日本財団 図書館


4. 得られた成果
 本研究は、原油タンカーで発生している腐食の原因とメカニズムを明らかすることが目的である。研究に際しては、不必要な誤解や不安を招かないようにするために、出来るだけ客観的なデータ収集を行い、また実船調査に基づいた腐食の実態を解明に努めた。計測および観察結果を的確に解析すると共に、室内実験を通して事実をより深く理解し、確実なメカニズム解明となるよう努力を払った。以下に得られた成果を示す。
1) 腐食発生メカニズム
 [1] 上甲板裏面の腐食(全面腐食)
 COT内の主要ガス成分としてH2S,CO2,O2,H2O,SOxが存在する。H2S,H2O,O2,CO2が共存するという自然界では存在し難い非常に厳しい環境下にある。昼夜の温度差によって、COT内の上部に滞留するガス成分が上甲板裏面で結露現象を引き起こし、常にウェットな状態となっている。
 H2SとO2が共存するガス環境条件下では、酸化鉄表面の触媒作用で鉄表面上に固体Sが析出するため、単体Sと鉄錆が層状に配列する腐食生成物を形成する。この固体Sの析出反応は鉄の腐食とは無関係であり、腐食生成物の量は腐食速度と関係しない。また、単体Sの層でこの腐食生成物は剥離、離脱を繰り返すが、この剥離現象が腐食速度の加速要因とはならない。また剥離錆はその60%がS成分である。
 [2] タンク底板の腐食(孔食)
 孔食鋼板表面に形成された皮膜(オイルコート、FeS等)の不均一性、腐食性物質、水分、カソード物質等の存在によるマクロセルの形成で生じる。今回の腐食問題では鋼板表面に形成されるオイルコートの生成とその健全性が非常に重要で、D/Hではその膜厚がS/Hに比較して薄く、残存領域が少ないように思われた。膜の不均一性にはオイルコート、孔食の発芽には単体S、水は原油中に含まれている濃海水が、さらに、スラッジがカソード物質として重要な役割を果している。
2) 腐食に及ぼす船型の影響評価
 [1] 上甲板裏面の腐食(全面腐食)
 上甲板の鋼材表面の温度計測をS/HおよびD/Hで実施した。両者での計測値は大差なく、日中には最高60℃、夜間に程度に低下し、COT内の上部ではガス成分の結露が起こっている可能性が高い。S/Hタンカーが中心のNK殿の板厚計測データとS/HおよびD/Hの実船計測データを照合したが、上甲板の減肉量(全面腐食)に付いては船型の影響は見られなかった。
 [2] タンク底板の腐食(孔食)
 COT内の温度シミュレーション結果によると、D/Hタンク底板の温度は、S/Hの場合よりも、原油満載航行時に5〜10℃程高温側で推移する。しかし、バラスト航海時にはS/HおよびD/H間で差異は無かった。この温度差が孔食発生と成長に及ぼす定量的な影響は未評価である。
 タンク底板の孔食に関しては、内骨の有無による船型の影響があり、D/Hの孔食発生頻度はS/Hよりも多い。しかし、入渠から入渠までの期間(2.5ヵ年)の孔食速度を極値統計で整理した結果、S/HとD/Hでの孔食進展速度に大きな差異は無かった。(NK殿所有および実船計測データ)
3) 腐食に及ぼす使用鋼材の影響評価
 上甲板およびタンク底板の腐食現象ともに、COT内での暴露試験結果ならびに実験室内比較評価試験の何れにおいても、TMCP鋼およびMSの間で腐食発生形態、進行速度に何ら異なる点は認められなかった。また、NK船籍の最近建造された船舶から建造後20数年を経た種々のタンカーの板厚計測データをべースにTMCPとMSの上甲板の腐食減肉量を比較したが、大きな差異は認められなかった。
4) 防食方法
 [1] 上甲板裏面の腐食
 上甲板の全面腐食はCOTタンク内の腐食性ガス(H2S,CO2,H2O,O2)が上甲板の昼夜の温度変化に伴う結露現象に伴う腐食が主原因となる。これをべースに防食方法の在り方を考える。
・H2Sが非常に腐食環境を大きく支配するガスであり、その除去。(脱硫技術は大気汚染防止等で培ったノウハウが生かせる、他のガスは除去が困難)
・地上タンク等では空隙の無い方式(稼動ルーフ)が採用され、原油と上甲板の間にガス層が生じない方策考案。
・温度上昇時に腐食速度が加速されることが、腐食モニタリングによって確認されており、上甲板の冷却。
・腐食予備厚の適正化。従来船と基本的に腐食進行速度には大きな差異が無いと思われるが、船主、造船所が経験則を生かして適正値の選定。
 [2] タンク底板の腐食
 タンク底板の腐食は孔食であり、その生成機構は、鋼材表面の不均一(オイルコート、FeS、塗膜)、滞留水、腐食性物質(活性剤)、カソード(スラッジ)等が複雑に絡み合っているが、底板のオイルコートの保護性がその発生頻度に関ると推定される。
・底板表面上のオイルコートの健全性確保(膜厚、低含水量等)が重要で、COWの運用(含む条件の再考)方法の検討。
・腐食環境の改善(例:H2Sの低減)と共に、底板での滞留水、スラッジ堆積、上甲板からの落下錆(高硫黄含有物)等の速やかな排除が可能な構造等の検討。
・従来の防食法(塗装/電気防食)の検討(塗装に関しては品質管理を十分に行わないと孔食の被害を増加させる危険性在り)。
 本研究は、国内外で問題化している石油タンカーの腐食を正面から受け止め、実船調査と室内実験等を通して、発生状況、データの収集整理および発生メカニズムを解明した。今回の研究を基に更なる有効なデータの蓄積に心掛け、国際競争力を失わない有効な腐食問題解決に取り組み、より一層安全なタンカー運航が達成されるように努めたい。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION