5.2 胴衣装着用SART
小型船舶等の救命胴衣装着に相応しい小型軽量SARTの性能、要目を決めるにあたっては、これら船舶の我が国沿岸海域における海難や海中転落事故の発生状況、また、SARTの電池容量を決めるうえで、海中転落者の海水温度に対応した医学的な生存可能時間を考慮することが重要であるが、これらについては、次のとおり検討した。
5.2.1 海難の状況
5.2.1.1 海難等発生の現状
平成3年から平成12年までの距岸別要救助海難船舶隻数に関する資料(海上保安白書)及びトン数、距岸別の船舶海難によらない漁船乗組員の海中転落事故に関する資料(日本海難防止協会)等から、比較的沿岸域を航行する小型船舶の海難発生、また、海中転落事故の現状を把握することに努めた。
これによると、表5.2−1に示されている距岸別要救助海難発生頻度の累積百分率からは、90パーセントが距岸12海里までの範囲で発生している。(距岸3海里以内では75パーセントを占める。)
表5.2−1 距岸別要救助海難発生隻数の推移(台風及び異常気象下のものを含む) |
(単位:隻数) |
|
H3 |
H4 |
H5 |
H6 |
H7 |
H8 |
H9 |
H10 |
H11 |
H12 |
合計 |
% |
港内 |
1138 |
628 |
745 |
688 |
718 |
833 |
666 |
725 |
729 |
784 |
7654 |
29.5 |
3海里未満 |
1345 |
1216 |
1112 |
1163 |
1167 |
1157 |
1114 |
1101 |
1226 |
1485 |
12086 |
46.6 |
3−12海里 |
441 |
381 |
440 |
317 |
363 |
394 |
353 |
309 |
375 |
385 |
3758 |
14.5 |
12−50海里 |
168 |
169 |
157 |
167 |
185 |
143 |
132 |
150 |
138 |
155 |
1564 |
6 |
50−200海里 |
65 |
75 |
70 |
48 |
49 |
59 |
45 |
48 |
39 |
39 |
537 |
2.1 |
200海里以遠 |
39 |
43 |
37 |
42 |
38 |
28 |
32 |
31 |
27 |
25 |
342 |
1.3 |
計 |
3196 |
2512 |
2561 |
2425 |
2520 |
2614 |
2342 |
2364 |
2534 |
2873 |
25941 |
100 |
|
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距岸別要救助海難船舶隻数累積百分率 |
表5.2−2に示される船舶海難によらない漁船乗組員の海中転落事故に関する資料からは、海中転落事故の約85パーセントが距岸3海里以内の陸岸から近い海域で発生し、また、これらの船舶の約80パーセントは20トン未満の小型漁船で占められている。
これに関連し、表5.2−3のこれら海中転落者の生存割合に示すとおり、転落者の生存率は約15パーセントで、極めて低いことが伺える。
また、近年、我が国においても小型モータボートを利用したマリンレジャーが脚光をあびるようになったが、小型漁船を含めた要救助海難船舶の約7割が、これらの小型船舶で占められていることも考慮しなければならない。(海上保安庁、平成12年における海難船舶と人身事故の発生と救助の状況より)
この様なことから、本事業の遂行にあたっては、小型船舶が沿岸から比較的近い海域で海難等事故を引き起こしている我が国の実態を考え、救命胴衣装着に適し、かつ手頃な価格で供給できる汎用性の高い小型軽量SARTを考慮することが重要である。
併せて、海中転落者の救命率を向上させるため、先に、平成14年7月2日船舶職員法が改正され、これら小型船舶の乗船者は救命胴衣の常時着用が義務付けられたこと、また、海事関係官署が主導する救命胴衣常時着用化の啓蒙・啓発活動にも注視していくことも必要である。
表5.2−2 船舶海難によらない漁船員の海中転落事故(1993〜1999) |
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表5.2−3 船舶海難によらない漁船乗組員の海中転落事故 (トン数別の事故者数・事故隻数(1993〜1999)) |
海難の種類 トン数 |
生存者 |
死亡 行方不明 |
合計 |
割合(%) |
事故隻数 |
割合(%) |
5トン未満 |
98 |
462 |
560 |
62.4 |
548 |
62.6 |
5トン以上20トン未満 |
21 |
120 |
141 |
15.5 |
138 |
15.8 |
小計 |
119 |
582 |
701 |
78.1 |
686 |
78.4 |
20トン以上50トン未満 |
0 |
17 |
17 |
1.9 |
17 |
1.9 |
50トン以上100トン未満 |
2 |
28 |
30 |
3.3 |
28 |
3.2 |
100トン以上 |
7 |
143 |
150 |
16.7 |
144 |
16.5 |
小計 |
9 |
188 |
197 |
21.9 |
189 |
21.6 |
合計 |
128 |
770 |
898 |
100 |
875 |
100 |
|
(注)生存者:事故に遭ったが、死亡・行方不明にならなかった者 |
(社)日本海難防止協会資料から |
実用的な小型軽量SARTの電池容量を決めるにあたっては、海中転落者の水温に対応した医学的な生存可能時間を考慮しなければならない。
これは、下図の「水中で意識を保持できる水温と持続時間の関係(及川清著:船舶遭難時の生存技術と救命設備より)」に示されるが、本資料から、海中転落者は通常の衣服をまとった状態で、水温が極めて低い寒冷地冬季では1時間程度、夏季の海水温度が比較的高い状態では10時間程度の生存が可能と推察される。
この様なことから、胴衣装着用SARTの電池容量は、海水温度−1℃の状態で待受け24時間、応答4時間が可能な電池を選定することが妥当とされた。
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水中で意識を保持できる水温と持続時間の関数 「船舶遭難時の生存技術と救命設備」(及川 清先生著)から
小型船舶等の胴衣用SARTの性能・要目を決めるには、5.2.1海難の状況のとおり、該当する船舶の海難や海中転落事故の発生状況を、また、5.2.2生存可能時間のとおり、海中転落者の水温に対応した生存可能時間を考慮する必要がある。
更に、本SARTをより普及させるため、SARTを小型・低兼価にして汎用性を高めることを目指した。
この中で、SARTの小型軽量化の達成には、SARTが必要とする電池容量の大小に大きく影響され、また、電池の能力もSARTが使用される海域の水温等の環境条件に大きく影響されることを考慮しなければならない。
これは、後述の5.2.3.2.2「胴衣装着用SARTの消費電力の見積と電気容量」のとおり、摂氏零度以下の電池能力は大きく減少することを示している。
また、SARTの低兼価を図るためには、SART信号送受信のための電気部モジュール等の見直し、改良等が必要である。
これらの検討結果に加え、次によりSARTの胴衣への装着性を検討し、2形式の供試用SARTを検討する。
(1)SARTの構造は、現行の救命胴衣に大きな変更を与えない形状であること。
(2)SARTの重量は、現状の救命胴衣の浮力性能に影響を与えないように軽量であること。
(3)アンテナの構造は、現行のものより更に小型化されたものであること。
(4)SARTを胴衣へ装着する場合、海面からのアンテナ高さが10cm以上確保できる構造であること。
電気部送受信モジュールは、現行SARTのものを採用し、性能要件の一部を変更し、表5.2−4のとおりとする。
5.2.2.2 携帯型SART
現行SARTにおいて改善が求められる点のうち、「本船に1台しかなく」、「退船時には保管場所に取りに行って、携行しなければならない。」という点を解決するために進められている、救命胴衣装着用SARTの開発については既に述べたとおりである。ここでは、さらに小型軽量化を進め、個人が常時携行でき汎用性の高い携帯型SARTの開発を目指した。
現行SARTと救命胴衣装着用SARTおよび携帯型SARTの性能要件は表5.2−4に挙げたとおりであるが、ここで変更点のみまとめて表5.2.4−1に掲げる。
表5.2−4 胴衣装着用及び携帯型SART(通称1マイルSART)の性能要件 |
要件 |
現行SART(小型船舶用) |
胴衣装着用SART |
携帯型SART |
小型かつ軽量であること |
○ |
略タバコ箱大 |
タバコ箱大の1/2 |
水密性 |
45℃の変動で10mに5分 |
○ |
○ |
筐体は黄色系の彩色 |
○ |
○ |
○ |
簡易な取扱要領の表示 |
○ |
○ |
○ |
鋭い角等のないこと |
○ |
○ |
○ |
手動により動作開始または停止 |
○ |
○ |
○ |
電波発射及び待ち受け状態の表示機能 |
○ |
○ |
○ |
動作試験機能を有する |
○ |
○ |
○ |
非常時に未熟者でも使用可能 |
○ |
○ |
○ |
周波数 |
9,200(+0 -60)〜9,500(+60 -0)MHz |
9,200(+0 -60)〜9,500(+60 -0)MHz |
9,370(-50 +0)〜9,450(+50 -0)MHz |
掃引時間 |
7.5μS±1μs |
7.5μS±1μs |
7.5μS±1μs |
復帰時問 |
0.4μS±0.1μs |
0.4μS±0.1μs |
0.4μS±0.1μs |
1回の応答波 |
12回 |
12回 |
12回 |
応答遅延時間 |
0.5μS以内 |
0.5μS以内 |
0.5μS以内 |
等価等方輻射電力 |
400mW以上 |
400mW以上 |
10mW程度 |
実効受信感度 |
-50dBmより良いこと |
-50dBmより良いこと |
-35dBm程度 |
連続作動時間 |
48H待受け8H動作 |
24H待受け4H動作 |
24H待受け4H動作 |
空中線の指向性
(水平面) (垂直面) |
無指向性 25度以上 |
無指向性 25度以上 |
無指向性 25度以上 |
空中線の偏波面 |
水平 |
円・混合 |
円・混合 |
一人で容易に持ち運びできること |
○ |
胴衣に装着できる |
胴衣に装着できる |
水上投下衝撃試験高さ |
5m |
胴衣に装着して5m |
胴衣に装着して5m |
水上に浮く、浮揚性の索と一体 |
○ |
索(2m) |
索(2m) |
船舶から容易に取り外せること |
○ |
|
|
横転した場合に復現できること |
○ |
|
|
作動温度範囲 |
-20℃〜50℃ |
-1℃〜35℃ |
-1℃〜35℃ |
応答距離
(海面高15mの航海用レーダ) (高度3,000ft 航空機レーダ) |
10マイル 30マイル |
5マイル 10マイル |
1マイル 5マイル |
|
|