日本財団 図書館


IMBによるコメント
 IMBはその年次報告のなかで、以下のようなコメントを掲載しています。
(1)警告
 IMBはバングラディシュ、エクアドル、インド、インドネシア、マラッカ海峡、紅海南方海域は海賊事件急増海域となっており、付近航行船舶は注意を要する。
 特に、マラッカ海峡については、北緯一度から二度、東経一〇一から一〇三度で囲まれる海域で海賊事件が急増している。また、北緯二度、東経一〇二度を中心とする半径二五カイリの海域では同じ海賊による犯行が繰り返されている。
 他、フィリピンのダバオ港でのロケット砲弾による襲撃が最近になって四件報告されている。また、インドネシアのベラ湾、ドゥマイ港、サマリンダ港、タンジョンプリオク港での錨泊中、岸壁係留中の事件が数多く報告されている。
(2)傾向
[1] 二〇〇〇年の海賊事件は四六九件に達し、過去最高を記録している。これは、一昨年一九九八年と比較すると五六%の増加、そして一九九一年と比較すると約四・五倍もの数値となる。
[2] ほとんどの海賊事件は、錨泊中または航行中に発生している。
[3] 武装海賊による襲撃と殺傷事件が増加している。海賊により殺された人数についてみると、一九九九年の三人から二〇〇〇年の七二人へと急増している。さらに、なお二六人が行方不明となっている。
[4] インドネシアでの海賊事件が最も多く、また全世界に占める割合は約二五%にも上る。インドネシアの政治的、経済的不安定が主な要因と考えられる。インドネシアが海賊に対する厳しい措置を取らなければ、海賊事件の劇的な減少は期待できないだろう。
[5] マラッカ海峡は世界でも最も輻輳する通航路の一つである。これまでは比較的安全な海域とされてきたが、昨年には七五件もの海賊事件を記録した。一昨年の海賊事件二件と比べるとその急増ぶりが伺える。今やマラッカ海峡は世界で二番目に危険な海域となってしまった。
 マレーシア海上警察は、海賊対策特殊部隊を創設するなど積極的に対応しており、これまでに二つの海賊グループを逮捕するに至っている。
 しかしながら、なお別グループが海賊行為を続けており、インドネシア当局はマレーシア当局によるこのような積極的対応を追随してほしいと願う。
[6] バングラディシュでの海賊事件が急増しており、昨年は世界第三位となった。海運業界からの要請を受けたIMBはバングラディシュ海運省に対して、海賊行為を撲滅するための適切な措置を講ずるよう要請している。これに対して、バングラディシュ当局からIMBに、沿岸警備隊、海軍によるパトロール強化、国内レベルの海賊対策会合等所要の措置を取ったとの連絡があった。
[7] 一方、シンガポール海峡では、シンガポール当局およびインドネシア海軍によるパトロールが功を奏し、海賊事件は劇的に減少した。ただし、昨年第三/四半期までは海賊事件は皆無だったのに対して、第四/四半期は五件の海賊事件が報告されている。
[8] 海賊未遂事件が増加しているのは、多くの船舶が海賊事件を未然に防止するため、見張りを強化した結果であるものと考えられる。海賊事件を未然に防止する最良の方法である「見張り強化」を推奨するものである。
[9] 日本は多くの海賊対策会合についてイニシアティブを発揮した。関係政府がより一層海賊事件を撲滅するための措置を講ずることを望みたい。日本のイニシアティブにより開催された会合は、地域協力と海賊対策の必要性に多大な効果を与えた。
海賊とは?
 IMBの海賊定義は冒頭で述べたとおりですが、国連海洋法条約第一〇一条にも海賊行為は定義されています。同条約による海賊行為を簡単にいえば「公海上等いずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶に対する不法行為」となります。行為の態様自体はIM Bの定義とそう大差ないものの、その発生場所について決定的な相違点があると言えます。また、上述したとおり、IMBレポートによる海賊件数には大抵の場合、未遂事件も包含されていますので、この点も相違点として挙げられるでしょう。
z1018_01.jpg
インドネシア・クアラタンジュン沖で海賊に襲われたアロンドラ・レインボー号
 海賊対策を検討する国際会議等で決まって出てくるのが海賊の定義についての議論ですが、全体的傾向としては、国連海洋法条約による「海賊行為」と領海内等いずれかの国の管轄権に服する場所で発生する不正行為を「海上強盗」として区別するのが一般的なようです。
 上述の「海上強盗」(いずれかの国の管轄権に服する場所で発生する不正行為)は、基本的には沿岸国の管轄権に服する事件であって、公海上で発生する「海賊行為」とは本質的には異なって来ます。犯罪行為に対する管轄権という観点を踏まえればこのような区別もしごく妥当性のあるところでしょう。
 ところで、マラッカ・シンガポール海峡を守備範囲とする当局関係者に「マラッカ・シンガポール海峡における海賊事件云々」という話をすると、必ず国連海洋法条約を引き合いに出され「海賊ではなくて海上強盗でしょ」と訂正されます。マラッカ・シンガポール海峡はマレーシア、インドネシア、シンガポールのいわゆる沿岸三国の領海で構成されていることから、国連海洋法条約に定める「海賊行為」は発生し得ませんので、確かにそのとおりです。彼らがこの定義に固執するのは、「海賊」という単語は、英語(「PIRACY」)でも相当に強いインパクトがあるようで、ショッキングな言われ方をなるべく避けたいという希望と、要はマラッカ・シンガポール海峡における「海賊事件」は管轄権が明確であることを主張したい気持ちの現われでしょう。
z1019_01.jpg
マラッカ海峡海賊事件多発海域
 IMBが採用している海賊の定義についてその妥当性を直に聞いたことがありますが、その際、「どこの海域で発生しようとも、行為自体の態様は同じであって、船舶や乗組員に対する脅威は変わらない。IMBレポートは、同じような手口による被害を最小限に食い止めるため、また沿岸当局に対する注意喚起を呼び起こし海賊行為の潜在化を防止するためには極めて有効ではないか」というような答えが返ってきました。
 正直なところ同じ船員の立場としては非常に同感できるものでした。
 一昨年のシンガポール海峡、そして昨年のマラッカ海峡での海賊事件(海上強盗事件)の急増は著しいものがありましたが、一方で沿岸国の海上治安当局がその取り締まりに躍起になっていることも肌で感じることができる状況でして、何とか事態が好転することを願わずにはおれません。
 ただし、これら各国による海賊対策への取り組みは、IMOや日本政府、そして日本財団による問題提起、国際会合の開催等、「海賊対策」に対する国際気運の高まりを背景としていることも否めない訳でありまして、き憂ではありますが、「海賊」を「海上強盗」として区別することによる「国内問題への限定化」とその結果として引き起こされるかもしれない「海賊問題の潜在化」には、注意をしていく必要があるものと思われます。
z1019_02.jpg








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION