、拡大家族世帯は同期間についても、二五〜二八%の範囲にあり、大きく変化したとはいえそうもないが、カテゴリーの内容が異なり、確かなことは言えない。しかし、以上をまとめてみると、都市化の進行に伴って、核家族の割合が増加し、世帯人数は小さくなる傾向があることは確かなようである。これまで述べてきた都市化と高齢化の関係は、農村部における高齢者問題の取り組みと、都市部における高齢者問題の取り組みが異なるべきであることをも示している。農村部では、単身や高齢者のみの夫婦世帯に象徴されるような、高齢者本人たちにむけた対策が重要である。それに対して、都市部では子供たちと同居して暮らしている高齢者本人に加えて、高齢者を抱える家族に対する対策の重要性もまた高いのである。
 
表5 マレーシアの平均世帯人数と世帯類型
平均世帯人数 1980年 1991年 1994年
全国 5.2 4.8 4.7
都市部 5.1 4.8 4.6
農村部 5.2 4.8 4.9
核家族世帯 4.9 4.8 na
拡大家族世帯 7.1 6.5 na
世帯類型比率 全国 都市部 農村部 全国 都市部 農村部 都市部 農村部
核家族世帯 55 52 58 60 59 61 67.1 68.8
拡大家族世帯 28 30 27 26 27 26 25.6 26.7
単身世帯 9 11 8 8 7 8 5 3.6
親族世帯* 6 3 6 3 3 3 2.3 1
非親族世帯 2 4 2 3 4 2
合計(%) 100 100 100 100 100 100 100 100
資料:
1980/1991 Tan Poo Chang & Ng Sor Tho, Current and Emerging Family Patterns in Malaysia, 1995.
1994 National Population and Family Development Board, Malaysia、Family Profile Malaysia, n.d.
1994年についてはMulti−single memberと表示されており、親族、非親族を含む世帯に相当すると思われる。
(注)
1980/1991年は人口センサスのデータ。1994年はMalaysian Population and Family Surveyのデータ。







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