日本財団 図書館


海の気象 週間アンサンブル予報
(気象庁予報部予報課予報官)
岡村 博文
はじめに
 将来の大気状態を正確に予測するのに必要な条件は、[1]現在の状態を正確に把握すること、[2]完成度の高い数値予報モデルを作ること、[3]計算機の能力を大幅に上げること、の三点です。
 このうち、[2]と[3]は今後の技術開発で解決できる問題ですが、[1]の問題については今後も根本的な解決は困難です。なぜなら、観測や解析の段階でわずかな誤差が生ずるのは避けられないからです。ところが、実はこのわずかな誤差が数値予報モデルのネックになるのです。
長期間の予報はなぜ難しいのか
 ここで間題になるのは、大気中に常に存在する大小さまざまな乱れです。この乱れというのは、大は低気圧・高気圧のような数千キロメートルから、小は煙草の煙で確認可能な数センチメートル以下までにわたる、スケールの異なる無数の渦のことです。
 実は、これらの乱れと初期段階の小さな誤差とが相互に作用をする結果、計算誤差が数値予報モデルの中で時間とともに拡大します。そのため、「ある時間」が過ぎると、もはや大気状態の正確な予測が困難になることが、理論的に分かっています。
 たしかに、大気は物理法則に従いますが、[1]の問題が解決できない以上、遠い将来の大気状態については、物理法則から期待されるような一つの定まった予測ができないのです。しかし一方で、大気が安定的に運動できるパターンは無限に存在するのではなく、有限個に限られることも知られています。
 地球全体を対象とする数値予報モデルの場合の「ある時間」は、具体的には約五日に相当します。つまり、われわれが[2]と[3]の完成度をいくら上げても、それだけでは五日より先の天気予報の精度はよくなりません。それでも五日より先の天気を予報する手立てがわれわれに全くないという訳ではなく、ここにアンサンブル予報の活躍する余地があります。
アンサンブル予報とは
 アンサンブルは、音楽の合奏や婦人服の組み合わせなどで馴染みのある言葉ですが、本来は「一緒に」を意味するフランス語です。将来のある大気状態に対して、観測誤差の程度の違いをもつ初期条件が互いに異なる数多くの数値予報の計算結果から、全体として最適な予報を引き出すのがアンサンブル予報です。
 たとえば、完成度の高い数値予報モデルを少しずつ微妙に異なる初期状態から、数多く別々にスタートさせた場合に、五日以上先の高気圧や低気圧の位置を比べると、全ての予想がバラバラに分かれるわけではありません。なぜなら、安定的な大気の運動パターンは有限だからです。この性質のため、数多く実施した数値予報の結果は、正確な予測を含む幾つかのパターンに限られることが知られています。この性質を逆に利用すればよいのです。
 もし計算機の容量や処理速度に余裕があれば、わずかな誤差を初期値に対して与えた数多くの条件で数値予報を実施すればよいのです。その結果、求まった数個の限られたパターンの中から、最適な予測パターンを上手く選択するだけで、五日以上先のより正確な予報が可能になります。また面白いことに、全体の平均を計算するだけでも、個々の計算例の中に現れる誤差同士が消しあって、正確に近い予測ができる可能性すらあります。これがアンサンブル予報の最大の利点です。
週間アンサンブル予報
 残念ながら、現在の[2]と[3]の技術はまだ十分な水準には達していませんが、それでも、気象庁の数値予報モデルの性能は世界のトップレベルの水準にあります。
 気象庁では、平成十三年三月に計算機が更新されて計算処理能力が大幅に向上しました。それに合わせて週間アンサンブル予報が開始できるようになります。当面は二五個の異なる予報からなるアンサンブル予報を行います。
 アンサンブル予報では、各グループごとの予想が互いに近い場合もあれば、グループ同士で高気圧と低気圧の位置が全く逆になる場合もあります。このばらつきの度合いをスプレッド(Spread)という指標で表現します。たとえば、スプレッドが小さい場合には各予想が近いので信頼性の高い予想を見つけるのは容易ですが、逆に大きい場合には信頼性の高い予想は見つけ難くなります。実際、スプレッドが大きいと予報の誤差も大きいことが確かめられています。つまり、スプレッドの大きさから日々の予報が適中しやすいかどうかの見当(信頼度)がつきます。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION