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二 アメリカに戦争能力があるのか
A イラン、レバノン、ソマリア、アフガン
 
 こう言ってみると、アメリカはものすごい力を持った怪物のような存在の気がしますが、ここで私は、どうも最近アルコールを飲まなくなった関係か、頭がさえてまいりました。その中で気がついたことがあります。アメリカには戦争をする能力があるのだろうか。イラクに対する戦争をするだろうということが今言われておりますが、もうちょっと皆さん、冷静に考えてみてください。アメリカが八十年代以降にやった戦争で、戦争と呼べるものがあったのか。例えばカーター大統領の時代に、在イランアメリカ大使館のスタッフを救出するために特殊作戦をやりました。もちろんこれは戦争ではありません。しかしながら、あれは惨憺たる失敗に終わっております。そして、皆さんのご記憶の中にあるものでは、レバノン、ソマリアに対する派兵がありました。陸上部隊が入っていってめためたにやられます。そうすると、アメリカの部隊はしっぽを巻いて撤退したのです。
 最も印象の新しいところでは、アフガニスタンに対する攻撃がありました。これは明らかに戦争です。しかしながら、その結果はどうだったのかというと、結局のところ、勝ってもいなければ負けてもいない。非常にあいまいな形で、それどころか最近では、アルカーイダやタリバーンが反抗を始めています。つまり、今度は彼らの側から攻撃が始まっているのです。場合によっては、アフガンは第二のベトナム戦争になるだろう。あるいは、ソ連軍がかつて落ち込んだようなアリ地獄の中に入っていくのではないか。泥沼と言うと、雨が降らないところですからアリ地獄のほうがいいと思いますが、アリ地獄の状況の中に今追い込まれているのではないかなと思います。
 つまり、アメリカは本来戦争が外交の一手段だという言い方をされていますが、ある目的を達成するために最終的に選択する方法は戦争のはずです。そして、その戦争をすることによって、その目的の成果が生まれてくるのです。アメリカは、私が今挙げた四つの形の中では、実は一つも成果を挙げていない。つまり、アメリカにはもう既に戦争を行う能力がないのではないかということです。
 
B 核の使用が頻繁に話題に上る
 
 今年の夏にエジプトに行ったときに、私の遊び仲間がいるのですが、彼がひょこっと言いました。「佐々木、もう核なんて意味ないよ。BC兵器も意味ないよ。だって実際考えてごらん。どの国がどの国に対して、それを使って戦争で勝利ができるんだ。これからの戦争は、実は最も原始的なこん棒やナイフだよ」という言い方をしました。
 まさに、もし彼がスーパースターのテロリストであるとすれば、ビンラーデンが展開しているのはこん棒の戦争なのです。突然後ろから殴られる。あるいは突然、前からナイフで刺されるという状況が、今アメリカを襲っているのではないかと思います。決して、ロンメル将軍がかつてリビアの砂漠でやったような戦車戦の時代ではないのです。あるいは核兵器をバンバン撃ち合うような時代ではないのです。アメリカでは戦争をあおるために、今核兵器のための戦争という映画がどんどんできていますが、もうそんな時代ではないのではないかという気がしております。
 核兵器の使用というのが今回話題になってきています。アメリカが、場合によっては核兵器を使うぞという言い方をしています。そして、それに呼応したようにイギリスも、場合によっては我々も核兵器を使うぞと。
 今までは、核兵器を使うなんていうことは、とてもではないけれど言えなかったんです。それが、堂々と言われ始めている。ということは、そこまで実は戦争が難しくなっているのではないか。あるいは、今アメリカが敵対しているものが、そこまで難しくなっているのではないかという気がします。言ってみれば最終ラウンドですね。第四コーナーを回って、ゴール一歩手前という状態に、今あるのではないかという気がします。
 
C イスラムは世界であり国家ではない・・・バーチャルな敵との戦争
 
 アメリカが誤解をしていることの一つは、イスラムが世界であって国家ではないということです。つまり、イスラムが世界であって国家ではないとするならば、アメリカが考えているような既存の戦争の形はとれないということです。そのイスラム世界が、イスラムというのは世界である。しかもそれが、アメリカが与えた三種の神器、インターネット、衛星放送テレビ、そして銀行のオンラインシステムによって、世界中が緩やかな連携をなす。まさにグローバリゼーションを、イスラム世界がアメリカの先にセットアップしてしまった。そうすると、アメリカはその緩やかな連携の世界イスラム国家、バーチャルな存在との間に戦争を展開していかなければならないという非常に厳しい状況に置かれているのではないかと思います。
 それはまさに、お化けと戦うドンキホーテのようなものではないでしょうか。恐怖の余り、空に向けて機関銃を乱射すればするほど、撃った弾丸が自分の頭上に落ちてくるという状況ではないのかなと思います。
 
D 異なる理想社会の形「民主主義とバイア」
 
 それからもう一つ、アメリカがまさに今進めようと思っている「民主主義」の世界というのは、実はイスラム世界から見ると全く違う、受け入れがたいものだということです。
 もちろん、アラブの人たちも「民主主義」ということを口にします。「デモクラティア」という言い方をするのですが、これはもちろん借りた言葉、アラバイゼーションされた言葉以外の何者でもありません。彼らの世界にあるのは「バイア」というシステムなのです。
 何となく、アラビア語を混ぜて言うと本当らしく聞こえてくるのでたまに入れるのですが、「バイア」というのは、あなたをリーダーとして認めますということで、簡単に言えば信任投票をやる。そのかわり、あなたは我々の安全と生命と財産を保証してくださいよというのがイスラム世界です。つまり、彼らはある有能なリーダー。日下会長が少し前に「リーダーとは何か」という講座を開かれましたが、まさに、有能なリーダー、理想的な英明な賢帝を置くことによって社会をスムーズに運営していくというのが、彼らの世界の考え方です。そこに無理やり、いわゆる不平等の平等というか、「民主主義」を持ち込んでも、それは成功するわけがありません。
 サダム・フセイン大統領は非常に国民に嫌われているとか、あんな残虐な男はいない、したがって国民は、アメリカ軍が入っていったら、みんな諸手を挙げて「アメリカ・ウェルカム」と言うだろう。でも、英語を知らない人はウェルカムと言えないんです。
 ところが、ムバラクというエジプト大統領がいる。ムバラクさんは、あの有名なナセル大統領の次のサダト大統領の次の大統領になった人です。この人は、大統領になったとき非常に穏健な政策を展開した。そうしたらエジプトの国民は民主的で歓迎したかというと、歓迎しなかった。そして彼のことをラ・バ・シ・キ・リと言ったのです。ラ・バ・シ・キ・リというのはオランダの乳製品、カウベルをつけて横から写したトレードマークがありますが、笑う牛のことを「ラ・バ・シ・キ・リ」と言うらしいのですが、ムバラクは「ラ・バ・シ.キ・リ」だと。「あいつは笑うだけで能力のないやつだ。あいつはインドの大統領になったら絶対尊敬される、だってインドでは牛は神様だ」という話があります。つまり、「民主主義」というのは当てはまらなかった。アラブ世界の中で最も高度な教育レベルを誇っているエジプトですら、実は「民主主義」というのは適合しないということの一つの査証だと思います。
 その後にムバラク大統領が展開した強硬政治が実は歓迎され、彼は今尊敬され、畏怖ですね、恐れられる大統領になっているということは事実であります。







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