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IV. 中間宿主貝の採集
 メコン住血吸虫症を媒介するのは、水中に生息する体長5mmにも満たない巻貝 Neotricula aperta である。この貝は、岩場に繁茂した珪藻類を餌として生息するため、川底が岩場で覆われたメコン川の上流地域には分布がみられるが、川底が砂地となっているメコン川の下流域では、その姿を見い出すことはできない。そして、メコン住血吸虫症の分布域は、中間宿主貝の生息域と一致することが、これまでの調査で明らかになってきた。
 我々がおこなっている住血吸虫症の血清検査は、住血吸虫の虫卵から作製した抗原を用いて特異抗体を検出するものである。メコン住血吸虫症の診断には、本来ならメコン住血吸虫の虫卵抗原を用いるべきであるが、現在はメコン住血吸虫の近縁種である日本住血吸虫の虫卵抗原を代用している。これは、中間宿主貝の長期にわたる飼育が困難であるために、メコン住血吸虫そのものの維持・継代も難しく、抗原作製用の虫卵材料が入手できないことによる。両種の住血吸虫卵は、ある程度の共通抗原性を示すことを確認したが、メコン住血吸虫症患者の血清検体の中には、日本住血吸虫の虫卵抗原には強い反応を示さない例も存在することがこれまでの血清検査結果から明らかとなっている。このことは、血清疫学調査において流行の程度が実際よりも低く評価される懸念があることを示しており、早急に改善されるべき課題となっている。
 そこで今回の調査では、メコン住血吸虫を実験室内で継代・維持することによって、大量の虫卵抗原材料を得ることを目的として、メコン住血吸虫の中間宿主貝の採集をおこなった。この貝は川底の岩に貼り着くようにして生息していることから、メコン川の水位が高い時期には採集が不可能となる。このため、今回の調査の日程を、メコン川の水位が年間を通して最も低い時期に調整していただいた。
 これまでの調査により、クラチェ省のKampiおよびKrokorでは、中間宿主貝が高い密度で生息していることを確認していたので、貝の採集はこれらの2地点でおこなった。Kampiでは、目的の中間宿主貝N. aperta に混じって他種の貝も多数生息しており、採集にあたって若干の障害となったが、Krokorでは、中間宿主貝が純培養したかのように高密度で生息しており、多数の貝を比較的容易に採集することが出来た。最終的に、合計300匹を超える数の中間宿主貝を得た。これらの貝は、獨協医科大学・熱帯病寄生虫学教室に持ち帰り、メコン住血吸虫を感染させて、人体に感染する発育期にあたる幼虫(セルカリア)の游出を試みた。その結果、感染貝から多数のセルカリアが游出し、これまでに合計25匹のマウスに感染させることができた。今後、これらの感染マウスからは、血清診断に必要な虫卵抗原用の材料が得られる予定である。なお、感染に用いたメコン住血吸虫は、タイ国・マヒドン大学のDr. Viroj Kitikoonの好意により分与されたものである。ここに記して、感謝の意を表したい。








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