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解剖学実習を終えて
 西川 誠
 三ヶ月に及ぶ解剖実習を終え、実習前とは比べものにならないほど人体に対する理解が深まり、人間について真剣に考えられるようになりました。
 私はこの実習が始まるまで、遺体に向きあったり、手を触れたりという経験が殆どありませんでした。それ故、死というものに対して実感が持てずにいました。実習初日、各班毎にご遺体を受け取るまでは私の心の中の大部分を占めていたのは恐怖であったように思います。それは死に対してイメージが持てなかったからでもあります。手袋越しに伝わってくるご遺体の温度は、私がそれまでに触れてきたものとは全く異質のものでした。無機的に冷たいというのではなく、深みのある冷たさ、とでも表現するしかないのですが、亡くなられた方の人生の重みが伝わってくるような気がして、それ以来、ご遺体への畏怖は畏敬の気持ちへと変わりました。
 実際に実習が始まってみると、人体の精密なつくりに驚きの連続でした。こういった驚きや感動は教科書を読んだだけでは決して味わえなかったと思います。自分で作業をし、自分の目で見たものは確かに私の中に残ったはずです。
 解剖実習は、解剖学の知識が身についたのはもちろん、生と死について、人間について考えさせられた時間でした。私の今までの人生の中で最も濃密な期間だったと、それだけの重みを持ったものであったと思いました。それだけ実りある実習になったのは一つには班員の協力のおかげであり、皆がまとまって真剣に取り組めた成果です。そしてそれ以上に、献体された方のご遺志と、ご遺族の方々の理解あればこそ可能だったのであり、そのご厚意に報いるためにも、今後より一層勉学に励み、よい医者になれるよう努力し続けなければならないと、責任を感じています。








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