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I. まとめ
 2001年度におけるカンボジア王国・メコン川流域のメコン住血吸虫症対策援助計画には、5月1日から5月13日までの期間、松田肇と松本淳の2名が派遣された。本年度の活動では、次の2点を主な目的とした。ひとつは、1996年に開始した血清疫学調査を継続して実施し、カンボジア国内のメコン川流域におけるメコン住血吸虫症の流行状況の全体像を把握することであり、もうひとつは、メコン住血吸虫の中間宿主貝を採集して獨協医科大学・熱帯病寄生虫学教室へ持ち帰ることである。この貝は、メコン住血吸虫を継代・維持して、血清検査用虫体抗原を作製するために不可欠である。
 血清疫学調査では、クラチェ省の3村落およびカンポンチャム省の2村落の小学校児童から採血をおこない、分離した血清を検体として、住血吸虫の虫卵抗原を用いたELISA法により特異抗体価を測定した。各村落における抗体陽性率は、Sambok:47.3%(71/150)、Achen:37.1%(63/170)、Talous:35.2%(45/128)(以上3村落はクラチェ省)、Kor Kor:2.7%(3/110)、Rokar Koy:8.1%(11/135)(以上2村落はカンポンチャム省)となった。カンボジア国内では、中間宿主貝の生息に適したメコン川の上流域にメコン住血吸虫症の高度流行地域が存在し、川を南下するに従って抗体陽性率が漸減することが、これまでの調査で明らかになっている。そこで、血清疫学調査においては、抗体陽性者の存否を分ける境界の決定を、重点目標に定めている。今回は、これまでの調査地点のうち最下流域に位置するKor KorおよびRokar Koyにおいても抗体陽性者が検出されたことから、抗体陽性者分布の南限の決定は次回以降の調査における課題として残された。なお、Talousではこれまで住血吸虫症の報告がなかったが、血清疫学調査の結果をもとに集団糞便検査がおこなわれた結果、虫卵陽性者が発見された。感度の高い血清検査によって、未確認の流行地が発見された好例として、特記しておきたい。また、その後に実施されたCNMによる集団検便の結果、クラチェ省とスタントレン省におけるメコン住血吸虫症流行地住民の感染率は1O%以下に止まり、いくつかの村ではO%に達し、プラジカンテルによる集団駆虫は目に見えて効果が現れている。
 中間宿主貝の採集は、クラチェ省のKampiおよびKor korの2地点でおこなった。今回の調査は雨期に入る直前に実施されたため、メコン川の水位は年間を通して最も低い時期に当たり、川底の石に付着して生息するこの貝の採集には最適の時期であった。いずれの採集地点においても、中間宿主貝が高密度で生息しているのが確認され、合計300匹以上の中間宿主貝を採集することが出来た。これらの貝は、獨協医科大学に持ち帰ったのちメコン住血吸虫(タイ国・マヒドン大学熱帯医学部Viroj Kitikoon博士のご厚意による)を感染させ、現在も飼育中である。中間宿主貝から感染期幼虫(セルカリア)が得られ、マウスに感染させることで、血清疫学調査に供する虫体抗原の収集が可能となった。過去数年間に亘る腹部超音波画像の解析では、メコン住血吸虫症では日本やフィリピンにおける日本住血吸虫症でみられるような典型的な魚鱗状パターンが認められていない。この所見は臨床的にも、両種間で病態発現に差異を示唆する知見であり、今後の超音波診断の基準作製に大きく貢献することと思われる。また、実験的に感染させた両種住血吸虫マウスにおける肝や腸管での病理組織学的検討では、両種における病態発現に大きな差異を認め、ヒトにおける超音波画像上の相違を反映するものと推測され、極めて興味深い。
 今後のメコン住血吸虫症対策援助活動においては、野外における新しい迅速診断法の開発、保虫宿主動物に関する調査、血清疫学調査を継続してメコン川流域における本症流行地の南限を決定する、メコン住血吸虫症の浸淫地の分布範囲を特定し、対策の評価・モニタリングできるシステムをつくる、などが挙げられる。また、メコン住血吸虫症の超音波診断基準をWHO・WPROと協力して作製し、morbidity study への応用を図る、などを目指したい。








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