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GONZO (報道広報班)
「“どうも、どうも、どうも”」
 積極的に社会との繋がりを持つことが自分の日常における目標であり、ボランティアとして大会に参加することで、それを一つ達成するべくボランティア登録をいたしました。
 大会期間を通してWGに参加したのですが、毎日がとても充実して感じられました。競技観戦もすることができ、また、選手や仲間との交流が大変印象深い思い出になりました。
 閉会式での知事のあいさつの中にありました“どうも、どうも、どうも”の言葉と大会旗の下がっていく様子に、涙を流してしまいました。
 会の終了後も仲間とは交流を続けており、今後も続ける予定です。
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Toshi (報道広報班)
「あーおもへがった!」
 これがワールドゲームズの閉会式を終えた時の率直な意見でした。
 思えばボランティアをやるきっかけというのは英語の語学研修でした。タダで英語が習えるなんてラッキー…スイマセン。
 何はともあれワールドゲームズを通して出会えたたくさんの友人、選手、役員の方々
 「ありがとう。またおもへーごどしよー。まずな〜!」
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鈴木 サツ (警備交通班)
「語学は出来なくとも雰囲気で伝わる気持のよさ」
「秋田に居ながらにして世界が見れる」こんなキャッチフレーズに引込まれるように、ワールドゲームズボランティアに申し込んでみた。
私がボランティアを希望した今年三月頃はまだなんとなく盛り上がりが足りなくて、この大会を成功させることができるだろうかと少し不安がつのる。世界九十ヶ国から選手、役員が四千人秋田を訪れる。開会のカウントダウンが始まった。そして開会式は秋田県内はもちろんテレビで観戦した全国の人々から感動の声が寄せられ予想をしのぐ盛り上がりとなった。
私は県立スケート場で行われた「ローラースケーティング」のスピードとフィギュアの警備の班に配置になった。四月から三回入念な研修も行われてスタッフの一員として少しは自信ももてるようになった。
八月二十二日フィギュアの競技が始まった。会場は毎日大勢の観客でにぎわった。私達の仕事は混雑した入場口で観客整理をしたり、観客席への誘導をスムーズにする事等でした。会場内は明るくなごやかな雰囲気で選手、役員、そして我々スタッフも一体となって競技に参加している気分でした。
外国の役員の方から私の手にバッチが手渡された。「ありがとうございました。皆様の健闘をお祈りします」と英語で(!)お礼を言ったら「OK」とうれしい返事。コマギレの私の英語は外国の選手に冷たい飲物を差し上げる時も通用した。このように語学は出来なくとも雰囲気で伝わる気持のよさ。
 競技前のはりつめた気魂には近づけない選手達の表情も、競技が終われば国境を越えてみんなで肩を組んでカメラに向かってポーズを取る。
 練習のきびしさ苦しさを分かち合っている姿からはあたたかい友情があふれている。
 新世紀に、しかも六十代でこのようなボランティアに参加出来た事を、本当に幸せに思う。組織委員会の皆様、本当にありがとうございました。
荒川 恵子 (警備交通班)
「参加できて」
 殊更暑い真只中、人生で特別に熱い経験をした貴重な夏でした。
 成せば成る、心配御無用とばかりに、大会前の不安は日毎に払拭され、日を追う毎、スタッフ一人一人の持ち味が醸し出され、会場は一つにまとまり、チーフを先頭にスムーズに流れ出しました。
 スピード化移行から少し出遅れている感の有る、片田舎の地方都市秋田のイメージの中、人情味と伝統と自然が、世界の人達に抱え切れない程の心の交流を生じさせる事が出来たと思います。私達スタッフも想いは同じ事と思われます。
 一つの目標に向かってのスタッフ各人の統合・連帯意識が何とも心地良い、生き生きした期間でした。語学能力の無い私の初仕事は、競技場入口の警備で、“キャンユースピークイングリッシュ?”と尋ねられ、語学スタッフを探すことでした。せめて英会話が出来たらと希むものの、具体的な行動も起さず悔しい残念な想いもいたしました。
 それでもめげずに、目で、笑みで、あいさつでと、何とかおもてなしを表現したくってうずうずしてる私を、積極的にさせてくれたのは逆に、外国の方が向けてくれた笑顔でした。それ等に応えているうち、固い殻が割れるように気持ちが声となって出るようになりました。気が付いた時にはもう、フィナーレでした。楽しさが余韻となって湧いて参ります。
 21世紀最初の大会をこの秋田へ誘致された方に敬服の念を表します。
 “皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。
”そして外国からいらした方々へ。“ようこそ秋田へ。ぜひ又、お逢いいたしましょう。お元気で!”
佐々木 文子 (警備交通班)
「心の中に財産が一つ増えた」
 ワールドゲームズのボランティア募集、この瞬間から語学に挑戦。
 一生に一度の経験と言っても過言ではない秋田での開催は非常にうれしく、身近なものに感じた。この巡り合わせに感謝したい。
 私の心の中に秘めたスペインヘの情熱に火がついた。そして心が踊った。
 鮮やかな光・色・音に包まれた開会式での数々のアトラクションはすばらしかった。
 特に代表的な郷土のお祭りなどは印象深く、太鼓やお囃子が心に響いた。また、心が和み感動した。
 ローラースケートのホッケーとスピード競技に警備班として携わり、初めてこのスポーツの魅力に出会った。ファンの一人として、応援に力が入りそうだ。外国人選手との会話も勉強した成果があり、やや興奮。
 閉会式での各国の選手たちは、さわやかな笑顔を秋田の地におみやげに残してくれた。
 2001年のこの夏、心の中に財産が一つ増えた思いに大満足の私。
 またいつの日か、ボランティア活動でお会いできたらいいですね。
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柴田 よし子 (警備交通班)
「中学生の声かけに感動!」
 私は開会式のリハーサル、本番の御所野学院、山王中の生徒の控室に待機しておりました。御所野学院は1年生、山王中は希望者の参加と言う事でした。両学校に教頭、校長先生が知合いにいる事もあり、目を配りました。
 感動したのは山王中の男子生徒が早目に控室に戻り、みんなに“お疲れさまでした。”“ご苦労さまでした。”と声をかけていた事。
 今の中学生にはめずらしく、すがすがしい感動を覚え、山王中の校長先生に自分自身の感謝の気持ちで、電話をかけて、お礼の一言を言いました。
 競技に対しての感動もありましたが、私は中学生の声かけに感動しました!!
 開会式に参加し、とてもうれしかった。
菅原 昇 (警備交通班)
「開会式100%秋田があった」
 終ってからこの大会が大成功であったという報道があり、とてもうれしかった。
それからビリヤードの選手の募金も予想以上の成果を上げ、日本人として、秋田に生まれ育った人間として、間違った人生を歩んでいないことを実感した。
 今でも開会式の興奮が蘇ってきます。どんなイベントのどんな開会式よりも素晴らしかったと思っています。そこには100%秋田がありました。オリンピックやインターハイのように終ると廃嘘になってしまうイベントより、ずっとよかったと思います。
 我々はすばらしすぎる体育施設よりももっともっと高価な人とのふれあいと秋田県人のすばらしい人間性の再確認を財産として得たように思います。
 来る国体も、金をかけずに大きな感動を残せるよう県民が結集できれば、と祈っております。
高橋 次男 (警備交通班)
「中学生のお礼の心を感じて」
 学校からワールドゲームズの体験レポート提出のため競技を見学に来ていた女子中学生(男鹿)3人が最終バスに乗りおくれ、困っていたのを秋田駅まで送って行く途中、対応がすごく(お礼の心)感じて気持ちよかった。
 対応として、競技終了確認して最終バスを出発すべきであった。
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