日本財団 図書館


歩かなくなった日本の子どもたち
木村 私は、子どもたちの身体活動量を調査しています。これは、さきほど山口先生のお話にもあった、子どもたちの体力低下が始まったこと。それに加えて、私は高齢者の体力調査を手がけておりまして、これまでに2万人近い方の体力を測ってわかったことは、寝たきりも問題になっていますが、けっこう日本のお年寄りは元気だということです。今の子どもたち、あるいは私たちがあのような元気な高齢者になれるのかどうか、疑問に思えてきたというのがもう一つの動機です。
 具体的にどうやって活動量を調べたかといいますと、歩数計を使用しました。メモリーが内蔵され、7日間の歩数と1日の総エネルギー消費量、それに運動による総消費熱量がわかるようになっています。これは加速度装置付きの歩数計といわれるものです。
 調査対象に選んだのは、京都市立金閣小学校の子どもたちです。市内にありながらも学校の周りが山に囲まれ、約6割の生徒が金閣寺の裏山を越えた原谷という地域から通っているという点に着目したからです。山道は険しく、1年生の調査結果では行きの下りに60分、帰りの上りには120分もかかっている児童がみられました。
 もう一つは京都市立大宅小学校で、こちらは比較的平坦な典型的な都市部地域を学区としています。最初は、通学距離が異なる学校で活動量を調べたらどうなるか、ということで両校の6年生を対象に調査を行い比較してみました。

活動量調査が教える肥満と歩数の関係
 
 さきほど、山口先生から肥満児が問題になっていると言われました。たとえばBMI(body mass index)という体格指数で肥満度を測った場合、それが24を超えると肥満の部類に入ります。統計値によると、小学校児童の5〜6%から対象によっては10%近くが肥満に該当すると言われています。しかし、私たちの調査の結果、金閣小学校の子どもには、ほとんど肥満がみられず、典型的な都市部の学校である大宅小学校には統計値に近い肥満傾向が認められました。
 そこで、子どもたちの活動量を比較しますと、歩数では、金閣小学校の男子で平均約2万1千歩、女子で1万7千歩でした。大宅小学校の場合は、男子で約1万6千歩、女子は約1万3千歩という結果になっています。歩数の多いグループ、少ないグループ、中間のグループに属する児童の割合を比較すると、当然ですが金閣小学校の場合、児童の多くが歩数の多いグループに属し、逆に大宅小学校のほうは、歩数の少ないグループに属する児童数が多いことがわかります。
 歩数の相違によって生活時間も異なっておりました。歩数との関連に最も大きな影響があったのは、通学に要する時間で、金閣は長く、大宅は相対的に短時間です。塾とか家庭学習については、歩数の少ないグループの方が多いグループより塾や家庭での滞在時間が多くなっていました。また、屋外での遊び時間は歩数ときれいに相関し、歩数の多いグループほど外遊びの時間が長いという結果がみられます。テレビゲームの時間にはあまり差はなく、ただ、圧倒的に男子が多くて女子が少ないという結果になっています。
 次に体育授業の有無で比較しました。大宅小学校の6年生は、男子で約5千歩程度、女子で約3千歩ほど、体育の授業がないと少なくなります。体育がある日は金閣小学校の児童の体育のない日と同程度の歩数を確保しています。通学距離の短い小学生では、体育がないと極端に歩数が減るということがわかります。
歩くだけでは解決しない子どもたちの体力事情
 
 金閣小学校の調査は1997年から始めており、最近1年生から6年生までの測定値が揃ったので学年別に解析し、これを京都市や全国の平均値と比較してみました。
 往復の通学時間は、先ほどは1年生の数値を挙げましたが、6年生ぐらいになると40分ほど減ってきます。生活時間は、全学年とも起床時刻が朝の7時、就寝時刻は1年生の平均が午後9時30分で、学年が進むにしたがって遅くなるという結果がみられます。その分、睡眠時間に影響していると言えます。
 次に体格指数ですが、金閣と京都市あるいは全国の平均を比べたところ、男女とも身長は変わらないのですが、体重が少ないという結果が出ました。京都市の子どもたちは全国平均に比べて圧倒的にスマートな子が多いのですが、それ以上にスマートな子が多かったのが金閣の特徴です。
 さて身体活動量です。どの学年も男子は2万歩近い歩数を確保していますし、女子も1万7千から1万8千程度の歩数を示しています。それが体力にどう反映されるのか、全国平均と京都市と金閣の子どもたちの平均値を出してみました。私は、金閣の活動量の多さから、彼らの体力は全国平均よりずっと高い値になるに違いない、と思って解析していったのです。
 男子・女子ともに握力は全国平均に近い数値が出ました。体重当たりに換算すると、高学年では全国平均を上回るクラスもありました。この子どもたちはソフトボール投げでも京都市や全国平均を上回りましたが、あとの種目は、全国平均を大きく下回りました。
 私の予想は大きく外れました。山道を2時間もかけて登下校する子どもたちですので、持久性を測定するシャトルランという種目に期待したのですが、好結果は得られません。柔軟性を見る体前屈でも、結果として体の硬い子どもが多く見受けられました。測定誤差もあるかと思いますが、1日の歩数を増やすだけでは、体力値に直接影響を及ぼすまでには至らないということです。
 京都薬科大学に、京都市内の子どもたち3,700人の歩数と体格を調査された浜崎先生という方がおられます。そこで、次には浜崎先生の測定値と比較してみました。たとえば体格を比べてみますと、やはり金閣の子どもたちはやせています。次に歩数を比べました。浜崎先生のデータは、男子が1万3千から1万4千歩、女子が1万1千歩です。
 1日にどれぐらい歩けばいいかという目安として、生活活動強度指数というものがあります。これは、1日の総消費カロリーを基礎代謝で割って求められます。日本人の栄養所要量のなかでは、指数1.5が国民の大多数が該当するやや低い活動区分とされ、これに基づき何をどれだけ食べればよいかという目安量が設定されています。しかし、所要量では、健康人として適切なエネルギーを消費し、さらに充実した栄養を摂取しなさいと推奨されている適度な活動区分というのがあります。これが指数1.7です。
 では実際に、6年生男子で1日の活動強度1.7を確保しようと思えば、2万5千歩以上の歩数が必要となる計算になります。金閣の子どもたちでさえ、歩数不足だということです。金閣の子どもたちの平均を活動強度指数に直すと、大体1.5ぐらいですから、日本の子どもたちの多くは、歩くという運動だけで推奨値1.7を達成するのは不可能だということです。
 私は、栄養学の立場から、子どもたちの食事の内容も調べてみました。標準体重の子と肥満体重の子のあいだで、どういうものが違うかということです。やはり、肥満児は糖質エネルギー比が低くて、脂肪エネルギー比が高いという食事パターンです。具体的には、肉と乳製品の摂取量が多く、穀類や野菜類、それにお魚といったものの摂取が少ないというのが現状です。
 子どもたちの生活習慣病を予防し健康であるためには、一般的な歩数を増やすのは非常に大事だと思います。その上で、さらにたくましく育てるためには歩数だけでは無理があり、やはりスポーツ好きの子どもを増やしていくことが肝要ではないか、と思います。
山口 どうもありがとうございました。現代っ子はあまり歩いていない。歩くことで肥満が防止され、子どもの生活習慣病という問題状況に一つの解決策が示されたと思います。同時に、歩くだけでは、現代っ子の体力向上はのぞめないことも、しっかり認識できたと思います。続きまして、倉俣さんからは、子どもたちの体力とスポーツの関係を具体的にお話しいただきます。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION