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解剖学・口腔 解剖学実習を体験して
 澤木 梨佳
 実習の初日、不安な気持ちいっぱいで友達数人と実習室の扉を開けた。中に入るとシーツに包まれたご遺体が何体も解剖台の上に横たわっている光景が目に入ってきた。
 正直、私は怖かった。今まで祖父や親族のお葬式でご遺体を拝見したことはあったが、防腐処理された人間がどのような状態なのかは想像できなかったし、ご遺体に自分のこの手でメスを入れるのだと思うととても怖かった。今すぐこの場から逃げ出したかった。周りの友達も絶句状態だった。
 チャイムが鳴り、主任の先生のお話が終わり、いよいよ目の前のご遺体のシーツを開ける時が来た。みんななかなかシーツに手が行かなかった。しかしずっとそうしているわけにもいかず、みんなでシーツを広げていった。中からご遺体の姿が現れた。ご遺体との対面に、私も班の仲間もショックを隠しきれないでいた。先生が「黙」と言われ、みんな目をつぶって一分間の黙をした。私は心の中で、私達に勉強する機会を与えてくださったご遺体に「よろしくお願いします。」と言った。
 実習が進むにつれ、慣れのせいかもしれないが恐怖心は次第に消えていった。皮膚を切り開いていくと実習書に描かれている通り神経や動静脈や筋肉が現れ、さらに筋肉を切り開いていくと、大動脈などの太い血管や内臓や消化管などが現れた。今まで絵や写真では見たことがあったが、実際この目で観察してそれらの大きさや色に驚き、そして感動した。
 私はふとこのご遺体はどのような動機で献体登録したのだろうと思った。というのも、先生から推薦があった渡辺淳一著「白き旅立ち」を読んで、主人公の美機女は自ら進んで献体を申し出た日本で初めての篤志献体者で、登録の動機は、遊女だった彼女が初めて本気で好きになった男性が医師で、当時解剖が流行っておりこの医師も解剖にとても興味を持っていたので、結核を患らってもう命が短いと知っていた彼女は彼の役に立てるように、そして彼の記憶から自分の存在が消えてしまわないように登録を決心したのだ。だから私達が学んでいるご遺体の方々も何か動機があったに違いない。おそらく私には動機を知る機会はないだろう。しかし、ご遺体の方々の崇高なお気持を無駄にしてはならないと思った。
 今実習を終えて一つだけ残念なことがある。それはこのご遺体の方々と生前にお会いして色々とお話をお聞きしたかった、ということだ。
 最後に、解剖学・口腔解剖学実習の機会を与えてくださった故人を始め、ご遺族の方々に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。








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