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対談 ライフセービングと私
ライフセーバー 遊佐 雅美(ゆさ まさみ)
「海と安全」編集者 村上清一郎(むらかみせいいちろう)
対談中の遊佐雅美さん(日本ライフセービング協会で)
 
愛する人を守れますか?
本誌 ライフセービング界のベテランで、しかも競技会で素晴らしい成績を挙げておられる遊佐さんにライフセービングのことをいろいろとお伺いしたいのでよろしくお願いします。
遊佐 こちらこそよろしくお願いします。
本誌 日本ライフセービング協会の小峯理事長の「愛する人を守れますか」という言葉に心を動かされたとか。遊佐さんがライフセーバーになられた動機は何ですか。
遊佐 私は泳げなかったのですが、小峯先生の言葉に考えさせられました。「自分の子供が溺れていても自分で助けられない。呼吸が止まっていたら、処置もできない。」という自分に気づいたのです。一人でも多くの人を自分の力で助けられたらと思ったのがライフセーバーになるきっかけでした。でもそのときは、ライフセービングに競技があることは知りませんでした。救助活動ばかり考えていたのです。
本誌 そうですか。泳げなかったというのは、驚きですね。ライフセーバーになる人は、泳ぎも達者で、体力のある人がなるものとばかり思っていました。今では、水泳も上達されたのでしょうね。
遊佐 そうです。泳げるようになりました。泳げないと救助もできませんから。
 最初は泳げない人でも結構泳げるようになりますし、泳げない人の活動の場もあるのです。海外ではライフセーバーが地方公務員の身分になっているところもありますし、例えば、足の不自由な人でもトランシーバーの係りをやったりして、持ち場があるのです。
本誌 ライフセーバーの主な活動とそのための訓練などはどうなっていますか。
遊佐 海やプールでの監視・救助活動が柱です。ライフセービングは事故を未然に防ぐことが第一目標です。何人助けたということより事故を未然に防いで事故が一件もなかったということが私たちの誇りです。また、万一事故がおきたとき、いち早く判断し、救助できるように訓練しています。
 オフシーズンには、海外旅行などプライベートも楽しみますが、ウエートトレーニングをして体力の向上を図っています。特に、私の場合は体が小さいので、海で溺れている男性とかを引き揚げてくるときは、どうしても自分一人では大変なので、一秒でも二秒でも早く引き揚げることができるようにウエートトレーニングをしています。
本誌 やはり普段のトレーニングがあってライフセーバーが務まるのですね。夏というのはいつからいつをいうのですか。それから日本には1,300ぐらいの海水浴場があるそうですが、ライフセーバーのいない海水浴場も多いことと思いますが。今後どうしたらよいのでしょうか。
遊佐 ライフセービングの夏というのは7月1日から8月末までです。
 去年のワールドゲームは秋田でありましたが、秋田の海岸では、地元の漁師さんが監視してくれていました。また、高校生とかをアルバイトで雇っている海岸もあります。ですから、どの海岸にもライフセーバーがいるとは限りません。ライフセーバーはどうしても関東に集中していますが、一人でも多くのライフセーバーが育てばと願っています。
本誌 ライフセーバーは大変なボランティア活動だと思いますが、遊佐さんにとってライフセービングって何なんですか。
 
子供から目を離さないで
遊佐 以前はライフセービングを生活の一部と考えていましたが、今では、救助活動も競技会も結構楽しく、また、いろんな人と知り合って、私の人生の仕事だという誇りを持ってやっています。
本誌 これまでの活動の中で忘れられないような救助活動がありましたか。
遊佐 ライフセービングを始めて10年になりますが、私の一番記憶に残っていることは1年目の初めて監視に入ったとき、離岸流に流された人を助けたときです。20歳くらいの男性でしたが、レスキューチューブで助けました。そういうとき、相手を安心させなければならないのですが、自分がすごく動揺しているのが分かりました。
 
レスキューチューブを使い、沖にいる溺者を救助する競技の模様
 
 二人一組で海岸をパトロール中でした。無線をもって二人で海岸を歩いていくのです。そのとき、見た目にも分かる大きな離岸流がありました。その離岸流に流されている人を発見したので一人で泳いで助けに行きました。すると二人が流されていました。男性をロープに捕まらせて、もう一人の女性をレスキューチューブに引っ掛けて岸まで運びました。
本誌 そのときもう一人いたライフセーバーは何をしていたのですか。
遊佐 主として無線で連絡をとる役をしていました。もし、呼吸がなかったりしたら応援を呼んだりします。そのときはその必要はありませんでしたが・・・。
本誌 さぞかし救助された人は喜んでくれたことでしょうね。
遊佐 この人は自分が流されていることを知らなかったのです。そういう人って結構いるのです。本当に怖いことだと思います。溺れかけた人を助けたとき、助けてくれてありがとうと言われて、その一言でこの活動をやっていてよかったと思いました。
本誌 それに事故の起こりやすい時間帯ということがあると思いますが。
遊佐 プールではスポーツクラブが始まる朝10時ごろに多いようです。海では昼過からでしょうか。昼食を終えて親が寝てしまったりとか帰り仕度のときなどで、子供が一人で遊んでいての事故などです。親によっては自分の子供がいなくなったのを1時間後に気づいたなんて話もあります。
本誌 自分の子供ぐらい監視してほしいですね。酒を飲んでライフセーバーのお世話になるケースも多いのでは・・・。
遊佐 それが一番多いのです。助けた人でお酒の臭いがするとき、お酒を呑みましたかというと、呑んでいませんと必ず言うんです。でもお酒の臭いがしますよといいますと、一本呑みましたと白状するんです。
 よく睡眠不足で海にきて、お酒を飲んで海に入るんです。そういうときは、心臓麻痺の原因とかになるので、飲んだら絶対海に入らないでほしいのです。大体海岸でお酒を飲むのは日本ぐらいではないでしょうか。外国では禁止されている国もあるようです。
本誌 人の迷惑を考えてほしいものですね。心臓麻痺とかで呼吸が止まったときは何分が勝負でしょうか。
 
これがチャンピオンの競技 ビーチフラッグス競技中の遊佐選手
 
遊佐 4分です。4分以降は心臓も脈も止まり脳に酸素が回らなくなります。そうなると仮に蘇生しても脳死状態になるのです。
本誌 ということは、ライフセーバーには俊敏さが求められるということですね。
遊佐 そうです。すぐに海から引き揚げて蘇生を行うのです。
本誌 海以外でライフセーバーの知識・技量が役立ったことはなかったですか。
遊佐 ライフセーバーになって2年目でした。買い物に行ったとき、おばあさんが倒れていて人口呼吸をしてあげた経験があります。私が海水浴場で監視に入っているときは溺れている人の救助以外事故が一度もないのです。ラッキーなことです。
 
競技のNo.1はレスキューのNo.1
本誌 海以外でライフセーバーの技能が生かせたということは素晴らしいですね。ところで、ライフセービングの競技会の目的と意義を説明してください。
遊佐 競技はすべてライフセービングに基づいているのです。そこに目的と意義があるのです。
 94年のイギリスの大会はすごく波が大きかったのです。何人かのライフセーバーが海で溺れてしまったのですが、そのとき一緒に競技していた人が競技を投げ捨ててその人たちを救助したのです。これを見てこれが本当のライフセーバーなんだなあと思いました。ライフセーバーがライフセーバーを助けたのですから。
本誌 それはいい話ですね。ところで遊佐さんがビーチフラッグスの競技でチャンピオンを続けられているのは、何がそうさせているのですか。
遊佐 私の座右の銘に「競技のナンバーワンはレスキューのナンバーワン」という言葉があります。これは、オーストラリア人でアイアンマンのチャンピオン・グランドケニーの言葉です。また「自分の鍛えた体が人の役に立つことは素晴らしい。だから僕はトレーニングをするんだ」というのもあります。私も競技に勝つことだけが目的ではなく、必ず夏の間監視・救助活動を行っています。そのためのトレーニングを行い、その結果が競技会で自分の力を発表する場だと思っています。もちろん、勝つことはうれしいですが、後に続く人に対して、競技に憧れるよりは、ライフセービングの活動自体の自分の姿を見て憧れてほしいなあというのがあります。
 
ビーチフラッグス表彰式 中央が優勝の遊佐選手
 
 私はもともと陸上競技で走る方をやってきましたが、陸上は1秒でもタイムがちぢまるように練習を行ってきましたが、ライフセービングと出会い、競技に対する気持ちが変わり、楽しみながら競技に接することの大切さを知りました。もともと泳げないということもあって走ること主体の競技に入っていって、たまたまビーチフラッグスが自分にあっていたのでしょうか。でも今では、アイアンマン競技にも参加しています。アイアンマン競技というのは、一人でスイム、パドルボード、サーフスキーの三種目を続けて行うのです。ライフセーバーの競技では一番つらい競技です。
 
バトルボードレースの競技風景
 
本誌 年齢との戦いはありませんか。
遊佐 競技のうえでは、ぜんぜんないです。私は92年から競技に出ていますが、そのころよりは今の方が自分の体が動くのです。
本誌 若返ったのですね。
遊佐 肉体的な衰えはあまりないようです。徹夜やお酒には弱くなりましたが。
本誌 羨ましいかぎりです。あと十年は現役で大丈夫ですよね。
遊佐 どうですかね。仲間を見ますと、私のやっているビーチフラッグスのように瞬発力が求められる競技は、年齢と共に衰えていきますので、女性で28〜9歳でやっている人はいません。アイアンマンとかは長距離的なもので私の知ったひとで32〜3までやっている人もいます。私もトレーニングに励んで続けていくつもりです。
本誌 例えば、プロ野球の清原がオフに筋力トレーニングに励んでシーズンに臨み、それなりの成績を挙げているのを見ますとオフにどれだけトレーニングしたかに懸かっているようですが。遊佐さんのオフシーズンの過ごし方を聞かせてください。
遊佐 トレーニングしながら遊んだり、プライベートを楽しんでいます。毎年3〜4月にオーストラリアで全豪選手権があります。毎年は行っていませんが、しばらく出ていないので近々出てみようかと思っています。
本誌 オーストラリアのライフセーバーは、ミス・ユサにまたチャンピオンを取られると思うでしょうね。どうせ行くならチャンピオンを取ってきて下さい。
 ところで、鍛えられたライフセーバーも人の子、病気や怪我もあると思いますが。
遊佐 私の場合、茨城の大竹海水浴場ですが、あそこは海岸だけが寒かったり、霧がかかったりで、風邪をひいたことがあります。みんなに迷惑をかけるので悪いなあと思いながら一生懸命治すのです。それから砂浜に落ちているガラスなんかで足を切る怪我が結構あります。ゴミ拾いもしているのですが。
 
ボランティアも参加する海浜の清掃
 
楽しくみんなで海浜清掃を
本誌 風邪は自分で気をつける以外ないと思いますが、ガラスなどのゴミは海を利用する人のマナーの問題です。子供や幼児も砂浜を走りまわるのですから、危ないものは捨てないようにしてほしいものですね。
遊佐 私たちは、朝と監視・救助活動が終わった後に必ずゴミ拾いをやります。浜によって違いますが、一日に三回、ビーチクリーンをやってお客さまにもゴミ袋を渡して協力してもらっています。10〜15分間音楽をかけたりして楽しくゴミ拾いをするのです。
本誌 それはいいことですね。海をきれいに大切にしようという実践教育そのものですよ。私たちは、ライフセーバーのみなさんが特に青少年に対する海の知識を啓もうしていただくことを期待しています。
遊佐 中には、海は危ないから入らないという人もいるようですが、そうではなくて海をよく知って海の楽しさを理解してほしいのです。磯で一番危ないのは波打ち際なのですが、多くの大人は、深いところに行ってはいけないと教えます。波打ち際は大人でも足をもっていかれることがありますが、子供は軽いので足を取られることが多いのです。大人も含めて教えてあげたいことはたくさんあります。未然に事故を防ぐには、海の知識を知ること、どこが危ないのか、遊泳に関する表示をよく見て従う、ゴミを拾って怪我を少なくすることなどを先ず実行してほしいと思います。
本誌 国民一人ひとりがもっともっと海の知識を身につけてほしいものです。優秀なライフセーバーをどんどん養成してほしいのですが、若者がライフセーバーになりたいときはどうすればよいのですか。
遊佐 まず、資格を取ることです。資格のことは日本ライフセービング協会や地元のライフセービングクラブに尋ねていただければと思います。例えば、一番下の資格にベーシック・サーフ・ライフセーバーというのがあって、5日間の講習を受けてから実技と学科の試験を受けます。実技ですと400メートルを9分以内、50メートルを40秒以内で泳ぐことが条件となります。後は、レスキューボードを使ったり、レスキューチューブを使った救助の仕方、心臓マッサージなど。また、学科では傷の手当ての仕方とか蘇生法の知識などです。合格しますと日本ライフセービング協会が認定証を出します。
本誌 多くの若者に資格を取って貰いたいですね。次に遊佐さんの悩みと夢を聞かせて下さい。
 
私の悩みと夢
遊佐 まず悩みですが、ライフセーバーを大学から始める人が多いのですが、卒業して就職すると止める人が多いのです。今のところ実業団のようなものはなく、続けるとなると夏はライフセーバー、オフはアルバイトというようなことになるのです。なかなか難しい問題なのです。オーストラリアとかアメリカでは地方公務員としてライフガードがあるのですが・・・。
本誌 わが国のライフーセービングの現状は、ほとんどボランティアだと思いますが、今後ライフセーバーを増やすとなるとこの点がネックですね。
遊佐 そうです。みなさんにもっともっと理解していただいて仕事として出来るようになることが番だと思っています。
 私の夢は二つあります。近い夢は、04年イタリアで開催される世界選手権で、金メダルを獲ることです。わたしは、ビーチフラッグス種目で2年に一度開催されるこの世界選手権の94年96年と優勝し、98年のニュージランド大会に一度4位となり、OO年にまた優勝しています。02年アメリカ大会は世界同時テロの影響により「人命尊重」の理由により、日本代表チームは参加を断念したため、目標を04年に向けています。出るからには勝ちたいと思っています。自分が勝つことによって取材とかしていただいて、ライフセービングの活動を広げることにつながればいいなあと思っています。もう一つの夢は、いずれ競技を止めるときがくると思いますが、そのような年齢になっても後輩の指導とかは出来ますので、そのような活動を続けたいと考えています。また、自分の子供が出来たら子供と一緒にライフセービング活動に携わっていきたいと思います。
 
ライフセービングを熟心に語る遊佐雅美さん
 
本誌 いい夢ですね。実現可能な夢だと思いますので私たちも応援していきたいと思います。最後に何か一言を・・・。
遊佐 ライフセービングは誰にでも出来る活動です。いろんな人に参加してもらってやっていきたいと願っています。私もはじめは泳げなかったのですから。







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