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2 津軽海峡沿岸におけるムダマハギ型漁船の概要
(1)ムダマ八ギの分類と分布
 津軽海峡沿岸の漁浦では、現在でも多くの小型木造漁船が稼働している。これらの多くは、一人から三人乗りの小型船で主に磯漁に使用されている。これらは構造面から2種類に大別することができる。そのひとつは、シキにシタダナを接合しそれにウワダナを取り付けたいわゆる板合わせ構造の船で、シキを中心にして、左右4枚の棚板があることからこの構造をシマイハギ(四枚接ぎ)と称する。ハグとは船材を接ぎ合わせることで、船をハグとは造船を意味する。
 またひとつは船底部に(シキとシタダナの部分)に刳り抜き材を使用しこれに、タナイタを接合した構造の船で、船底部の刳り抜き材をムダマ(モダマ)と称することから、この構造をムダマハギと称する。ムダマは「無棚」と漢字を当て棚板の無い船と説明される。
 ムダマハギと同様な構造としてはこれまで北陸地方のドブネ、山陰地方のソリコ、モロタ、トモドなどにみられるオモキ造りがよく知られている。オモキとは船底の両側に使用する刳材のことで、オモキ造りは刳船から板合わせの構造船にいたる過渡的な段階の船と考えられている。またこれらに類する構造の船は西南日本をはじめ各地に見ることができ、マルキブネと称する船の中にはムダマハギやオモキ造りと同様の構造の場合がみられる。
 ムダマハギの分布は青森県をはじめ秋田県北部、岩手県北部、および北海道に及ぶが、ムダマの構成や船体の形態、船名等は一様ではない。(図2・3)
 Aはムダマにタナイタを1枚接合した構造で、ムダマハギとしてもっとも一般的な構造である。地域分類では秋田県北部、津軽海峡沿岸の地方に分布しており、地域的にも最も広範囲に分布している。このムダマは、一部の極小型の船を別にすれば、一木で構成することはなく、複数の材を接合して構成する。左右二本のムダマ材を中心線で接合するのが一般的で、こうして作られるムダマをチョウアワセという。またムダマの中心線に補助材を入れ、3本で構成する場合は、中心に入れる補助材をナカチョウまたは単にチョウといい、この場合船首から船尾まで突き抜ける場合と、中央の不足部分にだけ挿入する場合がある。また、チョウを何本も入れることがあるが、ハタハタ漁用のマルキやチャッカといった大型船に限られる。ただ、分類Cにおける三厩村のイソブネには、複数のチョウを挿入することが多い。
 
図1 船体断面模式図
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左から ムダマハギ 4枚ハギ オモキ造り
 
図2 ムダマハギ型漁船断面構造分類図
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図3 ムダマハギ型漁船断面構造分布図
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 ムダマの木取り法として一般的なのはセナカアワセ(背中合わせ)と呼ばれる技法である。これは、1本の原木を中心で挽き割って、左右2本のムダマを取る方法である。左右のムダマが背中合わせに作られることからこの名前がある。原木の太さが足りない時には2本の原木から、左右のムダマに分けて取る方法が行われた。下北半島東部地域のムダマハギ型漁船は、小型で船幅も狭いため、1本の原木を中央で木挽きし、2隻分のムダマ材を得る方法が行われる。その際、材の幅が少し足りない場合が多いので、両端に補助材を接合している。
 Bは秋田県北部・青森県西海岸地方のなかで、特に青森県側に多い構造で、シキにシタダナ、ウワダナが備わったシマイハギ構造であるが、シキとシタダナは水平に接合され、ヒラタハギとも称される。また、シキの中心線には溝が掘られており、この溝、またはシキそのものを「ムダマ」とも称している。構造的には、ムダマハギの要素が少なく、ほとんどシマイハギ構造に変化しているが、シキの部分にムダマの名残を残している。
 Cは津軽半島西北部のイソブネの断面構造である。ムダマにタナイタを2枚接合しているのが特徴で、一見シマイハギの印象を受ける。この地域のムダマは、Aタイプと全く同様の構成、木取り法を行うが、ナカチョウの部分を4,5枚の材を組み合わせて構成する場合が多い。
 Dは岩手県久慈市から青森県三沢市にかけて分布するカッコに見られるもので、ムダマにハラキと称する補助材を接合しこれにタナイタを1枚接合した構造で、ムダマとハラキが一体化しているのがB・Cと異なる点である。また、船体の断面構造でA・B・Cと異なるのはアバラの代わりにフナバリと補強用のマズラを装着するのが特徴である。フナバリとマズラは、棚構造の和船に一般的な構造で、Dタイプは、この影響を強く受けていると考えられる。
 ムダマハギからシマイハギヘの移行は、各地域で行われているが、津軽海峡沿岸地域の、津軽半島東北部のバッテラ、下北半島西部の東よりの地域と、渡島半島南部地域のイソブネに多い。これに対し、津軽半島西北部のイソブネや、青森県東南部から岩手県北部のカッコは、シマイハギヘの移行があまり見られない。これは、それぞれの船型が、津軽海峡地域のムダマハギ型漁船から、独特の変化を果たした結果と考えられる。
 津軽半島と下北半島に囲まれた陸奥湾内では、早期にムダマハギが姿を消している。この地域は、昭和40年代に入ると、ホタテガイの養殖が急速に普及し、それとともに木造船からFRP船への転換が進んだ地域である。また、湾内では一部を除いて、磯漁はあまり行われていない。これも、現在ムダマハギをはじめとする小型木造漁船が、ほとんど見られない理由と考えられる。
(2)ムダマの材質
 ムダマには、カツラ、ブナ、ヒバ、スギ、セン、ハンノキ、マツなどさまざまな樹種が用いられた。地域によって好まれる材に違いが見られる。津軽半島沿岸地域では、下北半島西部と東部、渡島半島南部で、カツラが軽く水切りが良いので最も好まれる。しかし、実際には下北半島西部・東部地域の南部では、入手しやすいブナが最も多く、セン、ハンノキ、ヒバ、スギなども用いられる。下北半島東部地域の北部はほとんどがスギで、渡島半島南部ではカツラが最も良いとされるが、ほとんどがスギを用いている。津軽半島の西北部と東北部地域では、腐りにくいとしてヒバが好まれ、西北部地域ではタナイタにも使用される。秋田県北部地方では、スギが主で、カツラも使用される。青森県東南部・岩手県北部に分布するカッコに使用するムダマはカツラ、イタヤ、マツが使われたが、昭和8年の三陸大津波以後はムダマにブナを使用するようになった。ムダマに接合するハラキはその後もマツが用いられている。
 ムダマに接合するタナイタ(カイグともいう)は、津軽半島でヒバを使用する場合が見られる以外、通常はいずれの地域もスギを用いている。
(3)船体装飾とイタミヨシ
 船体の装飾は、収集したムダマハギ型漁船では、ほとんど装飾のないものと、船首、船尾に装飾をほどこすものに大別される。装飾をほどこす漁船について、特徴的なものを整理してみると図4に示すように、5つのタイプに区分される。(1)と(2)は青森県西海岸地方のイソブネと青森県下北半島東岸にみられるタイプで、トモの化粧板に千鳥を描く。(2)から(4)は津軽海峡沿岸の下北半島東部、津軽半島東北部、下北半島西部に見られるタイプで、船首部分に波模様をいれ、ミヨシと船首のコベリ部分に墨入れしている。(3)から(5)は津軽半島東北部、下北半島西部、渡島半島南部地域に見られるタイプで、船尾の化粧板にカラクサが描かれている。このカラクサは、簡略化されたもので、大型船のカラクサはこれに、ボタンや亀などが描かれる。このカラクサの帯状のものはタンザクといい、盛り上がった部分をヤマという。ヤマは波を表現したものであるが、(4)と(5)のタイプが、上に盛り上がっているのに対し、(3)では尖ったかたちになっている。これをカラスという。
 これまでは、船体装飾に関して、十分な調査を行っていなかった。しかし、船体構造や船形、船体寸法などが変化しても、装飾の意匠は保存される可能性が高いので、比較対照の要素として有効であると考える。
 また、これまで触れてこなかったことであるが、ミヨシの形態についても、若干の指摘を行っておきたい。ムダマハギ型漁船のミヨシには、普通のミヨシとイタミヨシの2種類がある。イタミヨシとは、その名の通り、ミヨシの幅に対し、厚さの薄いミヨシで、側面から見ると、ミヨシがタナイタにかくれて見えないという特徴がある。具体的には、秋田県北部のマルキ、イソブネ、津軽半島東北部のバッテラ、下北半島西部と西部のイソブネ、渡島半島南部のイソブネ、青森県東南部・岩手県北部のカッコがイタミヨシ構造である。この構造は、秋田県北部のマルキ、イソブネに見られる、幅広のミヨシが変化し、今日のようなイタミヨシになったものと考えられる。マルキやイソブネと同様の、ムダマハギ型漁船が、各地に存在していたことがそれを示している。
(4)推進具と操船方法
 資料の収集時には、ほとんどの船が船外機を装着できるように改造を施したり、船外機の使用を前提にした造船を行っていた。船外機を使用する以前は、漁場への往復は帆走した。
 クルマガイとムダマの分布域はほぼ同一である。クルマガイは進行方向に向かって座り、オール上のカイをもって、胸元で廻すように漕ぐことからこの名がある。ムダマハギの分布地域外でクルマガイが使用される例も見られるが、秋田県本荘市松ヶ崎の場合のように、ニシン場への出稼ぎに伴って導入されたもので、伝統的に使用されてきたものではない。
 津軽半島東北部地域、津軽海峡沿岸地域は推進具としてクルマガイが主体の地域である。秋田県北部・青森県西海岸、青森県津軽半島西北部、および青森県東南部・岩手県北部はクルマガイとともに櫓を使用する。秋田県北部のハタハタ漁に用いるマルキは、カイを使用している。
 磯漁は通常一人で操業する。その際、漁場での操船は、先に述べたクルマガイを使用する地域では、オモテ(船首より)の右舷から身を乗り出して作業する。その際、足でクルマガイを操作し船を移動する。秋田県北部・青森県西海岸、津軽半島西北部では、操業時にはトモ(船尾より)の左舷で、ネリガイを使って操船する。
 2名で操業する場合には、操船する係りが、クルマガイ、あるいは櫓を押して船を操作する。津軽半島西北部や青森県東南部・岩手県北部では、トモで櫓を扱い、オモテの右舷で作業するトリテの指示で船を動かす。津軽半島東北部、下北半島西部、渡島半島南部では、操船する係りがドノマでクルマガイを操作し、オモテの右舷で作業するトリテの指示で船を動かす。いずれの場合も操船の係りや作業の方法をトモドリというが、下北半島西部では、こうした作業方法を特にカイアワセと称している。
 コンブ漁の場合は、クルマガイは使用せず、トモの左舷でネリガイを立って操作し(タチガイという)、コンブのトリテは同じく左舷側で作業する。
 
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図4 ムダマハギ型漁船船体装飾図








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