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スポーツ好きの子どもを増やすにはどうしたらよいのか
 私は先日、「加古川ツーデーマーチ」というイベントに行ってみたのです。これは「歩く」イベントでして、多くの子どもたちが参加していました。友達と一緒に、けっこう楽しそうに歩いていましたね。
 そこで、木村先生におうかがいしたいのですが、子どもを歩き好きにするには、どういう動機づけが考えられるのか。また、金閣小学校の調査から、歩数の多い子は歩くことが好きなのか、そういう子はスポーツ好きになるのかどうか、という点です。
木村 先程言い忘れたのですが、現在、(日本の小学生の平均では)男子で1万3千歩、女子で1万1千歩。土日で学校が休みになると、女子は1万歩を切っています。こんなところから、「子どもの1万歩はいいのではないか、1万歩も歩いたら」ということになるのですが、昭和60年に、宮崎県の椎葉村と東京都で小学校5、6年生の歩数の調査がされているのです。その時に、椎葉村はどのくらいだったと思われます? 3万歩です。東京都の都心の子どもたちも2万歩でした。

大人が奪った「動く」機会
 
 今から約15年前に、名古屋の大学のグループが調査された小学校5、6年生は、今の金閣の子どもと同じくらいです。だから、ここ10年くらいで、子どもたちが全然動かなくなっているのです。金閣の調査は現在も継続していて、一方で先頃、宮城県の山の中にある小学校で子どもたちの歩数調査をしました。その学校の子どもたちは1万歩を超えませんでした。なぜかというと、送り迎えが全部車なのです。それは安全性という面もあるのでしょうが、子どもたちの「動く」という場面を、全部大人が奪ってしまっているとも思えるのです。
 質問の答えには、まるでならないのですが、たとえば歩数を増やすためにはノー・カー・デーを設けるとか、学校に提案してみようかと思います。実際、アメリカではそういう日が設けられていて、親も通学のときに「一緒に歩こう運動」(Walk to School Day-USA)をしています。子どもたちの肥満をできるだけ減らそうとして、こうした運動が広がっているのです。
 子どもを歩き好きにするには? というご質問でしたね。やはり、アウトドアスポーツを楽しいと思わないと、なかなか歩くことが好きになれないんじゃないでしょうか。
山口 楽しいと感じなければ、なかなか行動には移せません。継続もしないということですね。アウトドアスポーツでよい出会いをしたり、歩く楽しみを発見させるというのも大人の役目かも知れません。
 それにしても、歩数調査を通じて、ますます地域格差といいますか、環境による格差が広がりそうな感じがします。
木村 私の話が少し異質だと感じられているかも知れません。実は、私が生まれ育ったのは長野県の八ヶ岳山麓で、学校までの距離は4〜5キロ、特に中学校へは標高1200メートルから1000メートルの道のりを、毎日通学していました。今の金閣の子どもたちのような生活です。4、5年前、故郷に帰ってみると、中学校へは親が車で送り迎えをしているのです。親は野良に出ていてもいつ携帯電話が鳴るか、子どもから呼び出しが来るかと思って、携帯電話をポケットから離さないでいます。これはやはり異常事態ではないでしょうか。その一方で、スポーツをしない子が増えていると言って嘆くのは本末転倒だという気がします。
 現代の子どもたちは日常の生活レベルの活動量が低下している上に更にスポーツをしない子が圧倒的に多いのが実態です。高齢者の体力測定で元気なお年寄りを目の前にすると最近は、今の子どもがまず年寄りになれるのか、というくらい心配してしまうのです。
山口 ありがとうございました。さて、倉俣さんはNATA、全米アスレチックトレーナーズ協会の公認トレーナーでいらっしゃるわけですが、かつては成長期にある子どもたちには、筋カトレーニングやウエートトレーニングはしないほうがいいという定説があったかのように記憶しています。そのあたりのところも含めて、もう少し具体的にお話しいただけますか。
倉俣 先日も、ある週刊誌のインタビューで、筋カトレーニングをすると筋肉が硬くなるとか、あるいは、成長期に筋カトレーニングをすると背が伸びなくなる、といった話が質問で出ました。これはみなさんにも申し上げておきたいのですが、やはりナンセンスと言わざるを得ません。
 思い出してみてください。私たちが中学生の頃、部活に所属していまして、雨の日に何をやったか。同級生を背負って階段を上り下りしませんでしたか? 自分の体重プラスアルファの負荷をかけて、腕立て伏せをしたり、あるいは腹筋をしたり、という経験を誰しもお持ちのはずです。
スポーツ界の定説の落とし穴
 
 私が中学生に教えているのは、基本的なウエートトレーニングの方法です。そしてその目的は、たとえばスクワットのような運動は日常生活の中でやっているわけです。ただ、運動効果が最も上がるのはやはり高校に入ってから、15歳を過ぎたあたりからです。中学生の頃から正しいフォームを身につけ、さらに何のためにやるのかという動機づけを事前にすませておくためです。
 高校1年生という時期は、中3から半年間、受験で体がなまっているわけです。そんな子どもたちに、いきなりボールを投げさせる、いきなりグランドを何十周もさせる。スポーツ障害の引き金を引くようなものです。しかし、中学3年の終わりの半年間、受験勉強の合間にも体力のバランスを維持できれば、まったく違った状態で4月のスタートが切れるのです。
 具体的に、ということですので、実際に何をしているかをお話しします。腕立て伏せの代わりに、自分の体重より軽いベンチプレス。人を担いでスクワットをするのではなく、20〜30kgのバーを担いで、正しいフォームで大臀(だいでん)筋、大腿四頭筋を刺激する。特に野球では、膝上から胸の下までの前側の筋肉と後ろ側の筋肉がパワーゾーンといわれ、そこを徹底的に鍛えます。このパワーゾーンは野球にのみ有効なのではなく、サッカーでもバスケットでも陸上でも、大成する選手には必要な筋肉です。
山口 負荷を少し軽めにする、それだけでいいのですか。
倉俣 ひとり一人の状態に合わせて負荷を設定しますから、先生やみなさんが心配されているようなことは起こりません。
山口 わかりました。これでひと安心です(笑)。
 次に中塚さんにお尋ねしたいのですが、DUOリーグを創設されてから、どんどん新しい試みを続けておられます。フットサルのチームを作られたり、レジャー志向と競技志向の二分化を進められたりと、かなり精力的です。そこで質問なのですが、一つは、小泉首相の言う抵抗勢力ではないですけれど、そういう障壁のようなものはなかったのでしょうか? もう一つは、新たな仕組みに、生徒をうまく引っ張り込むといいますか、かかわらせているという感じがします。そこに何か秘訣のようなものがありましたら、教えていただきたいのですが。
中塚 私も試行錯誤の連続なので、ここでお話ししたのはうまくいった部分の話で、うまくいかない部分、いかなかった部分も当然いっぱいあるわけです。たとえば、今日はお話しできませんでしたが、筑波大学附属高校サッカー部の仕組み改革というのも、実はありました。
基本は「子どもの声」に耳を傾けること
 
 いま山口先生のご指摘にあった二分化ですが、競技志向がサッカー部門で、プレイ志向がフットサル部門というかたちにしてみたわけです。なぜそういうことを始めたかといえば、一つは、生徒たちからそういう話が出てきたのです。
 従来、サッカー部というのは、うちの部もそうだったのですが、部としては競技志向ですが、実際にはプレイ志向の子どもたちもいるわけです。そういう子どもたちは入部してから「違うな」と感じるわけです。ストレスを溜めながら部に留まる子もいるし、退部する子もいる。彼らの相談に乗ることも顧問の仕事です。学校現場の部活の顧問というのは、本当はグラウンドでサッカーの指導をしたいのですが、そういう相談事で忙殺されているのが現状です。
 ある時、競技志向についていけないと退部の相談に来た生徒から、「フットサルの同好会をつくりたい」という話が飛び出しました。私はその時こんなふうに言ったのです。「おまえは新しい団体をつくりたいのかもしれないが、結局、ボールを蹴ることが好きなんだろう。それなら仲間じゃないか」と。いろいろ議論した結果、サッカー好きの集団であるサッカークラブの中に、DUOリーグにも参加する競技志向のアスリート部門とプレイ志向のフットサル部門、そして現在は女子部門までできたという経緯があります。
 子どもたちを引っ張り込む秘訣というのは、正直に言ってわかりません。ただ、生徒たちの話を聞いている時、要所要所で彼らと問題を共有できる部分があって、こちらが持っている引き出しの中から、「こんなふうにしたらいいんじゃないの」というアドバイスをほんの少し与えると、生徒のほうが面白がって話に飛びついてくるということがけっこうあります(笑)。
山口 ありがとうございました。かつての少年スポーツを見ていますと、試合が終わったとき、負けたら指導者が難しい顔をして、滔滔(とうとう)と生徒に説教をするシーンばかりでした。生徒もうなだれたまま、「はい」「はい」と答えるだけ。考えてみれば、子どもの声を聞くということはあまりなかったのではないかと思います。彼らの声に耳を傾ける、子どもの意見に耳を貸すということが、彼らの自主性・主体性を育てるうえで重要なことなのかもしれません。
中塚 それに、私自身もかなり面白がっているのです。このDUOリーグの展開とか、このサッカークラブという考えが今後どうなっていくのか。こちらも彼らと一緒に作っているという姿勢がありますから、生徒たちも乗ってくるのではないかと思っています。

山口 指導者自身も楽しむというところがまた魅力かと思います。もう1点だけ、お二人の共通の話題で、シーズン制のスポーツというのがあったかと思います。具体的なシーズンの設定、スポーツ選択、さらに子どもたちへの動機づけをどのように行うのか、そのあたりのお話をうかがえればと思います。
中塚 シーズン制を、理念としては掲げているのですが、やはり仕組みがないとうまく機能しないと思います。そういう意味で、リーグの活動期間をシーズンとし、それを何年間か継続することで、DUOリーグにかかわっている人たちには、シーズンとは何かが割とはっきりしてきました。
 たとえば1月から3月まではリーグがないので、オフシーズン〜プレシーズンと捉え、トレーニング期間という位置づけが定着しています。本当は、その期間をほかのスポーツに関われる機会にしたいと思いますが、まだ他のスポーツ種目では敷居がけっこう高くて、なかなか実現できない一面があります。倉俣さんの活動を参考にしながら、今後に期待をつなげたいと思っています。
山口 予定の時間がやって来ました。ここで簡単に今日のまとめをしたいと思います。それから、パネリストのみなさんには、最後に一言だけコメントをお願いしたいと思います。








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