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3.2 「ブロードバンド時代の船舶通信」
3.2.1 基本認識
(1) 陸上における情報通信サービスの現状
 近年の情報技術(IT)の発達は、インターネットの普及やiモードに代表される携帯端末の急激な増加に見られるごとく10年前には想像できなかったような勢いで社会生活に浸透してきている。更に最近では以下に示すようなブロードバンドと称される高速情報通信サービスが登場してきており、映像、音楽等の配信に限らずビジネスの面でも益々便利な利用環境が整備されてきている。
・ CATVインターネット(最大約2Mbps、従来のISDNの20〜30倍)
・ 電話線利用のADSL(最大約8Mbps、100倍以上)
・ 光ファイバー通信網を利用のFTTH(最大約100Mbps、1000倍以上)
 
(2) 船舶通信の現状
 一方、船舶における通信は、歴史的にはモールス信号に代表されるような船舶間の遭難警報の発信が目的であり、通信技術が未発達の時期には、短い通信距離や手動による送信、耳による聴守等の問題、各種の限界や制約があったが、1988年のSOLAS改正によって船舶、陸上を含めた自動化されたシステムである全世界的な海上・安全システム(GMDSS:Global Maritime Distress and Safety System)の導入が義務付けられることになった。
 GMDSSは、SOLAS条約対象の船舶が共通の最低限の設備を備えるほか、その船舶の航行海域(4つの海域に区分)に応じてインマルサット船舶地球局、衛星を利用する非常用位置指示無線標識(EPIRB)等の衛星系通信設備、デジタル選択呼出装置(DSC)、狭帯域直接印刷電信(NBDP)、及び短波無線電話(RT)等の地上系通信設備によって船舶がどの海域を航行していても、常に付近の船舶はもとより陸上にある捜索救助機関と遭難・安全通信を行うことができるようにしたものである。
 最近になって、インマルサット-C(9.6kbps)からインマルサット-B/HSD(High Speed Data:64kbps)の比較的高速のデータ通信が利用できるようになったが、陸上のブロードバンドに比べると通信速度はまだまだ遅れており、海上使用の稼働台数も2000年末でインマルサット-Cが約55,000台、インマルサット-Bは9,000台弱という状況である。
 総務庁に統合された旧郵政省のIT研究会が2000年10月にまとめた「海上通信の高度化に関する研究会」報告書にも「陸上ではデジタル化、ネットワーク化、マルチメディア化、パーソナル化の進展が顕著であるが、海上通信においてはいまだにアナログ中心のシステムで通信の高度化が遅れている。今後は、真に利便性の高い海上通信システムの構築を基盤として、航行の安全、海上輸送の効率化、海上生活の快適化など、海の各分野の諸課題の解決に貢献することが期待される」と述べられている。
3.2.2 技術課題
(1) 船舶通信の用途
[1] 船舶管理・支援と船舶通信
 ISMコードの導入によって陸上における船舶の安全管理責任の比重が増大し、船社は船舶管理会社に業務を委託する形態も多くなってきている。船舶管理が目的とするところは該当船舶の堪航性(Sea Worthiness)の確保、貨物安全引受能カ(Cargo Worthiness)の確保、船質の維持(Quality Control)、環境保護(Protection of the Environment)等であるが、日本船の場合は日本船員の減少(外国乗組員の増大)による船内での技術力の低下や管理業務での経験豊かなスーパーインテンデント(SI)の不足による対応の不備等の懸念が指摘されている。
 これらを補う手段としてIT技術による以下のようなシステムが提案あるいは採用されつつあるがこれらの多くは船陸間の船舶通信を使用するものである。
 
i) 保守管理業務用
・ 図面管理検索システム
・ 検査スケジュール管理システム
・ 整備作業管理(保守管理)システム
・ 機関運転データの集計・トレンド解析システム
・ 機関運転性能診断/故障予防システム
・ 部品資材の購買管理システム
・ 船内在庫品検索システム
・ 整備・故障記録管理システム
ii) 保守管理業務以外
・ 貨物情報検索システム
・ 船位表示(動静)及び航路表示システム
・ 港湾情報検索システム
・ 気象情報のリアルタイム入手
・ WEATHER解析システムによる最適航路情報入手
・ 電子海図表示情報システム(ECDIS)
・ RADAR、GPS等を利用した衝突予防システム
・ 荷役情報のオンライン化によるリアルタイム表示/解析/計算システム
・ 部品資材の購買管理システム
・ 船内在庫品検索システム
・ 整備・故障記録管理システム
・ 遠隔医療システム
 船舶通信を使用する具体例としては、NYKの船舶動静監視システム「FROM(Fleet Remote Monitoring System)」、ウエザーニューズ社の「VP-RC(Voyage Planning-Risk Communication)」サービス、舶用工が研究を実施しようとしている機関部の陸上モニタリングシステム等がある。
 
[2] 船舶通信の新たな用途
 船舶通信の用途として上記の種々システムが提案されているが、それらシステムの有効性と別項で述べる船舶通信の費用とのバランスの問題もあり、一部を別にして船社や管理会社が積極的に導入という傾向は少ない。今後、ブロードバンドの活用による用途(コンテンツ)の拡大を考える場合には、通信速度や費用に制限が無いとした場合でまず検討する必要がある。
 また一般的な船舶支援システムの他に、以下のごとく対象船によって特殊なニーズを検討することもブロードバンドの必要性を引き出すには有効と思われる。
i) 客船
・ 知的サービス/娯楽サービスの提供
・ Duty Freeの通信販売
・ クレジットの決済
ii) 練習船/調査船
・ 知的サービスの提供
・ リアルタイムでの陸への調査状況/結果情報の提供
iii) 漁船
・ 魚群探知テレメータ
・ リアルタイムでの漁獲管理情報の提供
・ 魚介類取引管理システム
iv) 艦艇
・ 陸海空相互の作戦情報通信
・ 情報通信セキュリティーの確保
v) 浮体生産設備
・ リアルタイムでの陸への生産情報の提供
・ 機器モニター:陸からの適切なトラブル対策支援
 これらの他にも、色々研究が実施されている海のITSでも船舶通信の必要性は認識されているが、更に高度な船舶の航行安全、海上物流の効率化の面からブロードバンドの効果を考えることも必要であろう。
 
(2) 船舶で利用可能な高速通信技術
[1] 船舶通信の高速化構想
 現在船舶で使用可能な衛星を使った通信は前述のとおりインマルサット-C(9.6kbps)とインマルサット-B/HSD(High Speed Data:64kbps)があるが、インマルサット-Bは利用料金(約1000円/分)が高いと感じられており必要最小限にしか利用されていないのが現状である。
 通信費用を少なくするため陸上のHF無線基地を利用してデジタルHFを使った通信とインマルサットの併用を行う通信サービスを米国のグローブワイヤレス社が開発し日本ではエクスパダイト社が代理店になっている。
 ブロードバンドに関しては、最近NTTサテライトコミュニケーションズ社が船舶や電車等の移動体でCS(通信衛星)放送受信やブロードバンド(下り回線最大1.5Mbps)でのインターネット利用が可能なサービス「Mega wave Pro-Mobile」の試験提供を開始したが、通信衛星にJCSATあるいはN-STARを利用することから船舶での使用は限られた海域になると思われる。
 一方、世界的な高速衛星通信システムとしては以下のような将来構想が出されている。
 ・New ICO(最大144kbps、MEO:中軌道衛星利用、2003年から)
 ・インマルサットI-4(最大432kbps、GEO:静止衛星利用、2004年から)
 ・Teledesic(最大2〜64Mbps、LEO:低軌道衛星利用、2005〜6年から)
 
[2] 航空機におけるブロードバンド
 航空機用としてボーイング社は「コネクション・バイ・ボーイング」構想を数年前から発表している。これは、既存の通信衛星と地上のネットワーク及びテレビ局のインターフェースを利用して航空機向けに双方向の高速通信サービスを提供するもので、機内でインターネットを利用できるほか、テレビ番組の放映や、航空会社の運行部門を対象としたデータ通信サービスが提供されることになっている。
 
(3) 船舶におけるブロードバンド(高速通信)の将来
[1] 船舶通信ブロードバンド化の課題
 現状のインマルサットの利用料金は陸上通信システムに比べるとはるかに高い。これは海上の使用者数(船舶)と陸上の利用者数(人口)が基本的に異なるという利用者負担率の差もあるが、通信衛星の費用が膨大なことが理由としてあげられる。従って、将来構想として出されている高速衛星通信に関しても費用回収の面から実現化を疑問視される向きもある。
 しかしながら、陸上に比べて船舶のみが高速通信環境から取り残されるのは大きな問題である。物流の効率化を行うべく荷主、船社、港湾及び陸上輸送関係が高速通信網で結ばれても、船舶の通信が遅いためにシステムが発展しないようなことは避けたい。物流の一環としてSMC(Supply Chain Management)の中でリアルタイムの情報が要求される時代に船舶の現状の通信速度(64kbps)は少ない。また、海上生活の快適性の面からも、陸上と同等インフラの提供による海上アメニティの向上が求められる時代になっている。
 
[2] 新たなブロードバンドネットワーク
 船舶通信の費用が高いのは現状では通信衛星を使う方法しかないことである。従って高速でかつ低料金化を実現させるためには衛星以外のネットワークの構築が必要になる。
 例えば、内航船の場合には陸上のネットワークに旧郵政省等で研究開発中の飛行船を利用した成層圏プラットフォームの併用でエリアを追加しカバーするという方法が考えられる。
 外航船の場合には、主要航路は大圏コースになり、航空路や海底ケーブルもほぼ同様であろうから、主要航路にブイや海上構造物からなる洋上通信基地を配置しこれらと航空機、船舶、人工衛星をリンクした通信ネットワークを構築する。海底ケーブルに接続し、強力なアンテナをもつ基地の密度が十分であればブロードバンドのデータ通信が可能となろう。一方、配置密度が不十分の場合には、上記の「コネクション・バイ・ボーイング」のような航空機を中継しての通信が現実的である。一定レベルの送受信・データ処理機能をもつ移動体により分散処理型のシステムが形成されると、それを利用して多数の船舶、航空機が疑似ブロードバンド(リアルタイム)通信が可能となる。
 
[3] ブロードバンド時代への期待
 ブロードバンドの用途に関しても、この数年間で陸上での通信速度が飛躍的に上昇することにあわせて、新たなアプリケーションコンテンツの出現や新たなサービスの提供が開始されるようになったごとく、インフラが整備されることによって全く新しい利用方法が出現する可能性が大いにある。例えば、ブロードバンドによる船内及び船外状況のリアルタイムモニタリングを自動化と組み合わせれば完全無人化船の出現を容易にすることになる。現在船社や船級協会が実施している船舶の検査もTVカメラやセンサーと高速通信によって陸上から遠隔で行うことも可能である。費用面でも利用が増大することによって更に単価は下がるであろう。
3.2.3 研究開発体制
(1) 船舶通信に関る規則と標準化
 先に記述のごとく1988年SOLAS改正によって自動化された全世界的な海上・安全システム(GMDSS)が導入されたが、2000年のSOLAS改正では船舶自動識別装置(Shipborene Automatic Identification Syatem:AIS)並びに航海データ記録装置(Voyage Data Recorder:VDR)の採用が規定された。
 また、ISOでは船隊管理システムネットワーク(Fleet Management System Network:FMSN)として、船隊、船社、船舶管理会社、舶用品サプライヤ、燃料サプライヤ、船級協会、造船所、港湾当局、旗国政府機関等が、情報ネットワークで接続される場合の、ネットワーク全体と各端末の条件を標準化しようとする作業が行われている。併せて、ネットワークで取り扱われる船舶の種々データに関してPSDSS(Product Structure Directory Standard for Ships)とデータ辞書(Data Dictionary)の国際標準化の動きもある。
 このようなIMOやISOでの活動はどちらかと言えば欧米主導で、日本は提案されたものに対する意見を出すのが精一杯という状態である。規則を満足する製品を採用すれば良い、方式が決められればそれを使えば良いというスタンスから脱却して積極的な新提案を行うのは多大なエネルギーを要するが、ブロードバンド時代の船舶のIT化、船舶通信のあり方を日本として検討し、IMO、ISO等に積極的に提案することが必要であろう。
 
(2) ブロードバンドネットワークの研究開発体制
 船舶通信は、遭難警報の発信から始まり、今日では船舶及び人命の安全を確保するための手段としてGMDSSで最低限の要件が規定されているが、更に高度な船舶の安全管理と運航支援を行うシステムが提案及び導入されつつある。しかし、陸上におけるIT技術の発達、特にブロードバンドの急速な浸透を見ると、船舶のみが例外ですませる時代ではない。
 高速通信として通信衛星を用いた将来技術が海外では検討されているが、国内では既存の衛星を使った限定された海域でのサービスの試験運用が始まった程度である。今後外航船を含めた船舶通信のブロードバンド化を実現させるためには、費用の面からも通信衛星ではなく、洋上ブイ、船舶、更に航空機等を中継に使用するネットワークの構築が必要である。
 地球規模のネットワークになることを考えれば、国内だけの研究体制でなく、世界的な、例えばIMOを中心として航空機関連の団体も含めた検討が必要であろう。また、日本として海運、造船、舶用メーカーの活性化に結び付くような新たな提案を行い国際的な主導権を確保することが望まれる。
3.3 深海利用技術
3.3.1 現状認識
 人類は、産業活動の発展に伴ってフロンティアの開発を進めてきた。その欲求は、地球表面の二次元的な広がりのみでは飽きたらず、海中、空中、地中と三次元的な発展を始めている。
 これらの中で最も人類との歴史が長くかつ恵深いのは「海」である。特に島国に住む我々日本人は、これまでは海を主に食料源として捉えその恩恵に多大に授かってきたわけであるが、近年海底に眠る豊富な石油やマンガン、天然ガスハイドレート(NGH)等の鉱物資源の存在が明らかとなるにつれ、陸上資源の乏しい我々にとって海への依存度は今後益々増大していくものと思われる。
 特に日本近海の海底に大量に存在するNGHは、石油資源に乏しい日本にとって石油の代替エネルギーとして今日非常に注目を集めており、NGHの詳細な分布マップの作成及び採取技術の確立が期待されている。
 深海域にはまた、海底の鉱物資源のみならず、ミネラルを多く含む海洋深層水のような資源も存在する。深層水を利用した商品は、食品、化粧品から医薬品に至るまで多種多様でありその商品価値は高い。富山県や高知県においては、深層水は地域活性化の一手段として期待されている。
 深海域はまた、資源という経済的フロンティアとしての側面の他に、地球物理、深海生物等の科学的・生物学的フロンティア、さらにはその広大な空間を二酸化炭素の貯留に利用する等の海洋空間利用フロンティアといった側面を持つ。
 特に二酸化炭素の固定化は、地球温暖化問題の解決に大きく寄与できるものと期待されている。具体的には、液化二酸化炭素を船舶で運搬し、深度500m以深の深海において移送管の先端から放出するもので、放出された液化二酸化炭素は、その表面が海水と反応してハイドレート化した液滴として落下してゆく。落下先として窪地を選べば、液化二酸化炭素は表面がハイドレート化して1000年以上の長期の間溜まっているとの試算がある。
 このように「深海」は、地球科学的な研究対象と同時に、資源、空間利用及び地球環境問題の解決といった観点からの価値が注目を集めつつある。利用技術の現状及びニーズを整理した結果を表-1に示す。
 ここで一般に「深海」は、大陸棚以深の海域に対して定義されるが、従来よりも更に深い海域への進出といった期待も込めており、「資源・エネルギー」、「海洋空間利用」、「環境・調査」の3分野で水深に応じてどのような項目があるかを整理した。
 これらの深海開発分野の先端的開発ツールとして、現在、海洋科学技術センターにおいて開発されている「地球深部探査船」は、水深2,500mの深海域で稼働し、海底下7,000mを掘る能力を備えた世界最新鋭の科学掘削船であり、天然ガスハイドレートの探査のみならず、気侯変動や地震などの地球変動メカニズムの解明、未知の地下生命圏の探索などに力を発揮するものと大いに期待されている。
 また、現在、独立行政法人海上技術安全研究所において建設中である「深海域再現水槽」は、最大直径16mの円形水槽部と世界最深の35mの深海ピット部により構成され、海底資源の探査・採取技術及び二酸化炭素深海貯留技術の確立に資するものと大いに期待されている。この深海域再現水槽は、国内における唯一の施設である。また、国外においてはオランダのMARINに同様の水槽が存在し、またブラジルのリオデジャネイロ連邦大学においても同様の水槽を現在建設中である。
 以上のように「深海」は、目下人類がその活動範囲を広げようとしている最も身近なフロンティアであり、そこから得られる恩恵は多大なものとなるであろう。
3.3.2 技術課題
 深海利用に対しては、その目的に応じ「調査・探査」の機器類の開発から「資源採取」の設備/装置の開発にいたるまで広範囲に亘り技術課題がある。ここでは、表-1に示す「資源・エネルギー」、「海洋空間利用」及び「環境・調査」分野につき現状の技術を概説するとともに、特に、キーとなる技術について今後必要となる課題の考察をおこなった。
3.3.2.1 資源・エネルギー分野
 ここでは、資源・エネルギー分野における技術として、海底石油・天然ガス開発技術、海水に溶存するレアメタルや海底鉱物資源の採取技術、非在来型天然ガス開発技術及び海洋深層水利用技術について現状を述べ、特に、海洋深層水については、我が国では数少ない安定供給可能な海洋資源として注目を集めていることもあり、今後の技術課題について考察する。
 
(1) 技術の現状
○ 海底石油・天然ガス開発技術
 資源・エネルギー分野における技術の大半は、欧米石油会社を中心として開発された海底石油・天然ガス開発技術を基礎とするものである。海底石油については既に水深2000mの海域の開発が可能となっており、さらに、水深2000m以深での石油掘削システム及び石油生産システムの開発及びその位置保持技術の開発、大水深用掘削用ライザー及び生産用ライザーの開発、海底設置機器の遠隔制御の開発などが積極的に行われている。しかしながら、我が国では、国内に大規模な海底石油がないこともあり、欧米の技術を利用しているのが現状である。
 
○ レアメタル・海底鉱物資源の採取技術 等
 レアメタル(リチウムやウランなど)や海底鉱物資源(マンガン団塊など)の採取技術は、現在のところ経済的に成立したものは少なく、技術開発とともに産業化の可能性を模索している状況にある。例えば、リチウムについては、我が国では産業総合技術研究所四国センターが高性能のリチウム吸着剤(リチウム鉱石中のリチウム含有量に匹敵)を開発しており、また、海上技術安全研究所では同吸着剤を効率よく海水にさらしリチウムを吸着させる採取システムの開発を実施している。非在来型天然ガス開発技術については、メタンハイドレートを前年度の調査で取り上げたこともありここでは詳しくはふれないが、レアメタルや海底鉱物資源の採取技術も含め、これらの技術開発は、資源・エネルギーの乏しい我が国においては、資源・エネルギー安定供給の観点から極めて重要であり、国家のエネルギー戦略に基づいた長期的な視点に基づく技術開発が求められている状況にある。
 
○ 海洋深層水利用技術
 海洋深層水は、一般に、300m前後以深で低温性、富栄養性、清浄性の特性を持つ海水のことを称しており、古くより、海滞架層水の低温性に着目した海洋温度差発電の低熱源としての利用が検討されてきた。海洋温度差発電は、我が国においては1970年台より検討が行われ、オイルショックを契機として開発が一気に加速することになるが、採算性の問題、石油価格の下落とともにその開発は下火となった。しかし最近、佐賀大学により効率のよいシステムが開発されたこと、地球温暖化問題の顕在化による自然エネルギー利用の機運の高まりも相まって再び注目されており、インド政府は佐賀大学の成果をもとに、海洋温度差発電の商用化を見据えた開発を行っている。
 一方、我が国では、エネルギー源としての利用の他に、富栄養性および清浄性に着目して、化粧品、自然食品、飲料水等広範な分野の海洋深層水利用の試みが全国各地で行われつつあり、一部は既に商品化されているものもある。また、水産分野において、海洋肥沃化のために深層水を利用とする試みも検討されており、そのための深層水を汲み上げるシステムのコンセプトも提案されている(現在、五ヶ所湾でプロトタイプについて実証中)。このように海洋深層水は、エネルギー源及び海洋資源として、そのポテンシャルは計り知れないものがある。
 
(2) 海洋深層水利用技術の今後の課題
 今後の海洋深層水の技術課題は、いかに海洋深層水のもつポテンシャルを効率よく引き出して、採算性の取れるシステムを構築するかにある。即ち、海洋温度差発電単独では採算性を確保するのが困難であっても、前述のような海洋深層水の多目的利用、さらにはリチウム採取システム等を組み合わせることによって、効率のよいシステムを構築することが可能であると考えられる。海洋構造物等の浮体はこうした要請に応え得る技術であり、海域の特性に合わせた設計が可能、コスト削減(浮体に直接取水管を取り付けることによる取水管の建設コストを削減)、建設後のシステムの拡張性(例えば、ユニット化された浮体の着脱によるシステムの規模の調整等)、さらには浮体の上部空間及び内部空間を利用した海洋空間利用等の可能性を提示できると思われる。
 言うまでもなく、ここでキーとなる技術は、取水管の設計技術(例えば、インド政府で検討されている浮体式海洋温度差発電用実証プラントは、長さ800mの直径1.5mの取水管を垂下させて約13.5ton/hの海洋深層水をくみ上げる予定)であり、浮体と取水管の練成挙動の推定法、取水管の材料、強度、接合及び脱着法等の開発がひとつのポイントとなる。
3.3.2.2 海洋空間利用分野
 ここでは、海洋空間利用分野における技術として、CO2の海洋隔離技術、海底ケーブル敷設技術及び海中作業基地技術を取り上げるが、特に、海洋空間利用を進めていく上で共通基盤的技術としての性格を持つ海中作業基地技術について、今後の技術課題について考察する。
 
(1) 技術の現状
○ CO2の海洋隔離技術
 CO2の海洋隔離技術については、海底パイプラインによる固定点放流方式(水深1000〜1500m)、陸上のプラントで回収したCO2を海上輸送し所定の海域で船からパイプを吊り下げて低速で曳航しながら放流する移動点放流方式(水深1000〜2500m)、深度3000m以上になると液化CO2が周辺海水より重くなること、さらに海水とCO2の接触面にハイドレード膜が形成されCO2の溶解速度が抑制されることを利用した深海底の窪地にCO2を貯留する方式等が検討されている。いずれの方式でもキーとなる技術はパイプの設計技術であり、海洋深層水の取水管と同様の課題が挙げられる。
 
○ 海底ケーブル敷設技術
 電力ケーブルや光通信ケーブル等の強度の高い海底ケーブル敷設作業は専用の敷設船で行われる。一方、最近、後述する深海底長期観測ステーション等の観測ケーブルとして、光ファイバーのような極細径ケーブルや光ファイバー・電力複合線のような細径ケーブルが用いられてきており、通常の海底ケーブルに比べてケーブルの強度が低いために、2.3節で述べる有索無人探査機(ROV;Remotely Operated Vehicle)による敷設技術が検討されている。実際には、遊泳式ROV及び海底走行式ROVの利用が検討されているが、遊泳式の場合、展張中のケーブルの影響を受けて走行方向が制約されてしまうこと、展張中の姿勢制御等、海底走行式の場合、海底地形による制限等の課題の克服がポイントとなる。
 
○ 海中作業基地技術
 海中作業基地としては、海中作業基地としての機能を持つ潜水船が開発されている。例えば、COMEX社によって建造された北海油田開発用の大型独立自航式潜水調査船SAGA1(長さ28m×幅7.4m×高さ8.5m、潜航深度600m、母船の支援なしに最大22日間の長期潜航が可能)は、電源システムとしてスターリング発電機(2基)と蓄電池との並列接続によるハイブリッド電源(海中)及びディーゼル・エンジン発電機(海上)を搭載、ROV及びダイバーロックアウト区画(1週間の飽和潜水作業が可能)等を装備し、天候に左右されることなく作業できるシステムを有する。
 我が国においては、海洋科学技術センターが、火山活動や群発地震等の調査を目的として、相模湾初島沖(水深1174m)に深海底長期観測ステーション(給電及びデータ収集は海底ケーブルにより初島に設けられた施設よりなされている)、高知県室戸岬沖や北海道周辺に整備しつつあり、役目を終えた既存の海底ケーブルを再利用してそこに観測ステーションを接続し、ネットワーク化しようとする試みも為されつつある。こうしたステーションは、将来的には2.3節で述べるケーブル無しで自力航行し自動観測をすることができる自律型無人探査機(AUV;Autonomous Underwater Vehicles)の給電基地あるいはデータの回収ポイントとしての利用も考えられている。
 
(2) 海中作業基地開発技術の今後の課題
 以上のように、今後の海中作業基地のミッションとしては、海底油田開発及び維持管理等の全天侯型海中作業基地、科学探査用の長期観測プラットフォーム、深海探査機の中継基地等が考えられる。基地そのものの開発技術については、基本的には、潜水調査船の開発技術、建設については海底石油・天然ガス開発技術が利用できると考えられるが、稼動時に対する技術開発、具体的には動力供給方法、排ガス処理法、維持管理方法等の開発、さらには設置後の場所の変更や機器等の追加に対するシステムの機動性や拡張性をいかに確保するかが、技術開発のひとつのポイントとなる。
3.3.2.3 環境・調査分野
 ここでは、環境・調査分野における技術開発として、海洋モニタリング技術、深海サルベージ技術を取り上げるが、特に、海洋モニタリング技術の中でも次世代の技術として注目されているAUVの技術課題について考察する。
 
(1) 技術の現状
○ 海洋モニタリング技術
 海洋モニタリング技術については、海洋モニタリングの基盤となる観測船について、海洋科学技術センターが大型海洋観測研究船を整備(「みらい」、「かいれい」等)、さらには、「21世紀の深海地球ドリリング計画」では、海底油田開発で使われている大水深用掘削用ライザー技術を応用して、水深2,500m(最終目標4,000m)の深海域で海底7,000mを掘削可能な地球深部探査船「ちきゅう」を建造中である。
 観測技術については、海面及び海中係留ブイシステム、海面及び海中漂流ブイによる観測システムが開発されており、漂流ブイの中には、自動的に海中から海面で昇降しながらデータを計測し、計測したデータを人工衛星に送信できるものもある。ブイによる離散的な観測を補うものとして、人工衛星による全球的規模の衛星観測技術、音響トモグラフィーを利用した広域3次元水温分布等の音響観測技術等の進歩も著しい。
 さらには、観測研究船にあわせて深海探査機の開発も行われており、有人潜水調査船「しんかい6500」、10000m級有索無人探査機(ROV)「かいこう」、さらにはAUVの技術開発も行われており、我が国では、東大生産技術研究所の「R-Oneロボット」、海洋科学技術センターの「うらしま」などがある。「うらしま」は潜航能力3500m、航続距離300kmを目標として、動力源としてリチウムイオン電池(将来的には燃料電池)を搭載し、慣性航法装置及びソナーによる自立航行は無論、音響テレメトリーによる遠隔操作も可能である。
 
○ 深海サルベージ技術
 深海サルベージの主な作業は沈没船の救助や引き上げなどであるが、本年2月に発生した「えひめ丸」の事故に見られるように、深海での沈没船の救助や引き上げは困難を伴う場合が多い。沈没船の引き上げは「大まわし」と呼ばれるワイヤーのかけ方、即ち、片方の舷側から船底を通り反対側の舷側まで船体の外周を巻くようにワイヤーをかけ、これを起重機船の引き上げビームのフックに取り付け引き上げる方法が用いられることが一般的である。それには船底下にワイヤーを貫通させるためのトンネルを掘る等の重作業が必要となるが、深海の場合には未だ確立された手法はなく、こうした重作業が可能なシステム(深海重作業システム)の開発が望まれている状況にある。深海重作業システムのニーズは、深海サルベージ技術のみならず、観測機器の設置や回収、ケーブル敷設等、前述の海中モニタリング技術、海底ケーブル敷設技術等においても潜在的なニーズはあると考えられる。
 
(2) AUVの技術課題
 「R-Oneロボット」や「うらしま」のような深海探査、航路調査、海洋観測、海底ケーブル調査等のミッションを有するAUVのほかに、従来ROVを使用して行われてきた深海での作業や海底捜索を行うことのできるAUVの開発も進められている。こうした開発の背景には、AUVの利用により、各種海洋調査での傭船コストや人件費の削減、さらには、深海、北極海や海底火山といった人間が近づくことが困難な場所での探査や作業等をできるのではないかという期待がある。
 例えば海洋科学技術センターは、北極海氷板下調査用として深度6000m、航続巨離5000kmの性能を有するAUVを予定している。これは現在の「うらしま」の性能を大きくこえるものであり、いかに、船体を軽量化して航続距離の長い動力源を搭載し、かつ運航精度を高めるかがポイントであり、軽量で高強度の構造材料の開発、低比重で高強度の浮力材の開発、軽量かつ航続距離の長い動力源の開発及び動力の供給方法(2.2節で述べた海中作業基地とのドッキング等)、航法システム及び通信システムの高性能化等が課題となる。
3.3.3 研究開発体制
 研究開発にあたっては、技術課題で述べたような本テーマの特徴も勘案し以下の視点で考えていく必要がある。
[1] 開発分野・開発目的により事業主体が異なる場合があるのでプロジェクトに応じた研究開発体制が必要である。
[2] 基本的には産官学の共同研究体制となる。
例えば、ニーズが科学的/学術的分野(例:深海の地形や生物調査、等)であれば文部科学省を担当省庁、海洋科学技術センターを中核研究拠点とし造船企業も含め産官学で参加。
[3] 造船/海洋分野がこれまで蓄積した技術および今後の研究開発の核となりうる技術
シーズを関連分野にPRし開発企画段階からかみ込む。
 「深海利用技術」というテーマは広範に及ぶので、前節でとりあげた技術課題「海洋深層水利用」、「海中作業基地開発」及び「AUVの開発」に共通な技術に焦点を充て研究開発体制につき提案する。
 
(1) 核になる技術の計画的構築
 「海洋深層水利用」では取水管の設計・製作・設置技術が、「海中作業基地開発」では海面からの動力供給等稼動維持技術が、「AUVの開発」では無索・長期潜航AUV開発とともに従来型有索AUVにしてもその深海重作業機能技術が挙げられている。
 これらの技術の共通課題として海面から深海に垂下せる索もしくは海中で敷設される索の挙動推定技術がある。こういった課題は海洋構造物の係留策や海底掘削用のライザーの開発技術と共通であるが、種々の分野で索を具体的に設計していくためには不可欠な技術である。
 石油資源開発の分野では欧米の技術に遅れをとる面があるものの、「索の技術」はこれからの「深海利用技術」においても核になる技術である。計画的に研究開発を行い日本の造船/海洋分野も一流の技術を蓄積していく必要がある。
 ここでは「索の技術」をとりあげたが、他にも造船/海洋の技術を必要とする項目は多々ある。提供しうる技術項目、技術の現状レベル、潜在開発能力を整理し国内にとどまらず世界に積極的に情報発信していくことも重要と考えられる。
 
(2) 研究設備の有功活用
 索の挙動を実験的に把握する方法として模型による水槽試験がある。
 オランダの研究機関であるMARINは2000年末に深海水槽を完成させ、米国テキサコ社を中心としたDeep Star Project(メキシコ湾深海域の海底油田開発)に参画、研究に供している。
 一方、日本の海洋技術安全研究所にも深海域再現水槽が建設される(2002年末稼動)予定で、水槽は円形水槽部とその中央部の深海ピット部からなり波や潮流の再現ができる。
 設備完成後は「深層水利用」や「二酸化炭素の海底貯留」に関連した研究の実験が考えられる。技術の評価はこうした研究の成果が実績となりさらに研究開発が進むものとなる。
 かかる実験設備は世界でも限られている。優れた研究設備を有効活用すべく関連先に働きかけるとともに場合によっては海外とのJoint Researchを企画し技術をのばしていくことが肝要である。
 
 表にMARINと海洋技術安全研究所(海技研)の水槽設備の比較を参考までに記す。
深海水槽の比較
  MARIN 海技研
水槽部 大きさx深さ 45mx36m角x10.5m 14mΦx5m
造波機 フラップ型2面 多方向
波高 0.4m,0.3〜3s 0.5m、0.5〜4s
潮流 6層表面0.4m/s 0.2m/s
×
ビット部 深さ(総深さ) 20m (30m) 30m (35m)
直径 5m 6m
 
(3) 深海利用技術の波及効果
 日本海域には海底油田やガス田といったすぐに利用できるようなエネルギー資源はないが、天然ガスハイドレート等近年あきらかにされつつある鉱物資源の将来利用については産業界も注目している。
 深海利用というテーマは、周りを海に囲まれたわが国においては未踏の資源・空間を確保し環境を守るという意味で国家戦略的意味を有する。それに伴い必要な技術を世界に先駆けて持つということも技術戦略上必要である。
 この分野で培われる要素技術は日本の内外を問わず具体的な開発プロジェクトで必ず役にたつものと思われる。技術課題で示した項目は既に研究開発のもの、開発計画中のもの、等さまざまである。これら課題を整理し技術で世界においていかれないよう国レベルでの総合的な研究計画(例えば深海利用10ヶ年計画といった)の検討が望まれる。
 
表−1 水深をパラメータとした場合の各分野のニーズマップ
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