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慢性期の老年医療
 慢性期のComprehensive geriatric serviceに含まれるものは,
(1)プライマリ・ケアとしての健康評価
(2)慢性疾患として腹痛,痴呆,関節炎,腰背痛,気管支炎,慢性閉塞性肺疾患,糖尿病,歩行障害,心疾患,高血圧,高コレステロール血症,記憶障害,骨粗鬆症,肺炎,排尿障害
(3)プライマリ・ケア医からの紹介に対する対応
(4)往診によるホームケア
などである。これらのサービスはすべてチーム医療として包括的に統合されて行われ(multidisciplinary team),プログラムディレクターはいわゆるコーディネーターであってナーススペシャリストがその役割を果たしている。以上の背景から,今回はボストン市ではMount Auburn Hospital,Youville Hospital and Medical Center,そして,BIDMCのGeriatric Clinic,またニューヨーク市ではBurke Rehabilitation Hospitalを見学した。
1.Mount Auburn Hospital
 Mount Auburn Hospitalには老人のためのMental Health Serviceがあり,このプログラムはGeriatric Psychiatristのディレクターとナースのプログラムディレクター,そして,老年科の内科医,Psychiatric Social WorkerによるMultidisciplinary Teamで行われている。そのための短期入院用ベッドが15床あって,常時24時間体制で受け入れ可能であり,入院の基準は,[1]老人で,[2]情緒や行動上の問題によるリスクがあり,[3]外来治療に支障を生じた状態となっている。その他,数多くあるサービスの中で今回はhouse callsとMental Health Serviceを中心に見学した。
 12月11日(代)の午前8時15分に同院の老年病科医局を訪れた。そこではDr.John AndersonとDr.Cherie Noeを中心にして2人のスタッフとレジデント2人を含めた朝のカンファレンスが行われた。まず,レジデントの一人が事前に準備してきたテーマについて30分ほどプリゼンテーションしたが,老人の転倒に直接かかわる視力障害について要領よくまとめられていた。内容は,初めに加齢による視力の変化,そして,視力障害を来すmacular degeneration, glaucoma, cataract, diabetic retinopathyの順に定義,疫学,危険因子,病因,症状・徴候,経過観察の要点,治療について最新の知見を交えながら述べられた。スタッフは適宜質問したり,コメントしたりしながら進められたが,一般内科とは明らかに異なった特殊な分野であることが実感された。
 その後,午前中に実施されるhouse callsに対する情報交換が約15分ほどで終わり,それぞれに受け持ちの患者宅へ向かったが,今回私はDr.Noeについて2人の患者宅を訪問することになった。Dr.NoeはBoston大学医学部の出身で内科の専門医であり,Harvard Medical Schoolの講師でもある。
 車で20分ほどの雪の道のりを郊外へ向かい,最初に訪問したのは老人用の公的な居住地域内の2階建てアパートメントハウスの一画で,83歳のアルメニア人の女性が住んでいた(図1)。胆石症から胆嚢炎となり,かたくなに入院を拒否したため在宅でドレーンが入れられており,極期は過ぎて安定はしていたが,常に悪化のリスクを伴う状態であった。その他,高血圧,糖尿病,慢性関節炎,軽度の痴呆があり,もちろん種々の職業的な社会的資源としてのケアは受けているが,娘が定期的に通って身の回りの世話をしていた。身体的には内科医が中心となって診断と治療に当たるが,その他外科医が適宜コンサルトしており,ケアの中心はケースマネジャーとしてのコミュニティナースであって,相互の連絡は所定のチャートに基づいて行われていた。約40分位でhouse callが終わり,再び,雪道を車を駆って次の訪問宅へ向かった。
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図1 Dr.Noeの診察風景
 第2の患者は79歳の女性で痴呆が進んでおり,Dr. Noeをかろうじて識別できる程度であった。Lewy's body cerebropathyが背景にあり,そのための痴呆とパーキンソン様症状が生活上の問題であって,特に後者に対しては理学療法が必要なのだが,Medicareには多くの制約があるために自費で行われているとのことであった。たまたま理学療法士が居合わせたが,家人は不在であった。この患者の場合には皮膚疾患や下腿の顕著な浮腫などの他に栄養上の問題や,いわゆるpolypharmacyによる服薬コンプライアンスの問題など多くのケア上の困難があるように見えた。
 11:30に帰院し,その後Dr.John R. Anderson(geriatrics)とDr.Halbert Miller(psychiatry)から同院内にあるThe Wyman Centerの老人のためのMental Health Servicesについて説明を受けた。サービスは統合されたチームケアでケースマネジメントの方式がとられており(後述),その理念は,コミュニティ,ならびに,家族との協力において,可能な限り速やかに高齢患者の機能を適切なレベルに回復させることを目標に,最新のintensive psychiatric evaluationと治療を供給することにある。したがって,入院と同時にすべてのプロセスは直線的に平行して進行し,患者の同意の上で速やかに家族,医師,その他の医療者が互いに連絡をとり合い,この最初の介入によって患者の身体的,そして,心理的に有用な情報が得られるので,迅速で効果的な治療が開始できる。家族や主として日常のケアに関わっている人たちの支援を得ることが治療効果を高める上に必須であるが,入院の際に患者は身体的,精神的評価の他に,生活上の社会的背景を含め心理・社会的,そして,理学・作業療法的な評価がなされ,統合されたケースマネジメントによって問題の解決が図られる。状態が安定するとともに,医療チームは情緒のバランスと身体機能の回復に的を絞って個人化した医療を積極的に進める。退院計画は患者自身を含めて家族や直接ケアに関わるすべてが加わり,患者の需要に応じて綿密に立てられる。
 サービスの主なものは次の通りである:精神的評価,老人医学的評価,向精神薬評価,心理・社会的評価,家族評価と支援計画,作業療法・理学療法評価,栄養評価,社会的支援,退院後の支援。
2.Youville Hospital and Rehabilitation Center
 12/11(水)の午前8:15にDr.Joel Baumanを訪れた。この病院は上述のMount Auburn Hospital(MAH)と同規模の総合病院であるが,今回訪問の主たる目的は老人の慢性期ケアの実際を見学することであった。MAHが精神科を主体としたケアシステムであったのに対して,この病院ではいわゆる老人のあらゆる慢性疾患のケアが中心であり,ベッド数は52床(20 private rooms, 16 semi-private rooms)で平均在院日数は23日ということであった。これは1984年に定められたDRGの基準に基づくもので,それによれば平均25日までの入院が認められているとのことで,適応となるのはChronic Hospital, Pediatrics, Rehabilitation, Longterm Care Facilityなどである。あらゆる疾患はこの基準となる時間内でケアされ,その後は自宅なり老人の施設へ戻り,わが国で見られるような社会的適応による長期入院は存在しない。この病院ではうっ血性心不全,皮膚疾患,栄養障害,手術後など多くの併存病を有する高齢者が対象となり,男女比は1:2,そして,すべての患者はなにがしかの認知障害を有している。内科専門医でかつ老人病専門医が5名,そして,ナースプラクティショナーが2名で,ナーススペシャリストはケースマネジャーとしてチームケアをコーディネートしている。院内死亡率は4%とのことであった。99%がMedicareでまかなわれるが,このような病院はボストン周辺50マイル四方で5施設あるとのことであった。この病院では退院後に社会的な生活が支障なく送れるよう,入院中に種々な生活訓練が行われる。例えば,通常の歩行や筋力・持久力トレーニングはもとより,生活援助のための設備として室内歩行における段差や路上歩行の障害を想定したスペース,車の乗り降りのための自動車,キッチン,銀行,そして,ミニ・ショッピングセンターまであり,買い物やそれに伴うお金の支払いや,銀行での金銭出納まで訓練できるようになっている(図2)。
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図2 院内に設けられたミニ・ショッピングセンターで患者がケアギバーに付き添われて買い物の訓練を受けている
 午前9時30分よりチャート回診が始まったが,老年病のナーススペシャリストがコーディネイターとして司会しながら進められた。やはり型どおりのチーム医療であり,基本的には医師,ナース,OT,PTが基本単位であり,栄養士,薬剤師,MSW,チャプレンは必要に応じてすべての患者に関わっている。医師が疾患に関するプリゼンテーションを行い,ナースが全体としてのケアの状態を説明し,OT/PTは身体機能評価と社会復帰へ向けての訓練状況を述べるといった中で,心理・社会的な問題が提起されればそれぞれの立場からの提案がなされ,ケースマネジャーが最終的に判断して行動目標が決定される。もちろんレジデントにとっては研修の場であることから,指導医より知識,技術的な面での教育もなされる。慢性期のケアにおいてはOT/PTの役割がきわめて大きく,どの症例についても診断や療方針,そして経過の状況が詳しく語られていたことは印象的であった。
3.ニューヨーク市Burke Rehabilitation Hospital
 Cornell University Medical College, Department of NeurobiologyのProfessor Tong H. Johの紹介でBurke Rehabilitation Hospitalを12月17日(月)に訪問した(図3)。この病院は1915年にJohn Matersson Burkeによって身体障害を有する患者のリハビリテーションを行う目的で開設された。
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図3 Burke Rehabilitation Hospitalの前景
 地域におけるリハビリテーションの需要を満たす施設として古い伝統を有しており,ギリシャ風建築の古い建物の内部には車椅子用の室内200mトラックを含め,新しい設備と統合されたリハビリテーション医療が行われている。屋外には広大な敷地を利用して車椅子用の400 mトラックやテニスコートがあり,2000年には全米のparalympianを集めて競技会が開かれたとのことであった。リハビリテーションは入院,外来,そして,ホームケアとして行われ,診療録はすべて電子化されていてコミュニティナースも含めたすべての医療者のaccessが可能であり,院内,院外のケアが効率よく遂行される。もちろん,多くの関連病院とも密なネットワークが形成されている。院外のサービスには理学療法,作業療法,言語訓練,関節炎センター,骨粗鬆症サービス,認知療法,その他種々の診断的検査や教育プログラムが供給される。Burke Instituteは痴呆の研究でも先進的な業績を上げており,更に脳血管障害に対するrobot治療に関しては世界的に注目されている。
 今回の訪問では特に高齢者の身体障害に対する院内リハビリの実状を見学した。高齢者では日常の生活において転倒が多く見られ,その予防や治療,特にリハビリテーションの需要がきわめて高くなってきている。
 予防の見地からは,
(1)日頃規則的な運動プログラムを実施する
(2)居住環境を安全なものに改良したり工夫する
(3)転倒につながるような薬物の使用についてチェックする
(4)視力や視野を障害する眼疾患について定期的に診察を受ける
などの患者教育が行われる。大腿骨転子の骨折では2〜3週のプログラムで回復が図られるが,図4は所定のプログラムを終了し,退院前日にPTより機能評価を受けているところであるが,この患者の場合にはすべての評価において合格であり,訓練室で修了証書が手渡され,他の患者の祝福を受けていた。
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図4 退院前の機能検査がPTによって行われている








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