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3.4 海氷監視と北方航路開拓(8)(9)
 海氷情報は高緯度地方で経済活動…結氷域の漁業、バルト海やカナダ・アラスカ・欧州の北極海域商業運航、北極海沖合いの原油・ガス開発…に関わる多くの人々にとって必要不可欠な情報である。
 海氷のモニタリングと予報サービスは中国、ロシア、米国、スカンジナビア諸国、カナダ、バルト海諸国を含む多くの国々で実施されてきた。これらサービスは、現在の運航計画や砕氷船最適航路のための情報提供といったことから本質的に戦術的なものであり、位置が正確でタイムリーであることが要求される。予測は日々のカバレッジとして500km×500km程度の地域的な観測の積み重ねからなるものであって、元となる観測結果は海氷タイプ、氷密度で分類した海氷マップで記述される。海氷マップは、結氷していない開放水面(open sea)と、越年していない厚さ2m未満の1年氷、及び越年し厚さが通常これ以上となって砕氷船で容易に砕氷できない多年氷に弁別し記述される。しかしながら、運航前に戦略情報として状況を把握しておきたい、といった要求もあり、このためには漂流する海氷塊の複数時点での漂流情報、海峡などクリチカルなエリアにおける特定個所の現況や予報が望まれるところだが、従来の方法では定常的な監視ができず、満足なサービスができていない状況にある。
 というのも、現在、海氷情報は結氷海域にいる船舶からのレポートや沿岸国の気象局から入手しているが、有用とはいえ情報は疎らにしか得られない。その他情報源としてレーダを搭載した航空機監視があるが、運用コストが大であること、監視域が制限されなど、広域を常時監視するには適さないことがわかる。搭載レーダは全天候性ではあるものの、搭載した航空機が悪天のため1週間以上空港に釘付けとなって利用できない、といったことも現実にしばしば起きている。このようなことから、衛星による海氷監視、特に最適航路探査を目的とした技術開発と仕組み作りがノルウェー、カナダを中心に行われて来た。なお結氷域は通常雲が多く、また冬季は夜が長いことなどから一般に光学センサは適さず、ここにおいても合成開口レーダが活躍することになる。
 
 合成開口レーダは前述のとおりアクティブなマイクロ波センサであり、送信した電波パルスが地表面で反射し衛星に戻ってくる後方散乱量を計測する。レーダ画像の分解能としては、地上分解能100mあれば海氷タイプの弁別と海氷マップ化が可能である。前出のカナダレーダーサット衛星の例ではScanSAR Wide(スキャン・サー・ワイド)という撮像モードを指定すると、分解能100mで幅500kmの帯状(長さはユーザが指定する)に撮像することができる。レーダによる海氷の後方散乱レベルは海氷年齢とともに変化する。これは越年とともに表面が滑らかな状態から、融解と再氷結の繰返しにより凹凸の激しい状態に変化し、表面散乱が増えること、また塩分濃度が減少し海氷内部により深く電波が浸透し、海氷中のごみなどによる体積散乱が増えることによる。これら後方散乱量と周辺氷の状況、テクスチャ(海氷分布のパターン)、浮氷塊などから海氷状態を精度よく分類することが可能である。
 
 図12は衛星合成開口レーダによる海氷画像例を示す。これは図13に示すグリーンランド北東北極海域の図中矩形海域を衛星から撮像したもので、欧州リモートセンシング衛星ERS-1による幅100km、分解能25mのCバンド合成開口レーダ画像である。なお図13は米国防衛気象衛星DMSP(Defense Meteorological Satellite Program)のマイクロ波イメージングセンサSSM/I画像(Special Sensor Microwave/ Imager)から作成した海氷の密度マップである。解像度は50kmと粗いが、米空軍が開発したアルゴリズムにより、氷雪密度、地表面温度、土壌水分等が計測でき、地上データとの検証が終了している(合成開口レーダではなく、パッシブなマイクロ波放射計…受信器の一種…である)。図12は矩形海域の舌状海氷を切り取った形で撮像しており、この舌状部分は小さな1年氷域、多年氷の浮氷塊、局部的なシャーベット状及びパンケーキ状の氷からなっている。これら海氷タイプは合成開口レーダ画像だけでなく、図14に示すような周辺海域(この例は図12のB海域)での船舶観測レポートも利用されている。図12の海域BやCの上部に見られる暗部はシャーベット状氷であり、下方及びBとC周辺の明部はパンケーキ状氷である。
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図12 合成開口レーダによる海氷映像
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図13 SSM/I観測により作成した海氷密度チャートと、図12撮影海域(白線矩形部分)
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図14 船舶によるパンケーキ状海氷観測(海氷マップ作成時の周辺データとして利用)
 ロシア北方沿岸に沿ってスカンジナビア半島東部バーレンツ海からベーリング海峡に至る北方航路は、欧州から太平洋への航路を約10日間短縮することができるとされている。従来は海氷状態によって運航が大きく影響されることから、年を通じて砕氷級船舶か砕氷船支援が必要とされてきた。紹介した衛星合成開口レーダによる海氷監視と予報サービスについてはノルウェーのナンセン環境リモートセンシングセンターNERSC(Nansen Environmental and Remote Sensing Center)によるICEWATCHプロジェクトをはじめとして、英国防衛研究庁DRA(Defense Research Agency)などによるSea Ice Workstationプロジェクトなどで精力的に開発が進められつつある。2003年には分解能3m化のほか多偏波機能を持つ能力向上型商用衛星レーダーサット2が現行の初号機につづいて打上げられるなど、利用可能な合成開口レーダが増えて監視頻度が著しく増大することから、実利用におけるタイムリーな画像データの収集と解析結果の船舶への配信など実用化のためのインフラ整備、サービス体制の確立が待たれているところである。








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