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5-3 海運荷動きへの影響
 
 上記に加え、海運荷動きに大きな影響を与える可能性があるのは、ANWRの探鉱開発解禁、大水深使用料免除、SPRの利用を危機管理のみに制限、クリーン石炭イニシアティブ、原子力発電利用拡大である。
 
北極国立野生生物保護区の探鉱・開発解禁
 北極国立野生生物保護区開発(ANWR)の解禁は、国内石油供給量を増やし、将来の輸入の必要性を減らす。ANWRの可採埋蔵量は現在の生産技術を使用した場合、10億3,000万バレル(約1億3,900万石油換算トン)とされている。エネルギー省は、2010年には生産開始可能であり、60年間の生産が可能だと見ている。エネルギー省は2種類の生産シナリオを想定しており、一つは、2026年に日量135万バレル(約18万2,000石油換算トン)で生産はピークに達し、もう一つは2034年に日量100万バレル(13万5,000石油換算トン)でピークに達する。これらの2つのシナリオから、2020年にANWRは日量40〜60万バレル(約54,000〜81,000石油換算トン)の石油を産出することになり、この数字は2020年の予想輸入量の3.6〜5.4%となる。これは輸入量の大幅な減少であり、タンカーに換算すれば、年間VLCCのニーズが73〜110航海減ることを意味する。
 ANWR解禁を唱道しているアメリカン・ペトロリウム・インスティチュート(API)は、ANWRで石油生産が解禁されれば、石油の輸送に19隻のジョーンズ・アクト・タンカーが必要となるとしている。これらのタンカーは2011年から2031年のあいだに建造されることになる。APIは、この建造プログラムは「直接的には米国造船産業に2,000人分の安定した建造雇用をもたらし、また最初の17年の建造期間に米国経済に約3,000人分の雇用を創出する」と推定している。
 
大水深使用料免除
 大統領のエネルギー計画には、オフショア石油・ガス開発を奨励するため経済的インセンティブが含まれている。特に、フロンティア海域や大深度ガス層におけるオフショア生産には使用料免除等のインセンティブの提供が提案さえている。また、使用料を支払ったのでは採算の取れない小規模な油ガス田の開発に対するインセンティブも提案されている。これは新しいコンセプトではない。1995年に成立した大水深使用料免除法(43U.S.C.1337)により、メキシコ湾における大水深生産は一時的に使用料の支払を免除された。使用料は通常、油井収入の平均12.5%となる。同法により、水深200〜400mにおいては、最初の1,750万バレル(約236万石油換算トン)まで、400〜800mでは5,250万バレル(約709万石油換算トン)まで、800mを超える場合は8,750万バレル(1,181万石油換算トン)まで、使用料の支払が免除されることとなった。同法の成立により、大水深開発事業は一気に活性化した。翌4月のメキシコ湾のオフショア鉱区のリース権販売では、924鉱区に対して1,381件の入札があった。このうち、471件は200mを超える大水深鉱区であり、442件は水深400mを超える鉱区であった。
 米国鉱物管理局は、メキシコ湾大水深の埋蔵量は石油換算で710億バレル(約95億7,500万トン)であり、そのうち564億バレル(約76億1,400万トン)がまだ発見されていないと推定している。この国内資源が開発されれば、その分だけ原油輸入需要は減少するであろう。大水深/限界24油ガス田開発にインセンティブがどのような影響を与えるか、正確な予測は不可能だが、インセンティブにより全埋蔵量の10%が開発されれば、長期的原油・天然ガス輸入需要は石油換算にして70億バレル分減少することになる。
 70億石油換算バレル(約9億4,500万トン)を10年間に分散すると、増分は年間7億バレル(約9,450万トン)、日量200万バレル(約27万トン)となる。この数字は、2020年の推定輸入需要の約20%にあたる。大水深生産が輸入に取って代れば、VLCCにして1日1航海、年に365航海が不要となる。
 
戦略的石油備蓄(SPR; Strategic Petroleum Reserve)の使用を緊急時に制限
 新エネルギー政策は、SPRの使用を、石油供給の乱れが実際に発生した場合または、差し迫っている場合に限定することを要求している。9月末に、エネルギー長官は、「石油価格が1バレルあたり30ドルまで高騰しても、ブッシュ政権は価格を下げるために戦略的石油備蓄を放出することはない」と発言して、このエネルギー政策を是認した。長官は、米国は「供給の大きな乱れ」があった場合にのみ備蓄を利用するつもりだ、と述べた。この姿勢は、米国北東部の暖房用油不足を緩和するために戦略的備蓄石油の放出を認めたクリントン前政権とは大きく異なっている。クリントン政権の判断は、政治的思惑によるものであり、戦略的石油備蓄をこのような理由で利用するのは不適切だと考える向きも多かった。現在も、議会の主要民主党議員は、「ホワイトハウスは、米国経済低迷に際して、高い石油価格を引き下げるために備蓄を放出すべきだ」と論じている。
 
 この戦略的石油備蓄政策が海運貨物の荷動きにどのような影響を与えるか判断するのは困難である。しかし、米国政府が備蓄石油を市場に放出して、価格を操作する心配がなくなれば、石油トレーダーにとって、石油輸送用タンカーをチャーターする際の不安材料が一つ減ることになる。石油トレーダーは市場の需給の動向予測を基にして決断を下すことが可能になり、突然、戦略的備蓄石油が放出され、原油価格が下落することを心配する必要がなくなるのだ。クリントン大統領が2000年9月26日に備蓄石油の放出を発表した際に、石油価格はたちまち1バレル当たり2.50ドルに低下した。次に示すように、この発表はタンカー・チャーター市場にも直接的な影響を及ぼした。ペルシャ湾から米国メキシコ湾までのVLCCスポット運賃は、発表後3日間(9月27-29日)で5.5%下落した。タンカー運賃が下がったのには、他にも原因があるかもしれないが、備蓄放出の決定直後にこのような大幅な下落があったのには、偶然の一致以上のものがある。
 
2000年9月の戦略的備蓄石油放出発表とタンカー運賃の変化
(VLCCスポット運賃 ペルシャ湾/米国メキシコ湾)
(拡大画面:11KB)
出典: Baltic Exchange
 
クリーン石炭イニシアティブ
 新エネルギー政策は、米国の埋蔵石炭の活用にかなりな重点を置いている。エネルギー政策イニシアティブにより石炭利用が増加すれば、その分だけ石油の使用を減らすことができる。エネルギー省の現時点の推算によれば、2020年には、エネルギー必要量の約21%を石炭が供給することになる。クリーン石炭技術を開発するイニシアティブにより、エネルギー供給に石炭が占める割合が1%増加すると仮定すれば――言いかえれば石炭が総エネルギー必要量の22%を供給するようになるとすれば――石油その他のエネルギー源のニーズは減少することになる。
 石炭の利用の増加分がエネルギー源としての石油利用を代替すると仮定すると、エネルギー供給に占める石炭の割合が1%増加すると、原油輸入は日量65万バレル(87,750石油換算トン)減少すると推定される。これにより、米国への石油輸入に必要なVLCC航海数は119回減少することになる25。もちろん、この計算はクリーン石炭とその他の石炭増産イニシアティブにより石炭生産が1%増加し、増加分で輸入石油を置き換えたという仮定に基づいている。仮定が変れば、VLCCの必要航海回数も変化する。
 
原子力利用の拡大
 新エネルギー政策は、原子力発電所建設の再開と既存発電所の発電能力拡大を謳っている。原子力発電供給量が増大すれば、その分だけその他のエネルギー供給の必要性は減ることになる。2020年に原子力発電はエネルギー供給全体の5.7%を提供すると考えられている。この数字が6.7%に拡大すると、原子力発電が一年間に供給するエネルギーは、7,500兆BTU(1億8,750万石油換算トン)ではなく8,800兆BTU(2億2,000万石油換算トン)になり、原油輸入を年間1,300兆BTU(3,250万石油換算トン)削減することができる。これにより、前項と同様に年間119航海分のVLCC輸送が不要となる。
 

24
限界油/ガス田(marginal oil/gas field):経済的に開発することが困難、もしくはリスクが大きい油/ガス田。地理的条件が悪く、そのわりに埋蔵量が少ないため、経済的に開発が可能かどうかの限界線上にあるような油・ガス田を指す。
25
2020年には130.9qBTUの総エネルギー消費量のうち石炭が27.4qBTU(20.9%)を提供すると予測されている。エネルギー供給に占める石炭の割合が1%増加すれば、石炭による供給は28.7qBTUに拡大する。これにより、石油輸入を現予測の35.0qBTUから33.7qBTUへ1.3qBTU減らすことができる。1コッド(=1015BTU)あたり石油1億8,300万バレルで換算すると、石油輸入のニーズは年間2億3,800万バレル、日量652,000バレル減少する。一航海あたり200万バレルとすれば、一年間でVLCCl19隻分の原油輸送の必要がなくなる。







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