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マラッカ海峡問題との三十年‐新世紀を迎えわが国の協力のあり方を考える‐
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(財)マラッカ海峡協議会 顧問 間 孝
I はじめに
 マラッカ海峡の航行安全のための施設整備の必要性が国際的に注目されるようになってから三十余年を経過した。この間海峡の最大の利用国であるわが国は、沿岸国に協力して海峡の交通環境の改善、維持に努め、その協力は、沿岸国のみならず海事関係者からも高く評価されているところである。
 しかし、今日マラッカ海峡の通航をめぐる諸情勢はかつてとは大きく変化してきており、新たな観点からの対応が求められている。それは海峡における船舶の通航実態の変化のみでなく、周辺地域をはじめとして世界全体の政治、経済情勢の変化によるものである。
 冷戦が終結し、経済がグローバル化した今日、わが国のマラッカ海峡問題に対する対応は、これらの情勢の変化を念頭に置いて再検討する必要があるものと考える。
 筆者は、運輸省在官中から退官後を通じて今日まで、断続的にではあるが節目節目においてこの問題にかかわりを持つ機会を与えられてきたので、今回日本海難防止協会のご要請に応じ、そのような筆者の体験をもとに、今後わが国の採るべき対策についての考え方をまとめ読者の参考に供することとしたものである。
 もとより、ここに記述されたことは筆者個人の意見であって、マラッカ海峡協議会の公式見解を述べたものでないことをご承知置き願いたい。
II マラッカ海峡航路整備の歴史
 マラッカ海峡の航路整備の歴史は、背景となる情勢の変化に応じて、以下のとおり、四つの時期に分けてこれを見ることが出来る。
第一期 トリー・キャニオン号事故からマラッカ海峡協議会設立まで
 私がマラッカ海峡問題と最初にかかわりあいをもったのは、今から三十四年前(一九六七)のことである。この年の三月十八日英国南西端沖で発生したトリー・キャニオン号座礁による大量の油流出事故は、広範な沿岸域の油汚染というそれまでの海難とは異なった性格のもので、被害国である英仏両国のみならず各国の海事関係者に大きな衝撃を与えた。
 当時私は在英日本大使館の運輸担当書記官としてロンドンに駐在しており、たまたまその時イースターの休暇中であったが、新聞でその事故を知り、急遽ロンドンに戻り、英政府関係機関からの情報収集と本国政府への連絡に忙殺される毎日を送った。
 一方、IMCO(現在のIMO)は、緊急理事会を開いて対応策を協議し、タンカーの事故防止の技術的面については海上安全委員会で、油濁事故に関する法律問題については新たに設けられた法律委員会で検討することになり、そのうち船舶の航行安全に関する問題は航行安全小委員会(NAV)に負託し討議された。
 この時にNAVで取り上げられた問題の一つが輻湊海域における分離通航方式(TSS)の導入で、メンバー国からそれぞれの国の沿岸海域において必要とされるTS Sの導入案の提案を求め検討することになり、日本はシンガポールと共同でマラッカ海峡にTSSを導入することを提案した。
 ところが、当時、沿岸三国中I MCOに加盟していたのはインドネシア一国で、マレーシアは未加入、シンガポールは正式加盟でなく準加盟国として参加しているに過ぎない状態であったので、三国の領海を含むマラッカ海峡へのTSSの導入をIMCOが審議することが可能か否かを事務局に問い合わせたところ、事務局より急遽三国に代表派遣を求める措置が採られたが、代表を出席させたのはインドネシアのみで、それも政府職員ではなく、アムステルダム駐在の民間の船長で、会議ではほとんど発言がなく、もっぱらオランダ代表が旧宗主国の関係もあってか代弁役を勤めた。
 しかし、この問題は領海主権に関係するものなので、TSSの導入そのものには触れず、もっぱら水路測量、航路標識の整備の必要性に問題をしぼって発言し、会議の議論はもっぱらその点に集中し、日本が提案したTSSの導入案については、実質的な討議がなされないまま議事を終了した。
 ところで、このように日本の提案するTSSの導入案が採択されないまま、水路測量、航路標識の整備についての協力の必要性のみが議事録に記載されることは、日本代表団として受け入れられないので、事務局に折衝して、小委員会に提出する議事録の原案に「小委員会は、日本、シンガポールの提案によるTSSの設置に賛成し、そのためには水路測量、航路標識の整備が必要である」との文言を入れることに成功した。
 しかし、この事務局案については、オランダが、小委員会の審議結果を正確に述べたものではないと強く反対し、他の委員は、TS Sの導入の必要性は認めつつも、他国の領海に関するものであるため、積極的に賛成意見を述べることなく、議長も扱いに苦慮していたところ、日ごろ付き合いの多かった英国代表が発言を求め、「提案されたTSSは大筋において受け入れられるものであり、その導入は緊急に必要なものであると考えられる。しかし、必要な水路測量と標識の設置が完了するまでは、この方式の採択を勧告することは出来ないので、これらの措置を採ることについて、沿岸三国がこの海域の通航に利害関係を持つ諸国と協議することが望ましい。」旨の修正提案を行い、小委員会は、この修正案を全会一致で採択した。
 この会議での討議を通じてとくに強く感じさせられたことは、領土主権の問題が国家間の問題を討議する上できわめて慎重な配慮が必要なものであることと、国益の相反する問題について英国が優れた調整能力を有することであった。
 また、当時運輸省から在英大使館に出向していたのは私一人であったので、IMCOのすべての委員会を一人で担当せざるを得ず、技術の専門家でない私にとっては苦労の連続であったが、そのことが他国の代表や事務局内に顔のつながりを増やすのに役立ち、今回の会議で日本の希望する線に沿った形での結論に導くのに少なからぬ役割を果たしたものと考えられ、国際社会での人脈の構築の重要性を痛感した次第である。
 このようにして、当時日本の海運界が強く求めていたマラッカ海峡の水路測量および航路標識の整備は国際的に方向づけられたので、政府は、沿岸国と協力してマ・シ海峡の航路整備を推進することを決定、一方民間側においては、日本船舶振興会の強力な支援のもとに、船主協会、石油連盟、造船工業界、損保協会の関係四団体からの資金拠出を得て、マラッカ海峡協議会を設立し、以後同協議会が中心となって航路整備の事業が進められることになった
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Takongの最狭部を通過するVLCC








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