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III. 小学校児童を対象とした血清疫学調査
 我々は、カンボジア国内のメコン川沿岸地域におけるメコン住血吸虫症の流行状況を把握することを目的に、1996年度の調査開始以来、小学校児童を対象とした血清疫学調査を継続しておこなっている。メコン住血吸虫症患者では、糞便中に排出される虫卵数が、蛔虫症など他の消化管内寄生性蠕虫症と比べて少ないうえに、その排出が不定期であることから、検便による検査のみでは感染者を見落とす例も稀ではない。これに対して、被検血清中の特異抗体価を検出する血清診断法は、感度・特異性の点で非常に優れており、流行の程度が低い地域でも患者の検出が可能である。これまでの調査の結果から、カンボジア国内におけるメコン住血吸虫症は、メコン川上流域に位置するスタントレン省およびクラチェ省には、高度の流行地が存在し、メコン川を南下するのに従って、特異抗体価の陽性率が漸減することが明らかになってきた。さらに、この血清疫学調査の結果は、中間宿主貝の分布状況と極めて良く一致することを確認した。メコン川の下流部に位置するカンポンチャム省では、メコン住血吸虫症を媒介する中間宿主貝の生息が確認されていないことから、メコン川流域におけるメコン住血吸虫症流行地の南限は同省内に存在すると予測しているが、昨年度までの調査では、その決定には至っていない。そこで今回の血清疫学調査では、メコン住血吸虫症流行地の南限決定を重点目標とした。
 今年度の調査では、クラチェ省の3村落(Sambok,AchenおよびTalous)およびカンポンチャム省の2村落(Kor KorおよびRokar Koy)の小学校児童から採血をおこなった。これら5つの村落は、いずれもメコン川沿いにあり、Kor KorおよびRokar Koyは、これまでの調査地点の中で最も下流に位置する。血清検査は、以下の手順でおこなった。カンボジア・国立マラリアセンターおよび各省衛生部スタッフの協力のもとで、各村落の児童から採血をおこない、その血清を各省のProvincial Health Office の検査室で分離した。この血清検体を獨協医科大学・熱帯病寄生虫学教室に持ち帰り、日本住血吸虫の虫卵抗原を用いた酵素抗体法(ELlSA法)により特異抗体価(IgGクラス)を測定した。陰性対象として、獨協医科大学の学生ボランティアから採取した血清を用いた。
 各村落における抗体陽性率は、Sambok:47.3%(71/150)、Achen:37.1%(63/170)、Talous:35.2%(45/128)、Kor Kor:2.7%(3/110)、Rokar Koy:8.1%(11/135)となった。Kor Korは、昨年度までの調査地点の中では最下流にあったTa Meangの6km下流にあり、Rokar Koyは、さらにその6km下流に位置する。検査の結果、事前の予測に反してこれら2つの村落でも特異抗体陽性者が少数ながら検出され、メコン住血吸虫流行地域の南限を決定するには至らなかった。
 Talousは、クラチェ省内でもメコン住血吸虫症の流行程度が比較的低い同省の南部地域にあり、これまでメコン住血吸虫の調査が行われていなかった村落であるが、血清疫学調査で陽性者が検出されたことを受けて、国立マラリアセンターのスタッフにより、住民を対象とする集団糞便検査が初めて実施された。その結果、メコン住血吸虫の虫卵陽性者が検出され、Talousにもメコン住血吸虫感染者が存在することが確認された。これは、住血吸虫症の疫学調査における血清検査の有用性を示す好例である。
 血清疫学調査は、小学校児童を対象にして実施されているが、採血に先立ち、国立マラリアセンターのスタッフから住血吸虫症についての説明がおこなわれており、このことが児童への衛生教育の絶好の機会となっている。説明に当たっては、低学年の児童にも理解しやすい様に、ポスターなどの教材を使用するといった工夫がなされている。メコン住血吸虫症を含む感染症は、自然環境やその中に生きる人々の生活習慣の中に組み込まれて存在している場合が多い。そこに疾病根絶の難しさがあるわけだが、このことは同時に、日常生活の改善が疾病予防に大きな効果をもたらし得ることを示している。メコン住血吸虫症のコントロールにおいても、衛生教育活動は極めて重要であることから、今後はビデオなど児童の関心を惹き付ける教材を積極的に活用し、衛生思想の普及にも努めていく必要がある。








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