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APDAが中国へ高齢化視察団を派遣
さすが漢字の本家―大勢の入居老人が鮮やかな筆使いで習字に充実したひとときを過ごしていた。いずれも教科書に出てくるような見事な達筆ばかり
 
 (財)アジア人口・開発協会(APDA)は、急速に進む中国の高齢化事情を視察するため昨年十二月十五日から十九日まで清水嘉与子・参院議員(元環境相)を団長とする国会議員四名を北京、西安、上海に派遣して現地事情を視察した。
 この事業は、アジアの人口・開発問題を解決するため、毎年一回、日本からアジアの一カ国を選んで国会議員が視察し、アジアの各国からは、一カ国の国会議員を日本へ招き、人口問題の先進国でもあるわが国の歩んできた経過、これからの問題点などについて視察してもらい啓蒙することが狙い。APDAに対するUNFPA(国連人口基金)とIPPF(国際家族計画連盟)の派遣・受入事業である。
 
 われわれが北京空港に降り立った十二月十五日は、初雪が舞っていた。辺りは白銀一色だった。
 さすがに人口大国である。十二月十六日訪問した中国民生部の李宝庫・副部長(老齢協会会長)の説明によると、中国の六十歳以上の高齢者は現在、一億三千二百万人。中国総人口の一〇・三%、八十歳以上の超高齢者が千三百万人にのぼるという。
 高齢人口は地域間のバラつきがあるが、上海などの沿岸部に多く、上海では一九八〇年代に高齢化に入ったが、奥地チベット北部でも二〇一〇年に高齢化に入るという。巨象が高齢期を迎えるのである。
 中国の高齢化のスピードは、経済、社会の発展より早い。国民皆保険、年金を実現していない中国にとって、老人福祉の充実は何よりも切迫した緊急課題である。
 解決策の一つとして中国政府は二〇〇三年には全国に十万人の「老人活動センター」を設立、年金や医療支援、勉強や社会参加、娯楽などの機会を与えるなどの幅広く活動することを活動内容に盛り込んでいる。
 中国では一九八三年に山東省で老年大学の第一号が誕生した。二〇〇二年現在、中国老年大学協会の調べによると一万七千六百ヵ所に“老年大学”が設立され年金、医療、財政などについて学んでいるが、百七十万人が在籍しているという。国民の敬老、愛老を徹底し、老人の精神文化を活発にするため老年大学では書道、コンピューター、絵画、料理などの講座を設けている。一九九六年には老人の権利を守る「老年人権保護法」が制定され、農村では農民に土地を与え、農業をやめても生活が保障されるよう配慮しているという。
 中国の老人文化活動で一番大きな行事は九月九日の「老人の日」。各地で充実した楽しい行事が繰り広げられる。
 老人の社会参加に政府は注目しているが、老人の知識人(分子)は全国に三千万人。退職してからも健康で高級レベルの知識を持っている人が五百万人もいるという。人材は豊富だ。
 中国の定年は男六十歳、女五十五歳だが若い人が多いので定年年齢が簡単に延びない―といった苦しい事情も聞いた。
 
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 このところ政府や党の老人対策が動き出している。一九九九年には「中国老齢工作委」を作り、二〇〇〇年には共産党、国務院が高齢化対策強化を決定。
 二〇〇一年には朱鎔基首相の下で、社会経済発展計画の中に五ヵ年計画の高齢対策強化策を組み込んだ。
 中国政府は、民生部が中心になって高齢化対策の長期目標として“星の光”運動をはじめた。
 “星の光”運動は、太陽と月は一つだが、天空の星は碁盤の目のようにいっぱいある。星の光は明るくないが、老人は夕方の太陽であり、老人事業は朝の太陽と位置付け、都市部では八万ヵ所以上、農村部では五万ヵ所以上の“星の光の家”を作ろうと計画中だ。事業推進費として八十億元から百億元(一千二百億円から一千五百億円)を見込み、政府の老人福祉対策費のほか、宝くじや企業からの献金もあてこんでいる。
 中国の高齢者の生活実態は、子供などとの同居は六六%、老人だけの一人暮らし、つまり孤老は三四%で、一人暮らしの老人がふえる傾向にある、という。定年後の仕事としては医師、教師、科学、文化系の有識者に政府が宿泊費、食費など実費を支払い、季節の良い時期に出張教授してもらっている。この時は夫婦同伴もOKという。
 老人の生活保障としては、年金は一部の公務員などには支給されるが、その他の老人には六十歳から支給される。地域差はあるが、六百六十都市に及び、例えば北京、上海などでは千九百六十万人の老人が月三百元(四千五百円)以上の手当を国と地方から支給されている。
 二〇〇二年には総支給額が二十六億元(三百九十億円)、二〇〇三年には百億元(一千五百億円)に達する、という。
 
家族計画進む西安も高齢化が頭痛のタネ
 十六日夕刻、かつての首都陳西省西安市に着く。一寸先が見えない重苦しい濃霧で視界は僅か四〜五メートル。飛行場から市内までは約一時間かかる。この時期、“濃霧”は西安の名物だそうだ。馬大謀・陜西省人代常務委副主任が温かく一行を出迎えてくれ、歴史ある中華民族発祥の地の概要について説明を聞く。西安の二〇〇一年のGDPは八百四十八億元(一兆二千七百二十億円)、二〇〇二年には一気に二千十億元(三兆百五十億円)にふえるという。躍進ぶりが著しい。
 同省では重点政策として、(1)畑を森林に返す(2)水利・交通事業に力を入れる(3)経済的機構改革を行う(4)科学技術、教育分野に力を注ぐ―などを掲げている。現在、同省にある公立大学は四十七校、民(私)大六十六校で科学技術スタッフが八十五万人もいる。
 同省は秦の兵馬俑など名高い歴史的観光スポットが多いため二〇〇一年の海外から観光客が七十万人以上も訪れた。観光事業の充実も目玉事業の一つだ。
 変わったところでは、リンゴが美味しい。日本の協力を得て“富士”の生産が年間五百万トンに伸び、同地の名産にしたいと張り切っている。
 人口面では、国の政策に従い“人の数は力なり”といった路線をとった頃もあったが、エネルギー面で社会に影響が出た。今は家族計画に力を入れている。陜西省の人口は三千六百五万人、うち西安市が七百四十一万人で人口密度が高い。家族計画の面では、中国全土でも優秀な方で、一九九六年の出生率は千分の十五・五人だったが、二〇〇〇年は千分の十一人と減少した。人口増加率は千分の六人となっている。同省で家族計画を実施しないとさらに七十万人位がふえる。家族計画が進めば同時に高齢化が進むことになり、高齢化問題が頭の痛い課題である。
 
高齢化対策でも先陣切る「上海」
モデル“老人ホーム”は素晴らしいが・・・
 上海市民生局を訪れた十八日は雨が“土砂降り”という悪天候に見舞われた。
 今回の中国高齢化事情視察団は、北京では初雪、西安では濃霧、上海では土砂降りと天候では手荒い出迎えを受けたが、各地で出迎えた人々の“心”は温かかった。
 
上海市民政局でレクチャーをうける日本の国議員団
 
 上海市民生局では謝黎明・副局長が上海の高齢事業について説明した。
 謝副局長は「老齢問題は世界の三大関心事の一つだと考えております」と口火を切った。
 上海の六十歳以上の老齢人口は二百四十六万人、高齢比率は一八・四%で、中国で最も高齢化が進んでおり、一九七九年に中国で最初に高齢化社会に突入した。平均寿命は八十歳に近く、女性が男性より三歳長生きだという。
 上海市の老人人口は二〇二五年には四百八十万人になり高齢化はピークを迎える。
 老齢施設としては、四百五十三の老人ホーム(敬老院)がありベッド数は三万一千床。年間に二千五百から三千床を増やしている。
 老齢者に対する法整備が遅れているため、老人ホームの入居者は都市部では費用が高い。従って在宅養老が中心で、農村部では介護養老に頼っている。都市部の活動センターでは二十四時間の緊急呼び出し体制を整備したり、社会や、個人の力を結集して全社会参加による施策を作ろうと計画している。すでに四十ヵ所に日帰り用“デイ・サービス・センター”を作った。巨大人口を擁しているだけあって、社会ボランティアも九十万人以上おり、すべての中学生に対し、社会人になる前にボランティア精神を植えつけようと、中学で三十時間、高校で六十時間、大学で八十時間を教科に採り入れており、成績評価にも影響するという。
 上海の大都市への変ぼうぶりは目をみはるものがある。
 上海市は六千平方キロメートルに一千七百万人の人口を擁し、経済、金融、運輸、港湾を整備して“世界一の大都市”構想を目指している。
 浦東地区には二千を数える高層ビルが林立し、二〇一〇年に開かれる“世界博覧会”までにはその偉容を整える計画だ。
 任文燕・上海市人代常務委員会副主任との会見では、高齢者対策のため“慈善基金会”を作り、台湾、香港などの企業をはじめ一般から募った資金により三ヵ所の福利院を建設中だ。
 健康状態がまずまずの人と、寝たきりの重病人とに分けて収容している。
 任副主任は、高齢者対策の基本は、病気にならない健康な老人づくりにある、としているが、高齢化対策では先進国の日本との交流を深めていきたい、と語っていた。
 一行は、十九日、上海市嘉定区南翔鎮にある“衆仁花苑”を訪問した。
 この老人ホームは、上海市慈善基金によって建設されたモデル的な豪華な有料老人ホームである。収容人員は二百名で、食事は自炊でも専用のレストランでもとることができる。
 
二千以上の高層建築が林立する上海市の近未来の姿
−上海都市計画展示館で−
 
豪華ホームの入居費、一ヵ月食費含めて一万二千円
 入所の条件は、五十五歳以上の夫婦か、独身老人で、一ベッドが千二百元だが半額が国費負担のため個人負担は一ヵ月六百元(九千円)、食事がレストランでとると一人一ヵ月二百元(三千円)。二十四時間体制で医師が常駐して医療サービスも行っている。
 ホーム内にはダンスや映画鑑賞のできるホール、ピアノの弾ける娯楽室はじめ、図書館、書道やマージャン、手芸、コンピューターなど、それぞれのクラブ専用の部屋があり、習字をしたり、マージャンをしたり、思い思いの趣味で楽しいひとときを過ごしている。レストランもあるし、スーパーもある。日本のカップヌードルなども売っていた。
 一室の大きさは六十平方メートル(約十八坪)から百三十平方メートル(約三十九坪)。周囲の小川では釣りもできるし、環境は静かで全く快適だ。
 同地区では一般家庭も訪問したが、一行が見学したところは大型テレビやステレオなども完備し、バス・ルームも二つあり、高級感のあるものだった。
 
女性入居者は、和気あいあい手芸を楽しんでいた(衆仁花苑で)
 
高校の月謝、半年分で一万八千円
 こんどの視察の締めくくりに上海嘉定第二中学校(日本の高校に相当)を訪問した。
 全校生徒千八百人、教師が百八十四人、うち高級レベル教師四十二人、女子六割、男子四割の比率。全校生徒の九五パーセントが“一人っ子”。進学率は九〇パーセントで、国際教育を重視しており、卒業生のうち四〜五十人がオーストラリア、シンガポール、ニュージーランド、ウクライナなどへ留学している。
 一学期(六ヵ月分)の学費は千二百元(一万八千円)という。一行を出迎えた生徒は「私は日本が好きです。日本に行ってみたい」とリップ・サービスをしてくれた。
 
中国の高齢化視察議員団
清水嘉与子 参議院議員
若林正俊 参議院議員
大渕絹子 参議院議員
国井正幸 参議院議員
●事務局●
広瀬次雄 APDA常務理事、事務局長
遠藤正昭 APDA業務課長







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