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痴呆の老年医療
 痴呆は高齢化社会において主要な健康障害の一つであり,今後増加していくことは避けがたい社会的事情である。痴呆は認知と情緒機能における進行性の低下を特徴とし,それによって日常生活の自立性とQOLが損なわれる。従来,痴呆には多くの併存病があるとされてきたが,今日では痴呆者の併存病率はむしろ低く,かつ,薬物使用も少ないことが示されており,それにもかかわらず延命率が低いことから痴呆は独立したリスク予測因子と見なされている。
 今回は12月12日(水)に,Dr. Catherine DubeauのBoston Alzheimer Center(BAC)での午後の診療を見学した。
 BACはボストン市の中心からやや離れてはいるが周辺には多くの教育病院があり,約12,000m2(3エーカー)の敷地に建てられた64室を有する痴呆者のための瀟洒なassisted living residenceである(図6)。もちろん, community day programもあり,かつ,痴呆に関する情報センターとしても機能している。
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図6 Boston Alzheimer Centerの前景
 痴呆は痴呆と診断された時点で適切な対応が必要であり,そのタイミングと対応の仕方が問題への取り組みの核心(コア)である。痴呆は進行性であり大きな治療効果を望むことはできないが,適切な対応によってその進行を遅らせ,患者の自立と尊厳性を可能な限り維持させることは意味のある取り組みと思われる。
 痴呆のケアは家庭から始まるが,更に進行してくれば適切な施設においてケアすることが必要となる。そのタイミングは,
(1)患者が身の回りのことを自立して行えなくなる(着替え,入浴,トイレ,摂食など)
(2)患者が規則的に食事をとることが困難になる
(3)服用している薬物の管理が困難になる
(4)家庭での生活の安全性が保証できない
(5)社会的な交流が途絶えて刺激がなくなる
(6)興奮,不眠,徘徊などの異常行動によってケアが困難となった場合
(7)患者が多くの制約のために混乱したり,怒ったり,うつになったりする場合
(8)規則的な運動が有用と思われる場合
(9)ケアしている人たち自身の情緒や身体の健康に問題が生じた場合
などであり,これらの基準を満たせばassisted living residence(ALR)でのケアの適応となる。
 アルツハイマー病に対するALRは日常生活の中でリハビリテーションのプログラムを提供するものであり,わが国においてもそのような施設は数多く存在するので,特に新しいものでないとしても,このような施設における医療のあり方には学ぶべき点が多い。家庭と同様な雰囲気の中で,多くの人たちとの関わりを共有しながら生活することは,この疾患の初期,あるいは,中等症の状態にとって有用とされている。日常生活の基本的要因である入浴,排泄,更衣,整髪,摂食を援助するが,最も重要なことはそれぞれの患者の能力に応じて行われるべきであり,参加者がそれによって最高の機能が発揮されることが期待される。このようなケアはアルツハイマー病の進行を遅らせるとともに,譫妄や不安に対しても有効であると考えられており,また,身体的,知的に疾病が進行性であったとしても情緒的なwell-beingが改善され,患者も前向きに対応するようになる。これらの対象者にその他の併存病があったり,あるいは,入所中に他の疾患を発症することが多いので,一般の健康管理も常時行われなければならない。Dr.Dubeauは内科専門医であり,同時に老人病の専門医でもあるが,このBASの住人の健康管理を行っている。この施設ではナースプラクティショナーが医師と全く同じ医療行為を行っており,検査や薬物の処方は医師のサインなしでも必要に応じて実施される。したがって,患者や家族との医療内容の契約においては医師のカウンター・サインは必要であるが,それは事後の処理として行われている。ただし,心肺停止に際して蘇生術を施行するか否かについては事前に医師のサインが求められている。この施設においてはナースプラクティショナーがきわめて重要な役割を果たしており,医師が常時いるわけではないのですべての患者の情報はナースプラクティショナーによって把握されている。ナースプラクティショナーの病歴と身体所見の取り方は医師以上に綿密であり,また,医師の診察には必ず陪席して色々と意見を述べるとともに,情報の共有に努めている。アルツハイマー病では特に家族とのコミュニケーションが重要であり,その意味からも家族教育を含めてナースプラクティショナーがケースマネジャーの役割を果たしている。数人の患者の診察に立ち会ったが,86歳の女性の譫妄状態が高じ,また,感染症を伴っていたためpsychiatric careを専門とする高次医療機関へ転院となった。このようなケースでは医師が不在であればナースプラクティショナーが医師に連絡をとり,医師が出先から転院の手続きをとることになる。
BIDMCにはこのような患者が多く入院しており,ほとんどが5日以内にもとの施設へ戻っているが,ナースプラクティショナーは入院先へ出向いて病状について情報を得ることができるので,医療の継続性が保たれる。このような場面においてもケースマネジャーの有用性が実感された。








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