日本財団 図書館


3.4 造船産業におけるエンジニアリングサービス
3.4.1 現状認識
1) 船の製造者が船大工と呼ばれていた時代の船主は、荷物を買い付け、消費地まで運び、売りつけると言う商人の性格を強く持っていたため、商売道具である船舶に対する要求も具体的で、コンセプトは基より細かく仕様を決めて船大工(造船所)に建造させていた。時代を経てマーケットが大きくなり、経済の分業化が進むにつれ、船も大きく、複雑になって来た。一方、船主は商人から輸送業者へとシフトするにつれ、建造船の要求仕様を示すに留め、設計は造船所が代行する様になっていった。
 
2) 造船所は船主の要求仕様を製品である船舶として纏め上げるための設計(所謂基本設計)と製造現場に建造に必要な情報を提供するための設計(機能設計、生産設計)を自前で抱え船舶を建造する現在の造船業に発展してきた。
 
3) 我が国の造船業は設計技術力と生産技術力の総合力で国際競争力をつけ、1956年にイギリスを抜いて世界一のタイトルを獲得して以来約半世紀その位置を堅持してきた。しかし、この間新規性の高い「開発」でそのエンジニアリングカが評価されたことは少なく、エンジニアリングの貢献は「安くて、良い船舶」というハードの中に埋没してきたと言える。それは、エンジニアリングの内容が、新規性の高い開発より、部分的改良という地味な成果に留まっていたためであろう。
 
4) 最近一部の船主は船級協会とデザインコンセプトを作ることが世界的な傾向になりつつある。これはエンジニアリングサービスで船主の囲い込みを図ろうとする船級協会の営業戦略と、一方、造船所のエンジニアリングサービス対応力を落としている日・欧造船所と大量受注船を抱えて建造に多忙な韓国造船所のエンジニアリングサービス低下に対する船主の不満の現われと見るべきかもしれない。船主に期待されている船級協会ではあるが船主サイドのニーズに十分対応出来ているのであろうか。
 
5) 我が国造船業は近年、高人件費、為替レート等によるコスト競争力低下を技術競争力でカバーして来たが、ここ数年は韓国等の急速な技術開発力の向上により技術競争力の差は無くなり、苦しい状況に追い込まれている。若年層の造船業離れの進展もあり我が国の造船業は今新たなあり方を求められている。
 技術力を強化して技術的差別化を図ろうとしてもコストのウェイトが大きな既存船では困難なので、船種を絞って特化すること及び同型船の連続建造により設計・建造の効率化を図ってコスト競争力を何とか維持しているのが現状である。
 一方、造船所にとっては船種を特化して同型船建造に進むと設計陣容には余力が生じるが、全員を開発設計に従事させるほど開発研究費は潤沢とはいえない経営状況である。また、設計の目標は性能向上よりもどうしてもコストダウンに向かいがちとなり、設計陣容も必要最小限に削減されて存在感が薄くなっている。設計建造に従事している人たちが仕事に喜びを見出せるのかどうか、また、若い人たちに魅力ある職場になるのかどうかという別の問題も生じている。
 技術力の強化を支えるのは結局人であり、優秀な人材が集まるよう魅力ある将来イメージを描き、社会にアピールすることが求められている。
 
6) 市場の中で生き残っていくためには、まずコストは競争相手と同じレベルにする必要がある。それに品質や機能、保証条件、メインテナンス費用等で従来とは一味も二味も違うメリットを加味して顧客満足度を高めて差別化することが求められる。
 かつては各社が案件毎に個別対応し、技術力、コスト競争力を競うことで成長して来たが、経営的に技術者の質的、量的拡大が期待できない現状では、個々の会社に分散した造船技術者集団でこれらを達成するのは困難であろう。
 技術者の供給源が心細い現在こそ個別対応による技術者の無駄使いを止め、開発力を集中することによって完成度の高い設計成果を達成し、それをロット建造することによって開発費の回収を図る事業展開が求められている。そのことから、完成度の高い設計を行える新しいエンジニアリング頭脳の結集が必要である。
 
7) 船主にとっても完成度の高い設計の同型船は、外航船の多くが混乗船になっている現在、運航、メンテナンス上もメリットが多く、ニーズが高いと思われる。自動車産業、航空機産業を見るまでも無く、同型船の方が評価される時代になってきたと言える。
 また、完成度の高い設計成果のロット建造を展開するには、船主へ売り込み、建造造船所の選定、メーカ選定等、既成の慣習に囚われない発想が求められる。
3.4.2 あるべき姿(何をやる必要があるのか)
 これらのエンジニアリング集団から船舶の一生(設計建造から就航後のメインテナンスまで)の各ステージにおいて対応貢献出来る組織を作るために下記の物を提案する。
現在においてもエンジニアリング会社は日本にも世界にも数多くあるが(付録に一例を示す)、どちらかというと造船の設計建造や就航後のサービスの一部に限られた場合が多く、広く船の一生まで視野に入れたエンジニアリング会社は少ない。そのエンジニアリング会社の人員規模は数十人から数百人と仕事の規模により変わってくるであろう。
 
1) 造船所数社(場合に依っては海運会社、船級協会の一部をも入れて)が抱えている人材の一部でエンジニアリングサービスを専門に提供する組織(企業)を設立し、船主ニーズに応じて以下の仕事の全部又は一部を請け負う。この中の業務はすでに船主が一部を自分でおこなうか、コンサルタント会社に委託しておこなっているところもある。
 
● 船舶、海洋構造物のコンセプト提案:
船主や荷主の計画やイメージを具体的な構想の形でとらえ、理論的又は実績の裏付けのあるオーナースペックの形にまとめ上げる。中々難しいところも有るが、コンセプトのみならず造船所まで指定できるような能力を持てるようにすべきである。
● 仕様書作成:
船主のコンセプトを基に具体的な船の仕様を作成する。これに基づき必要なら船主とのネゴをおこなって契約仕様書と付属図面の作成、また必要なら船価見積もりをおこなう。
● 基本設計:
契約仕様書に基づき船、機、電の基本計画を行い、基本計画図面、計算書、基本材料表等の詳細設計のべースとなる設計をおこなう。必要により船級協会と船主に対する承認業務もおこなう。
● 詳細設計:
基本設計図を基に詳細設計を展開するが承認用の機能設計図と建造用の生産設計図に別れる。しかし生産設計図は膨大な量になること、機械的な作業が多いこと、さらに工場の設備により図面内容が異なってくるので機能設計までにとどめるのが通常であろう。
● 建造監督業務:
建造中の船主監督の代行をおこなう。船舶建造の知識、経験を積んだ人が必要な業務。
● 就航後のメインテナンス計画のコンサルタント業務:
船主に変わってその船の現状を調査した上で、長期スケジュール計画と予算を作成し、本船の調査を行いその計画の調整をおこなっていく。それにより毎年の保船予算の資料を作成していく。長期にわたって行う事により船舶のライフサイクルコストを考慮にいれたスケジュールを作成できる。
● 就航後のメインテナンス:
就航船の中間検査、定期検査の際の検査、修理工事の請け負いをおこなう。必要に応じて海外での工事も現地の業者を監督して行う。
● 船社、船級協会、大学、研究機関、メーカーとの共同研究:
異分野技術の融合を通して、新しいシステムや製品の開発を行い、既成のシステムに囚われることなく新しい価値創造にもチャレンジする。
 
2) 造船所の設計部門は設計業務のアウトソーシングによる経営効率が期待できる。そしてスリム化した設計資源は得意分野に集中することが可能となる。すなはち、特化した船舶で競争力を増すことが可能になってくる。またアフターサービス部門はそのエンジニアリング会社に集中させることが出来、きめ細かな一貫したメインテナンスサービスが船主に対して出来るため、効率も内容も良くなっていく。
 
3) また、各社に分散していた設計資源の有効活用が出来き、大型プロジェクトの開発においては技術力と資金を集中的に投入できるので効率的な開発が可能になる。現在日本の造船所では開発船種としてガス船、客船(フェリーを含む)、高速船等があるが、それ以外の船種にも手を広げヨーロッパの造船所が特化した船で勝負しているのとは別の方向に進める事も可能になってくると考えられる。
 一方、船主はプロジェクトに応じてレディーメイド設計、オーダーメイド設計と選択肢が広がり、造船所のお仕着せに我慢することなく最適船型の設計・建造が可能になる。また、建造との分離により建造価格の透明性の向上も期待できる。
 しかし、エンジニアリング会社として生き残っていくためには、サービスするエンジニアリングの中身が顧客のニーズに的確に対応し、一味も二味も違うなにかを加味して顧客の満足を得ていかなければ継続的な存続は困難である。単に設計やサービス部門のエンジニアのみで通常の受注活動をおこなってもそう簡単には仕事としては成り立たず、結局は価格のみの勝負になってしまう可能性が大きい。それでは現状とあまり変わらない状況でしかない。従来の船舶海洋工学を修めた造船技術者集団に新しいエンジニアリング頭脳を結集することが必要である。
 継続的な努力により以下のようなポテンシャルを持ったエンジニアリング集団を目指し、質的転換を図っていくことが求められる。
 
4) 理論と実績に裏打ちされた世界のマーケットに通用する新しい船のコンセプトを考え出し、それを船主に納得させることの出来るエンジニアが必要である。その為には社会経済全般に関する広い教養と高度に体系化された深い専門知識(船舶、海運、舶用機関、海洋工学等)に基づく洞察力を有する人材を育成・強化・集約してはじめて新しいマーケットを生み出す斬新なアイディアの提案が出来る。
 
5) 従来、造船、海運、船級協会はそれぞれ縦割りに活動していたが、今後は海上輸送、港湾、陸上輸送を総合した物流システムの技術開発、船の建造企画から廃棄に至るライフサイクル全般に関する技術開発など、運航技術、メインテナンス技術と造船技術の接点に位置する研究の推進が期待される。
 周辺分野を統合した技術開発に人材、開発費を集中投入する。これには造船所、海運、船級協会のみならず、広く大学、国研の協力を求める必要がある。
 
6) 人類の持続可能な発展を支えるため、エネルギー及び資源の確保、温室効果ガスCO2の吸収固定、気侯変動の解明、海洋空間利用等海洋利用に対する期待が高い。しかし、それがもたらす海洋自然環境への影響への危倶も指摘されている。
 海洋を理解し、環境への負荷を最小限に押さえた人間活動のあり方、評価基準、具体的方策の立案・実施する技術開発を推進する。
 
7) 監督業務及び就航後のメンテナンス業務にも関与することにより、建造現場の問題点及び就航後のトラブルを吸収しつつ設計へのフィードバックを図り技術力の強化・向上に努める。
 設計データはもとよりこれらフィードバック情報を電子化されたデータベースとして保有・整備することは事業展開の優位性を確保する上から不可欠である。
 
8) これまでは建造船の性能を通して設計技術力は間接的に評価を受けることが多かったため、造船会社の一部門であるエンジニアリング部門に身を置いていた技術者は特に資格取得が無くても業務上支障は無かった。しかし、エンジニアリングカでビジネスを展開するには、対外的にそのポテンシャルを示す一手段として国際的に認知された技術者資格の取得は不可欠である。「船舶」分野に限らず幅広い分野の資格を有す技術者を揃える必要がある。英国の技術者資格であるChartered Engineer(C.Eng)の定義は、「時代と共に革新・変化する技術の進展に関心を持ち、その技術を発展させ、設計、製造、運用、経営分野にまで応用可能な能力を維持・発揮できる技術者」とある。このような能力の高い技術者を獲得、育成する必要がある。また最近出来てきたPE(Professional Engineer)を増やし世界に通用する人材の育成に力を入れる必要がある。また、能力を維持・向上のため、継続教育は不可欠である。経営者の技術者に対する教育投資の姿勢が経営の盛衰を左右すると言っても過言ではない。
3.4.3 問題点(調査すべきこと)
1) エンジニアリング会社を設立することは、造船会社の建造部門と他の部門の分離を意味する。従って選択肢としては他社での建造もあり得る可能性が出てくる。:
 外国に建造が流れていってしまう事がないようにするための方策を検討する必要がある。これは造船工業会を中心に検討していくべきであると考える。
 
2) エンジニアリング会社設立へのインセンティブは?親会社とのビジネスの棲み分けをどの様にするのか。:
 現状はある1社の関連会社であることが多く、親会社との話し合いでおこなっていることが多いが今後は必ずしもそうはいかなくなってくるのでは無いだろうか?この問題も造船工業会の中で造船所が議論して考えるべきであると考える。
 
3) 船社にとって、従来無料の見積り(設計、メインテナンス)が有料となる場合も出てくる。商習慣として定着するか?:
 外国船主の場合は割り切って考えてくれる場合も多い。見積もりが有料でも非常に質が高いとか、その後のプロセスが非常にスムーズに流れる等必ず見返りがあるうまい仕組みを考えていく必要がある。船主サイドと造船所の議論で考えていくべきであると考える。
 
4) 造船所とエンジニアリング会社が別会社となり、トラブルの責任特定でもめる虞あり。:
 責任範囲はどこまでにするのか? 造船工業会で検討してガイドラインの様な物を考えていくべきであると考える。
 
5) 大学、国研との連携と開発費の確保。:
 例えば造研では基礎的な船舶に関する技術研究が主体であるが、更に船舶の建造、スクラップと海運による世界の流通経済との関係の研究や船舶のライフサイクルコスト、また環境問題との融合を図るための問題を応用研究として大学や国研、船社、造船所で研究できる体制を検討する必要があると考える。
 
6) 若手エキスパートの確保と養成:
 若者の海事産業への希望者が減少してきている現在、船舶のエンジニアリング会社というソフト指向の企業(必ずしもソフトの部分ばかりでは無いが)は若者にとって魅力が出てくる可能性があるかも知れない。しかし、大学での海事工学教育の内容が減少傾向にあるので若手の人材育成を大学教育に全面的に頼るわけには行かない。彼らを入社後に職場教育(OJT)を初めとする新人教育システム、中堅レベルの社会人教育システムを確立してエキスパートに育成していく必要がある。
《付録》エンジニアリング会社の例
1) 海洋分野:(株)モデック
・ 1968年に三井造船/三井物産の出資により設立された三井海洋開発(株)の石油開発に関する商権と技術を引き継いで1987年に設立された会社(三井造船の100%子会社)。
・ FPSO/FSO等の海洋石油生産設備の設計、建造、改造、据付に伴うコンサルティング、及びFPSO/FSOのオペレーション/メンテナンス、リースを主業。
・ 世界の石油会社との事業展開による情報、技術、実績、ノウハウ、信用プロジェクトマネージメント能力の充実に優位性ありとの評価。
・ 従業員:約60人。
 
2) 船舶分野:(株)IMC
・ IHIに従来からあった海外事業本部の船舶部門とサービス部門を統合して新しい設計、部品調達、アフターサービス、メインテナンスに関するコンサルタント業務をおこなう会社として本年度から始まった。(IHIの関連会社)
・ 船舶に関する設計、建造、メインテナンス業務(船舶管理)全てをおこなう。建造の場合は基本設計、詳細設計の全部又は一部を外注する。但し船主との基本的なネゴはおこなう。
・ IMCには陸上部門もあり、船舶は全体の約半分である。
・ IHI建造の船は全て面倒をみている。また世界中にネットワークを持っているのが強みで、基本的に全世界を相手のビジネスをおこなっている。
・ 従業員約100名
 
3) 船級協会が行うエンジニアリングサービース
 新造船に関しては、安全度の高い構造基準の設定、使い易い規則体系の開発、造船所に対する設計支援(直接計算等)を行う一方、就航後の本船に関しては、船主等に対する船舶管理の支援、更に事故発生時の迅速な対応を行っている。まして、経験豊富な造船設計者・船舶管理者が日本から少なくなったうえ、関連作業の効率化が求められるとともに、それら作業が海外の造船所とか船舶管理会社にシフトされていくに連れて、彼らに対する支援システムの充実が要求されている。
 例えば、以下のようなサービスが挙げられる。
・ 船主がインターネット経由で船級協会のサーバーにアクセスし、所有船舶に関する必要なデータを検索したり、検査記録のみならず、修繕の記録、保守状態に関するデータを取得するシステム
・ 規則上の全ての要求を管理し、メンテナンスを効率的に行うことを支援するソフトウェア
・ 船舶の設計情報を船級協会のサーバー上に展開し、それに船級情報、検査結果及び経験等を加味して、イントラネットあるいは限定的なインターネットを介して、組織内外に情報を提供するシステム
・ 船の一生を通じて、メンテナンスのみならず、乗組員の管理、財務管理等の船舶管理を能率的に行うための情報管理ソフトウェア








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION