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f)利用者便益算定結果
 各施策実施による利用者便益の発生額は以下の通りである。
■ 施策のうち最も便益額の大きいのはVの主要路線速度向上であり、IIの急行運転化、優等列車停車といった施策が次いで多い。IVの乗り継ぎ運賃拡充の便益は他と比べて少ない。
■ ただし、これらのシミュレーションは仮定している整備量に差がある上、事業費単価も異なるため、一概に効果の有無を判定することは難しい。だが、いずれの施策についても一定の社会的便益が得られており、既存ストックの有効活用により、新線整備よりも少ない投資で相応の社会的便益を生む可能性があると言える。
 
表 7-5-7 施策における利用者便益算出結果(単年度便益) 単位:百万円/年
  単年度利用者便益(百万円/年) 事業中 A A+B A+B+C A〜D
I ダイヤ調整
乗り継ぎ連絡通路等設置
バリアフリー化
18,018 17,639      
II 急行運転化
優等列車停車

貨物線旅客化
35,605 31,607 29,714    
III 既設路線延伸
路線再編

相互直通運転化
30,850 31,977 26,688 23,439 24,035
IV 乗り継ぎ運賃制度拡充 6,161 8,726      
V 速度向上 118,328        
利用者便益の算出は、「鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル99」に従って行った。具体的には、需要予測(機関分担・経路選択)モデルで用いている効用関数を元にして一般化費用を算出し、これを時間価値(機関分担モデルにおける所要時間/運賃のパラメータ値の比)を乗じて費用換算した。(選好接近法)従って、所要時間の短縮や運賃の低廉化の他、乗換回数の減少、移動円滑化指標(EV,ES設置効果など)など、説明変数として取り入れている各変数の影響を評価することが出来る。
 
 各ネットワーク整備ケース整備時(A〜D)の便益額に対して、各シミュレーション施策実施により生み出される単年度利用者便益を上乗せ、表したものが下図である。
 
図 7−5−1   施策による単年度利用者便益
 
 各施策グループの中では前提とした整備量がそれぞれ異なるため、単純な大小比較はできないものの、結果として新線整備と同様に、既存ストックを有効活用してシームレス化や高速化など利用者利便を高める施策を実施することで、相応の利用者便益を生み出すことが出来ることが明らかとなった。
(4)既存ストック活用の検討における課題と限界
 
 これまでの既存ストック活用施策は、複線化や運行本数増、また、速度向上といった直接若しくは間接的な輸送力増強に関連するものであった。今後においては、高齢社会の進展等に対するシームレスな輸送サービス提供が課題となる。このため、本調査において取り上げた活用策は、近畿圏の公共交通が抱える最大の課題である「乗り継ぎ・乗換」改善を念頭においたものである。また、ここでとりあげた施策はシミュレーションのための仮定である。今後、共通運賃・ゾーン運賃などの新たな運賃施策や、新駅設置等といった、ここでは取り上げなかった既存ストック活用策も含めて、具体的な施設設置検討と、それに応じた社会的効果の検証が必要である。また、「政策目標」の具体化を図るとともに、それを効果的に捉えることのできる施策の選定が必要となる。
 活用策の具体化のためには、調査対象とする個々の箇所や路線における物理的制約の検討、また、詳細な事業費算定に基づく収支採算性の検討等が必要である。さらに、今回の調査では行えなかった「費用対効果」分析などを通じた総合的な判定とともに、関係機関の合意・調整等を行う必要がある。
 例えば、速度向上について、本調査で設定した「5%」は感度分析上の数値である。利用者便益は最も高い値を示す結果となったが、この値を顕在させるためには、曲線改良や駅構内の配線変更等大規模な改良事業が必要となり、相当な事業費を必要とするものと考えられ、費用対効果の面からは課題も大きいと考える。速度向上等既存ストックの高度利用を図るためには、本来、需要動向や運行距離、また、現在の表定速度の実情等を総合的に判断した上で対象路線を決定する必要があり、対象とする路線全体の速度向上は現実的でない。
 今後は、相対的に遅い路線を対象とすることも考えられるが、相対的に遅い路線の選定方法も課題であり、具体的かつ現実的な値の設定のためには「曲線の大きさ等速度向上を規制する路線施設の内容、運行本数状況、運行形態、車両性能や駅構内の配線状況」等について、個別具体的に対象路線の選定を行いつつ検討する必要がある。その他の活用策についても同様のことである。今後、費用対効果を踏まえた公的助成のあり方も合わせて検討することが必要である。
 一方、既存ストック活用における効果分析のためには、需要予測モデルの深度化が必要である。本調査で構築した「モデル」は、新設路線のあり方を検討することを主眼にしたものであることから、今後、これまで実施された施策とその効果を事後評価できるモデル構築が必要である。また、それぞれの活用策は独立したものであることから、事業の効果として発生する利用者便益、環境改善効果等を統一的に評価する方策の構築が必要である。







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