III-2 試験法の開発
舶査52号及びMDPC法は油量が少なく、分散剤を直接散布すると、前述したハーディング現象及びロールオフ現象が発生することが判明している。
そこで、本試験法は試験油が上述の現象が起らない程度の油量(厚さ)を基準として、各パラメーターについて調査検討して開発することとした。
1 試験法のパラメーター
本試験法で検討したパラメーターと問題点、予備試験及びその結果等は次のとおりである。
(1)容器
海水、油及び分散剤の3液体を混合攪拌するため、容器は密閉型とした。また、後述の海水量や振とう回数等による容器内の液体挙動の問題がある。更に、容器内の水面の油層に分散剤を粒子状で滴下するには、ある程度面積が大きく空間を必要とする。以上のことから、市販品の分液ロート100ml、200ml及び300mlの3種について作業性等を調査した結果、油層全域にシリンジが行き届く300mlを選定した。
(2)海水量
上項で選定した分液ロート300mlを使用して、海水量を100ml、150ml及び200 mlをそれぞれ分液ロートに入れて、海水の挙動等を調査した。この結果、海水の挙動は海水量が多くなる程動きが穏やかになる傾向を示した。この現象は容器内の空間の多寡が影響し、空間が大きい程動きが激しい。
前述のように海水希釈散布法では海水+分散剤を散布して試験を行うことから、海水量が増すことを考慮して本試験法の海水量は、100mlとした。
(3)油量(厚さ)
分散剤を油面に直接散布(滴下)して開水面が発生しない油層厚さを調査した。調査は前項で決定した海水量100ml(分液ロート300ml)の水面に原油を適宜投入して、その油面に分散剤を滴下して開水面の発生の有無を調査した。
その結果、少々の振動や水の動きで開水面が発生しなかった油量5ml、油層厚さ1.5 mm(油量を分液ロートの海水面面積で割った計算上の厚さ)とした。なお、油の投入は5mlシリンジを使用した。
(4)振とう法
舶査52号及びMDPC法の振とう法は、それぞれ縦揺れ法及び横揺れ法で、容器形状や海水量等が異なる。
本試験法で採用した分液ロートは舶査52号の100ml容器に対して300ml容器、海水量は50mlに対して100mlと大きく、後述する攪拌回数との関連もあり横揺れ振とう法とした。
(5)攪拌回数及び攪拌時間
上述の(1)、(2)、(3)、(4)項の決定パラメーターを用いて攪拌回数の予備試験を実施した。予備試験は、原油5ml、分散剤0.2ml、散布率4%で性能値のバラツキを避けるため予め混合で実施した。なお、攪拌時間は、種々実施して比色法により舶査52号の攪拌時間と同じ5分間とした。また、試験は分液ロート2本で実施しそれぞれ50ml中の分散油量を合計した油量を100ml中の残油量とした。
予備試験結果を表III-1及び図III-1に示す。
表III-1 振とう回数・静置時間と分散率との関係
振とう回数
(回/分) |
静置時間(分) |
1 |
2 |
3 |
100 |
0.9643
0.8891 |
0.8715
0.8281 |
0.7748
0.8079 |
合計1.8534(g) |
1.6996 |
1.5827 |
42.7(%) |
39.2(%) |
36.5(%) |
120 |
1.0667
0.9929 |
0.9354
0.9459 |
0.8849
0.8516 |
2.0596 |
1.8813 |
1.7365 |
47.5(%) |
43.4(%) |
40.0(%) |
150 |
1.1532
1.0287 |
0.8253
0.7628 |
0.6740
0.6698 |
2.1819 |
1.5881 |
1.3438 |
50.3(%) |
36.6(%) |
31.0(%) |
振とう回数と分散率との関係は図III-1に示すように静置時間1分では振とう回数が多い程分散率が高い。静置時間、2分及び3分では、振とう回数が120回/分がピーク値で150回/分が最も低い分散率を示した。
この150回/分の低い分散率の要因として、海水量と振とう回数の関係で海水の運動が激しく、油粒を包み込んだ界面活性が剥離して静置時間が長くなる程油粒同士が合一して早く浮上するものと推測される。
なお、静置時間1分でも同じ現象ではあるが静置時間が短いため浮上中の油粒子がサンプリングされ分散率にカウントされることにより高い分散率を示したものと考えられる。
以上の推察から振とう回数は、各静置時間とも高い分散率を示す120回/分とすることとした。
(6)静置時間
静置時間と分散率との関係は図III-2に示すように静置時間が短い程、分散率が高い。しかし、前項で述べたように振とう回数150回/分の静置時間、2分及び3分では他の振とう回数の分散率よりも低い結果が得られた。 実海域では海面は絶えず動いていることまた、前項の振とう回数120回/分との組合せを考慮して静置時間は3分とすることとした。
(7)サンプル採取量
舶査52号のサンプル採取量は、全量(52ml)の約60%、30mlで、そのうちの25 mlについて油分抽出薬で油分を抽出する。本試験法も同様とすることとして安定した水中油滴型(粒子径が小さい)の下層から(全量(100ml)の60%、60mlそのうちの50mlを油分抽出薬で油分を抽出することとした。
(8)油分抽出法
工場排水試験法のJIK K 0102に準拠するが油分抽出薬はn-ヘキサンに変えてクロロホルムとした。
2 試験方法
上記の予備試験結果等から以下の通り試験法を開発した。
[1]分液ロート(300ml)に人工海水100mlを入れ、原油5ml(計算上油層厚が1.5 mm程度となる)を5mlシリンジを使用して投入する。
なお、「予め混合」の調査については、海水面にそれぞれ必要とする混合油(原油と分散剤)をシリンジを使用して投入する。
[2]分液ロート内の油層が一定となった状態で、それぞれの分散剤をシリンジを使用して必要量油面に滴下する。
[3][2]項の分液ロートを横向に振とう器にセットして、振とう回数120(回/分)にて5分間振とうし、3分間静置した後、分液ロートの下層より60ml抜き、その内50mlを採取する。
[4]油分抽出試薬
油分抽出法は、「工場排水試験方法JIS K 0102」に準拠するものとするが、油分抽出薬は、クロロホルムを使用するものとする。このため、抽出試薬に適合する抽出法を採用する。
[5]油分の計量
クロロホルムで抽出した油分は水分を除去した後、105℃±2℃の恒温室でクロロホルムを蒸発させ、残量を油分量として計量した。なお、試験は2回実施しそれぞれの残量油分を合計して海水100ml中の分散油分量とする。
[6]使用機材等
イ.横揺れ振とう機(振幅4cm 振とう周期 毎分50〜300回可変式)
ヤマト科学(株)製 ShakerSA31型
ロ.電子天びん(最小秤量0.1mg)
ハ.分液ロート(スキーブ型) 100ml容量
ニ.分液ロート(スキーブ型、テフロン製) 300ml容量
ホ.5mlシリンジ
ヘ.500μ1マイクロシリンジ
ト.100mlメスシリンダー
3 原油の軽質油分及び分散剤の蒸発量
本試験法の油分の抽出は、攪拌混合水中の油分をクロロホルムで抽出し、水分除去後、105℃±2℃の恒温室でクロロホルムを蒸発させ、残量を油分として計量する方法である。
本調査の試験油は、アラビアンライト原油及びC重油で、上述の蒸発時に原油中の軽質油分がクロロホルムと共にかなりの量が揮散することが懸念された。そこで、原油中の軽質油分の揮散量を把握するため、次の要領で調査した。
「海水量50ml+原油2.5ml⇒混合油水を作成」
この混合油水にクロロホルムを投入して油分を抽出し、水分除去後、恒温室に入れてクロロホルムを蒸発させた後、油分を計量した。
この結果を表III-2に示す。なお、表中に示す残量率は次式より求めた。
「残量率(%)=抽出油分量(g)/原油投入量(g)×100」
表III-2 原油の残油量
原油投入量(g) |
抽出油分量(g) |
残量率(%) |
2.1412
2.3500
2.3423
2.2778 |
1.2992
1.4557
1.4245
1.3931 |
60.68
61.94
60.82
61.10 |
平均残量率61.15% |
更に、分散剤S-7についても下記の混合水を作して上記と同じ要領で蒸発量を調査した。
「海水量50ml+分散剤0.1ml⇒混合水を作成」
この結果を表III-3に示す。なお、表中に示す残量率(%)は次式より求めた。
「残量率(%)=抽出分散剤量(g)/分散剤投入量(g)×100」
表III-3 S-7分散剤の残量
分散剤投入量(g) |
抽出分散剤量(g) |
残量率(%) |
0.0912
0.0937
0.0947
0.0932 |
0.0472
0.0488
0.0498
0.0486 |
51.75
52.08
52.59
52.15 |
平均残量率52.14% |
以上の調査結果
アラビアンライト原油の蒸発量は約39%
S-7分散剤の蒸発量は約48%
であることが分った。
図III-1 振とう回数と分散率の関係
図III-2 静置時間と分散率の関係
4 各散布法の散布分散剤の作成と散布形態
(1)予め混合法
試験油と油分散剤の一定量をケミカルスターラーで約1分間攪拌して混合油を作成した。
この混合油を分液ロートの海面に適当量5mlシリンジで投入した。
(2)直接散布法
分液ロート内の油面に均一になるように5mlシリンジで油分散剤を滴下した。
(3)海水希釈散布法
分液ロートに必要量の海水と油分散剤を入れ、振とう機(振とう回数300回/分)で約3分間攪拌して海水希釈分散剤を作成した。この海水希釈分散剤をシリンジを使用して必要量(散布濃度)油面に滴下した。なお、海水希釈及び散布率は次の定義による。
希釈率(%)=分散剤量(ml)/海水量(ml)×100
散布率(%)=分散剤量(ml)/油量(ml)×100
試験油5mlに対する海水希釈散布による自己攪拌型分散剤(S-7)及び通常型分散剤の散布率と散布量の関係の例を表III-4a、bに示す。
表III-4a 自己攪拌型分散剤の散布量
散布率
(%) |
希釈率(%) |
0.5 |
1.0 |
1.5 |
2.0 |
3.0 |
4.0 |
6.0 |
8.0 |
散布量(ml) |
1 |
10.0 |
5.0 |
3.3 |
2.5 |
1.7 |
1.3 |
0.8 |
0.6 |
2 |
20.0 |
10.0 |
6.7 |
5.0 |
3.4 |
2.5 |
1.7 |
1.3 |
4 |
40.0 |
20.0 |
13.3 |
10.0 |
6.7 |
5.0 |
3.3 |
2.5 |
8 |
80.0 |
40.0 |
26.7 |
20.0 |
13.3 |
10.0 |
6.7 |
5.0 |
表III-4b 通常型分散剤の散布量
散布率(%) |
希釈率(%) |
1 |
3 |
5 |
6 |
10 |
20 |
散布量(ml) |
5 |
25.0 |
8.3 |
5.0 |
4.1 |
2.5 |
1.3 |
10 |
50.0 |
16.7 |
10.0 |
8.3 |
5.0 |
2.5 |
20 |
100.0 |
33.3 |
20.0 |
16.7 |
10.0 |
5.0 |
30 |
150.0 |
50.0 |
30.0 |
25.0 |
15.0 |
7.5 |
なお、海水希釈散布法は消防船あるいはタグボートに装備されている泡消防設備の200〜300l/minの消防ノズルにエジェクター等を介して分散剤を海水とともに放出する。このエジェクターは消防ノズルの放水量の3〜6%の比率で分散剤が吸引される。
例えば
消防ノズル200l/minでは分散剤量は6l〜12l/min
消防ノズル300l/minでは分散剤量は9l〜18l/min
の範囲で調節が可能である。
5 供試油、油分散剤及び人工海水の性状等
(1)試験油はアラビアンライト原油及びC重油(JIS.K2205、3種1号)で、その性状等を表III-5に示す。
(2)油分散剤は、通常型油分散剤及び自己攪拌型油分散剤(S-7)の2種で、その性状等を表III-5に示す。
(3)人工海水は、海洋生物の飼育に使用されている市販品のアクアマリンを使用した。
なお、予備試験で実施した原油及び自己攪拌型油分散剤の蒸発試験結果及びC重油の自然分散結果も併記して表III-5に示した。
表III-5 供試油及び分散剤の性状等
  |
密度
(15℃/4℃) |
動粘度
(cSt) |
引火点
(℃) |
※1
油量(ml)
(g) |
※2
蒸発率(%)
蒸発量(g) |
自然分散
分散率(%)
分散油量(g) |
アラビアンライト
原油 |
0.8677 |
9.54
(30℃) |
- |
5ml
4.3385 |
39.0
1.6920 |
- |
C重油 |
0.9607 |
250> |
70< |
5ml
4.8035 |
- |
1.31※3
0.0628 |
通常型
分散剤 |
0.8±0.01 |
3.9 |
124 |
- |
- |
- |
S-7
分散剤 |
0.9±0.1 |
25±15 |
80±20 |
- |
48.0
0.0486 |
- |
※1油量(g)=密度(g/cc)×油量(cc)
※2蒸発試験で使用した原油油量は5ml、S-7分散剤量は0.1mlである
※3本試験法で実施したC重油(5ml)のみの自然分散油分量