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V うつ反応をしやすい人の性格
 うつの原因の理論に共通するものは“喪失”であり,喪失に対する反応が“抑うつ”であるということがご理解いただけたでしょうか。喪失の結果,抑うつ反応の引き金となるものは,早期の喪失,つまり子ども時代の喪失の体験であるということです。それから早期の不安ということもお話ししました。そのようなことを体験しますと,それもうつ状態になる引き金になります。早期の喪失や不安を体験しますと,硬い性格といいましょうか,抑うつ反応をしやすい人になります。
1.硬い性格
 平均寿命が長くなっていますので,当然,退職後の人生も長くなります。60歳で定年になって平均寿命まで生きるとしても,統計的には男性では17年,女性では24年は生きるわけです。しかも,60歳まで生存した人の寿命はゼロ歳の人の平均寿命より長くなっていますから,60歳男性の平均余命は21.34年,女性の場合は26.86年です。老後の生き方を真剣に考えなければならないということではないでしょうか。
 人生の転換期として,退職は大きな出来事ですが,男性では退職を機にうつ状態になる人が結構います。女性の場合は,子どもが大学や結婚などで家を出るときに落ち込んでしまうことがあります。例えば,長女が大学へ行くのに家を出たのがうつの原因というケースがありましたが, 3月に家を出てすぐ4月にうつになるというのではありません。数カ月後になることが多いのです。今までずっと一緒だった家族の誰かが家を出るということは人生の転換期のひとつですが,このような人生の変遷に対応できないとうつ反応をしてしまうのです。誰でも人生の変遷は避けることはできませんが,これに対応していくには性格の柔軟さが求められます。
 変化に柔軟に対応できないため,人生の変化にも適応できないのが「硬い性格」というものです。性格に柔軟性がないと,リストラに遭って,再就職をしなければならないというような場合,これまでのパターンに固執したままではうまくいかないでしょうから,挫折を味わうかもしれません。
 硬い性格の人が変化に対応できないというのは,リストラという仕事の喪失からあまりにも大きなインパクトを受けてしまうために,新しい職場を見つけて再就職をしていくという回復軌道に乗ることが非常にむずかしいということです。つまり,喪失からの回復が困難なために,たとえ小さな喪失でもそのインパクトは非常に大きくなってしまい,うつ反応をしやすくなるのです。
 このような硬い性格の人たちは,自分の現実を受容することがとても困難で,問題への対応能力が制限されているということです。早期の喪失とか早期の不安を体験すると,このように硬い性格になってしまうのです。真面目で一生懸命やるのですが,ちょっとした変化に十分に対応することができないために,拒絶反応を引き起こしてしまうということです。
2.目標追求型
 もうひとつは,早期の喪失や不安を体験をしますと,「目標追求型」の性格になってしまいます。
 何かの変化に拒絶反応をしやすい人というのは,目標に向かって突っ走る傾向があります。しかも,非常に限られた目標についてです。いくつかの目標をもっているのではないのです。1つか,多くても2つの目標しかありません。こういう目標追求型の人の多くは,その目標を達成することが自分の価値を高めるというか,あるいは自分の価値を確認するようなイメージが内面的にあるということです。この目標を達成しないと自分はだめな人間なのだという意識があるのです。しかもその意識は尋常なものではありません。ある意味では,強迫観念的でさえあるといっても過言ではありません。
 このような人は,喪失に対しては極度に過敏になっていて,ちょっとした失敗も喪失につながってしまうのです。そうすると抑うつ反応が出やすくなってしまいます。1つか2つしか目標がないものですから,この目標が達成できないと,自分の世界が終わってしまったかのような錯覚に陥ってしまいます。いくつかの目標があればどうでしょうか。1つや2つの目標の実現がむずかしいと思っても,他のものがありますから,その喪失を乗り越えることが可能になります。日本人の男性であれば,仕事だけの目標しかない仕事人間というのはまさにこういう生活ではないでしょうか。左遷させられたり,あるいは定年退職をすると,どう対応していいかわからなくなってしまい,落ち込んでしまうのです。
 私たちは生きていく上でいろいろな目標があっていいはずです。仕事だけではない,あるいは仕事の中でもいくつかの目標をもっている。それから個人的な目標,家族としての目標,いろいろなところに関わって,そしてそれぞれの中に目標をもって生きていきますと,1つの喪失のインパクトが少なくてすむでしょう。1つか2つの目標しかない目標追求型で突っ走っている人はうつになりやすいということを,今から自覚することです。
 では,目標が達成されたらどうなのでしょうか。目標追求型の人は,目標が達成されればうつを引き起こさないのかといえば,決してそうではありません。目標を達成すると,気が抜けてしまうのです。気がゆるんでしまいます。それがまたうつを引き起こす場合もあります。今度は何をするのか,その目標がなくなってしまうのです。目標追求型というのは,目標を達成しようがしまいが,うつ反応を起こしてしまうという厄介なタイプです。
3.過度な依存
 前にもお話ししましたが,日本人の性格は依存的といってよいでしょう。日本の社会全体にそういう傾向があるのだと思います。ですから日本社会ではどうしても依存的な性格を形成してしまうようになります。
 
●依存的なシステム
 これからの社会は,一人ひとりが自立することを求められているのですが,そう容易には形成されないでしょう。人間社会のシステムそのものが依存的な傾向を助長するような社会であるということがとてもよくわかります。自立よりも,依存しないと生きていけないようなシステムができ上がっているのです。
 カウンセリングをしているときに子どもの教育資金の話が出たことがありました。私は話を聞いていて,何となく割り切れない思いをもったのです。ある人は教育資金を借りているかもしれませんが,教育資金を借りるということは,銀行や公的な機関であっても,子ども本人は借りられませんから,親が借りるようになります。これひとつとってもいかに子どもが自立するように育てていくことが困難かということがわかります。親しか申し込みができないというのはどういうことでしょうか。それでは,教育資金を借りても,結局は親が返すということになってしまいます。それも借りた直後から返さなければなりませんから,子どもが教育を終えてから返すようにできる制度にはなっていないのです。これでは子どもが親に依存しなければ,教育も受けられないということではないでしょうか。子どもが独自に自分で必要ならば申請して借りるのであれば,これはまさに自己責任ですね。自分で責任をもって返済しなければなりません。おそらくは,貸す側としては子どもはまだ未成年なので,親に申請させておけば,親が返済してくれるのではないかという考えからでしょう。そこからすでにシステムとして,子どもが18歳で大学に入っても,自分で責任をもって学び,親から自立できるようにはできていないのです。もちろん,大学の制度も必ずしも4年で卒業しなくてもよいようにはできていません。つまり,社会のシステムが依存しなければならないようにつくられているのです。
 アメリカでは,教育資金は子ども自身が借りることになっています。大学に入っている限りは返済する必要がありません。日本のように親が返済しなければならないようでは,どんなに子どもの自立を説いても,それがむずかしいようになっているのです。日本ではこのようなことがあらゆる領域でたくさん見受けられます。みなさんはそれに気づかずに当然だと思っているのです。だから,子どもたちも自分から自立して,自分の意思で何か新しい道に進むことがむずかしい。そういう社会のシステムになっているということを考えなければなりません。日本はそのような体質,そのような社会であるということを知っておかなければなりません。
 どんなに自立といったところで,私たちすべての人間は誰かに依存しなければひとりだけでは生きていくことはできない存在です。どこかで誰かに依存しなければ私たちは生きていくことはできません。
 
●適切な依存
 私は依存することが悪いと言っているのではなく,過度な依存が問題だと言っているのです。自立というのは,“適切な依存”であるということです。自立というのは人から離れることではなく,適切に依存することです。極度に依存するのも問題ですが,極度に分離するのもよくないことです。何を基準にするかといえば,自分のできることに関しては自分の責任でやることです。そして他者に依存しなければできないことは依存するということです。そして,この“適切”という概念もそれぞれによってみな違うということです。みなそれぞれに得意な分野と得意でない分野があります。夫婦であっても,職場にあっても同様です。互いに自分のできることに関しては,自分の責任でするのですが,自分ではできないことで,他の人ができることであれば,適切に援助してもらうのです。“適切な依存”が自立だということです。日本の場合には,個人主義的な自立というのはあまり適当ではありません。
 ところが,早期の喪失,早期の不安を体験している人は,自分でできることまで誰かに過度に依存しすぎる傾向があります。不安がある人は,自分ができることであってもすぐ確認したくなる。自分でわかっていながら不安なので確認してしまう。喪失を体験した人は,ほんのわずかな喪失でも非常に不安になってしまいますね。このような体験をした人は,どうしても過度な依存をしやすくなってしまいます。過度な依存をしてしまう人は,些細なことでも人のアドバイスを求めてしまうのです。アドバイスをもらわないと何もできなくなってしまう。その上,自分のニーズも他者が満たしてくれることを期待してしまうのです。自分でできることさえ他者にやってもらうことを期待してしまうのです。
 しかし,依存することもはじめはいいかもしれませんが,あまり依存すると,自分でやりなさいといって拒否されるかもしれません。そこから過度に依存的な人は,抑うつ反応を引き起こしやすくなることがあるのです。たえず他人に依存するということは,たえず他人に期待するということでもあります。しかし,その期待は常に満たされるものではありません。だから喪失をしやすいのです。
 
 目標追求型の性格の人は抑うつ反応を引き起こしやすくなります。うつ状態になりやすい人,あるいはうつ反応を引き起こしやすい人は,上記の3つの性格―硬い性格,目標追求型,過度な依存に分類することができます。自分はどのタイプでしょうか。このタイプにぴったり適合しなくても,傾向は見ることができるでしょう。柔軟性がないですか,それとも目標追求型でしょうか,それとも過度な依存型でしょうか。うつ状態になりやすい人はこの3つのどれかに当てはまることが多いと思います。








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