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セルフケアを支える試み
III−1 有床診療所におけるホスピスケアをふりかえって
堂園文子 DOZONO FUMIKO
 
 当院は6年半前に開設された19の病室を有する診療所です。当院の目的は「生まれる命から亡くなる命まで常に患者さんに寄りそう医療を提供すること。身体のみならず精神的なケアも行いその方のQOL(生活の質)をできるだけ高いものにしていくこと」です。妊婦さんから末期がんの方まで内科婦人科領域のあらゆる病気の方が当院を受診されます。一般的にホスピスケアはがんの末期の患者さんのためのケアと認識されていますが、私たちは、私たちの提供する医療の根源がホスピスケアであると信じてすべての患者さんにホスピスマインドで接するようにしています。
 ホスピスケアの大きな特徴は、病気を単に身体だけの現象ではなく、心のあり方や、環境、家族とのつながりと密接に関連したものとして捉えていくことにあります。そのためには、近代科学的アプローチだけではなく、東洋医学や芸術的な癒しの要素も加味される必要がでてきます。身体的な苦痛を取り除くことは最も重要なことです。がんの痛みを取り除かずして、傾聴も、癒しもありません。
 家族はまさに患者さんをケアする立場にある方々ですが、ホスピスケアのプログラムでは、家族もまた、ケアされる対象なのです。愛する家族の病気のストレスは自分自身の病気のストレスよりずっと大きいといわれます。ご家族をケアすることは、患者さんのケアと同じくらい重要です。
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ひな壇が飾られた談話室。季節をともに楽しむことも大切。
 
がん終末期のホスピスケアにおける家族へのケアの実際
 
 日本では、がんという病名を、まず家族に伝えるケースが大変多いようです。ご家族は、そのときからご本人に伝えられない苦悩をかかえ、心は不安と恐怖でいっぱいでありながらも患者さんを一生懸命励ましてこられます。つらい検査や治療を受けてもあまり良い結果がでない場合は、患者さんは一番身近な家族に苛立ちをぶつけます。そんなとき家族はたまらない気持ちになります。また、身内にがん患者がいることを一番知られたくないのは「近所の人」と考えるケースが多く、本当のことを世間にも言わずに、普段と同じように振舞っている方も大勢いらっしゃいます。
 患者さんがホスピスに入院するまでに、家族はこのような苦悩をかかえていることを理解しなくてはなりません。経済的な問題や、親戚間のトラブルもありがちです。
 私たちのご家族へのケアの方針は大きく分けると、[1]徹底的に傾聴する、[2]現在の病状や今後起こりうる症状などの十分な説明、[3]ケアに参加していただき、なるべく肯定的な別れになるようにする、[4]遺族の悲嘆ケア、この4項目になります。
 
[1]傾聴 
 カウンセラーをはじめとして、医師 看護婦 MSW(医療ソーシャルワーカー)、すべての職種は傾聴に徹します。自分の気持ちを誰かに打ち明けるだけで人は心の重荷が少し軽くなるものです。
 
[2]説明 
 家族の間での行き違いを起こさないためにもなるべく多くのメンバーに集まっていただき、病状の説明をします。子供のケアには特に力を注ぎ、5歳以上の子供には上手に病気の説明をして、子供が疎外感や罪悪感をもたないようにします。絵本やたとえ話を用いて説明し、具体的にケアに参加できる方法を一緒に考えるようにします。
【絵本の参考文献】
・キューブラー・ロス,E.「ダギーへの手紙─死と孤独、小児ガンに立ち向かった子どもへ」(アグネス・チャン〔訳〕はらだたけひで〔絵〕1998年,佼成出版社)
・スーザン・バーレイ〔作・絵〕「わすれられないおくりもの」(小川仁央〔訳〕1986年,評論社)
・堂園晴彦〔文〕 ・葉祥明〔絵〕「水平線の向こうから」(2002年,PHP研究所)
 
[3]予期悲嘆のケア 
 ご家族が患者さんと生活を共にできるように院内にはご家族のための入浴、調理、洗濯施設があります。どんなに一生懸命看病しても、後々ご遺族は「もっとああしておけばよかった」と思われるものです。「できるだけのことはやった」という気持ちが後々悲しみからの立ち直りに非常に重要だと考えます。そこでマッサージなどの日常のケアをスタッフはご家族と協力して行うようにします。直接患者さんの身体と触れあうことによる非言語的なコミュニケーションはご家族と患者さんになによりの連帯感をもたらします。重要なことはこれらのケアは、全スタッフがチームでかかわることです。一人では支えきれない深遠な問題もチームでかかわることで大きな力を発揮できます。
 
[4]遺族の悲嘆ケア 
 臨終の時、なぜか至福ともいえるような温かい空間を経験することもあります。そのような場合は、ご遺族は故人の思い出を喜んで語り力強く次のステップを踏み出していかれるようです。しかし、大多数は多かれ少なかれ、死別の悲嘆を経験しなくてはなりません。スタッフからの定期的な手紙、年一度の遺族会を催すほか、個別のカウンセリングが必要な場合はカウンセラーが対応します。今年はご遺族のグループワークを始める計画があります。
 
スタッフのケア
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ロビーの手水や、全体に緩やかな曲線で設計された建物は、自然や人生の流れをイメージしている。
 
 人が亡くなるという厳粛な現場に常に立ち会い、ご家族への言葉かけも一言一言に注意しながら接している医療従事者の心身のケアは非常に大切です。
 もともと医療従事者というのは患者さんに何かをしたいと思い、何か役に立てたことで満足感を得ることが多いのです。苦痛が軽減できてほっとした患者さんやご家族の表情をみることや、たとえ命の終わりが近づいたとしても、幸せな時間を共有なさる家族と共にいることができるとき、スタッフは心から嬉しく、癒される思いがします。しかし、私たちが患者さんとご家族がより快適に過ごしていただけるように心を込めて仕事をしても、現場では、自分自身の無力感を否応なく感じてしまうことも多くあります。時には、受け入れがたい過酷な現実に対する怒りや不安が家族から医療従事者に向かって発せられることもあります。
 スタッフの燃え尽き症候群を防止するために当院は、第一に、スタッフが一つの共同体として、連帯感をもつことが重要だと考えています。医師と看護師その他のスタッフが上下の関係ではなく縦割りの組織でもなく一つのチームとして皆で患者さんと家族を支えていこうとする姿勢が大切だと思います。
 次に、整体、リフレクソロジー、などのリラクゼーションの機会を患者さんのみならずスタッフ向けにも作ることや、リフレッシュのための有給休暇をお互いにとるようにしています。また、亡くなった患者さんのカンファレンス(スタッフによるふりかえりの話し合い)の場で、それぞれの思いを表出できるようにしています。時にはカウンセラーがスタッフの聞き役になることもあります。休憩室では何を言っても〈たとえそれが愚痴であっても〉構わないです。十分に愚痴を言えるようにするためには病院幹部は「建設的な意見以外の愚痴は一切聞かなかったことにする」という姿勢で臨むようにしています。
 これが当院における「ケアする人のケア」の概略です。
 開設以来お見送りした460名余りの患者さんとそのご家族から、生きていく上で大切なことは何かをたくさん学ばせていただきました。
 ケアしながら実は私たちが学ばせていただいたことの方がはるかに大きかったことを最後に記させていただきます。
 
堂園文子 (堂園メディカルハウス総合マネージャー)
【堂園メディカルハウス 〒890-0052鹿児島市上之園町3-1 tel099-254-1864/http://www.dozono.co.jp/








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