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科学的トレーニングと複合スポーツの必要性
倉俣 私の場合、最初から小学生の総合シーズン制のスポーツを考えていたわけではなくて、試行錯誤を重ねてみて、たどり着いたらここに行き着いたというのが正直な感想です。私自身、大学まで野球をやっていて、またプロ野球に携わっている以上、指導者としてもナンバーワンのシステムを知らないとダメだという発想があり、アメリカで見聞きしたことを自分なりに整理していくと、今のシステムに辿り着いたとも言えます。
 たとえば日本とアメリカの野球はどういう点で違っているか、をデータで示してみましょう。シカゴカブスのサミー・ソーサ選手は、身長180cm、体重95キロですが、50メートルを5秒8くらいで走る身体能力を備えています。日本の野球選手は、体重が90kg以上あると大体クリーンアップに居座るわけですが、50メートル走ではせいぜい6秒5くらいの身体能力しかありません。それだけのスピードの差が生じている。こと野球に関して、この差を埋めるには若い世代から基本的な体づくりを始めることしかない、と思ったのです。

5年間で証明されたウエイトトレーニングの効果
 
 97年に、私は自宅をトレーニングジムに改造し、マシンを10台くらい入れまして、中・高生にウエートトレーニングを中心としたアメリカ式の筋カトレーニングの指導を始めました。
 その目的は、先程、山口先生から問題提起された「スポーツ障害」から起こるケガの防止という側面もありました。当時、中・高校生たちの「野球ひじ」、「野球肩」といった問題を目の当たりにして、何としても可能性のある子どもたちが、ケガを理由に好きなスポーツから離れざるを得ない環境は、改善されるべきだと考えたのです。
 効果は歴然としていました。一言で言いますと、野球のうまい――投げ方も、打ち方も、捕り方も上手な子どもは、成長期のある時期、中学2年生くらいからウエートトレーニングを始めていくと、群馬県のどんな野球名門高校に進んでも、1年生の夏の大会の時点では、もうユニフォームも背番号ももらってベンチ入りしていました。これは、過去5年間の実例として申し上げることができます。
 逆に、それが現在のクラブを立ち上げるきっかけにもなったのですが、中学の時点で野球の下手な子――投げ方、打ち方、捕り方に癖がある子は、ウエートトレーニングをやり、仮にスポーツテストで1級を獲れる能力があっても、高校に入ってなかなかレギュラーとして通用しないこともわかってきました。では技術の上手下手はいつごろ決定されるのか、おそらく小学生のときではないのか。そういう仮説を立てまして、小学生を対象として、シーズン制で複合スポーツに取り組む「高崎キッズベースボールクラブ」を2001年5月に発足しました。
 話は前後しますが、アメリカでは、生徒数や施設の規模にかかわらず、すべての学校にマシンあるいはフリーウエートの施設があって、中・高校生の時期から、ウエートトレーニングを先生の指導のもとで行っています。しかも、アイシングの技術までもが導入されていました。中学校・高校ではスポーツトレーナーが正式な教員として採用され、生徒がスポーツでケガをする、あるいはケガをしないための体制が徹底されているのです。
 また、こんな場面にも感心させられました。98年の日米野球のときです。全米チームのスタッフとして入っていた私は、ロッカールームに小さな子どもたちがいるのを見て驚きました。ワールドシリーズの優勝に貢献したカート・シリングという選手が、アメリカからわざわざ自分の子どもたちを連れてきていたのです。大リーグの選手たちのあいだでは、日常的な光景で、子どもをロッカールームまで入れてやり、幼い頃からその雰囲気を味わわせるのだそうです。ただ、日本まで連れてくるとは思いませんでした(笑)。
 日本の場合だと、小学生は小学校のグラウンドで野球をやる。中学生は中学のグラウンドで部活としての野球をやる。高校も高校のグラウンドで部活をやっています。同じ野球をやっているのですが、そこに縦のつながりがないのです。アメリカの場合は、自分の姿を子どもに見せることによって、野球というスポーツにある縦の世界を積極的に伝えようとしているのをひしひしと感じて、とてもうらやましく思ったものです。
 繰り返しになりますが、「高崎キッズ」の狙いは、野球漬けから起こるスポーツ障害を予防したい。野球というのは右投げ、右打ちで始まると一生そのままですから、どこかでバランスが欠け、必ず障害が起こります。それを防ぐには、小さな頃からバランスの取れた体づくりをしていけばいいのです。それから、よく耳にするのが、「中学校へ行ったらもう野球はやめた」、あるいは「高校へ行ったらもう野球はやらない」。勝利至上主義という言葉がありますが、途中でもう燃え尽きてしまう子どもたちも多いのです。それを何とか予防したい。最終的には、10年後を見据えた指導を行い、トップレベルのアメリカに肉薄したいという考えがあります。
小学生のスポーツ環境にシーズン制を導入
 
 理論的な裏付けを一つご紹介しておきます。みなさんもスキャモの発育発達曲線というのはご存じかと思いますが、それを私なりにアレンジしまして、地域の父兄に紹介している資料があります(下図参照)。英語の上達が早い、一輪車を短期間で操れるようになるのは、やはり小学校低学年の頃です。その時期を神経系成長1期というふうに紹介しています。
子どもの発育発達のリズム
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 次に小学校高学年から中学2年生くらいまでが、身長が急激に伸びる時期で、この時期は筋肉の発達よりも呼吸循環系の発達が盛んになると言われています。そこで、野球だけでなくて、バスケットやサッカー、あるいは水泳のような、持久能力を養成するスポーツが向いているのです。そして、筋肉がどんどん男の子らしくなっていく中学校高学年から高校にかけては、徹底したウエートトレーニングを導入する。こうした複合スポーツを導入できれば、システム的には非常にアメリカに近づいてくるのではないかと考えました。
 さらにシーズン制の導入です。野球は春から夏にかけてのみ。秋には専門のインストラクターを招いてサッカー。冬にはバスケットボールの専門家を呼んで指導を受けるという環境をつくっています。また、1年間を通じて行うスポーツとして陸上の専門家の方から、正しいフォームで走る指導を行ってもらう一方、柔軟性を鍛えるという意味で、体操教室も定期的に採り入れています。
 指導方法としては、シーズンが季節ごとに変わりますので、できるだけ合理的にやりたい。そのためには、具体的に教える。ただ、「頑張れ」とか、「一生懸命やれ」と言うのではなくて、どうやればうまくなるのか見本を見せる。元巨人軍でプレーしていたレジー・スミスさんはシドニーオリンピックでのアメリカチームのバッティングコーチでした。たとえば彼に日本に来てもらったり、あるいはロサンゼルスに行って直接キャンプを体験する。実際に、3年連続して高崎の子どもたちをロサンゼルスのスポーツキャンプに連れて行って、アメリカの子どもたちと親善試合をしたり、大リーグのゲームを見せたりしています。
 それから、野球というスポーツは、現在ではアメリカを視野に入れないと、これからなかなか飯を食っていくのが難しい環境になっています。そこで立ちはだかるのが、語学です。小さい頃から、アメリカの子どもたちとの交流を、自分の一番好きなスポーツを通じてできれば、中・高校生になっても勉強のほうでも頑張れるのではないでしょうか。
 ところで、アメリカの子どもたちは勉強の成績が悪いと、いかに選手として優秀でも部活に参加させてもらえないシステムがあります。日本のスポーツ選手が引退したあと、アメリカと違って職業選択の幅が狭まってしまう原因はそのあたりにあるのかな、と不遜なことを感じています(笑)。
 まとめとして、「高崎キッズ」の活動によって期待できる効果としては、小・中学生を一緒に練習をさせることで学年を越えた人間関係が育成できうる。あるいは、高崎の場合ですと、プロ野球チームがありませんので、できるだけ最高の環境で練習をさせてあげたい。そのためには、名門高校がいくつかありますので、そういう高校のグラウンドを借りて練習し、縦の世界の雰囲気を味わわせてあげたい。そして、スポーツを通じて子どもたちの社会性を高めたいと思っております。









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