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5 京都市ベンチャー企業目利き委員会
 (1)京都市のユニークな取組として、京都市ベンチャー企業目利き委員会がある。これは、前記の京都市産業振興ビジョンにおいて提唱された事業であり、平成9年4月に設立された。
 この委員会は、8名の委員で構成しており、現在、委員長にはわが国の学生ベンチャーの草分け的存在であり、京都経済界の重鎮でもある堀場雅夫氏、副委員長には佐和隆光京都大学経済研究所長及び稲盛和夫京セラ(株)名誉会長が就任し、委員には、いずれも著名な3名の企業経営者の方及び1名の大学教授が就任している。いずれも、京都の誇るベンチャー企業の創業者及び学識者であり、この委員構成そのものが「目利き」を受けようとするベンチャーにとって極めて魅力的であると言える。このように、委員構成は、経済人(企業経営者)及び大学教授のみであって、いわゆる行政マンが加わっていないことは、この委員会の特徴として挙げられる。 なお、委員は、全員無報酬で御協力をいただいている。
 更に、目利き委員会を補助するために、「調査専門委員」を置いている。これは、様々な事業プランを、ぞれぞれの内容に応じ専門的な観点からチェックするため、特にあらかじめメンバーを固定せず、大学、試験研究機関の研究者をはじめ、各分野の専門家の中から、申請された事業プランに応じて選任することとしている。
 この委員会の事務局は、京都市産業観光局商工部産業振興課が担当している。

 (2)事業プランは、新しい事業を考えている個人・企業を対象に、業種・業態を問わず、随時全国から受け付けているが、京都市内での開業又は事業の実施を原則としている。募集は、京都市の各戸配布の広報紙(「市民しんぶん」)のほか、関係機関の機関紙やインターネットにより行っている。審査料や認定料は、不要としている。
 事業プランの受付後、まず、申請書の書類選考による一次審査を行い、これにより、事業プランとして検討し得る最低基準に達していないと判断した事業プランを除外する。事務局があらかじめセレクトしたりすることはなく、目利き委員会の委員全員がすべての事業プランの審査に一次審査から携わるというシステムを採っている。
 次に、一次審査に合格した事業プランについては、調査専門委員による調査を行う。調査専門委員は、地域の大学、研究機関の研究者等が当たるが、事業プランの事業性、保有技術、アイデアについて調査される。事業性の調査は、中小企業診断士である調査専門委員が申請者と面談をして行っている。
 そして、最終審査として、申請者による目利き委員会におけるプレゼンテーションを実施したうえで、目利き委員会により事業プランに対する評価を行う。この最終審査は、毎年度3回(7月、10月、3月)行われている。申請者1人につき20分の時間が与えられ、10分のプレゼンテーションと10分の質疑応答とが行われる。
 評価は、A、B、Cの3段階に分かれる。Aランクは「事業成立可能性大」、Bランクは「事業成立ボーダー」、Cランクは「再チャレンジ」を意味する。Aランク認定を受けた事業プランについては、事務局からプレス発表することとしている。
 評価のポイントは、経営者・事業環境、販売・物流、保有技術(製造業の場合)、アイデア(非製造業の場合)とされており、これらは、目利き委員会が独自に設定したものである。
 現在までに応募総数は213、そのうち29件がAランク認定を受けた。応募者は、京都市内が6割弱で、市外は、東北から九州にまで広がっている。創業後5年までのものが多いが、創業後10年を超えたものも、2割程度ある。Aランク認定を受けた者は、ほとんどが株式会社組織であるが、中には有限会社や協業組合、個人もある。Aランク認定を受けた者の業種は、幅広いが、新製造技術及び情報通信分野で、5割弱を占めている。
 目利き委員会の評価を受けることの意義であるが、まず、Aランク認定を受けた企業には、京都市が様々な支援メニューを用意しているということが挙げられる。
 まず、1番目に、「京都市ベンチャー企業・新事業育成支援融資」の利用が挙げられる。これは、原則として京都信用保証協会の保証に基づき、年率1.8%の利率で運転資金又は設備資金の融資を受けることができる制度で、現在、6割の企業が利用している。融資限度額は、1億円(うち運転資金は、 5,000万円)である。
 2番目に、貸し研究施設であるVIL(Venture business Incubation Laboratory)への優先入居がある。これは、3箇所において実施しており、現在までに9企業が利用し、そのうち6企業は、スタートアップ期からミドルステージを目指し、巣立って行った。とりわけ、ASTEM内のVILは、京都市下京区という都心部の利便性の高い場所に位置しており、ASTEMをはじめとする各種の産業支援機関やベンチャー企業が集積している「京都リサーチパーク」というゾーン内にある。したがって、ベンチャー企業の立地環境としては非常に優れていると言える。そして、このASTEM内のV ILへの入居については、入居後3年間、賃貸料について最大80%の助成(京都市とASTEMが折半し、入居後の年数に応じ助成率を逓減する。)が受けられる。このVILは、1室40m2が標準となっている。
 3番目に、VIF(Venture business Incubation Factory)への入居がある。これは、京都市が平成11年に「京都市創業支援工場」という名称の施設を南区に設置したもので、Aランク認定企業専用として運用している。賃貸期間は、5年間で、賃貸工場施設として8区画(144m25区画、216 m23区画)を備えており、現在までに9企業が利用し、そのうち1社が既に市内の大規模な工場へ生産拠点を移した。なお、この施設は、「高度集積地区」(京都市が市域のうち南部地域に新たな都市機能の集積を誘導する「創造のまちづくり」の中核を担う地区と位置付けた地区)内に立地している。
 4番目に、「認定企業PR事業」を実施している。京都市が広報発表をはじめとして、委員会のホームページによるPR、ベンチャーキャピタルや金融機関へのPR、ベンチャー関連情報誌等へのPRなどを行っている。
 以上の四つの支援策のほかにも、展示発表会への展示、Aランク認定企業交流会の開催、地域プラットフォーム事業を活用したマーケティング調査の実施などの支援策を展開している。
 このように、目利き委員会の目利きを受けるインセンティブを様々に用意しているわけであるが、事務局を務めている産業振興課によれば、必ずしも融資やインキュベーションによる支援だけが目的ではなく、これだけの錚々たる顔ぶれの委員に自分の事業プランを見てもらいたいという気持ちから応募されている人も多いということであった。

 (3)この目利き委員会の取組は、自治体では初めての極めてユニークな試みであり、素晴らしい委員構成や、実質的で専門性の高い厳正な審査、そして審査を受ける事業プランの水準の高さなどにより、制度そのもの、そして認定結果について高い評価、信用を得ていると言ってよいと思われる。審査においては、単なる技術やアイデアの評価にとどまらず、申請者の経営者としての資質なども審査されている。しかし、これは、単に数字やデータに基づいて行い得るものではなく、審査に当たる委員の方々の経験や経営哲学などに基づく眼力によるところが大きいと考えられる。
 ベンチャー企業や起業家にとっては、Aランク認定を受けることができれば、社会的信用を高めることができ、様々な支援を受けやすくなることが期待される。現実に、Aランク認定を受けた多くの企業がベンチャーキャピタル、金融機関などの支援を受け、着実な成長を見せている。
 Aランク認定を受けた者のその後の状況について具体的に示すと、有限会社から株式会社への組織変更が2社、増資が13社、従業員の増加が11社(のべ61名)、関連会社の設立が1社となっている。ただ、まだ、この制度の歴史も浅く、今後、株式公開にまで至る企業の出現が期待される。
 他方、ベンチャーキャピタルや金融機関から見ても、スタートアップ期のベンチャー企業の目利きは、大変な困難を伴う作業であり、この機能を京都市ベンチャー企業目利き委員会が果たすことによって、その結果に基づく的確なビジネス上の判断が可能となり、ビジネスチャンスを生かすことにもつながると言える。
 京都市のこの取組がモデルとなり、国においても、平成12年度から、中小企業支援法に基づく中小企業支援体制の一環として、都道府県等中小企業支援センターの補助メニューに同種の制度である「事業可能性評価委員会」制度が設けられた。 








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